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Emissary(2)

「護衛ですから致し方ありませんよ」


「……そうなの。わたし、こういうの嫌いなのよね」


 男の手に収まる二丁の拳銃を見下ろしてマクシーネは呟いた。

 それにしてもこの目の前の男はよくテオバルトが隠してあった拳銃に気付いたものだ。それにさっきの口ぶりからして、彼は恐らく国王の護衛なのだろう。

 そんなことを考え、マクシーネは彼を見つめた。

 ふと彼が数歩下がって道を空けたので、マクシーネはゆっくり歩き出し、扉を押し開いた。


 窓の少ないその部屋の中央に彼はいた。

 アマリア国王は若いと聞いていたが、予想よりももっと若かった。

 マクシーネは無言のまま数歩彼に近寄った。大きなデスクに向かい書類を読むのに没頭しているのか、国王はマクシーネの存在には気付いていないようだった。

 声を掛けていいのだろうかとマクシーネが内心焦っていると、後ろから入ってきた国王補佐が彼に近付いていった。


「ワト、お客さん」


 とても砕けた口調で彼が言い、ワトと呼ばれた男が顔を上げた。

 二人の顔を見て、マクシーネは驚いた。


 顔のパーツも艶のある黒髪も、水色の瞳まで全て同じ。どこからどう見ても二人は瓜二つだった。

 違う箇所といったら、服の色と髪の長さぐらいだ。国王補佐は碧色の服に背中まである髪を一つに結っている。一方ワトは黒に統一された服で、髪は短く切っている。


――アマリアの王様は双子だったのね。


 マクシーネは珍しいものを見るかのように、二人をまじまじと観察していた。実際双子はあまり見たことがなかった。

 不躾なぐらい見つめていると、不意にワトと視線が重なった。

 マクシーネはハッと我に返り、勢いよく頭を下げた。


「マクシーネ・テア・カペルと申します! しばらくお世話になります!」


 自己紹介に力が入ってしまい、マクシーネの声が部屋で反響した。自己紹介の言葉は馬車の中で散々考えてきたというのに、口をついて出たのはあまりにも普通な台詞だった。


――ううう、恥ずかしい!


 何て品のない内容を口走ってしまったの自分のバカ! と、マクシーネは内心自分を罵った。

 双子は一瞬ポカンとしていたが、急に国王補佐の男が吹き出した。ワトが横目で彼を見て、


「ヤト、笑いすぎ、失礼だぞ」


 と、注意するもヤト――恐らく国王補佐の名前だろう――は声を押し殺して直も肩を震わせている。

 ワトはため息と共に腰を上げ、デスクを回り込んでマクシーネの前に立った。

 マクシーネはちらりと彼を見上げ、僅かに息を呑んだ。


 何故だか分からないが、目を惹き付けられた。近くでよく見ると――いや遠くから見ててもそう思ったが、ワトはかなりの美青年だった。

 ただ、魅了された理由がそれだけなのか、マクシーネには分からなかった。

 整った形をした水色の瞳でこちらを見下ろし、ワトは口を開く。


「遠いところよく来た。歓迎する」


「あ……ありがとうございます」


 マクシーネは今度は丁寧にお辞儀をした。赤い髪がふわりと揺れ、背中から一房こぼれる。


「――カペルの人間は赤毛が多いのか?」


「え? はい、まあ、茶色や金色などもおりますが」


 突然何の話だろうと、マクシーネは小首を傾げて答えた。


「ふーん、アマリアは基本黒か濃い茶色だしな。赤いのも綺麗だな」


 唐突に髪の色を褒められ、マクシーネはどう反応すればいいのかあからさまに戸惑った。

 それに初対面なのにこんなに真っ直ぐ褒められると何だか恥ずかしい。  マクシーネは小さく礼を言いながら縮こまった。


「ワト様、顔を合わせてすぐ口説かないで下さいよ」


 扉のところに立っていた先程の茶髪の男が呆れたため息を漏らした。ワトの傍らにいたヤトも同意を示す。


「本当に。マクシーネさん、照れちゃってるよ」


「……ヤトもギルもうるさいぞ。感想を言っただけだ、口説いてない」


 少し決まり悪そうにワトは反論した。一方でマクシーネは微苦笑を浮かべていた。

 一つ咳払いをしてワトが向き直る。


「明日、顔合わせも兼ねて夕食会を開くつもりだ。色んなやつが集まって堅苦しいかもしれないが、食事を楽しんでくれればいい。あ、夕食会の前にこれからの日程も確認する……ま、詳しい話は明日だ。今日はゆっくり休んでくれ、疲れてるだろ」


 部屋に案内させよう、と言って彼はまたデスクの向こうへ行こうとし、


「あ、お待ちください」


 マクシーネは慌てて呼び止めた。ワトが足を止め、不思議そうに振り返った。

 マクシーネがテオを呼ぶと、彼は懐から封書を取り出し、マクシーネの手に載せた。

 クリーム色のつるりとした手触りの封筒。表にはアマリア国王の名前、裏にはナタの名前と印章が書かれていた。

 その手紙を両手でワトに差し出し、マクシーネは頭を垂れる。


「わたくしの姉、カペル国第一王女、ナターリエ・ジークリット・カペルより、アマリア国王陛下宛の書状を預かって参りました。どうぞお目通しを」


 姉の名を口にした途端、部屋は静まり返った。

 マクシーネは内心首を捻った。

 アマリアには、ナタのことが知れ渡っているのだろうか。ナタは一応次期国王に決まっているが、カペル国内でも表立った話にはしていないはずだ。

 なのに何故こんなに急に空気が張り詰めたのか。

 マクシーネは頭を下げたままでいたので、周りの様子は見えなかった。だが、ワトが手紙を見下ろしているのは分かった。ちくちくと視線を感じるのだ。

 もっと後に渡せばよかったかもしれないと、マクシーネが後悔し始めた時。ようやくワトが手紙を受け取った。

 マクシーネは心底ホッとして、顔を上げた。

 彼は既に書状を開いて目を通し始めていて、マクシーネは静かに読み終わるのを待った。

 その間、文面に沿ってワトの水色の瞳が動くのを、ぼんやりと眺めていた。


「――了解した、確かに受け取った。ギル」


 ワトは手紙を折ってまた封筒に収め、それをギルと呼んだ茶髪の男に手渡した。それ以上は何も言わなかった。

 手紙の内容に一言も触れなかったことに僅かに拍子抜けしてしまった。

 同時に、姉からの手紙をぞんざいに扱われた気がして、マクシーネは内心ムッとした。手紙の内容はナタからも聞かされていないが、一応国家間でのやり取りだと言うのに。何か言ってくれてもいいのに。

 マクシーネはふるふると頭を振った。こんなのただのわがままだ。ナタの手紙を手渡せただけで上々の出来なのだと言い聞かせる。


「部屋へ案内……の前に自己紹介しておくべきか?」


 ふとワトが首を傾げた。手紙を受け取った後そのまま側にいたギルが頷く。


「これから何かと関わるでしょうし、それに可愛らしい自己紹介もしていただいたんですし、こちらも名乗っておくべきでは」


 さっきの失敗バージョン自己紹介を蒸し返されてマクシーネはほんのり顔を赤くした。

 それに気付いた様子もなく、ワトがマクシーネにしっかり向き直る。


「俺は、ワト・カミル・ローレンス・アマリア。アマリアの国王だ。そんでこっちは、ヤト・ローレンス・アマリア。俺の弟で補佐をしている」


 ワトとそっくりなヤトがにこやかに手を振った。


「それから、このやたら揶揄ってくるこいつは、ギルベルト・ゲルムホーファー。俺の従者兼雑用係だ」


「何なんですかその紹介の仕方。否定できないんですけど」


 ギルベルトが心外そうにつっこんだが、反論したのか肯定したのか分からなかった。

 仲がよろしいのね、などと思いながらマクシーネはこほんと小さく咳払いした。


「ご紹介、ありがとうございます。繰り返しになりますが、わたしはマクシーネ・テア・カペルと申します。こちらは、テオバルト・アンガーマン。わたしの従者です」


 テオバルトが静かに礼をする。


「……従者は一人だけか?」


 ワトが訝しげに尋ね、マクシーネははっきり頷いた。


「はい。たくさん引き連れてきてもご迷惑ですし、経費の削減にもなりますから」


 あと動きやすいですしね、とまでは言わなかった。


「わかった。じゃあ部屋に案内させよう、外にメイドがいるからそいつについていってくれ。また明日改めて、な」


「はい、失礼いたします」


 スカートを摘まんで上品に礼をし、マクシーネは国王の部屋を後にした。


 廊下に出てテオバルトがギルから拳銃を返してもらうのを待っていると、ライムグリーン色のエプロンドレスを着たメイドが音もなく現れた。

 彼女を見てマクシーネは「あら?」と小首を傾げる。


「あなた、門から中に案内してくれた方よね?」


「はい。私は本日よりマクシーネ様の身辺の世話をするよう仰せつかっております」


 そう言ってメイドが深々と頭を下げる。


「そう、よろしくお願いね。お名前は何ていうのかしら」


「ローザリンデ・コルネリウスです。ぜひローザとお呼びください」


 顔を上げたローザがにこりと微笑んだ。


「ローザ、ね。わかったわ。じゃあお部屋に案内していただける?」


「はい、こちらです」


 ローザが先導して歩き出し、マクシーネとテオバルトは一瞬目配せし合ってから彼女についていった。

 いくつもの棟を渡り何度か階段を上り下りして、マクシーネが疲れを感じ始めた頃。

 この城広すぎだわと内心ぶつくさ文句を言い、ふと視線を上げると、廊下の中央をうろうろしている人の姿が目に写った。

 背丈はマクシーネより少し低く、ぶかぶかの白いローブを着ていた。しかしフードを深く被っているため顔を確認できない。

 マクシーネは首を傾げながら、そのままローザについて歩いていった。

 すると白いローブ姿のその人はマクシーネたちに気付いたらしく、慌てて振り返った。フードの隙間から長い黒髪がこぼれ落ちる。


――あら、女の子だったの。


 マクシーネは目を丸くして彼女をまじまじと眺めた。

 フードの下に、くりくりとした大きな瞳が見えた。


「チカさん、どうしたの?」


 チカというマクシーネよりも年下に思われる少女に近寄り、ローザは彼女の目線に合わせるように少し腰を折った。

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