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Crisis(4)

 一晩滞在した小さな町・ケサダを出発したナタ一行は、砂漠を走っていた。

 ケサダでも車の燃料や食料を買い込み、更にはいくつか武器弾薬も調達していたようだった。

 そして全員が服を着替え、一般人の装いをしている。ナタはゆったりしたスモークブルーのシャツに膝下までのカーキー色のパンツ、それから底の低い黒の靴を与えられた。その上から全身を覆うインディゴのマントを羽織る――マントはエマも同じ色にしている。

 常にエマと同じ色に揃える理由は聞かされていないが、ぼんやりと分かっていた。彼女はもしもの時に自分の身代わりになるつもりなのだろう。

 そんなことしてほしくはなかったが、彼らの覚悟を見ていると止めることは出来なかった。

 それに服を全て変えたのは、変装の意味もあるが、ナタの衣装に発信器などが仕込まれていたら面倒だからということを、後になってディルクが説明してくれた。本当は車ごと変えたいのだと、彼はぼやいていた。

 情報が漏れているということは、内部にも敵がいる可能性は高い。王宮が準備したもの全てを信用しきるべきではない、と。


「わたしを追って、攻撃して、何になるのだろう。わたしが死ねば、反乱軍の気が済むのだろうか」


 と率直な疑問を口にしてみたら、護衛の彼らは顔を見合わせた。そして、そういうことは二度と言わないで下さいと、カールが内心腹を立てたような顔をした。


 王族は都合のいい交渉材料――人質になるそうだ。

 攻撃されても王女であるナタは生かされ捕らえられる確率が高い。そして国との駆け引きに使われる。人質は質が高いものほど優位に立てるのだ。

 しかし、その人質を手放さないようにするために相手はどんな手段でも使うだろう。

 具体的には教えてくれなかったが、ディルクがその言葉で締めくくった。


 車の後部座席の真ん中に座っているナタは、今朝からそのことを悶々と考え続けていた。

 あの質問をしてからカールはあまり目を合わせてくれない。考えなしに聞くものではなかったと反省すると共に、自己嫌悪に陥っていた。

 微かにため息を漏らした時、窓の外を見ていたエマが突然緊迫した声を上げる。


「隊長、四時の方角」


 ディルクは即座に運転席と助手席の間に置いていた双眼鏡を取り、窓の外を探った。

 ナタは何事かとオロオロしながら右側の窓へ目をやった。窓の外には白い荒野が広がるばかりで、特に変化はないようだった。

 しかし――。


「ありゃあ……反乱軍だろうな。車が一、二、三……五台。はあ、多いな。まだこっちに気付いていない可能性もあるが――」


「どうします?」


 特に焦った様子もなくザシャが尋ねると、


「逃げるぞ」


 ディルクは即答した。


「囲まれたら終わりだ。ザシャは運転に集中してろ、指示は出す。今はまだ真っ直ぐでいい、ただし全速力でな」


「了解」


 でもこの車スピード出ないんだよなぁ、とぶつぶつ呟きながらザシャはハンドルを握り直す。


「戦闘準備」


 ディルクのその一言と共に、エマとカールがそれぞれ小銃を取り出す。


「エマは王女のサポートだ。カールは迎撃。近付いてきてるぞ、注意しろ」


 これから何が起きるのか予想できず後部座席の真ん中でナタが縮こまっていると、見かねたカールが肩を掴んでぐっと押した。


「かなり激しく揺れます。伏せて頭を庇っているように。恐ければエマに寄り掛かっていて下さい」


 ナタは慌てて身を屈め、もたもたとマントのフードを被って頭を押さえ付けた。

 するとエマがそっと肩に手を添えて引き寄せ、耳元で囁く。


「大丈夫、必ずお守りします」


 その言葉にナタは僅かに落ち着きを取り戻した反面、彼らを守ってくれるのは誰なのだろうと、そんなことばかり考えては不安を募らせた。




 カールは目を凝らした。

 白い荒野の地平線付近に黒い点がいくつか見える。

 さっきまではほとんど見えていなかったのだが、それらは確実に近付いてきていた。


「カール、お前、身体鈍ってねえだろうな」


 ディルクが双眼鏡を覗いたまま尋ね、カールは肩をすくめた。


「残念な話、現場は初めてだからな。自信はないね」


「王宮でぬくぬくしてればそりゃそうだ。だが初めてでも使わない訳にはいかない、足止めぐらいはしてみせろ」


「人使いの荒いやつだ。こいつ、いつもこうなのか?」


 ディルクの部下たちに尋ねると、彼らは即座に頷いた。カールはやれやれと頭を振った。


「そんなんじゃ部下に恨まれるぞ」


 ディルクがふんと鼻を鳴らす。


「なーに、戦場以外じゃ可愛がってやってるさ。つーかどんどん近くなってきてやがる、こっちのスピード落ちてんじゃないのか」


「落ちてませんって。この車、装甲張られてて重いんすよ。いつも乗ってるやつならもっと出るのに」


 ザシャが口を尖らせてぶつぶつ言う。


「文句言ってないで気合い入れて走らせろ」


「走らせてますってば」


 軽い調子で会話をする二人を尻目にカールは立ち上がり、車の屋根にある天窓をスライドさせた。


「じゃあ足止めしてみるから、ザシャ、あまり揺らさないでくれよ」


「はいまた無茶な注文いただきましたー」


 ザシャがげんなりと言い、カールは短く笑って屋根の上へ顔を出した。途端、突風に襲われて体勢が崩れかけ、慌てて座席の背もたれに足を掛けて立て直す。

 反乱軍の車両はもうはっきりと見えるぐらいのところまで迫っていた。



「グレネード!」


 車内に向かってカールは叫んだ。途端、車が大きく揺れ、避けた場所で大きな爆発が起きる。

 カールは揺れが収まるまで屋根にしがみついて耐えた。爆発で舞い上がった小石や砂を浴びながら、大きく舌打ちする。


「ったく、車一台相手に何発も撃ってきやがって。こっちは小銃と手榴弾ぐらいしかないんだぞ」


 先程から何度も何度も小銃で撃っているのだが、反乱軍の車の一台のフロントガラスに辛うじて当たったぐらいで効果はほとんどなかった。

 それに比べて向こうはグレネードやれ機関銃やれと、まるでこちらが武装を固めに固めているかのような装備である。

 カールは手榴弾のピンを抜き、後方へ放り投げてから車内に引っ込んだ。


「反乱軍は武器揃えすぎだろ、埒が明かない」


「あれと半年闘ってきたんだぜ? こちとら年季の入った装備でな。俺らの苦労が分かったんならお前も上の連中に言ってこい、“ケチってないでいい装備寄越せ”ってな」


「ああ、帰ったら伝えといてやるよ」


 窓から銃を撃つディルクの小言に、小銃の弾倉を取り替えながらカールは返した。


「で、どうするよ隊長さん」


「今考えてる、ちょっと黙ってろ」


「ああそうかい」


 カールはため息混じりに頷いて、また立ち上がろうとした。

 すると、


「カール少尉、私がいきます」


 エマが腕を掴み、カールは驚いて彼女を見下ろした。エマはもう一方の手にポーチを持っていた。《マテリアル》が入っているポーチだ。

 それを見たカールはあからさまに眉を寄せた。


「……そういうことか」


「はい。王女をお願いします」


 決意に満ちた眼でエマは言った。

 彼女に任せることをカールは一瞬躊躇ったが、しょうがないと座り直し、うずくまっているナタの小さな身体を預かった。

 すぐにエマはポーチから石をひとつ取り出しさっと立ち上がる。


「エマ」


 ディルクに呼び止められ彼女は僅かに身を屈める。


「いつも通りにやれ、そうすりゃ何とかなる」


「はい」


 エマは微かに口の端を上げた。




《術》を使う時に必要なのは“イメージ”だ。難しいことは考えなくていい。

 盾がいるなら作りたい場所に壁をイメージする。竜巻を起こすなら天高く上る渦を。


《マテリアル》を使うのは初めてだが、《術》を封じたものであるのなら、恐らく感覚は同じなのだろう。しかし石から《術》を解放するというイメージもいるかもしれないと、そう考えたがエマは頭を振ってそれを追い出した。

 ここで《マテリアル》を使える状況ができてよかったのかもしれない。これは使用者に酷く負担がかかると聞いたことがある。だからこの一回で、《マテリアル》の威力や自身にかかる負荷などを確認しなければ。


 右手には小銃、左手には赤の《マテリアル》。

 エマは開いた手のひらに《マテリアル》を載せたまま、後ろを走る反乱軍の車両を睨んだ。何発もの銃弾が近くを飛んでいくが、自身の周りに《術》の壁を作っているので当たることはない。

 大きく息を吸い込み、《マテリアル》に意識を集中する。《マテリアル》を中心に円を描き、天高く昇っていく炎を想像しながら――。

 ふと太陽の光を反射したのか、その石がきらりと光りを放つ。途端、手のひらにピリリとした痛みが走り、顔をしかめた途端、ごうっと爆発のような音を立てて炎の壁が現れた。


 エマは目を見張った。

 炎はエマたちと反乱軍の間で大きく天まで伸びるように燃え上がっている。その熱風がエマにも襲いかかり、慌てて車内に戻って天窓を閉めた。


「何だあれ、エマがやったのか? すげぇ……」


 運転席のザシャが呆然と呟く。

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