Material(5)
「そうですね、私は何度も見てきましたが今でも綺麗だと思います。これは、炎の属性を含んだ《マテリアル》です。ちなみに属性は色で分かるようになっています。赤は炎、青は水、緑は風、黄は雷、黒は冥、そして白……無色が晶です。
《マテリアル》は属性に関係なくどれでも使うことが出来ますが、これらを扱える者はごく限られています。《術師》はもちろん扱えます。一般人にもたまに扱える者が出てくることがありまして、我々は適合者と呼んでいます」
「その適合者って、僕らが知ってるやつの中にいる?」
「うーん、いることにはいますが。これ言っていいのですかね。まあいいか、ギルさんは適合者ですよ」
「マジですか」
シキが軽い調子で暴露し、エラルドもマクシーネも唖然とした。するとシキは慌てたように口許に人差し指を当てる。
「内緒でお願いしますよ、バレたら陛下に怒られてしまいますので。適合者を探すことも現在進行形で行われています。それから……この《マテリアル》に限りますが、使用許可をもらっています。……見てみたいですか?」
小さな赤い石を摘まむように持ち、シキは首を傾げた。
マクシーネとエラルドは各々、こくこくと頷いた。
「わかりました。では危険ですので少し下がって頂けますか。チカ、この部屋全体と彼らに防御壁を作って下さい」
防御壁? とマクシーネが首を傾げたのも束の間、突然パキパキと音を立て、部屋の壁に添って足許から乳白色の膜が現れた。
驚いて見渡している内に、それは部屋の内部をすっぽりと覆ってしまった。
近寄ってよく見てみるとそれらは石――というより鉱石でできているようだった。表面がでこぼこしていて、それでも光を反射して鋭く輝いている。
「マクシーネさんたちの防御壁は強度を上げてくださいね。念のため」
窓辺まで下がったシキがそう言うと、チカはこくんと頷いてマクシーネたちに向けて両手を差し出し、それを頭より高く挙げた。
すると、マクシーネたちとチカの間に透明な壁が突如として現れた。マクシーネは驚いて身体を縮こまらせた。
周りにあるものとは違い、天井まで伸びる目の前の壁は触ると表面がつるつるしており、また透明度もかなり高い。
以前チカに貰った腕輪ぐらいは透き通っていた。
ふと視線を上げるといつの間にかテーブルや椅子、棚にも鉱石の壁が作られていて、その万全な体勢を敷く様に、マクシーネは緊張を募らせた。
隣にいるエラルドは特に驚いた様子もなく胸の前で腕を組んで、静かに壁の向こうを見ていた。
「では、始めます」
壁の向こうから聞こえたシキの声は、少しくぐもっていた。
シキは《マテリアル》を持った右手を前に伸ばし、手のひらを上にしてすっと開いた。
途端、《マテリアル》から炎がどっと吹き出し、部屋中を燃やし尽くさんと荒れ乱れた。
あまりの迫力にマクシーネは思わず悲鳴を上げ、後退った。
あんなに小さな石から、これだけの炎が溢れるとは思わなかった。チカの作った防御壁がなければ確実に焼け死んでいた。
マクシーネは恐る恐る目の前の壁に手を触れてみる。あれだけの炎を受けているにも関わらず壁は熱くなく、むしろひやりと冷たいままだった。
その向こうの荒れ狂う業火の中、シキは顔色一つ変えずに佇んでいる。炎が生み出す風で彼の銀色の髪も白いローブも舞い上がっていた。
その姿がとても異様で、この世のものではないように思えた。
しばらくして炎は徐々に弱まり、遂には消えてしまった。
シキの手のひらにあった《マテリアル》は燃え尽き、焼け焦げた黒い塊になっていた。
烈火が埋め尽くしたというのに、部屋の中には焼け跡一つない。
何事もなかったようにシキは身なりを整え始め、マクシーネは彼を唖然と眺めていた。何の言葉が出なかった。
「……色んな法則を無視してて……なんというか、すごいな」
エラルドが僅かに掠れた声で呟き、マクシーネは隣を見上げた。
引きつった苦笑を浮かべて彼もシキを見つめている。
「その通りです。《マテリアル》も《術》も自然の法則をねじ曲げます」
シキがゆっくりこちらに近寄りながら話す。
「下手したら《術師》一人で街一つ潰すことが可能なのです。《マテリアル》も同様ですよ。だからこそ、国が厳重に管理して、公に出すことなどしない。《マテリアル》の威力をその目で見た今なら、陛下が言っていた“機密”の意味がわかるのではありませんか」
諭すように彼は言った。
鉱石の壁の向こうのシキが、神秘の中の届かない場所にいるような気がした。
しかし不思議と恐怖はなく、何故か懐かしささえ感じる。
その時不意に、また姉の顔が脳裏に浮かび上がり、マクシーネの胸の中を埋め尽くしてしまった。
ああどうか、また無事に彼女と会えますように。
そう祈らずにはいられなかった。
第四章「Material」 終




