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Material(1)

 蔵書館に足を踏み入れたマクシーネは、目をキラキラさせて館内を見渡した。

 平屋造りの広い蔵書館は、壁全体が本棚になっていて、高いところまで本が詰め込まれていた。フロアにも背の高い本棚が奥まで並べられている。カペル王宮の蔵書数とは比べ物にならないぐらいの本の数だ。

 出入り口付近に受付があり、眼鏡をかけた女性が座っていた。どうやらここで本を借りられるらしい。


 マクシーネはしきりに目移りしながら本棚の間を歩いた。

 棚は物語、歴史、科学、政治など、細かく分類されており、中には他国の本も多く見受けられた。もちろん、カペルのものもある。

 何から読もうか唸りながら悩んでいると、傍らでエラルドが笑い声を上げた。


「楽しそうだねぇ、本好きなの?」


「ええ」


 本棚を見上げたままマクシーネは大きく頷いた。


「ふぅん。僕は三行読んだだけで眠くなるよ」


 本を一冊手にとったエラルドが、それを開いて大袈裟に目頭を指で押さえた。その様子を横目でちらりと見、また本棚に視線を戻す。

 蔵書館に行こうとしていたら、彼はまた現れて、当然のようにマクシーネについてきた。

 道案内するだけだから、と彼は言っていたが、果たしてそれだけだろうか。

 少し離れた位置にいるテオバルトは、エラルドに対して特に何もすることはなく、傍観に徹しているようだった。害はないと判断したのだろうが、面倒を押し付けられたようで少し腹が立つ。今朝エラルドが詰め寄ってきた時も、テオバルトは近くにいたのに動くことはしなかった。まあローザが先に止めに入ったせいもあるのだろう。

 マクシーネはやれやれと髪を振り、口を開いた。


「あの……ガッダ様は、」


「エラルドと呼んで欲しいな」


 エラルドがにこにこと微笑んで言い、マクシーネは一瞬宙を仰いだ。

 ちょっと面倒臭いわ、と思った。


「――エラルド様は、アマリアで何をなさっているのですか?」


「お仕事だよ。僕これでもマウラの特使だからね」


「そうですか。ずっとここでお仕事を?」


「いや、マウラとアマリアを行ったり来たりしてるね。でも一年の内半年以上はこっちにいるよ。まあ仕事って言っても書類整理だったり、マウラと連絡取る役だったり。なんか雑用ばっか押し付けられてる気もするな……」


 そう言ってエラルドはため息を漏らす。更にはどこか遠くを眺めながら話し続けた。


「ほら……マウラって実質アマリアの属国じゃない。うち軍隊がないからさ、国防でも何かと世話になってて、同盟に頼りっきりで。だから何言われても逆らえないんだよね」


「……意外に大変なんですね」


 国同士の力関係というものを間近に見てしまった気分だった。


――アマリアに頭が上がらないのね……しょうがないとはいえ、可哀想に。


 マクシーネが労りの眼差しを向けていると、エラルドはにっと白い歯を見せた。


「大変なことばかりじゃないよ。アマリアは可愛い女の子がいっぱいいるし、カペルのプリンセスにも会えたしね。僕には天国だよ」


 前言撤回だ。この人は懲りたりなどしない。マクシーネはがくりと肩を落とした。


「あの、その“プリンセス”と呼ぶのやめてもらえませんか」


「だって僕、プリンセスに自己紹介されてないもの。国王の前では可愛い自己紹介してくれたって聞いたのにな」


 意地悪そうにエラルドが口の端を上げ、マクシーネは顔を赤らめた。


「だ、誰がそれを――」


「ギルだよ?」


――あああ、あんのおしゃべり従者めぇ……!


 マクシーネは恥ずかしさにぷいとそっぽを向いて本棚を見上げた。

 隣でエラルドがくつくつ笑っているのが聞こえ、一層頬を膨らませた。


「可愛いなぁ。確かマクシーネ、だよね、プリンセスの名前。じゃあマクシーネって呼んでいいかな」


「お好きにどうぞ」


 マクシーネは仏頂面で答えた。


「マクシーネは何歳?」


「十六です」


「へえ、僕の妹と同い年だ。あ、ちなみに僕は二十四歳だよ」


 二十四歳ですか、そうは見えませんね。と心の中で返事した。

 どう見てもエラルドはこの国の王――確か彼は二十歳のはず――と同い年ぐらいにしか見えない。見た目ではなく、彼の性格がそう錯覚させるのかもしれないと、マクシーネは結論付けた。


 それからしばらくマクシーネは本選びに没頭した。

 気になった本をいくつも取り出し左腕に抱えていく。気付いたら十冊以上も選んでいて、その重量にマクシーネはよろよろとよろめいていた。見兼ねたテオバルトが全て受け取ってくれたので、更に選ぼうとマクシーネは本棚を見上げた。

 そしてふと一冊の本に目が止まる。背表紙に書かれているタイトルは、例の魔女の名だった。

 紫色の瞳を持ち、天変地異を起こせる力を持つといわれる恐怖の魔女。

 マクシーネはその本を取り、魔女と思われる女性の横顔が描かれている表紙を指でなぞった。


「おや、ミド・ブルージャだね」


 マクシーネの手元を覗き込んでエラルドが言った。マクシーネは彼に振り返って首を傾げた。


「マウラにもこの物語はあるのですね」


「もちろんさ。この大陸にこれを知らない人なんていないよ。北から来る魔女だ」


「北? わたしの国では大陸の真ん中で生まれると言われてますけど」


「へえ、そうなんだ。マウラでは、ウーテの森からやってくる、っていうのが通説だよ。まあマウラにとってウーテの森が北なんだけども」


「なるほど。国によって少し違うんですね。ということは、これはアマリア版のミド・ブルージャなのかしら」


「だろうね」


 と、エラルドと頷く。

 マクシーネは再び本を見下ろし、パラパラとページを捲った。


 大陸に住まう人々が争いを始めると、ミド・ブルージャは現れる。天変地異を起こし、そして風のように消える。

 マクシーネはこの話が好きではなかった。この話というよりも、ミド・ブルージャ自体が好きではない。

 魔女の話を聞く度に嫌な気分になるのだ。だって、自分の姉が、ミド・ブルージャと同じ瞳の色をしているから。まるで姉が魔女だと言われている気がして、腹が立つ。

 それに幼い頃から姉が周りから好奇の眼差しを向けられていることも知っていた。それがどれだけ辛いことか、大きくなった今なら痛いほど理解できる。

 姉は魔女なんかではないし、王女という肩書きをなくせば、ただの女の子だ。

 マクシーネはぱたんと音を立てて本を閉じた。


「そういえば、マウラじゃもう一つ、別の呼び名があるんだよ」


「ミド・ブルージャのですか?」


 不意にエラルドが口を開き、マクシーネは首を傾げた。彼は意味深に口の端を上げて言った。


「“ディオーサ”」


「ディオーサ? ……どういう意味ですか?」


 聞いたことのない言葉だと、マクシーネは一層首を捻る。

 するとエラルドはもったいぶるように間を空け、どこか誇らしげに答えた。


「“女神”さ」




* * *




 テーブルに頬杖をついたマクシーネは、口にくわえたままのスプーンを揺らしながら、本のページを捲った。

 アマリアを訪れてから早五日。蔵書館で大量に本を借り、連日のように夜遅くまで読み耽っているため早速寝不足となっている。

 選んだ本はどれも面白く、ページを捲る手が止まらなくなるのだ。

 当然、目の下にはくまができていて、肌の調子も芳しくない。

 さすがに五日連続三時間睡眠は厳しいものがある。午前中の講義も起きているのがやっと、ということが多かった。


――今日は休んだ方がよさそう……。


 マクシーネはスプーンを置いて、目を擦った。

 ローザが食後の果物をテーブルに出し、そして心配そうに顔を覗き込んでくる。


「マクシーネ様、だいぶお疲れのよう。また夜更かしなさったのですか?」


「うーん……ちょっとね」


 マクシーネは苦笑して、赤い果物に小さいフォークを刺した。口に運ぶと、甘い香りが広がった。

 ローザが腰に手を当て、少し呆れたような顔で言う。


「勉学に励むのもいいですが、ちゃんと休んで下さいね」


「そうね。たまには眼を休ませないと」


「眼だけではなく、身体もお願いします。午後からは何をなさるんですか、読書以外に」


「うーん……お散歩とかしてみようかしら」


 窓の外に目をやりながら、マクシーネはぼんやり考えた。空は晴れ渡っており、眩しい光がさんさんと降り注いでいる。

 アマリアの気候は穏やかで暖かだ。しかし一番寒い時期と一番暑い時期の気温差が激しいらしい。これからは雨期が訪れ、それが終った頃には暑い季節が来るのだと言う。

 そういえばアマリアに来てからまだ一歩も外に出ていない。今一番足を運んでいる蔵書館も城に直結されていて、いちいち外に出ずとも中から行けるようになっていた。

 己の好奇心はどこへいったんだと、自分でも驚くぐらいだ。


「城のお外へ参られるのですか?」


「うん。首都の街を回ってみようかなって。ドレスじゃ目立つから動きやすい格好にするべきね」


 ブラウスとフレアスカートでいいか、と頭の中で適当にコーディネートを決め、果物をたいらげる。

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