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Outbreak of war(3)

 バタンと大きな音が聞こえるのとほぼ同時にカールはナタの肩を掴み、雪崩込むように絨毯の上に転がった。

 そして次の瞬間、ドンと爆発音が轟いた。


 カールは悲鳴を上げるナタを胸に押し込め、とどまることのない爆音を聞いていた。ところが何故か爆風も衝撃波も二人のところに届かない。

 ああエマが守ってくれたのだと、カールはホッと安堵した。


 頭を上げて振り返ると、部屋の扉は吹き飛んでいて、壁も大きく崩れひびが入っていた。

 その中央でエマが銃を向けるその先に何や緑色の透明な膜――壁が出来ている。その壁は爆発が起きる度にゆらゆら揺らめいているが、びくともしていない。

 カールは立ち上がり、ナタに背を向けた。そして小銃を構えながら、壁に空いた大きな穴の前にいるエマに声をかける。


「エマ、無事か」

「はいっ、爆発は防げますが……あれはちょっと……」


 切羽詰まった声で彼女は言い、数歩後退った。カールはエマが見ている方へ目を凝らした。

 黒づくめの人間が二人、廊下の奥に立っていた。管のついた黒いマスクを付けていて、顔は鈍く光る赤い目しか見えない。身につけている物とは対照的に彼らの髪は真っ白だった。

 その異様な出で立ちに、カールは自ずと鳥肌が立った。


「……何だあれは」

「私は一度対峙しました。《マテリアル》を大量に所持しています。《術師》か適合者でしょう。でも……どう対処すればいいのかは分かりません」

「銃は効くのか」

「いいえ」

「お前の《術》は」

「試してみたいのですが、二人も相手するのは少し難しいかもしれません」

「逃げることは?」

「……不可能です」


 エマは感情を押し殺した声ではっきり告げた。カールは舌打ちした。諦めたくはないのだが、どう足掻いても八方塞がりらしい。

 それならば――。


「エマ一人なら逃げられるか」

「……少尉」

「可能そうなら行け」

「でも、少尉、私は……ぐっ……!?」


 突然、エマが腹を押さえ前かがみになり、銃を落としてその場に倒れ込んだ。


「エマ!」


 彼女に駆け寄ろうとしたが、背後にいるナタの存在が足を止めさせた。自分がここを動いたらナタが危険だ。

 そうこうしている間に、エマの腹から血が溢れ絨毯に広がっていく。彼女の腹に白い槍のようなものが突き刺さっているのが見えた。


「エマ、エマ! 返事をしろ!」

「う……だ……大丈夫で、す……生きてます」


 歯を食いしばってエマは起き上がろうとする。


「脇腹を……刺されただけ……大丈夫」


 それのどこが大丈夫なんだ! と怒鳴りたかったが、もうそんな余裕もなかった。

 彼女が作り出していた緑色の壁が消え、そして黒づくめの彼らは部屋のすぐ近くまで迫っていた。


「申し訳ありませんが、逃がすわけにはいきません」


 急にどこからか聞いたことのある声がした。それが誰のものか思い出す前に、持ち主は姿を表す。


「飛んで火に入る夏の虫、とはこのことですね。まさかこんな簡単に引っ掛かってくれるとは思いませんでした」


 その男はにこりと笑った。

 彼は黒づくめの者たちの間を通り、ゆっくり近付いてくる。彼を見て少し動揺したものの、カールは自身の頭が酷く冷静なのを感じていた。

 王宮中の人間を疑っていた。ガーネットに対してでさえ、常に警戒心は持っていた。そのぐらいしていないと、この殺伐とした国ではナタを守り抜けない。だから誰が出てきても大して驚きはしなかった。

 カールは彼に銃口を向け、睨み付けながら口を開いた。


「ファーバー殿……貴方が黒幕か」


 クラウス・ファーバー。ガーネットの補佐をしている――いや、していた男だ。ファーバーは薄く笑みを浮かべて両手を肩の高さに上げた。


「銃を下ろしてくれませんか、怖くてまともにお答えできません」

「じゃあそこの二人を下げて貰えますか。対等に話したいのなら」

「対等? 対等ねぇ、まあ君たちは私に逆らえないのですけどね?」


 ファーバーがそう言い、意味深に小首を傾げた。


「ブルメスター少尉、貴方はもう少し賢いと思っていました」


 ファーバーは銃口を向けられていることなどお構い無しといった風に、床に倒れるエマへ近付き、彼女の腹に刺さる槍に手をかけた。


「わざわざ王女をここに戻しにくるとは、愚かですね」

「うっ!? あああっ! ぁぐっ……!」


 エマの脇腹を刺す槍をぐりぐりねじり、彼女が上げる悲痛な叫び声にファーバーは愉悦そうに微笑む。

 カールは息を呑んで叫んだ。


「やめろ!」

「ええ。私も女性を痛め付けるのは趣味ではありません」


 そう言って、ファーバーは槍を勢いよく引き抜いた。短い悲鳴と共にエマの身体がびくんと跳ねる。

 更に彼はぐったりとしているエマの茶色の髪を鷲掴み、引っ張り上げた。そして血の付いた槍の鋭い切っ先を彼女の白い喉に当てる。


「今のところ、貴方たちを殺す予定はありません。銃を捨ててくれますか? でなければ、誤って彼女の喉を突いてしまうかもしれません」


 顔に笑顔を浮かべたまま、ファーバーは言った。

 カールはエマを見つめた。彼女の眼にはまだ力があり、何かを訴えているようだった。自分ごとファーバーを撃ってくれと言っているような眼に、カールは酷く狼狽してしまった。それが確実かもしれないが、そんなこと出来るはずもなかった。

 しかしそうしている間もファーバーの持った槍が彼女の喉に食い込み、ぷつりと血の玉が浮かび始めていた。

 カールは歯軋りして視線を落とし、小銃を床に放り投げた。するとファーバーも槍を下ろし、にこりと満足そうに笑う。


「ありがとうございます。じゃあ貴方もこちらに来て貰えますか? 私が必要なのは、後ろにいる王女ですので」


「……ナタ様に何をするつもりだ」

「何もしませんよ。殺したりもしません。ただ有事の際に身代わりになって頂くだけです」

「身代わりだと?」


 聞き捨てならないと、カールは眉を上げた。

 ファーバーは何が面白いのか相変わらず微笑んだままで、エマの髪も離していない。エマは腹を押さえて痛みに顔を歪めていた。


「これから、この国は革命を起こすのです」

「革命? ……言っている意味が分からない」

「おや、分かりませんか? まあ構いませんが。ヴェンタス、彼をここまで連れてきなさい」


 ヴェンタスと呼ばれた黒づくめの者が、虚ろな目をしたままカールに近寄り、腕を掴むなり後ろに捻り上げた。その痛みに息が詰まったが、カールは唇を噛んで耐えた。

 そしてヴェンタスに引きずられるようにファーバーの下へ連れていかれる。

 振り返ると、座り込んだままのナタが怯えた顔をして硬直していた。


 あんな表情、一生させたくなかったというのに。

 不甲斐ない自分を胸の内で罵倒した。




「ナターリエ王女」


 穏やかな声音で呼ばれ、ナタはびくりと身体を震わせた。放心していたのか、目に飛び込んできた光景に悲鳴が漏れそうになった。

 捕らえられたカールが床に押さえつけられ、エマは腹から血を流してぐったりしている。

 どうしてこんなことになったのだ。自分が王宮に戻りたいと言ったせいなのか。


「王女、私の話を聞いて頂けますか?」


 ファーバーが乱暴にエマを離し、立ち上がった。そして笑みを浮かべたままこちらに歩いてくる。

 逃げなければ。ナタは後退ろうとするが、うまく身体に力が入らなかった。


「ああ、怖がらないで下さい。王女を傷付けたりはしませんよ?」

「……な、ん、なの? 貴方は」

「何、と聞かれても答えようがありませんね。私はクラウス・ファーバーですよ、ガーネット司令官の補佐をしていた」


 ガーネットの名を聞いてナタはハッとした。


「ガーネット殿も、まさか貴方が……?」


 そう問うと、ファーバーはふっと目を細め、ナタの前にしゃがみ込んだ。


「彼なら捕らえました、迷惑なことにアマリアに行こうとしていたので」

「……何故……一体何がしたいの」


 恐怖に怯えた目で尋ねると、ファーバーは意味深に微笑んだ。


「分からないのも無理はない。じゃあ少し昔話をしましょう」


 そう言ってファーバーはおもむろに立ち上がり、国王の眠る寝台に腰を下ろした。そして芝居じみた口調で話し出す。


「私はかつてデラロサにいました。近衛部隊に配属される前の話です。私はそこである男と出会った――」



――その男は酷い酒呑みでしてね、初めて見かけたのも小さなバーでした。いつもヤケクソのように酒をあおっていたものですから、気になって声を掛けたんです。何か辛いことでもあったのか、と。よく見ると私よりも若い男でしてね、余計に心配になったんです。するとその男、酔って警戒心すらなくしたのか初対面の私に話したんです。国に大切な人を奪われたのだと。


――最初は私も酔っ払いの戯言だと思っていたので軽く聞き流していたのですが、彼は更に言うのです。


「プロポーズする予定だったのに、国王が権力で俺から奪っていった」

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