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Desert rogue Ⅰ(5)

「父を、お願いします」


 彼女の行動にディルクは内心驚いたが、しっかりと頷き返した。

 王女とその護衛たちはすぐに車に乗り込み、けたたましいエンジン音と共に走り出す。彼らを見送りながら、ディルクは短くため息を漏らした。隣でダンが感心したように呟く。


「王女様って、もっとわがままなのかと思ってたけど、ナターリエ王女は大人しいんだねぇ。賢そうだし」

「ザシャも似たようなこと言ってたぞ」

「えー、ザシャと同レベルかぁ、私も年を取ったかな」


 そう残念そうに言いながらもダンはカラカラ笑う。


「そういえば、ディルクは王女たちについていかなくてよかったのかい?」

「あー、俺も行く予定だったんだがなぁ。守る対象が増えると面倒だから、総大将は後ろに控えてろだってよ」

「なるほど厄介払いされたわけね」


 エマたちらしいよ、とダンは酷く納得したようにうんうん頷いていた。

 車が消えた方をしばらく眺め、ディルクはダンを促した。


「国王の所まで案内する。王女に頼まれたんだから、ちゃんと回復させろよ」

「誰に物を言ってるのかな。メルヴィン、行くよ」


 王女が登場した辺りから始終オロオロしていたメルヴィンに声を掛け、三人は王宮に入って行った。




* * *




「悪いな」


 ハンドルを握り直しながら、カールは唐突に謝罪する。

 カールとエマの乗る車はナタたちのいる本隊から離れた位置を走っていた。本隊は砂漠回りでマウラを目指している。 助手席に座る、青いマントを着てフードを被っているエマが不思議そうに首を捻った。彼女にちらりと視線を向け、カールは付け加えた。


「俺の思い付きにお前まで巻き込んで」

「そんなこと気にしてません。カール少尉が言わなければ、私が言い出してました。リスクはお互い様なんです、今は余計なことは考えないで、生き残ることだけ考えていて下さい」


 エマに淡々と返され、カールは苦笑した。


「その“生き残る”ってのは、ディルクの教えか?」

「はい。戦闘に卑怯もクソもねえ、最後まで生き残った方が勝ちだ。と言うのが隊長のポリシーらしいです」

「ははは、あいつらしいよ。でも……それは仲間が死ぬのを何度も見てきたからなんだろうな……今ならその気持ちもよく分かる」

「……そうですね。ただ、残った方が辛いと感じる時もあります」


 窓の外を眺めながらエマは言った。感情を抑えているような声だったが、どこか悲しげでもあった。

 王宮でぬくぬくしていたやつ、と以前ディルクに揶揄されたが、否定はできなかった。王宮では目の前で人が殺されることはない。だから残される痛みを感じることなど、この年になるまでほとんどなかった。

 アマリアとの戦争に出向き、ジャックなど肩を並べて戦った仲間が死んでいくのをこの目で見た。その度に悲しみや怒りが頭の中を渦巻いたが、何かしら理由を付けて割り切るしかないのだ。

 人間同士が争うのを止められない理由が、嫌でも分かるようになった気がする。


「あの……王女のことなんですが」

「ん?」


 不意に話題が変わり、カールは首を傾げた。エマは少し考え込んでから言葉を探すように切り出した。


「ミド・ブルージャじゃないにしても、やはり《術師》とは切れない縁のようなものがあるんだと思います」

「……瞳の色のことか」

「はい。さっき、王宮で王女に触れた時、その……お腹の傷の痛みが引いたんです。それまで疼くような鈍い痛みがずっと残ってたのに、一瞬で」

「俺は変化ないが?」

「私が《術師》だからか……と。憶測なのではっきりとはわかりません」


 自信なさそうにエマは言った。


「なるほどな……。これは人から聞いた話なんだが、ナタ様がヴェネフィカスを一体倒したらしい」

「え? 本当ですか?」

「ナタ様が《マテリアル》を全て破壊したそうだ、その衝撃でヴェネフィカスが死んだのだと。どうやって、とか聞くなよ、俺だって見たわけじゃない」


 エマが怪訝そうにしているのを横目に見て、カールは肩をすくめた。

 ヴェネフィカスの攻撃により自分は気絶させられていた。情けない話だが。でもその時に彼女が何かしたのだろう。何をしたのかは皆目見当もつかないので想像でしかない。

 ただここで彼女を死なせたら、百年前の二の舞になってしまうのではないか。自ずとそう思えるのだ。

 でもナタのことをミド・ブルージャなどと思ったことは一度もない。昔から引っこみ思案しがちな、か弱い少女だった。守ってやらなければと思うほど危うい雰囲気も持ち合わせていた。

 護衛する理由はそれだけで十分だ。

 少しの沈黙の後、カールは気を取り直して口を開いた。


「もうすぐパロメロだ。一気に抜けたいが待ち伏せの可能性もある。戦闘の準備を」

「はい。あ……《マテリアル》を半分ぐらいパットさんにも分けた方が良かったかもしれませんね」


《マテリアル》の入ったポーチの中身を確認しながらエマは呟いた。


「持たせなくて正解だよ。威力の加減も出来ないやつだぞ」


 カールが呆れたように言うと、それもそうですねとエマはすぐに納得したようだった。

 エマが足下から小銃を取り出して棹桿を引く音を聞きながら、カールはサイドミラーを見、そして眉をひそめた。


「追っ手だ」


 バックミラーで再度確認する。四輪駆動車が三台、猛スピードで迫っている。エマが双眼鏡を取り出し、窓から身を乗り出して後ろを確かめた。


「車体にエンブレム……コヨーテですね」

「知り合いか」

「はい、顔見知りです。まあファーバー側だったとは知りませんでしたが。でも納得しました」

「どういうことだ?」


 アクセルを踏み込む足に力を入れながら、カールは尋ねた。


「デラロサで初めてヴェネフィカスと対峙した時、私たちの隊の他に出動要請を受けていた部隊が二つありました。その内のレッドウルフ隊はヴェネフィカスによりほぼ全滅しました。そして遅れて来たもう一つが――」

「コヨーテか」


 エマがはっきり頷く。


「でも元仲間だろうが何だろうが、こっちも命がかかってるんです。容赦しません。少尉はこのまま車を走らせていて下さい」


 彼女の青緑色の瞳が鋭く光り、カールは背筋が寒くなるのを感じた。

 エマは窓から身を乗り出した状態で片手を後方に伸ばした。途端、車のすぐ後ろに巨大な竜巻が轟音と共に出現し、砂を大量に巻き上げながらコヨーテ隊に向かって突進していく。コヨーテ隊の車は四散を始めるも間に合わず、竜巻に巻き込まれてしまっていた。

 バックミラー越しにその様子を見ていたカールは唖然とした。車内に戻ったエマが窓を閉めながら言う。


「今の内に逃げましょう」

「あ、ああ……お前が仲間で良かったとつくづく思うよ」

「ありがとうございます」


 ふふとどこか誇らしげにエマは笑った。

 ナタに《術師》であることを知られて動揺していた頃が嘘のように、彼女は自信に満ち溢れていた。

 どこからか爆発音が聞こえたのはその時だった。驚いて振り向くと、ここよりも東の方に煙が立ち上っている。恐らくナタたちが向かった方角だ。


「……エマ、コヨーテ隊の車にファーバーがいたと思うか?」

「この状況だと、そうではなさそうですね」

「俺もそう思う。エマは先に行け、《術》の方が早いだろ」


 頷いたエマが窓から身を乗り出し、そして《術》の力で浮上して目にもとまらぬ速さで飛んでいく。


――ザシャたち、ちゃんと守っててくれよ。


 祈りにも似た気持ちを抱きながらカールはアクセルを踏み込んだ。

 どこからか、雷鳴が聞こえた気がした。



第9章「Desert rogueⅠ」 終

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