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Outbreak of war(1)

「俺は王宮内を巡回してくる」


 車を降りるなりディルクはそう告げた。熱い砂漠をひたすら走り抜け、ナタ一行は昼にはオルバネ、王宮に辿り着いていた。


「エマは王女に付いて行け。王宮だからと気を抜くな、この状況じゃ誰が敵で誰が味方かわからんからな。あと、王女は絶対に守り抜けよ、いいな」


 エマとカールを指差しながら口調を少し強める。二人は頷き、それぞれ銃を持ち直した。

 ちらとナタに目を向けると、彼女は不安げな表情を浮かべてディルクたちを交互に窺っていた。その顔は僅かに青ざめているように見える。

 ナタにも声をかけてやるべきかと思ったが、安心させてやれるような言葉が浮かばなかった。王女はカールたちに任せるかとディルクが放任した時、ふと傍らのザシャが片手を上げ、


「オレはどっちっすか?」と尋ねた。

「お前は俺と来い」


 ディルクは彼に手振りで合図し、ナタやカールらとその場で別れた。



――王宮内は酷く静かだった。

 いや王のいる宮殿なのだから静かで当然なのだが、人の気配がやけに少なく感じる。巡回している近衛兵と会ってもいいはずなのに、廊下にはメイドすら見かけなかった。

 廊下の曲がり角に差し掛かり、ディルクは壁に背を付けて曲がった先を覗いた。やはり人っ子一人いない。


――これは……。


 と、ディルクが嫌な予感を覚えて眉を寄せていると、後ろからザシャが囁くように話し掛ける。


「……ここら辺はイヤな雰囲気っすね、空気が淀んでる。人があまり通ってないんだ。王宮っていつもこうなんすか?」

「いや……ここいらは執政官がよく通るはずなんだ。執務室も会議室もあるし」


 ディルクの返事にザシャは「へえ」と呟くだけでそれからは黙り込んだ。彼も彼なりに何かを察したらしく、警戒を強めたようだった。

 そのまま二人は誰もいない廊下を進み、執務室や資料室などをひとつひとつ確認して回った。しかしやはりどの部屋にも人影はない。

 何故誰もいないのか。近衛部隊に所属していたから、顔見知りの兵や執政官いるはずなのだ。一体彼らはどこにいった?

 思わず問い掛けるようにザシャへ振り返ったが、彼は困惑した顔で肩をすくめるばかりだった。自分も訳が分からないのだ、ザシャも分からなくて当然か。


 ディルクは深く息を吐き出した。

 こんなに緊張するのは、デラロサでの戦闘ででさえあまり体感したことはない。小銃を持つ手に自然と力が入る。


 それからまた少し進んで、ふと廊下の突き当りに目をやると、そこにある両開きの扉が僅かに開いているのが見えた。

 あれは確か大会議室――最重要の議題の時にしか使われない部屋だと聞かされている。ディルクが近衛部隊にいた折、ここが使用されたのはたった一度きりだった。

 ディルクは手振りでザシャに合図し、その扉へ近寄った。

 ディルクは素早く脇へ避け、ザシャが扉に手をかける。二人は一度目配せし合い、ザシャが扉を一気に押し開け、ディルクが銃を構えて部屋に飛び込んだ。

 すぐに目に映ったのは、散乱する大量の紙と、所々に点々と落ちている黒いシミ。そして部屋の両端に並べられた長机の一番奥――上座部分に腰掛ける人影。

 その人影は突然銃を持って現れたディルクたちに驚いたようで、遠目にも分かるほど目を見開き、そしておもむろに両手を上げた。


「別に怪しいもんじゃないから撃たないでくれるか」

「怪しくない証拠は?」


 ジリジリと彼に近付きながらディルクは問い返した。

 弱ったような笑みをこぼす彼の顔がはっきり見える位置まできて、ディルクはようやくこの者が誰なのか思い出した。


「……あんたは確か、ルーカス・ファーバーだな」

「お、正解。俺もあんたらのことは知ってる、ディルク・ハーセ大尉とザシャ・クレンク少尉」


 合ってるだろ? とルーカスが小首を傾げた。

 ディルクは眉をひそめて、黒髪と琥珀色の瞳を持つ彼をまじまじと眺めた。

 別に自分の名前を知られていたことに驚きはしない。自分も彼のことは知っていたのだから。でもザシャは初対面のはずだし、王女護衛の件も一部の者しか知らないはずだ。

 それに銃口を向けられているにも関わらずルーカスはかなり堂々としていて異様に見えた。

 こちらが撃たないと確信しているのか、それとも避けられる自信があるのか。どちらにしても舐められているようで少々腹立たしい。


「ファーバー補佐官は?」


 銃は下ろさず、ディルクは更に尋ねた。ガーネットが王宮にいない間、ここを仕切るのはガーネットの補佐を務めるファーバーだ。彼なら全てを知っているのではとディルクは考えていた。

 しかし――。


「あんたらに話がある」


 ファーバーの所在を答えることなくルーカスが唐突に立ち上がり、数歩近寄った。が、ディルクはさっと銃を向け制止する。


「止まれ。それと手は上げてろ」

「……はあ、こっちは丸腰だぜ? さっさと銃を下ろしてくれよ、急ぎの話なんだが」


 と言いつつ、ルーカスは素直に両手を頭の後ろにやった。


「調べたら、だ。ザシャ」


 ディルクがルーカスを見たままザシャに指示する。ザシャは小銃片手にルーカスの背後に回り、身体をくまなく探った。

 しばらくしてどこからともなく小さな拳銃と警棒がテーブルに放り出される。それらを見たディルクはやれやれとため息を吐いた。


「これで丸腰ねえ」

「こんなもん護身の範囲内さ。それより、手下ろしていいか、武器ももうないよ」


 疲れたと言わんばかりにルーカスは身体の横で手をぶらぶらさせた。

 ディルクも銃口は外したが、小銃は胸の前で抱えたままにした。ザシャはディルクたちから少し離れた位置に立った。それを目の端で確認してからディルクは口を開いた。


「それで話って?」

「お? 聞く気はあるんだ。こんだけ疑って警戒しておいて」

「聞かなくていいなら帰るんだが」

「あー、いやいや、聞いてくれ」


 ディルクが踵を返そうとするとルーカスが慌てて呼び止めた。


「って、冗談やってる場合じゃないんだっての! まずいことになった! 戦争だ!」


 唐突に告げられた内容に、ディルクは緊張を走らせた。


「戦争だと?」

「そうだ、もう宣戦布告した。今頃アマリアのどっかで戦闘が始まってる!」

「はあ!? ちょっと待て、いくら何でも急すぎるだろ。反戦派はどうした」


 そう言いながらディルクはガーネットとの会話を思い出していた。

 紛争と干ばつによる経済の低迷、国民の不満。それらの目をそらすために戦争を仕掛けようとしている者達がいる――。  するとルーカスが軽く舌打ちした。


「この部屋の惨状をよく見ろ。反戦派の主要人物はここで殺された。彼らに従っていた他の連中は投獄だ」


 ディルクは足早に移動して机の死角になっていた床を見下ろした。

 乾いて黒く変色した大きな血溜まりが一面に広がっていた。何人殺されたのか分からない程の血の量だ。

 ディルクは顔をしかめ、ルーカスへ振り返る。


「まさか、ガーネット司令官も殺されたのか」

「いや、彼はまだ生かされているはずだ。好戦派は全ての罪や責任をガーネット殿……そして王族に押し付ける企みらしいからな」

「……なんてこった」


 ディルクは愕然としながら、思わずザシャに目を向けた。彼は当惑しきった表情で口を引き結んでいた。まるで嘔吐感を気力で抑えているような顔だ。ディルクも吐きたい気分だった。


「予想外にあんたらの戻りが早くて対策が打てなかった。正直、王宮には戻ってほしくなかったんだよ」

「そうか……戦争の話は俺も聞かされてた。迂闊だったぜ」

「ああ。……王女の方も少しヤバくなってきた」


 おもむろにルーカスが空を仰ぐように上を見上げて呟いた。“王女”という言葉にディルクは反応する。


「どういうことだ」

「この戦争を取り仕切ってきたやつ……好戦派のトップと言っていい、そいつが王女の下に向かってる。王女を捕えるつもりだろう」

「誰だ、そいつは」

「……クラウス・ファーバー」


 ディルクは目を見開き、息を呑んだ。


――クラウス・ファーバーが黒幕だと? 何でだよ、あの人はガーネット司令官の右腕だぞ。まさか、裏切ったのか? 何故彼がそんなことを……いや、それよりも――。


 頭の中に疑問を散りばめたディルクだったが、考えるのを止め、再び銃口をルーカスに向けた。


「クラウス・ファーバーはお前の叔父だろ、お前もそいつと繋がってんじゃねえのか。そもそもお前はここで何をしていた?」

「おいおい落ち着けって! 俺は確かにファーバーの甥だが血は繋がっなてない。やつは俺の養父の弟、つまりは義理の叔父だ。ここで俺はお前たちを待ってただけで……この際言うが俺はガーネット殿に頼まれたスパイなんだ」

「スパイ? ますます信用ならねえな。スパイが身分バラすかよ」

「バラさないとお前信じねーだろ! 俺だってこんなややこしい位置にいて必死なんだって! ……あーもう、この際信じる信じないはお前に託すから、でも今は話を聞いてくれ。王女が危険だ」


 ルーカスの焦燥に駆られた様を見て、ディルクはザシャと一瞬目配せし合った。するとザシャは肩をすくめ口を開く。


「話を聞くぐらいならいいんじゃないすか。王女に関わることなんだし。でもオレはあまり信用できないっすね、この人ちょっと東側の訛りがある」


 ルーカスがザシャへと振り返った。一瞬ルーカスが動揺した表情を浮かべたのをディルクは見逃さなかった。

 ディルクにはルーカスの口調から訛りは聞き取れなかったのだが、ザシャは違和感を覚えたようだ。それにさっきのルーカスの驚いたような素振り。あながち外れではないのかもしれない。

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