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Emissary(3)

 チカはというと酷くオロオロしていて、ローザとその後ろに立つマクシーネ、それからテオバルトを忙しなく交互に見ている。そして恥ずかしそうに俯き、数歩後ずさってしまった。

 彼女が何も言わないため、ローザは困ったように腰を伸ばし、マクシーネに振り返って苦笑した。


「申し訳ありません。この子人見知りが激しくて、人と話すことが少し困難なものですから……。いつもはシキという方と共に行動しているのですが、今日はどういうわけか――」


「おや、ここにいましたね」


 ローザの言葉を遮って、別の男の声がした。

 マクシーネが振り返ると、そこにはこれまた白いローブを着たすらりとした男がにこやかに立っていた。

 彼はフードを外していて、銀の長い髪を一つに結い背中に垂らしている。


――何だか賢者のようね。


 突然現れ近寄ってくる彼を、マクシーネは上から下まで眺めた。

 意外に長身な彼は、睫毛が長く、鼻筋も通った美男子だった。顔に浮かぶ柔和な笑みは、儚げにも見えるし、見方を変えれば何かを企んでいるようにも見える。

 傍らでローザがほっと息を吐く。


「シキ様、よかった。チカさんがこちらに」


「ええ、突然いなくなったものですから捜しにきたんです。チカ、戻りますよ」


 優雅な所作でシキが手を差し伸べると、チカは少し眉を下げて彼に歩み寄った。

 そして彼に連れられて去るのかと思いきや、チカは勢いよく振り返り、意を決したようにマクシーネへ両手を突き出した。

 突然のことにポカンと間抜けな顔を浮かべてしまったマクシーネは、ふとチカの小さな手を見下ろして「あら」と首を傾げた。

 そこには、透明な石でできた手のひら大のリングがあった。ただのリングではなく、石の中に様々な色の花が形を保ったままいくつも入っているという、手の込んだ物だった。その上、今まで見たことないくらい、水のように透き通った石で、思わず感嘆のため息が漏れた。

 チカの背後からシキがそれを覗き込み、「ああ」と何か納得したように呟いた。


「それ、隣国から王女様が訪れるからと、あなたに差し上げたい一心でチカが作ったものなんです。よろしかったら、受け取ってあげて下さい」


「手作り? あなたが?」


 マクシーネは心底驚いてチカを凝視した。

 この自分よりも幼い少女のどこにそんな技術があるのだろうか。どうせならそっちを教えてほしいものだ。

 マクシーネがなかなか受け取らないためか、チカが不安げに顔を上げ、そしてマクシーネと視線が重なった途端、さっと俯いてしまった。

 その様子がいじらしくて、マクシーネは思わずときめいた。そしてチカの両手を包み込み、彼女の顔を覗き込む。


「チカさん、こんなに綺麗なもの、ありがとうございます。大事にいたしますわ」


 優しく微笑むと、チカはパッと顔を輝かせた。

 その背後で、シキも笑みを浮かべていた。


「こちらこそ、ありがとうございます。そしてようこそアマリアへ。慣れるまでに時間がかかるかもしれませんが、どうぞ楽しんで過ごしてください」


「はい、お心遣い、感謝いたします」


 ドレスの裾をちょこんと摘まんでマクシーネは礼をした。

 そしてシキとチカは軽く頭を下げて去っていった。

 彼らが一体何者なのかという疑問が残ったが、ひとまずはそっと胸の奥にしまった。

 両手に収まる、円やかで美しいリングに見惚れていると、不意にローザに呼ばれて顔を上げた。


「マクシーネ様、こちらがマクシーネ様のお部屋になります」


 いつの間にかローザは近くの扉を開いていて、そしてマクシーネに中に入るよう促した。

 もう部屋の前まで辿り着いていたのかと、マクシーネは少し拍子抜けした。

 ということはチカはずっと自分が来るのを待っていたのか。ああ本当にいじらしい。また後で何かお礼しなければと考えながら、マクシーネは示された部屋へ足を踏み入れる。


 そこは意外に広い部屋だった。

 扉をくぐってすぐの部屋にはテーブルに椅子、ソファが置かれていて、その下に敷かれた絨毯はふわふわとした獣の毛でできている。

 大きな窓の両側に纏められているカーテンは青の生地に銀糸で模様が描かれているようだった。あとで開いてどんな模様か確かめよう、などと早速マクシーネの好奇心に火がついた。

 部屋の両側にも扉がついていて、向かって右側はマクシーネの寝室、左端はテオバルトの寝室になっているとローザが説明した。それから寝室の奥には浴室と洗面所もあるらしい。

 こんな贅沢な部屋でなくてもよかったのにと、マクシーネはこっそり肩をすくめた。


「お荷物も既に運び込まれていますので、今日中に片付けておきます。それから、今日はもうお休みになられますか? 夕食までまだお時間がございますが」


「そうね……色々見て回りたいところだけど、やっぱり疲れてるわ。夕食まで休みます」


「承知いたしました。浴室の準備も出来ていますが――」


「入ります」


 マクシーネは即答した。

 ローザはくすりと笑って、支度を整えてきますと寝室の奥へ消えた。

 彼女を見送り、マクシーネは椅子を引き出してそれに腰掛けた。そして盛大なため息を吐く。


「すっごい疲れるわ」


「あれだけ猫を被っていれば疲れるでしょうね」


 扉付近に立っていたテオバルトがからかうように言った。


「被りたくて被ってるんじゃないわ」


 マクシーネは頬を膨らませて彼を睨んだ。テオバルトはその視線をさらりとかわし、歩み寄ってくる。


「先程渡された石の腕輪、見せて頂けますか」


「ああ、これって腕輪だったの。そういえばちょうどその大きさね」


 初めて気付いたように言い、マクシーネは腕輪を従者に手渡した。

 彼は腕輪を目の高さに持ってあらゆる角度から見たり、入念に感触を確かめたり、はたまた軽く振ったりして検分を行った。

 頬杖をついてその様子を眺めていたマクシーネに、テオバルトは腕輪を返した。


「異常なし?」


「はい、発信器や盗聴器などは特にないようです」


「じゃあ付けてていいわね。それにしても本当に綺麗だわ、どうやって作ったのかしら」


 腕輪に手を通し、それを光にかざすと石の中の花に光が反射してカラフルに輝く。

 マクシーネがうっとりと見上げていると、テオバルトが低く呟いた。


「恐らく彼らは《術師》なんでしょう」


「え? 《術師》って、あの《術師》?」


「そうです。そしてたぶん、あの少女は晶の力を持っている」


「ええっ! 《晶術師》って一番数が少ないって言われてるじゃない。それが、あの子?」


 目を丸くするマクシーネに、テオバルトが頷く。なるほど、ならばこの腕輪をチカが作ったということにも納得がいく。

《術師》というのはこんなものまで自ら造り出せるのかと、マクシーネは感心した。


「わたし、《術師》に直接会ったことってないのよ。ここに来てすぐに出会えるなんて、幸先がいいわ。また会えるといいけど」


「……興味持たれるのは構いませんが、注意は怠らないで下さいよ。あなたそれでも王女なんですから」


「それぐらい分かっています。テオったらここに着いてから急に口数増えたわ」


「喋らせているのは誰です」


 マクシーネが頬を膨らませて睨むと、テオバルトは疲れたように目を閉じてこめかみに指を当てた。

 それからすぐにローザが戻ってきたので、マクシーネは従者を置いて、寝室の奥の浴場へと向かった。




「ううう、気持ちよすぎて涙が出そう」


 人が五人は入れそうな大きな浴槽に肩まで浸かり、マクシーネは今までこんな幸福味わったことがないと言わんばかりに全身の力を抜いた。

 浴槽に張られた湯は、熱すぎずぬるすぎず、気持ちいい温かさだ。

 浴槽の縁に頭を置いて外に髪を垂らし、それをローザが丹念に洗ってくれている。それもまた丁度いい力加減で、このまま天に昇ってしまいそうだと思った。

 マクシーネは湯船に浮かぶ薄紫の花を一つ手のひらに載せ、鼻に近付けて息を吸い込んだ。


「いい匂いね」


「その花には癒しの効果があるんです。それから、網に入れて浮かべている葉はハーブの一種で、疲労回復の効果があります。そちらもいい香りがしますよ」


 ローザの説明を聞き、マクシーネは小さな袋になっている網をすくって匂いをかいでみる。爽やかで優しい匂いが胸の奥まで広がった。


「本当、ホッとする匂いだわ。湯船に浸かるだけでも贅沢なのに、花まで浮かべて……ああもう女王様にでもなった気分」


 カペルでは水がかなり貴重であるため、風呂に毎日入るという習慣はなく、またこのような浴槽に湯を張って浸かるということもしない。この入浴方法はアマリアの水の豊かさが成せるものなのだ。

 マクシーネはふうと息を吐き出し、視線を上げて頭のマッサージをしてくれるローザを眺めた。


「そういえば、さっきアマリアは黒髪か茶髪が多いって聞いたけど、ローザの髪は白金なのね」


「はい。コルネリウス家は時々、私のように髪の色素が抜けた子どもが生まれることがあるのです。同時に目の色も淡かったりするんですよ」


「へえ」と呟き、マクシーネは更に頭を反らして彼女の目を覗き込む。


「ローザの瞳は……ピンクかしら」


「正確には、オールドローズ。ピンクより少しくすんだ色です」


「ふぅん、素敵な色ね」


「ありがとうございます」とローザは嬉しそうに微笑み、マクシーネの髪に湯をかける。マクシーネもまた、彼女を見上げたまま微笑んだ。

 気配りも心遣いも丁寧で優しい子がメイドを引き受けてくれて、この子とならすぐ仲良くなれそうと、マクシーネは嬉しく思うのだった。

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