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Princess royal(1)

 目の前を歩く赤毛の妹を追いかけながら、ナタは忙しなくマントのフードを押さえつけた。

 二人は今、王宮を抜け出して首都・オルバネの中心街へ向け、太陽の照り付ける中を歩いていた。

 無防備に外に出ることがナタには不安でたまらなかったのだが、妹・マクシーネは弾んだ足取りで進んでいく。

 彼女は昔からこっそり王宮を抜け出して街で遊んだり買い物したりすることが大好きだった。ナタも毎回付き合っている、いや付き合わされている。

 国民の様子を直接見るというナタの目的も達成できるからまだよかったのだが、今はそんなこと言っていられない。

 ナタは足を速めてマクシーネの横に並んだ。


「マクシーネ、やっぱ帰ろう? 今は外に出ることも制限されてるんだし……」


 そう訴えるとマクシーネが身体ごと振り返って腰に手を当てた。そして蒼玉のような目をつり上げ、可愛らしく頬を膨らませる。


「お姉様はわたしとお出掛けするの、イヤ?」


「えっ、ううん、イヤじゃないよ……ただ外に出るのは止めた方がいいと思うだけで……」


 妹の勢いにたじろぎながらナタはもごもごと答える。するとマクシーネはどこか満足げに微笑んだ。


「大丈夫よ、テオも連れてきてるんだし。それにわたしたちを見て、王女だなんて思う人はいないわ」


 そうなんだけど、とナタは未だ納得していない顔でマクシーネを眺めた。

 マクシーネはクリーム色のブラウスにオリーブ色のロングスカートと、彼女にしては地味な色合いの格好をしている。ナタ同様に彼女もマントを羽織っているがフードは外していて、長い髪を頭の高い位置で一つに結っている。耳には赤い天然石をあしらったイヤリングが揺れていた。


 一方ナタはというと、くすんだ水色のマント下は白いシャツにグレイの細身のズボンを履いているだけ、といたって簡素な身なりだ。マクシーネのように髪飾りやイヤリングを付けている訳でもない。まあフードを被っているためそれらの装飾品を付けたところで意味をなさないのだが。


 これらはどれも、かつて街に出た時にマクシーネが選んだものだった。街を歩くのに、王宮で着ているドレスじゃ目立つからといって。

 元々ナタはあまりドレスを着ず、今のような格好にベストと上着を重ねるぐらいで、どちらかというと王女というより王子といった出で立ちだった。

 だからドレスで着飾るマクシーネほど派手ではないのだが、マクシーネいわく王宮のものは質が良すぎるらしい。まあそれも一理ある。


 しかしナタはドレスよりももっと目立つものを持っていた。


 この顔に二つある、紫色の瞳だ。


 この国、カペルに古くから伝わる伝説の魔女、ミド・ブルージャと同じ色のこの瞳。

 それだけでなく、紫の瞳は世界的に見ても珍しいらしい。紫に近い青はたくさん見るのに――マクシーネも青色の双眸なのに、紫が稀少だなんて不思議な話だ。

 しかしそのせいで自分が生まれてすぐこの瞳の色は国中に広まり、知らない者はいない程である。

 王宮にいても何かと好奇の目を向けられるのだ、きっと外でも気付かれることは必至だ。


 今もマントのフードを深く被り、更には大きなレンズの眼鏡を掛けて誤魔化しているが、いつ誰にバレるともしれなかった。

 ナタがそわそわと眼鏡を押し上げると、マクシーネは何か悟ったように嘆息する。


「わかりました、わかりましたわ。じゃあお買い物はなしで、少し街中をお散歩したら帰りましょ。お姉様も、街の様子は見たいのでしょう?」


「……うん」


「了解です。お姉様のフォローはわたしがしますから、お姉様は気楽に歩いてくださいな。まあ、わたしたちに何かあったら全部テオの責任よ」


 悪戯っぽくウインクし、マクシーネはナタの手を引いて再び歩き出す。ナタは彼女についていきながら、後ろへ振り返った。

 濃い灰色のマントを羽織った、長身の男が二人から少し離れた位置を歩いている。ゆったりとした歩調で歩いているが、黒髪の下の黒い目は常に周りを警戒している。

 彼はナタと目が合うなり、やれやれといった風に肩をすくめた。


 テオ――テオバルト・アンガーマンはマクシーネ専属の護衛兵だ。とても寡黙な青年で、ナタと話したことも数少ない。

 姉妹が王宮を抜け出す時は誰にも見つからないように細心の注意を払って出るのだが、テオバルトはいつも、気付いたら背後に立っているのだ。ナタが何度驚いたことか。


 しかし彼は王宮に連れ戻そうとする訳でもなく、ただ二人についてくるだけだった。

 まあ王宮に戻るよう注意してもマクシーネが聞く耳持たずだったらしょうがないか。

 ナタは苦笑して、小声でテオバルトに謝った。すると彼は一瞬宙を仰いで珍しく口を開く。


「私に謝られる必要はないのですが、ナターリエ様は王宮に戻った時の心配をした方がいいでしょうね」


 テオバルトのその指摘に、ナタはううと唸った。

 王宮に戻った時、それはもう魔女よりも怖い存在が待っているのだろう。それを考えると胃の辺りが傷んだ。


「……やっぱり戻ろうかな……」


「ええっ、イヤです!」


 勢いよく振り返ったマクシーネが大声を上げ、ナタは目をぱちくりとさせた。


「だって王宮にばかりいると息が詰まるもの! それに、それにわたしもうすぐ留学するから、それまでお姉様とたくさん一緒にいたいのです!」


「マクシーネ……」


「心配って、どうせカールのことでしょう? カールに叱られる時はわたしも一緒に叱られますから。それにもう王宮から出ちゃってます、いつ戻っても同じですわ」


 それもそうだな、と納得しかけてナタはハッとした。また思いっきりマクシーネに言い含められてしまった。

 本当、自分は妹に敵わない。思わず苦笑が込み上がった。


「分かった、散歩してから帰ろう」


 そう言うとマクシーネはパッと顔を輝かせ、嬉しそうにナタの腕に絡んでくる。


 マクシーネが自分を外に連れ出す理由は分かっていた。

 ナタは昔から感情を抑え込む癖があるらしく、時々、発作のように泣き出すことがあった。幼い頃は、この紫の瞳を見つめる周りの目が怖くて、両親とマクシーネにしか心を開けていなかった。仕方ないことだと割り切ることも出来ず、人前に出る時は自分に向けられる好奇の視線を必死に耐えるしかなかった。

 しかしその我慢が、いつしか発作を起こすようになった。大抵は一人部屋の隅でめそめそするだけなのだが、一度家族の前でその癇癪を起こして以来、マクシーネはナタを気遣って気分転換にと定期的に誘うようになったのだ。

 妹に気遣わせて情けない姉だと思う反面、マクシーネのお陰でその発作もほぼなくなっていて、彼女には感謝してもしきれなかった。

 だからマクシーネの我が儘もつい聞いてしまうのだった。


 二人は露店がずらりと並び、買い物客で賑わう市場へ入っていった。様々な人や物品が見られるのでここには毎回立ち寄るようにしていた。

 ナタは歩調を緩め、露店を見て回る。


 果物や野菜を売る店、肉を切り売りする店。大量の服をぶら下げている店や、家財道具を扱う店。他にもその場で作った料理を売っている店もあり、人気のある所には行列が出来ていた。

 それらの露店を見ながら、ナタはとあることに気付く。


「また値段が上がってるような……」


 ぽつんと呟くと、隣でマクシーネが一度頷いた。


 前回ここに来たのは確か一ヶ月と少し前だ。その時よりも若干ではあるが物の値段が高くなっている。特に野菜類は顕著で、昔と比べたら倍以上になっていた。


「値上がりはしょうがないですわ」


 マクシーネがため息混じりに言った。


 カペルは今、非常に貧しい。原因はいくつかあるが、一番の要因は雨の少なさだ。

 カペルは国土の大半が砂漠になっており、非常に乾燥した地帯だった。作物の育ちにくい土壌が広がっている。

 それでも水源のある川沿いの地域やオアシス、砂漠化の進んでいない緑のある所では、冬に訪れる雨期の力を借りて何とか農業を行えている。

 しかし数年前――六、七年程前からだったろうか、雨期が極端に短くなり、その影響で干ばつが続いた。育つものも育たなくなり、食料が減った。


 カペルは元々自給率が低く、カペルの主食であるパンに用いる小麦も、長いこと他国からの輸入にも頼ってきた。それが現在はほぼ全ての小麦を他国に依存しているような状況だ。

 自給自足できるということがどれだけ大変で、どれだけ大切なのか、誰しもが痛感した。

 水の貯えも減る一方で、水を求めて国民同士が争いを起こすようにもなった。


 カペル政府も今まで対策を取っていない訳ではない。農家の補助を行ったり、食料に対する減税をしたりして、国民の負担を減らす努力はしている。財政は火の車なのだが、やらないよりはマシだといった少し自棄を起こしたところもあった。

 しかしそれでも景気は回復せず、国民の政府や王宮に対する不満は募るばかりで、あちこちで暴動が起きる程になってしまっている。


 もっと雨が降れば――。


 誰しもがそう思うが、もう誰も口にはしない。

 ナタがため息を吐きかけた時、不意にマクシーネがピョコンと跳ねた。


「お姉様、見て見て! 可愛いお洋服! 新しいの入ったのね、ほしいなぁ」


「マクシーネ……買い物はなしと言ったのは誰?」


「あうう」と小さく唸ってマクシーネは唇を尖らせた。そして我慢することに決めたのか、ナタに一層すり寄った。その目は未だに服を捉えていたが。


 首都・オルバネは物流が盛んなため、干ばつの影響は軽微だった。だから市場も賑わっているし、行き交う人々の表情も生き生きとしているように見える。

 オルバネだけでは国中のことを判断できなかったが、まだ望みはあるのかもしれないとナタには思えた。

 ナタが新聞を売っている少年を横目に見ていると、またマクシーネが何かを発見したようだった。


「お姉様! ちょっとあれ買ってきますわ!」


 今度はナタの返事も待たずにマクシーネは駆けていく。彼女が向かう先は、何やら食べ物を売る店らしく、ここまでそのいい匂いが漂ってくる。

 妹が戻ってくるのを待ちながら、やはり散歩だけでは終わりそうにないなと、ようやく気付いて苦笑するナタだった。


 少し俯いてマントの裾をいじっていると、ふと頭上から影が落ち、ナタは視線を上げた。そしてあからさまに表情を凍り付かせた。

 自分に影を落としている人物は、爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見つめている。


「やはりこちらでしたか」


 とても穏やかな口調で彼は言ったのだが、灰色の目は全く笑っていない。ナタはぞっとして思わず身を引いた。

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