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ギャンブル ‐砂漠の魔女‐  作者: 銀花
プロローグ
2/59

8 years ago(1)

色々と生温い目で見守ってくださると幸いです。

「毎日毎日、途切れもせずに雨が降るとさすがに嫌気がさしてくる」


 盛大なため息を吐いて黒い雲が覆う空を見上げる相棒に、カールは更に大きなため息を返した。


「雨期だからしょうがないだろ。何年この国で過ごしてるんだお前は」


 全身を覆う青灰色のフード付きマントを、大粒の雨がパタパタと打つ。マントは厚手の布で出来ていて、また表面に水を弾く加工をしているため、雨水が染み込むことはない。

 だが両手に持つ小銃と、小銃を持つためにマントから出している腕はすでにびしょ濡れだった。

 隣を歩く相棒がフードの下でふんと鼻を鳴らす。


「俺はジメジメしてんのが嫌いなんだよ。さっさと雨期明けしてほしいぜ」


「そうか? こんなに空気がしっとりするのもこの時期だけだし、それに恵みの雨なんだし、俺は気持ちいいがな」


「あっそ。あと一ヶ月は降り続けるとか俺は勘弁だぜ」


 あーあとまたため息を吐きながら、彼は地面にできた水溜まりをひょいと飛び越えた。

 やれやれと肩をすくめ、カールもまた水溜まりを飛び越える。


 この相棒は文句ばかり口にする。同郷の幼馴染み――というか最早ただの腐れ縁である彼、ディルク・ハーセは、カールと共に国の兵士になった。

 二人とも十八歳の新米兵士だ。いや、新米の中の新米と言っても過言ではない。教育科を卒業したばかりなのだから。

 そんな二人が晴れて配属されたのは王宮の近衛部隊だった。主に王宮内外の巡回を任務としている。天候など関係なく、この日も広い王宮の敷地内をひたすら歩き回っていた。


 ディルクは地方の基地に行きたかったとボヤいていたが、それにはカールも同意した。

 王宮近衛部隊。その名の通り、王族を護るための部隊であり、軍隊の中でも最高司令官直下に位置する特殊な部類に入る。

 近衛部隊はベテランや精鋭揃いだと聞いていて、自分たちにとっては縁遠い場所だと思っていた。

 だから配属先が近衛部隊と聞いた時は、二人して顔を見合わせたものだ。


 ふとディルクが足を止め、つられるようにカールも立ち止まる。


「そろそろ交代の時間じゃねぇか?」


「……ああ、そうだな。西の庭園まで行ってから戻るか、キリが悪い」


「へーへー」といつになく素直に頷くディルク。文句は言うが、任務に関しては忠実だった。

 二人は同調したように小銃を持ち直し、雨の降る中、庭園へと足を進めた。



 西の庭園には、国内外から集められた植物が多く植えられていて、観賞はもちろん、植物の研究にも使われているらしい。庭園の周りを低い垣根で囲み、二つある入口にはアーチがあり、庭園の中には小さな東屋も存在する。

 庭園の外、王宮の敷地の向こうにはうっそうとした雑木林が広がり、更にその西には海がある。


「――――こっちも異常なし。ディルク、戻ろう」


 庭園を一通り回り終えたカールが戻ると、何やらディルクは小道脇の茂みをじっと見ていた。

 雨の降る薄暗い庭園にぽつんと佇む彼の姿が異様に見えて、カールは眉をひそめた。

 もう一度声をかけようと口を開きかけたら、それに気付いたディルクが「しっ」と口元に人差し指を当てる。そしてちょいと手招きをした。

 カールは怪訝に思いながら近寄り、彼の見ていた方向に目をやる。


 同じ高さに切り揃えられた植え込みの向こうの、低い木々が生い茂っている中に二つの小さな影。背丈からして子どもだろう。

 二人とも全身を覆う雨避けのマントを着ていて、一人は黄色、もう一人は水色のマントだった。背を向けているため顔は見えなかった。


「子どもが何でこんなところに……どこの子だ?」


 思わずカールが目をしばたいていると、隣でディルクが「馬鹿かお前は」と眉を上げた。


「マントをよく見ろ、王家の紋章だ」


「え?」


 目を凝らしてよく見てみると、確かにどちらともマントの背に鷲と木の実をあしらった紋章が描かれていた。


「ということは……どっちも王女か」


「だろうな」


 ディルクが小さく頷く。

 この国の王には二人の娘がいる。確か姉が十歳で、妹は八歳だったはずだ。


「でも、王女が護衛もつけずに何してんだ?」


 カールはひそひそと尋ねたが、「俺が知るか」とディルクに冷たく返された。


 二つの小さな後ろ姿は、そこから動こうとはしなかった。というか、黄色いマントの少女の側を、水色マントの少女がウロウロしているようだった。

 何か問題が起きてどうしたらいいのか分からず、うろたえているように見受けられた。

 少し悩んだ末、カールは小銃をディルクに押し付け、植え込みを回り込んで彼女らに歩み寄った。


「――あの、王女様?」


 優しい声音に聞こえるように呼び掛けたのだが、二人の少女は同時に小さく悲鳴を上げた。

 そして水色のマントを着た少女が勢いよく身体ごと振り返り、彼女の瞳がこちらを射た。


――ああ、こっちが第一王女か。


 カールは即座に悟った。

 下っ端の兵士には王族と間近に見える機会などないに等しいが、王族の特徴は教育科にいた時点で絵姿などを見せられ叩き込まれた。

 そもそも第一王女のとある特徴は彼女が生まれた時から既に知っていた。

 第一王女が生まれた時は、国中の民の間でかなり話題に上ったものだ。当時まだ八歳だったカールも、周りが口々に話していたのを覚えている。


“第一王女は紫色の瞳をしているらしい”と。


 この国では紫色の瞳の人間はかなり珍しい。茶や青、赤など様々な色が見られるのだが、紫だけは本当に稀だった。

 王女が生まれたことによる祝福ムードもあって話の広まり方は尋常ではなかった。


 しかしこれほど噂になったのはもうひとつ理由があった。


 この国には、“ミド・ブルージャ”という魔女の伝説がある。国中の誰しもが知っていて、絵本や小説等の創作物に多く用いられるぐらい有名な話だ。

 ミド・ブルージャは天変地異を起こすほどの力を持ち、人類を滅ぼすことができると言われ、時に“恐怖の魔女”とも呼ばれている。

「悪いことをするやつはミド・ブルージャが連れ去ってしまうぞ」なんて脅し文句まであるのだ。子どもにはこれがかなり効く――カールも幼い頃はよく言われたものだ。

 もちろん作り話だが、この魔女の話はかなり古くから語り継がれ、この国に根付いている存在だった。


 その皆が畏怖の念を抱くミド・ブルージャの瞳の色が、紫色だった。

 いつ、どこで紫色となったのかは定かではないが、絵本では必ず紫色で描かれている。またカールの祖父母の祖父母も紫色だと話していたらしいから、百年以上前からそう言い伝えられていることになる。


“魔女”と同じ瞳の色を持つ幼い王女が、今、目の前に立っている。

 夜明け前の空の色を溶かしたような瞳を、カールは不躾にもじっと見つめていた。


 第一王女――ナターリエ・ジークリット・カペル。

 彼女は眉をキッと上げて、カールを問い質す。


「なっ、なにか用ですか! い、いまいそがしいのです!」


 ナターリエの警戒心全開の言葉にハッと我に返ったカールは、慌ててその場に片膝をつき、かしこまった。


「私は近衛部隊の兵です。お二人がこのようなところで何をなさっているのかと――」


「お、お姉さま! だれかに見つかったの!? ……っあたた」


 背を向けたままの黄色のマントを着た第二王女――マクシーネ・テア・カペルが悲鳴のような声を発した。

 言葉を遮られたカールがちらりと顔を上げて様子を窺うと、フードを外したマクシーネが何やら頭を押さえてもがいていた。

 ナターリエはマクシーネの頭上に手を伸ばす。

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