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Outbreak of war(4)

――その言葉が妙に引っ掛かりまして、私は基地に戻ってから色々と調べました。国王様と王妃の出会いから結婚に至るまでの経緯をね。結婚前の王妃の名は、リーゼ・カロッサ。デラロサで生まれ育ち、幼い頃に両親を亡くしている。周りから迫害され、町からも追いやられて国境付近の一軒家で一人暮らしをしていた。そう、紫色の瞳を持っていたからです。《術師》なぞほとんど見かけない現在、魔女の瞳は忌み嫌われる対象にしかならない。それは王女もお分かりかと。


――国王が王妃と出会ったのは、彼がデラロサ視察に赴いていた時でした。国王が直接声を掛けたのだとか。そして二人はすぐ婚約し、結婚に至った。私はそこでまず疑問を覚えました。国王は、何故リーゼとの結婚を急いだのか……。国王が欲していたのはリーゼではなく、リーゼの紫色の瞳だった。リーゼを擁し、彼女の力を借りて大陸を手中に収めようとした。


――信じられないといった顔をしていますね。しかし国王は結婚してから隣国に対し何度と接触している記録が残っているのです。アマリアに限らず、北のゲルリダやイグレシアにまで。裏で密かにね。


――だからといって国王が大陸支配を目論む証拠にはならない、確かにそうです。何故彼は恋人から奪ってまでリーゼと結婚したのですか? そう考える方が自然だと思いませんか。


――私はその疑問を抱えて悶々としていた。するとある日、男が言ったのです。


「国に対する反乱を起こすつもりだ。メンバーも武器も徐々に集めている。お前も参加しないか」


――正直、その誘いに心が揺らぎました。国王に対する疑いが晴れずにいましたから。しかし私とて軍人、国に忠誠を誓っているのです。裏切ることは出来ない。でも思ったのです、ひょっとするとこれは国を正しく導く好機なのかもしれない。無下に断らずとも、反乱軍を利用すれば……だから私は直接参加することは出来ないが、裏から手を貸すことにしました。


――カペル軍の情報を与え、武器を横流しし、デモ隊をあおって暴徒と化させた。オルバネ襲撃を計画させたのも私です。本当は王族と争って貰いたかったんですけどね、彼らもそこまでは非情になれなかったようです。その上国に阻止されてしまい、計画は台無しになってしまいましたよ。


――仕方なく次の計画を考えていたのですが、予想外なことが起こりました。反乱軍の穏健派が和平交渉を申し出たのです、何の相談もなしにですよ。これには正直呆れました。何のために今まで戦ってきたのやら。それにこの時あの男も軟化し始めていて、戦うことを躊躇うようになっていました。原因は唯一の肉親だった弟を紛争で亡くしたからです。


――その弟のためにも戦い続けるべきだと私は訴えたのですが、彼は首を縦には振りませんでした。私はその時点で、男を見限った。カペルの軍人として、反乱軍を殲滅することに決めました。反乱軍を止めるにはそれが一番だというのにガーネット司令官はずっと渋っておられました。王女と同じで、対話を重ねて解決しようとお考えだったようで、本当にぬるいお方です。それにしても自分の思惑通りに事を運ぶのは難しいものですね――



「――しかしもう、そんなものは関係ない」


 ファーバーは寝台から立ち上がると、ナタを見下ろして手にしていた槍の切っ先を突き付けた。


「腐った国など私が潰す。そして新しい国を創る」

「そんな……そんなことさせない! あなたは自分の都合でしか語っていないじゃない!」


 怒りに狂ってしまいそうだった。

 カペルの長い歴史の中で、どれだけの国民が生まれ、死んでいったと思っているのだ。争いも起きた、自然災害も起きた。でもそれを国民が乗り越えたから今のカペルがあるのではないか。

 そんなの許せるはずがない。

 目をつり上げて睨み付けるが、ファーバーはどうでもよさそうに肩をすくめた。


「そうは言いますが、では王女は反乱軍の声に少しでも応えたのですか? 干ばつの対策を何か考えているのですか? ただ守られるばかりで、争いとは無関係の場所で安閑と育ってきた貴女に何かできたのですか」


 ファーバーの言葉は胸を深く抉るようだった。だが落ち込むことよりも怒りの方が勝っている。


「それでも、貴方のように見捨てたりも、殺したりもしない! 死んだら何も出来ないじゃない!」

「でも、ボリス・フレーリンは見殺しにしたのでしょう?」


 ナタはたじろぎ、一瞬息を止めた。


「……ど、どうして」


 そのことを知っている。つい昨日の出来事は、誰にも話していないし、ディルクたちも他に話したりしてないはずなのに。


「どうしてでしょうね? まあ、まだボリスの遺体は見つけられていませんが、貴女を護衛していた者を尋問すれば吐いてくれるでしょう。ちょうどそこに二人いることですし」


 ナタはカールたちへ目をやり、またファーバーに見上げた。もう彼を睨む余裕などなくなっていた。

 これは脅しだ。自分が彼らを見捨てられないことを承知の上で。逆らわないように人質の命を目の前に置いて。

 こんな者に屈したくなどないのに、カールとエマを見たら自分に出来ることなどひとつしかなかった。


「……わたしに、何をさせたいのです……」

「ああ、話を聞いてくれる気になったのですね。貴女と国王、そしてガーネット司令官には恨まれ役になって頂きます。“事”が失敗に終わった時にね。だから国王も生かしているのですよ、まあ昏睡状態ですが」


 ナタはすっと自身の体温が下がった気がした。目の前の男の茶色の瞳が、狂気の色に光ったように見えた。


「……何を企んでいるの」


 ファーバーは氷のような冷笑を浮かべ、告げた。


「アマリアに宣戦布告しました」


 愕然とした。恐怖に身体が震えた。何故そんなことをしなければならない、何故そんなにカペルを壊したいのだ。

 それに、何より――。


「アマリアにはマクシーネがいるのよ!?」


 ナタは悲鳴に近い声で叫んだ。


「知っていますよ。その妹姫の処遇はアマリアが決めるでしょう。こちらの手間が省けて有り難いです」

「ふざけるな! お前は、人を、この国を何だと思っているんだ! 蔑ろにするのも大概にしろ!」


 そう怒鳴ると、突然ファーバーの手がナタの首を掴んだ。


「何とも思っていません。国民だろうが王族だろうがどうなっても構いません。もうすぐこの国は私のものになり、誰も逆らえなくなるのですから」


 ファーバーの指が食い込み、首を絞められた苦しさのせいか、涙が浮かび目の前が滲んだ。


「下衆が……」


 離れたところでカールが低く唸った。


「何とでも言うがいい。さて王女、私は寛大です。貴女の部下は解放してあげましょう。といっても、戦争の前線に行ってもらいますがね。兵士として国のために戦えて光栄でしょう」


 ファーバーはナタの襟首を掴んで立ち上がった。

 ナタはもう言い返す力も出なかった。こんなに悔しいと思ったことはない。結局は誰も生かすつもりはないのだ。


 その時だった。

 力なく横たわっていたエマを中心に地面が揺れる程の暴風が巻き起こった。その風はナタの目の前に立っていたファーバーを吹き飛ばした。

 同時にどこからともなく二人の兵士が視界に飛び込んできた。一人がヴェンタスを蹴り飛ばしてカールを開放し、もう一人がヴェネフィカスらに向けて銃を撃ち始める。

 突然現れた頼もしい後ろ姿に、ナタは自ずと安堵してしまった。

 ディルクとザシャだ。




「弾切れるまで撃ち続けろよ!」

「わかってます!」


 ディルクが怒鳴るように言うと、ザシャも大声で答えた。耳をつんざくような銃の音を聞きながらディルクはエマへと駆け寄り、抱き起こす。


「エマ! 生きてるか!?」

「……は……い」


 彼女の息も絶え絶えな返事にディルクは舌打ちした。


「さっきはよく気付いてくれた、助かったぞ。それと遅くなってすまなかった、脱出する! カール!」


 エマを抱え上げて振り返ると、いつの間にか立ち上がったカールは床に転がったファーバーに銃を突き付けていた。一方ナタはそこから少し離れた所に座り込んだまま動いていなかった。


「王女! こっちに来い!」


 そう声を掛けるが、彼女は青ざめた顔で首を横に振る。


「……足が」

「チッ、カール! 王女を抱えろ!」


 ファーバーに銃口を向けたまま、カールはナタの下へ移動する。彼がナタを抱え上げるのを確認しながら、ザシャに問う。


「弾の残りは!?」

「あと半分で――」


「ヴェンタス!」


 ザシャの返答に被るように、突然、ファーバーが叫んだ。

 何事かと振り返った途端、何かがザシャを突き飛ばし、赤い二つの光がディルクのすぐ目の前まで迫った。それは瞬きをする間もない程の速さで横を通り抜け、カールたちに向かっていく。

 ヴェネフィカスだ、と理解する前にディルクは銃を向けたが間に合わなかった。それはカールごとナタをさらい、窓を突き破って外に飛び出した。

 一瞬の出来事にディルクは思わず呆然としてしまった。

 それも束の間、


「ローレム!」


 ファーバーがまた叫んだ。

 するともう一体のヴェネフィカスの胸元が青く強い光を放った。そして次の瞬間、横から大量の水が濁流となって押し寄せ、ディルクたちを襲った。


――クソ! 《マテリアル》か!


 突如水中に放り込まれ、呼吸を奪われた。

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