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Crisis(5)

 エマは何も答えなかった。何せ自分自身、あんなに大きな炎になるとは思わなかったのだ。

 手のひらの上の黒く焦げた《マテリアル》の残骸を見下ろす。こんな小さな石ひとつで、あの威力か。

 急に寒気がしてエマはぶるりと震えた。


「あれ、火柱か?」


 ディルクが窓から身を乗り出し、車の後方を見たまま尋ねる。


「時間稼ぎが出来ればいいと思ったので、反乱軍を囲むつもりでしたが……あれがどうなっているのかは分かりません……反乱軍がどうなったかも……。しばらくはあのままだと思います、今の内に逃げ切りましょう」


「ああ。……石一個であんなのが出来るんだな。そりゃ軍も血眼になって研究するわけだ」


 ディルクの声は風に掻き消されるように小さかったが、エマにははっきり聞こえていた。




 丸まってずっと震えていたナタは、いつのまにか車の揺れも銃撃音も収まっているのに気付き、そろそろと顔を上げた。

 すると心配そうな顔をしたカールに覗き込まれ、思わず何度も目を瞬いた。


「お騒がせして申し訳ありません、ナタ様。どこか痛いところがあったり、具合が悪かったりはしませんか?」


「ううん、大丈夫……」


 そうですか、と安堵の微笑みを浮かべる彼を、ナタはじっと見つめた。そしてふと、彼の肩口がどす黒く濡れているのに目が止まる。


「カール、肩」


「え? あれ、血が出てる……」


 今気付いたと、カールは驚いた様子もなく呟く。それを聞いた助手席のディルクが片眉を上げて振り返る。


「撃たれたのか?」


「いや、掠めただけだろう。血もそんなに出てない」


「手当てしとけよ」


「ああ」


 カールが頷くのと同時に、エマが箱を差し出す。


「包帯いりますか?」


「ああ、もらおう」


 淡々と処置を始める彼らを、ナタは未だに唖然と眺めていた。それに気付いた様子もなく、ディルクが尋ねる。


「他に負傷者いねぇだろうな」


「あ、はい、私少し火傷しました」


 そう言ってエマが赤くなった手のひらを上げ、ディルクは一層眉間にシワを寄せる。


「火傷って、《マテリアル》使ったからか?」


「恐らくですが。《マテリアル》の威力が予想以上だったので」


「そうか。冷やしていろと言いたいが水も少ない、大丈夫そうか」


「はい、軽傷ですし」


 手のひらいっぱい真っ赤なのにそれのどこが軽傷なんだ、とナタは叫びたかったが声にならなかった。

 戦闘で怪我をしたというのに、何故そんなにも平然としていられるのだ。この人たちは負傷に慣れすぎじゃないだろうか。これが兵士というものなのか。

 ナタはもう考えるのが嫌になってきてエマの火傷した方の腕をがしりと掴んだ。目を丸くしたエマがこちらを向く。


「大丈夫なわけないだろう、火傷の薬はないのか。カールも、傷口は綺麗にしてから手当てして」


 さっきエマが取り出した包帯などが入った箱をあさりながらナタは怒ったように言った。

 いや実際憤っていた。小さな負傷が悪化することだってあるのだ。それなのに彼らときたらどうでもよさそうに扱うものだから呆れてしまう。


「あーもう、傷薬ってないの!?」


「えっ、あ、はい、その丸いのが傷薬です」


 エマが指差した鉄製の入れ物を開けると、つんとした独特の匂いが鼻をついた。入っていたのは薄い緑色の塗り薬だった。

 それを人差し指で掬ってエマの手のひらに塗ってやると、彼女は僅かに顔をしかめた。


「ほら、痛いんじゃない。我慢なんかしないで」


「……申し訳、ありません」


 落ち込んだ声でエマが謝った。ナタはそれも無視して、薬を塗り込んだ火傷に布を当て、手早く包帯を巻く。


「……さっきは、守ってくれてありがとう。さっきだけじゃなくて、ずっとわたしを案じてくれてることも、とても感謝してる。でも――」


 包帯をきゅっと縛って止め、ナタは少し俯いた。

 これを言っては、彼らの重荷になるのかもしれないとは思う。しかし、言わないではいられなかった。


「無茶はしないでほしい。わたしは、君たちが傷付くのは見たくない」


 命がけで自分を守ろうとすることだけは一番やってほしくない。逃げられる道があるならそっちを選んでほしい。本当は人を殺すことも、やめてほしかった。

 そう付け加えたかったが、全部を言葉にして伝えられなかった。伝えてはいけない気がした。



第5章「Crisis」 終

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