Endless night(4)
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急激に意識が戻り、ナタはぱちりと目を開いた。
部屋の中は暗かったが、壁の高い位置にある窓から光が漏れているのが見える。
ここはどこだろうと、ナタは仰向けのまま考えていたが、とりあえず起き上がってみることにした。
寝台の上で上半身だけ起こし、ぼんやりしながら自分がどういう状況に置かれているのか思い出そうとする。
――確か、デラロサから戻って、お父様の寝室に行って……。
そうだ、自分はファーバーに襲撃され、捕らえられたのだ。
彼はアマリアに宣戦布告を行い、更にはナタや国王に何かの罪を擦り付けようとしている。それを思い出すだけで、後から後から静かな怒りがわいてくるようだった。
カールはどうしただろう。エマも負傷していたが無事だろうか。ディルクやザシャも大事ないといいが。
彼らのことを考えるとナタはいてもたってもいられず、寝台から足を下ろした。するとチャリと金属音がして、そこでようやく自分の手足に枷が嵌められているのに気付いた。
動かすのに不自由にならない程度の長さの鎖がついているが、それらはかなりの重さがある。煩わしく思い枷を引っ張ってみるも、当然外れるわけがなかった。鍵がなければ外れないようだ。
自身の身体を見下ろせば、今まで着ていた服やマントはなく、クリーム色の柔らかいコットン生地でてきた簡素なワンピースを着ていた。いつの間に着替えさせられたのだろう。
頭を触ってみると髪もほどかれて、ボサボサに跳ねていた。
――……眼鏡がない。
顔をペタペタ触り、寝台付近をくまなく探してみるが眼鏡は見当たらず、無性に悲しくなってきた。
ずっと掛けていろと言われて渡された青い縁の眼鏡。それがなくなったことが、自分は助からないと暗示しているようで不安を煽られる。
実際、護衛してくれていた彼らも皆バラバラになってしまい、助けてもらえる見込みも低い。
ナタは短くため息を吐いた。
何で自分はこんなにも守ってもらうことが当然のように考えてしまうのだろう。こんな状況でも、誰かが助けに来てくれるのではと、心のどこかで考えている自分に嫌気が差す。
自分は一人では何も出来ない、無力な人間だ。情けない。
しかし今頼りにできるのは自分自身だけというのも事実。後悔し続けるよりもここを脱出する方法を考えなくては。
ナタはぱちんと頬を叩いて立ち上がった。すると予想外なことに足に力が入らず、よろめいた挙げ句に転んでしまった。
「あたた……」
ナタは冷たい床に座り込んで、少し擦りむいた膝を撫でた。
こんなに体力が落ちるぐらい寝ていたのだろうか。そもそも自分はどのぐらい眠っていたのだろう。今は何時頃なのだろうか。
日にち感覚も時間感覚もなくなっていることにナタは焦燥にかられた。
戦争が始まってしまっているのに、一人悠長に寝ていただなんて。早く何とかしなくては。何とか戦争を終わらせなくては――。
ナタは歯を食い縛って動きの鈍い己の足を拳で叩き、再度立ち上がろうと試みる。
その時、部屋の頑丈そうな扉からガチャンガチャンと鍵が外れる音がし、ナタは動きを止めた。
ファーバーが来たのかもしれない。
逃げてしまいたいが、部屋の中は寝台があるだけで、隠れる場所もない。高い位置にある窓も鉄格子が打たれ、身体は通り抜けられそうになかった。
ナタは無意識に息をひそめて扉を注視した。
しばらくして扉は重い音を立てて開かれ、暗い部屋に差し込む大量の光にナタは目を細めた。その向こうにひとつの人影が見えるが、眩しくて誰なのか判断できない。
「――何やってんだ、あんた」
現れた人間は呆れたように言い、ナタは目をしばたいた。
扉を閉めて近付いてきたのは、黒い髪に琥珀色の瞳を持ち、年は若いようで、カールよりも下……ザシャぐらいだろうか。
カペルの濃紺の軍服を身にまとい、そして襟元にはナタにも見覚えのある部隊章が付いていた。近衛部隊の兵士だ。
どこかで見た顔だなと、ナタが内心首を傾げていると、彼はおもむろに手を伸ばした。
ナタはびくりと肩を震わせ、逃げるように身を引いた。無造作に近付く大きな手が怖かった。近衛部隊ももうファーバーの手に落ち、信じられる者などここにはいない。
ナタの反応に戸惑ったのか、兵士は手を引っ込め頭を掻いた。
「別に何もしないんだが……あー、寝台に座ってもらおうと思っただけです、床は冷たいでしょう」
急に思い出したように彼の言葉遣いが丁寧になり、ナタはちらりと視線を上げた。
「……自分で、行ける……大丈夫」
そう言ってナタは立ち上がろうとしたが、やはり足の力は戻っていなかった。足がぶるぶる震えて四つん這いになった状態から動くことが出来ない。
歯を食い縛って踏ん張っているナタを見かねたのか、兵士はナタの身体を抱き上げた。
「ひゃっ」
「無理しないでください。薬の影響もあるのですから」
「薬……?」
「はい。筋肉が弛緩する薬を打たれています。まあ色々な種類を投薬されていたみたいですが」
ナタはぞっと背筋が冷えた。恐る恐る腕の内側を見てみると、針を刺したような痕が数ヵ所に残っていた。
兵士は大股で寝台まで行き、その上にナタをそっと下ろしてくれた。そして少し離れる彼に、ナタはおずおずと口を開く。




