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Endless night(3)

 戦闘の痕がくっきりと残っていた。いやこれは一方的にやられたと言ってもいい。大通りに転がっているカペル軍の軍服を着た死体は、一つや二つではなかった。

 パットもそれを見たらしく、彼は短く呻いた。


「マジかよ。前線に行った隊だろ、あれ」

「だろうな」


 カールは苦虫を噛み潰したような表情で大通りを睨んでいた。

 これで伏兵は確実なものとなった。しかもそれなりの数が潜んでいるようだ。


「生きてるやつがいるかもしれねぇぜ。近付いて確かめよう」

「……いや、駄目だ。あれもこっちをおびき寄せる罠だろう、出ていったら撃たれるぞ。先に敵の位置を暴く」

「なるほど、了解。じゃあ俺は向こうに行く」


 パットが大通りを挟んだ向こう側を指差し、カールはあと二人ついていくよう後ろの兵士に指示を送る。

 そしてカールは大通りの一番奥にある半壊の病院らしき建物を指差した。


「あの建物で合流だ。援護する」


 カールと後ろに立った兵士が、建物の陰から大通りに銃を向けた。

 ほぼ同時にパットたちが低姿勢で大通りを横切り始め、そして予想通り彼らを狙って銃弾が降り注ぐ。

 カールは弾幕の先へひたすら撃ちまくった。時折こちらも狙われるが、お陰でアマリア軍がどこに潜んでいるのか大体把握できた。

 大通りの向こう側に辿り着いたパットたちが無事のサインを出したのを確認し、カールは残りの兵を連れて別の道へ入った。

 こちらの居場所も割れている、いつまでもここにいて挟まれても困る。

 前後左右そして上を警戒し時折建物の中を探りながら進んでいると、ふとカールについてきていた兵の一人が不安げにそわそわしているのに気付いた。


「お前、新兵なのか」

「へっ、あ、はい」


 彼はびくりと身体を揺らして振り返る。


「こっちは見なくていい。ジャックだったか、怖がるのもいいが警戒は怠るな」

「はい」


 ジャックが己を奮い立たせるように小銃を構え直した。


「えーと、もう一人は誰だったか?」

「覚えてないとか酷いですよ少尉。俺はヘンリー、一等兵です」


 最後尾で後ろを見ている兵士が拗ねたように名乗る。


「ああそうそう思い出した、ヘンリーだヘンリー。お前は怖がってないか」

「怖くない訳ではないですが。デラロサで反乱軍の相手してましたから、多少は平気です」

「へえ、それは殊勝だ」


 適当に返事をしながら、カールは小さな十字路の左右を確認し、ジャックに先に渡らせた。それからヘンリー、カールの順に十字路を横切り、そこで唐突に思い出す。


「ヘンリーは、デラロサ? ……お前、ディルク・ハーセの隊にいたか?」

「はい。って、なんで隊長のこと知ってるんですか?」


 一瞬ヘンリーが訝しげにこちらに視線を向ける。


「やっぱり。俺はディルクの知り合いなんだ。デザートローグ隊だっけか、その話も聞かされてな。お前のことも聞いてるぞ、泣き虫ヘンリー」

「ちょっ、なんつー教え方したんですか隊長は。まったく、名誉毀損ですよ」


 ヘンリーが大袈裟に肩を落とし、カールは僅かに口の端を上げた。


「お喋りはこの辺にしよう。そろそろ敵も近い、何か妙なことがあったらすぐ教えろ」

「了解です」


 ジャックとヘンリーが同時に頷いた時、突然離れた場所で銃撃音が鳴り響いた。パットたちが向かった方角だ。どうやら彼らが先に伏兵まで辿り着いたらしい。


「あっちが早かったか。こっちも急ごう」


 三人は足を速めて進んだ。

 敵が潜んでいると目星を付けていた建物へ忍び込み、一階の部屋を全て見て回るも敵はいない。

 階段を上がり、二階へ足を踏み入れようとした時、どこからともなく銃弾が連射されカールたちは間一髪で足を止めた。慌てて少し下がり、そして姿勢を低くしてまた階段を上る。

 二階の部屋は、階段を上がって左右に延びる廊下の両側にあった。階段は壁に挟まれていて直接廊下を確認できないが、銃弾の飛んでくる方向からして敵は左の部屋にいる。この狭さであるから恐らく人数は二、三人程だろう。

 カールは廊下を挟んだ向こうに大きな柱があるのを確認し、背後の新兵たちに振り返った。そしてジャックに下を見ているように、そしてヘンリーには目の前の柱の裏へ進むよう手振りで指示した。

 銃声が収まったのを見計らいカールが制圧射撃を行い、その隙にヘンリーが柱の陰へ飛び込んだ。そして彼も加えて左の部屋へ一斉に集中放火を浴びせる。閉められた扉もその周りの壁も、みるみる穴だらけになっていく。

 途中反撃もあったが、それは唐突に止み、カールは片手を上げて射撃を止めた。

 家の中は一瞬で静まり返った。


 カールは二人の兵士と目配せし合い、手振りで左の部屋の前まで行くよう指示する。

 ヘンリーが扉に手をかけ、一拍置いてから一気に押し開いた。カールが部屋へ飛び込み、若い兵士たちが続く。

 予想よりもはるかに狭かったその部屋の中には、二人のアマリア兵士が倒れていた。傍らには狙撃銃や機関銃が転がっている。


 三人は彼らに銃を向けたまま、足でつついた。動く気配はなく、罠があるようでもない。カールはため息と共に銃を下ろした。


 あと何度こんなことを繰り返すのだろう。

 アマリア軍は国を守るために戦い、カペル軍は侵略を進めるために戦う。大義名分がどちらにあるのか、誰の目にも明らかだった。

 ただ兵士たちに共通しているのは、どちらも死にたくないということだけだ。生き残るには戦うしかない。敵を撃つしかない。

 そう強く言い聞かせていないと、ちょっとしたことで精神は脆く崩れてしまう。

 カールが目を伏せた時、背後で突然カタンと音がし、三人は同時に振り返った。


 するとそこに想定外なものがあった。

 部屋の隅にあるクローゼットの中で縮こまっている、青いワンピースを着た、幼い女の子ども。声を発することすら忘れてしまったかのように、怯えた表情をしてこちらを見ている。


「……子どもが何でこんなところに」


 ヘンリーが驚いたように呟き、ジャックが相づちを打つ。


「逃げ遅れたんですかね」

「さあな……」


 カールはひとまず彼らに銃を下ろさせ、少女にゆっくり歩み寄った。少女はびくりと身体を震わせ、一層壁に身を寄せた。

 これ以上近付いても怖がらせるだけかと、カールは足を止めた。

 もしかしたら、この兵士たちは子どもも守っていたのかもしれない。だとしたら本当に酷いことをしてしまった。こちらを怖がるのも無理はない。


「少尉どうします? こんなとこに置いとくのも可哀想ですし、連れていきますか?」

「いや……子どもは足手まといにしかならない、連れては行けない」

「でも危ないですよ。さっきみたいなのに巻き込まれたら」


 ヘンリーが心配そうに食い下がるが、カールは首を左右に振った。


「駄目だ。この子は置いていく」


 腑に落ちないといった風に眉をひそめるヘンリーを無視して、カールは小銃を肩に担いで少女の前にしゃがんだ。

 まるで鬼でも見たかのように震える彼女は、今にも泣き出しそうだった。

 カールは手を伸ばして少女の頭をぽんと撫でた。


「お嬢ちゃん、お名前は?」


 微かに笑って首を傾げると、少女は不思議そうな顔をしてカールを見上げた。

 そしてしばらくカールを見つめ、もじもじしながら口を開いた。


「……ミラベル」

「そうか、ミラベル。俺たちは君を連れて行けない。だけど、町を見回ったらすぐ安全な場所まで連れていってあげよう。それまで、ここで我慢できるか?」


 ミラベルがおずおずと頷き、カールは彼女の頭を撫で、頬の汚れを指で擦った。

 それから自身の水筒をミラベルの前に置き、ヘンリーたちへ振り返った。


「誰かチョコレートとか持ってないか? 俺切らしてんだ」

「えっ、あっ、おれ持ってます」


 ジャックがあたふたとポーチを探り、紙にくるんだチョコレートを取り出して投げ渡した。

 それを彼女の手に持たせてやる。


「これ、食べていいからな。ちょっと苦いかもしれないけど」


 そう言って悪戯っぽくウインクすると、ミラベルは少し緊張がほぐれたのか表情を和らげてまた小さく頷いた。

 カールはまたミラベルの頭を優しく撫でて立ち上がった。僅かに後ろ髪を引かれるが、若い兵士たちを連れて部屋を出る。


 二階の他の部屋も確認してから、三人はその家を後にした。

 また警戒しながら路地を進んでいると、ヘンリーがどこかおかしそうに尋ねた。


「少尉って、子ども相手慣れてるんですね。子どもいるんですか?」

「いや、いないよ。結婚もしてないし」

「へえ、恋人は?」

「いない」


 内心面倒に思いながらカールは淡々と答えた。

 どちらかというと子どもは苦手な方だが、それでも何となく相手の仕方が分かるのは、ナタの従者だったからだろう。

 ナタが十歳の時から仕えていたし、彼女の妹のマクシーネとも何かと絡んできたのだ。女の子どもの扱い方は嫌でも身に付く。

 ふとナタのことを考えるのが久しぶりであることに気付き、カールは自分が徐々に無情になっていっているのをひしひしと感じた。


――早いとこ何とかしないとな……。


 ナタが無事でいるか不安に襲われたが、この状態で悩んでも仕方ないと、頭を振ってナタの面影を追い出した。

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