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Emissary(4)

 翌朝、自室で朝食をとっていると、突然部屋の扉が勢いよく開いた。


「おはよう! プリンセス!」


 大声で挨拶しながら彼は入ってきて、時差ボケもあって若干寝ぼけていたマクシーネは飛び上がった。

 何事かと顔を上げると、一人の男性がにこやかに、そして大股で近付いてくる。


「昨日はお出迎えできずにごめんよ! プリンセスが到着する時間を国王が教えてくれなかったんだ、まったく酷いよね! 昨夜はよく眠れたかい……ん? なんだいローザ」


 彼がマクシーネのいるテーブルに着く寸前に、ローザが彼の行く先を塞いだ。


「ガッダ様、マクシーネ様は今お食事の最中でございます。後程、お伺い下さいませ」


「ええー、ちょっとぐらい構わないだろう。それともなんだい、僕が邪魔かい?」


「はい、邪魔です」


 ローザが余りにもきっぱり言い切ったのでマクシーネはポカンと口を開いたまま固まった。

 すると男はがくりと肩を落とす。


「ローザって、僕にはいつも冷たいよね、悲しいよ。それから、僕のことはガッダじゃなくてエラルドと呼んでって、何度もお願いしてるじゃないか」


「気のせいでございます“ガッダ様”。マクシーネ様のお食事が終わりますまで、お外でお待ち下さい。ノックもなしに入ってこられるとは、無礼にも程がありますわ」


 相変わらずにこにこと微笑んだままローザは言い、エラルドは彼女の有無を言わせぬ雰囲気に気圧されて短く唸った。


「わかった、わかりました。そう怒らないでくれよ。じゃあもう少ししてから改めて来よう」


「はい、そのようにして下さい。あと、待っている間にそこら辺にいるメイドを捕まえて口説いたりしませんよう。後輩に泣きつかれるこちらの身にもなって下さい」


「えっ、ああ、うん、もちろんだよ」


 どこか焦ったように笑ったエラルドは、マクシーネに「また来るね」とウインクをして、部屋を出ていった。もとい、ローザに追い出された。

 風のように現れて風のように去っていった彼に、マクシーネは唖然とするしかなかった。

 扉を閉めて手をパンパンとはたいているローザに、マクシーネは尋ねる。


「今のはどなた? “ガッダ”って、もしかしてマウラ公国の――」


「その通りです。マウラのガッダ公爵のご子息、エラルド・ガッダ様です」


「ああ、やっぱり」


 通りで聞いたことのある名だ。マクシーネはスープを掬って、喉に流し込んだ。


「面白いお方なんですが、少ししつこいと言いますか、正直面倒な人なのであまりお付き合いなさらないほうがいいかと」


「そうね、ローザとのやりとりで何となくそんな気がしたわ」


 マクシーネは苦笑して肩をすくめた。

 それからすぐに朝食をたいらげ、食器類を片付けるメイドを眺めながら一息入れた頃。

 コンコンと扉がノックされる音がして、ローザが扉を開いた。


「あら、おはようございます、ヤト様」


「おはよう、ローザ」


 部屋に現れたのはアマリア国王の補佐・ヤトだった――その後ろに何食わぬ顔をしたエラルドが立っている。

 突然のヤトの登場に、マクシーネは慌てて立ち上がり、朝の挨拶を述べた。


「おはようございます、マクシーネさん。よく眠れましたか?」


「はい、それはもうぐっすりと」


「それはよかった。今からお話できますか? 今後の日程を確認しましょう」


「承知しました。ここで行いますか?」


「そうしましょう。じゃあそこのソファに座って下さい。あと、テオバルトさんでしたっけ、貴方も一緒に話を聞いていて下さい」


 マクシーネの後ろに立っているテオバルトに、ヤトは声をかけた。テオバルトは頷いてマクシーネの横に座った。

 テーブルを挟んでヤトがソファに座ると、その隣に当然のようにエラルドも腰掛けた。

 マクシーネが訝しげに彼を見ていると、ヤトが苦笑した。


「この人のことは気にしなくていいですよ。人が集まるところに居たがる変な人なだけですから」


「わあ酷い、アマリアの人間はなんて冷たいんだ。マウラとは大違いだよ。プリンセスもこんな冷酷なアマリアじゃなくて、マウラに来てくれれば大歓迎したのに。一応お隣さんなんだし?」


 胡散臭い笑顔で小首を傾げるエラルドに、マクシーネはあからさまに顔をしかめた。

 マウラ公国は、カペルの南に隣接する小さな国だ。一年中温暖な気候で、離島が多く、海が非常に美しい国だと本で読んだことがある。知っているのはその程度だ。

 しかしこのエラルドという男は顔を見せれば軽口ばかり叩いているが一体何なんだろう。

 癖のある短い黒髪は少し跳ねていて、灰褐色の瞳は興味深そうにマクシーネを見つめている。

 ゆったりとした白いシャツに、細身の深い緑色のパンツ、珊瑚石のシンプルな首飾りをぶら下げている。そして服から覗く肌はマクシーネたちよりも濃い。

 褐色の肌を持つ人間を見るのは初めてだった。マウラはそういう人間が多いのだろうか。

 さっきまでの不審はどこへやら、マクシーネはじろじろとエラルドを観察していた。

 すると膝に頬杖をついたエラルドが、妖しい笑顔でマクシーネの顔を覗き込む。


「珍しい? “有色”の人間」


「えっ……ああ、お気に障りましたか? ……申し訳ありません。人をじろじろ見つめるのは止めろとずっと言われているんですが、どうやら癖らしくて」


「あーわかるわかる。僕も可愛い女の子見つけたらつい声かけちゃうんだよね、癖って恐い恐い。……ローザの視線も恐い恐い」


 茶の準備をしているローザが冷えきった笑みを浮かべてエラルドを睨んでいた。「お前は何を言っているんだ」とでも言いたげである。

 縮こまっているエラルドを見てマクシーネは思わず笑った。

 黙ったままにこにこしていたヤトが、急にエラルドの肩をがしと掴んだ。


「エラルドさん、ちょっと黙っててもらえますか。話が出来ないので」


「すみませんでした」


「じゃあマクシーネさん、こちらをお渡ししておきます」


 頭を下げるエラルドを無視して、ヤトはファイルから取り出した書類の束をマクシーネに差し出した。


「今後の日程や注意事項が書かれています。今から説明はしますが、ざっくりとしか話せないので後で目を通しておいて下さい」


「……承知しました」


 書類の分厚さにマクシーネは内心げんなりした。全部読み終わる頃には一日が終わっていそうだ。

 半分はテオバルトに任せよう。マクシーネはそう勝手に決め込んだ。


 そこからヤトによる怒濤の説明が始まり、マクシーネは目を白黒させながらも何とかついていった。

 一日のうち、午前中は教師による個別講義、午後は自由に過ごしていいらしい。

 城の近くの学院――王立レームクール学院にマクシーネを通わせる案も出ていたらしいが、安全面などで懸念があるらしく却下されたらしい。

 学院も面白そうなのに、とマクシーネは少し残念に思った。

 一年の間に様々な祭りやイベントがあるので、よければ賓客として参加して欲しいとのことだったので快諾しておいた。今日の夕食会のことも軽く説明があり、早速の行事に不安よりも期待のほうが勝っていた。自分は思っていた以上に図太いらしい。


 あとは城内での生活の仕方や施設利用の注意事項が説明された。

 城外に出るのは自由だが、一言告げていくことと護衛は必ず付けること。公共施設を見たい場合は言ってくれれば許可できるとのこと――まあ場所にもよるようだが。

 それから何やら“蔵書館”というものがこの城に隣接されているらしい。多種多様な本が保管されているようで、しかも一般市民にも無料で貸し出しを行っているという話だ。

 他国民であるマクシーネも自由に使っていいとヤトは言った。

 カペルの王宮にも蔵書庫があるが、民間人は入ることすら許されない。こういうところに国同士の違いが見えるなんて考えてもみなかった。

 しかし山のような本があると聞いては、黙っていられない。昼を回ったら早速行ってみようとマクシーネは意気込んだ。


「最後になりますが、城の北と東にはあまり近寄らないことをお勧めします」


「北と東? 何故です?」


「北は軍事施設が近いからですね。東は少し迷路のようになっているので、迷子になりたければ構いませんよ」


「近寄らないよう心掛けます」


 マクシーネは真顔で頷いた。

 この城は内部がかなり入り組んでいるから移動する際はメイドを必ず付けるようにと、先程注意されたばかりだった。

 地理感覚に乏しいためそれだけは厳守しようと誓ったマクシーネだった。軍事施設には特に用もないはずなので、問題ないだろう。

 テーブルに座っている四人は各々一息入れ、マクシーネはローザが出してくれたお茶をすすった。芳しい香りが鼻を抜けていく。


「説明は以上ですが、何か質問はありますか?」


「いえ、特には――」


 ありません、と言おうとしてマクシーネは一瞬口を閉じ、改めてからまた開く。


「昨日、チカという女の子に会いました。その時これを頂いて――」


 腕にある透明な石でできた腕輪を見せた。それを眺めながらすかさずエラルドが口を開く。


「チカってあの人見知りする子か。可愛いのにお話出来ないのは残念だよ」


「私には結構懐いてくれてるけどね、声も聞いたことあるよ」


「なんだって? おい、ちょっとヤト君、今度一緒に会いにいってくれないか」


「いやー、あの子は賢いからね、信用していい人かどうか見ただけで分かるんだよ。だからエラルドさんは、無理です」


「全否定かよ! まるで僕が人を騙しまくってるみたいじゃないか!」


「その通りです」とヤトとローザが同時に頷いた。


「人聞きの悪い! ちょっと表現を誇張しちゃうだけだろう」


「そこがダメなんですよ」


 ヤトはさらりと流してマクシーネに目を向けた。


「チカさんがどうかしましたか?」


「あ、ええと、この腕輪のお礼をしたいなと思っています。彼女がどこにいらっしゃるか、ご存知ないでしょうか」


 首を傾げて尋ねると、ヤトは僅かに困ったような顔で顎に手を当てた。


「どんなお礼をするかは決まっているのですか?」


「いえ、まだ」


「そうですか。私がシキさんに話を通しておきましょう。お礼が決まった頃にまた私に声を掛けて下さい」


「……はい」


 マクシーネは小さく頷いた。

 やはり《術師》は容易く会える存在ではないらしい。証拠に、ヤトは彼等の居所を教えることを渋っている。


――まあ、根気よくいきますか。


「他に質問はありませんか」


「はい。今のところは」


「では何か分からないことがあったら、誰かに尋ねてください。私でも構いません」


「あ、僕でもいいよ」


 エラルドが親指を立ててばちこーんと音がしそうなウインクをした。

 マクシーネはまた彼を見て顔をしかめた。



第三章「Emissary」 終

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