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Desert rogue Ⅰ(3)

 そしてルーカスを見据え、はっきりとした口調で告げる。


「わたくし、カペル王国第一王女ナターリエ・ジークリット・カペルは――」


 言葉を発しながらナタは驚いた。自分の口から銀色の霧が現れ、空中で文字を書き出したからだ。

 どうやら先程飲んだ液体は、言葉を具現化するものだったらしい。文字から微かにナタの声も聞こえてくる気がした。こんなものがアマリアにはあるのかとナタは感心しながら話し続けた。


「――ワト・カミル・ローレンス・アマリア国王陛下との対談をお受けします。よってマウラ公国へ早急に参上し申し上げます」


 告げたこと全てが輝く文字になり、それがふよふよと浮いている光景はとても不思議で、とても美しかった。

 ルーカスが空になった小瓶を持ち上げると、宙にある文字たちがそれに吸い込まれてしまった。あまりに一瞬だったため、ナタは目を丸くした。


「ありがとう、助かるよ」


 小瓶を懐にしまいながらルーカスは軽く頭を下げた。そしてナタの前にしゃがみ込み、小さな鍵を取り出してナタの手枷と足枷を外す。


「あんたを救出する部隊は動き出してる。もう少し待ってたら、彼らが来るだろう」

「うん。……ファーバーに見つからないといいけれど」

「ファーバーなら今王宮にいない。計画も綿密に練ってある。余程のことがない限りは大丈夫さ。あとアマリア国王も、そろそろマウラに向かう頃だ。マウラで待っているからな」

「ああ、なるべくすぐ行くよ。この王宮は敵だらけだ、君も気を付けて」

「俺のことは気にしなくていい。王宮内の人間の位置なら全部把握できてる」


 けろっとした様子でルーカスが言い、ナタは首を傾げた。


「君は……《術師》なのか?」


 そう尋ねるとルーカスは意味深に口角を上げた。


「いいや、《術師》よりも貴重な部類さ。俺もルーシーもな。じゃ、俺は行く。またマウラで会おう」


 ナタの肩をポンポンと叩いて、ルーカスは颯爽と部屋を後にした。

《術師》よりも貴重な部類とは何だろうと、閉められた扉を見つめたままナタはポカンとしていた。

 ナタが知らないことは、この世界にはまだまだたくさんあるようだ。



 それからしばらく、ナタは部屋の中をウロウロしていた。

 どうやら自分を救出してくれる人々がここに向かっているらしいが、彼らがいつやって来るのかルーカスは教えてくれなかった。

 ルーカスが去って一時間ぐらいは経っただろうか。高い位置にある窓から見える空はまだ明るいが昼は回っているはずだ。

 もしかしたら今日ではないのかもしれない。そう考えてナタは内心落ち込んだ。期待を募らせている分、時間が過ぎていく毎に不安も大きくなる。外の様子が分からないから、余計に。

 ナタは頭の中がぐらぐらして目眩がし、気持ちを落ち着かせるために横になっていようと寝台に上った。

 ルーカスは誰が来てくれるのかは言わなかったが、たぶんカールやディルクたちのことを指していたのだと思う。もう一度、彼らに会えるのだ。だから自分は彼らを信じて待っていなければ。

 ナタは寝転がって、小さく丸まり、ゆっくり目を閉じた。


 ガチャンと扉が大きく音を立て、ナタは飛び起きた。寝台の上で上半身を起こした体勢で少し呆然とする。いつの間にか意識が飛んでいた。眠ってしまっていたようだ。

 こんな時に何て呑気な、と自分を叱りつけ、慌てて目を擦って眼鏡を掛けた。その時また扉が揺れる。


『鍵かかってるんすけど。開けておくって言ってたのに』


 扉の向こうから聞き覚えのある声がした。


『撃ちますか?』

『いやいや、王女に当たったらどうするんだよ』

『鍵なら俺が開けてやるぜ? 空き巣もやってたんでな』

『さすが元犯罪者、頼りにしてるっすよ。鍵は三つです、五秒で開けてください』

『アホか、無茶言うな』

『いいから早く開けて下さい』


 ナタは寝台から足を下ろし、静かに立ち上がった。

 扉が開くまでの時間が酷く長く感じた。


 カチャカチャと一定の間隔で鍵が外されていき、三つ目が外された途端、部屋に眩しいばかりの光が差し込んだ。ナタが目を細めた次の瞬間、目の前が真っ暗になり、そして温かなものが身体を包み込んだ。

 何が起こったのか分からなかったが、伝わるぬくもりが心地よくて身動きが取れなかった。


「――無事でよかった」


 不意に頭上からカールの囁くような安堵の声が振ってきて、ようやく自分が彼に抱き締められているのだと気付く。気付いた途端、僅かに身体が熱くなったような気がした。

 カールはナタの両肩を掴んで身体を離し、顔を覗き込んだ。


「ナタ様、お怪我などはございませんか?」

「えっ、う、うん」


 彼の顔が驚くほど近く、ナタは思わず顎を引いた。


――カールの顔ってこんなだったっけ……何か、目つきが少し変わったような……?


 気のせいかな、と思うナタだったが、その“変化”の理由はもう少し先になってから理解する。

 ただ、幼い頃からずっと側にいたはずなのに、久しぶりに会うせいか不思議と恥ずかしさがあった。自分は簡素なドレス姿だし、髪もまとめていないし、とてもみっともない格好をしている。って何でそんなことを今気にしているのだろう。

 ナタがおどおどしていると、カールがふっと微苦笑した。


「少し痩せましたね」

「そ、そうかな……」


 しどろもどろになりながらナタは自ずと自身の腕を見下ろした。

 確かに一ヶ月間以上まともに食事を取らなかった。自分では気付いていなかったが、痩せてしまって当然だろう。

ふと腕の注射針の痕が目に映り、ナタは慌てて手で覆って隠した。自分自身で付けた痕ではないからやましいことなど一つもないはずなのに、これをカールに見られるのはマズイ気がした。

 ちらりと視線を上げると、予想通り、カールは無表情でナタの腕を見下ろしていた。


「あの、あのね、カール、これは……」

「いいです、何も言わないで下さい」


 ナタの弁解を遮って、カールは腰のベルトに挟んでいた青色のマントをナタに被せた。そしてナタの身体を横抱きに抱え上げ、ナタは思わず小さな悲鳴を発した。


「王宮を出ます。しっかり掴まっていて下さい」


 カールの指示がなくとも、ナタは彼の首に手を回してしがみついていた。

 カールが身体の向きを変えて、ナタはようやく出入り口付近に立つ兵士らを見ることが出来た。

 真っ先に目に写ったのは、微笑ましそうにこちらを見ていた小柄な兵士、エマの姿だった。


「エマ、無事だったの」

「はい、お陰さまで」


 エマはふわりと笑ってナタの肩にポンと触れた。途端、彼女が何故かハッと何かに気付いたような表情をして、ナタは思わずたじろいだ。


「ど、どうしたの?」

「……いえ、何でもありません。さあ、急ぎましょう」


 何事もなかったかのようにエマは言い、率先して部屋を出ていく。

 ナタを抱えたカールが続き、その後ろからザシャともう一人、初めて見る兵士が続く。彼はとても珍しいものを見るようにナタを不躾なほど眺めている。

 ナタはカールの肩越しに彼を見つめ、小さく尋ねた。


「君は……ディルク大尉の部下かな?」

「ん? いやぁ、俺はカールさんの同僚ってとこだな。戦場にいたんだが、こっちのが面白そうだったんでついてきたんだ。パトリック・レイン、パットって呼んでください、王女様」

「パットか。よろしく」

「よろしくしなくていいですよ、馬鹿が染ります」


 カールが呆れたように口を挟み、パットがふふんと鼻で笑う。


「じゃあカールさんはとっくに馬鹿になってんぜ、一ヶ月も仲良くしてたんだからな。あとそこの二人もめでたく馬鹿の仲間入りだ」

「えーマジ迷惑っす」


 ザシャが心底嫌そうな顔をし、エマはあえてスルーしたようだ。

 ナタはくすりと笑った。ずっと思っていたが、彼らのやりとりは温かい。家族のようなそんな親密さを感じさせた。

 そこでふと、ディルクがいないことを疑問に思いナタが尋ねると、カールが淡々と答えた。


「ディルクは今回のことの総指揮をとっています。だから王宮の外で指示を出していますよ」

「そう……王宮はどういう状況になってる?」

「他の隊が各棟を制圧して回っています、ディルクやザシャが結構な人数集めてきていたのですぐに完了するでしょう。それから、ファーバーに加担した者たちは拘束、逆に捕らえられていた反戦派だった者たちは解放しました。ただ――」


 不意にカールが言葉を切り、ナタは首を傾げた。


「ガーネット司令官だけがどこにもいません」

「……捕らえられてないってこと?」

「無線で聞いている限りでは、ガーネット司令官は元々ここには連れ込まれてすらいないらしいです。アマリアに向かう途中で襲撃されたようですが、その後の消息はやはり不明です」

「まさか……殺されたなんてことは……」


 ナタの小さな呟きに、カールは分かりませんと首を振った。

 ガーネットがいればもっと早く戦争を止められると思ったのだが、やはり思い通りにはいかない。

 ナタはぶんぶんとかぶりを振って口を開いた。

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