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Desert rogue Ⅰ(1)

 前線は拮抗していた。いや、アマリア軍に圧されている。

 オルコットの隣の隣町にまで迫ろうとしていたカペル軍は、アマリアの猛反撃を食らい徐々に戦線が下がっていた。

 前線には常に二大隊が配置されているのだが、幾日か過ぎた頃から、人員補充も補給も減ってきている。

 そんな中で最前線に合流したカールたちは殺伐とした戦場を駆け続けた。この日も、アマリア軍との戦闘で多くの兵士が負傷した。


「ジャック、ジャック! パット伍長、止血剤早く! 衛生兵は!?」

「んなもんとっくに殺られたよ! くそったれ!」


 ヘンリーに抱えられたジャックが、口から血を流してがくがくと痙攣している。戦闘中、ジャックは腹に銃弾を受けた。五発もだ。

 パットが彼の傷口を水で流し、止血剤を掛けているが一向に血が止まる気配はない。

 その様子を、カールは無言で見つめていた。頭の中が何故か冷えきっていた。


「ジャック、大丈夫だからな! 絶対助かる!」


 ヘンリーがジャックの頭を抱え込み、大声で励ます。ジャックは浅い呼吸をする合間に唇を動かした。


「……いたい……たい……っ死にたくない……」

「大丈夫だからこっち見てろ! くそっ……! 何とかならないのか!」


 涙目になりながらヘンリーは誰に向けるともなく嘆いた。

 パットが傷口を直接押さえて止血を試みているが、ジャックの呼吸はどんどん荒く小さくなっていく。


「……い……たい……」


 弱々しく苦痛を訴えるジャック。カールは瞼を下ろし、震える吐息を漏らした。


「……鎮痛剤、打ってやれ」


 パットが一瞬こちらを向き、彼は顔をしかめてジャックの太股に鎮痛剤を打った。

 二本目を打った頃にはジャックの目はもうどこも見ていなかった。


「……死にた……ない……たくない……」


 言葉を失ったヘンリーが、ただひたすらにジャックを抱きしめていた。

 家に帰りたいと悲しむ顔が、母親を呼ぶ声が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 ジャックが息を引き取っても、彼らはしばらくその場を動けなかった。




 オルコットの東部で伏兵を看破した六人の内、残っているのはカールとパット、ヘンリーのみだった。

 ジャックを含む三人は戦死した。彼らだけでなく、何人もの兵士が倒れていくのをこの目で見てきた。

 今日もとある小隊に加わって町中を移動している時、アマリア軍と遭遇して戦闘になり、偶然側に味方の隊がいて撃退することができたが被害は大きかった。


 カールは小銃を持ったまま壁に寄り掛かり、何をすることもなく突っ立っていた。カールがいるのは煉瓦造りの建物の中で、生き残った他の兵士たちも水分補給をしたり横になったりして各々休んでいた。

 少し離れた場所で、ヘンリーが疲れきった顔をして膝を抱えている。彼とジャックは年が近いこともあってかなり親しくなっていた。互いに助け合い、叱咤しながら戦っていたのを、カールは見ていた。

 相棒が死に、ヘンリーが今どんな気持ちでいるか。

 励ましてやるべきかもしれないが、余りに落ち込んだその様子に声を掛けることも憚られた。


 多くの味方が死んでいき、皆が精神的に参り始めている。カールも例外ではない。

 何よりも補給が少なく、残りの武器弾薬も心許ない。このままでは、生き残っている兵士たちですら、ただ死を待つだけになってしまう。

 カペル軍の本隊がある場所まで後退して守りを固めてみてもいいと思うのだが、大隊の指揮官が敵前逃亡など論外だと言ってそれをよしとしないらしい。

 味方の命と見栄とどちらが大切なのか。カールは深くため息を吐いた。


「カールさん」


 数人の兵士と辺りを巡回していたパットが戻り、カールは身体を起こした。


「アマリア軍は?」

「いない」

「そうか……お前も休んでおけ」


「了解」と言ってパットは労うような視線を投げてから、ヘンリーの方へと歩いていった。項垂れるヘンリーの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやるパットを眺めながら、何だか兄弟のようだなとぼんやり思った。

 パットは言葉を選ばずストレートに物を言うし、行動はひどく雑だが、たまにはそういった存在に救われることもあった。場の空気を和ませるというか、肩に力が入っていることを気付かせてくれる。

 比べて自分は隊長には向いてないなと、カールは僅かに視線を落とした。守りたいものが何一つ守れていないし、味方が死ぬ度に精神的な余裕もなくなってきている。

 こんな時になって、長いこと隊をまとめ上げてきたディルクの凄さが身に染みるように分かるとは、皮肉なものだ。

 その時、急に唇の辺りに湿り気を感じカールは眉をひそめた。


――まただな。


 カペル側からの風が吹くこの辺りの空気は結構乾燥しているのだが、時折こうして湿気を感じることがあった。

 初めは気付いていなかったのだが、戦闘を重ねる内に神経が研ぎ澄まされてしまったのかもしれない。

 当初は雨が降るのかと思っていた。しかしいくら待っても降る気配はなく、そしていつの間にか湿気はなくなっていた。何度かそれを覚えるようになった頃、カールはある仮説を立ててみた。

 雨以外に考えられるのは、《術師》だ。

 恐らくアマリア軍は《術師》を配置している。アマリア軍には《術師》をまとめた部隊があると聞いたことがあるため、間違いないだろう。

 カールは大きくため息を吐いた。同時に湿気が引き、パットが緊張をはらんだ声で呼ぶ。


「カールさん、敵だ」


 カールは身体を低くしてパットに近寄り、彼が覗いている窓から外を確かめた。

 最初は人など見当たらなかったが、よくよく見ると確かに動いている影がある。見えるだけでも、十人以上だ。

 パットが苦々しく舌打ちをする。


「引き返してきたのか?」

「さあ……さっきの戦闘で何人か逃げてったからな……考えたくはないが、罠だったのかもな」

「誘い込まれたってことか? ……じゃあ周りは敵だらけ、か」

「…………」


 パットの呟きに、返事はしなかった。

 カールは小銃の安全装置を外しながら、ヘンリーを呼ぶ。


「ヘンリー、小隊長に報告を頼む。俺らがここで迎え撃つから、何とかして奴らの背後へ回り込んでくれって」


 小銃を持ち直していたヘンリーに頼むと、彼はあたふたと隣の部屋へ駆けていった。


「二小隊分の人数で相手になると思うか」

「どうだかなぁ。でも、ネガティブになってると勝てないぜ」

「ああ、わかってる」


 自分はまだやらなきゃならないことがある。だからこんなところでは死ねない。

 そう言い聞かせてカールは深くヘルメットを被った。



 予想通り、カールたちのいる建物は銃弾の嵐にみまわれた。どれだけ応戦しても敵の数が減る気配がなく、物量の差が顕著だった。


「くそっ、弾切れだ! 誰か弾くれ!」


 ヘンリーが叫び、カールは腰のポーチから予備弾倉を取り出して彼に投げた。


「それでラストだ、無駄撃ちするなよ」

「うっす!」


 ヘンリーが弾倉を装填する横でパットが「くそったれ」と悪態づく。


「裏に回ったやつらまだ着かないのか? これじゃ埒が明かないぜ」

「ああ……殺られてたりしてな。ここも完全に囲まれてるし、逃げ場もなしだ――」

「やめろ、それ以上言うな。虚しくなる」


「悪かったな」とカールは小声で返した。


 敵はこちらの数が少ないところを狙ってきたのだろう。ここは二小隊分の兵しかいない。攻め込むならうってつけだ。《術師》も使ってくるのではと思っていたが、そのような気配は全くない。《術師》の力を借りずとも制圧できると踏んでいるのだろう。

 そう考えると腹も立つのだが、実際自分たちの武器も弾薬も手持ちで最後だ。援軍でもない限り、ここはもう持たない。


「あーあー、もっとでかいの持ってきやがった」


 パットの視線の先に目をやると、数人のアマリア兵士が重機関銃を持ち出していた。狙いをカールたちのいるこの建物に定めようとしている。

 カールはチッと舌打ちしてそれに銃を向けた。


「潰すぞ」

「無理だと思うがなー」


 どこか諦めたように言いながらもパットは軽機関銃を撃ち続けた。

 しかし多勢に無勢、敵うはずもなく、カールたちはアマリア軍の猛攻に晒されるばかりだった。建物が倒壊しそうなほど、壁という壁に穴が開いていく。

 退くに退けないぐらいの弾幕に――既に囲まれているから撤退など元から不可能なのだが――成す術がなかった。

 銃弾の嵐の中で伏せていたカールは、傍らで同様に伏せて頭を庇っているパットを見、建物の隅で縮こまっているヘンリーを見た。

 もうどうにもなりそうにない。

 辺りは敵の銃撃音しか聞こえないのに、頭の中は酷く静かだった。諦めに似た境地だ。

 死、の一文字が頭を過った。



「――カール少尉」


 ふと、銃撃音が小さくなったのに気付いた。その代わりに、落ち着いた女の声が耳に飛び込んできた。

 弾かれたように顔を上げると、しゃがんでこちらを見下ろしているエマの姿があった。

 彼女はにこりと微笑み、カールの背にそっと手を添えた。


「遅くなってすみません、援軍にきました」

「エマ……無事だったのか」

「はい、死にかけましたけど」


 冗談のように言って――いや実際冗談ではないのだろうが――エマは自身の腹を擦った。

 周りを見渡すと、王宮で見た緑色の透明な壁が辺りを囲んでいた。エマの《術》が、カールたちを弾幕から守っていた。

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