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Blue and White(4)

 マテリアルを持っているのならば、この高さまで来るのも容易いはずだ。風の術は、人一人ぐらいなら簡単に浮かせることができる。これもエマがやってみせたことだった。

 そしてディルクの予想は虚しくも当たり、黒い影は目の前に現れた。


 ふわりと室内に降り立った黒い影。


 髪は白く、唯一隠れていない瞳は血を垂らしたように赤い。


 全身にまとっているスーツは何やら機械のようなものでできているようだった。


 ディルクは小銃の狙いを定めたまま、微かに笑った。


「いい趣味した服じゃねぇか。どこで買ったんだ?」


 そう茶化してみるが、当然黒い影の反応はない。どこか虚ろな眼で、ディルクを見ている。彼は動こうとはせず、ただそこに立ち続けているだけだというのに、この部屋とさっき見た惨状も相まって頭の中は恐怖で渦巻いていた。腕や胸元のマテリアルが不気味に光を放つ。

 ディルクは深呼吸を繰り返しながら、じりじりと下がり続けた。額からは冷や汗が流れた。

 すると小銃を構えたエヴァンが隣に並び、先に行くよう小さく合図した。どうやら他の部下は退避できたらしい。

 ディルクはちらりと横目で彼を見、そしてまた視線を戻す。


「……三、数えたらお前もついてこい。いいな」


 エヴァンが小さく頷く。


「三……二……一!」


 二人は同時に発砲し、身体を反転して部屋を飛び出した。

 途端、背後で爆発が起こり、爆風で吹き飛ばされそうになりながらも二人は走った。

 瓦礫を飛び越え、病室をいくつか通り過ぎて階段に辿り着いた時、一度振り返ってみる。黒い影は追い掛けてきてはいるがまだ距離がある。

 もしかしたら、あれは走ることが出来ないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ディルクはエヴァンと階段を駆け下りた。


 一階まで下りたディルクたちはエントランスからではなく、裏口から外へ出て、建物の陰に身を潜める。ディルクは一息吐いて僅かに咳き込んだ。ひどく喉が渇いている。

 その時突然、エヴァンが素早く銃を構えた。銃を向けている先に目をやると、黒い影は静かに立っていた。

 ディルクは腰の高さに銃を構え、短く笑い声を上げた。


「下にも飛んで来られるわなぁ、そりゃ。必死に逃げて損したぜ」


 ぶつぶつ呟いて、あーあ、とため息を吐く。


「思い残すことは山ほどあるんだが。あえて言うなら、エヴァンの声を一度も聞いてないってことかな」


 そう軽口を叩くと、エヴァンが非難するようにこちらを睨んだ。この状況で何馬鹿なことを言っているんだ、と彼の目が訴えている。


「そんな睨むなよ。だが残念ながら手詰まりらしい」


 ディルクは肩をすくめて黒い影に視線を向けた。

 やはり赤い瞳は生気がないように見える。意識がここにはないような、眠っているような感じだ。

 その黒い影が右手を胸の前に突き出した。そして腕の石が一つ、鮮やかな緑色に光輝く。


「――二人共! 下がってください!」


 突然、エマの声がした。

 反射的にディルクとエヴァンがその場から飛び退く。

 パンパンパン! と発砲音が響き黒い影に銃弾が降り注いだ。

 見上げた上空の高いところからエマが拳銃を連続で撃っている。しかも逆さに急下降しながら。

 彼女の表情がはっきり見える位置まで落ちてきた頃には弾倉が空になったらしく、拳銃を投げ捨て、肩に担いでいた小銃に持ち替えた。

 そして地面に落下する直前、黒い影に向けてトリガーを引く。

 エマは地面に落ち、発砲した衝撃の勢いもあってそのままごろごろと転がった。

 ディルクは慌てて彼女に駆け寄った。


「無事か!」


「はい、かすり傷です。敵は?」


 何事もなかったかのようにむくりと起き上がったエマに、ディルクは思わずつっこんだ。


「あの高さから落ちてきてかすり傷で済むあたり、お前も大概おかしいからな」


「ありがとうございます」


「褒めてねえよ」


「……敵、やっぱり生きてますね。至近距離から撃ったんですが」


 エマが座ったまま小銃を構える。

 彼女の見ている方に目をやると、驚いたことに黒い影は膝を付いていて、更にはこめかみに血が滲んでいた。

 もしや、とディルクは考えた。


「あいつ、至近距離からの攻撃は効くのかもしれん」


「説明をお願いします」


「銃は散々撃ったが無力化された。でもお前の最後の銃弾は効いたようだ、避けきれないのかもな。現に膝をついてる。あとついでに、あいつはエマと似通った術をよく使う」


「そうですか。接近戦はあまり得意ではないのですが、やってみます」


 そう言って立ち上がったエマは、腰のポーチから小型のナイフを取り出し、数歩前に出た。

 本来なら、部下にこんな無茶はさせるべきではないのだろう。だが逃げることも叶わないのなら、僅かな可能性に賭けてみるしかない。

 ディルクは腰のホルスターから拳銃を抜き、エマに手渡した。


「援護する。爆撃には注意しろ」


「了解です」


 そう言ってエマは拳銃の安全装置を外した。

 後ろでディルクとエヴァンが小銃を構え、エマが走り出そうとしたとき、急に黒い影は何かを見つけたかのように空を仰いだ。

 不意をついた謎の行動に、エマが足を止めて身構える。

 ディルクも怪訝に思ったが、小銃は油断せずに構えていた。

 すると黒い影は唐突に身体の向きを変え、地面を蹴って飛び上がった。病院の裏にある民家の屋根に着地し、そしてまた飛んで他の屋根へ移る。それを繰り返して、仕舞いには黒い影は見えなくなってしまった。

 ディルクはしばらく呆気に取られていた。


――逃げたのか?


 そうとは思えなかったが、とりあえず命拾いをしたようだ。思わずほっとため息を吐き、小銃を下ろした。

側に近寄ったエマが拳銃を差し出した。


「一体どうしたんでしょう」


「さあな……。お前も、素早く駆けつけてくれて助かったぜ」


「貴重な狙撃手を失うわけにはいきませんから」


「おいおい、隊長様も貴重だろうが」


「それにヘンリーたちが泣きべそかいてたので飛んできましたよ」


「無視かこら。じゃあその泣き虫野郎共を拾って、ついでにそこら辺に転がってる他の兵士も拾って、ザシャたちと合流するぞ」


 受け取った拳銃を腰のホルスターに収め、ディルクは不機嫌な顔で歩き出した。

 エマとエヴァンが少し可笑しそうに目配せしあってから続いた。




「傷は浅いし、縫う必要はないよ。血がたくさん出たのは額だからだろう、ちょっと大きく切れてるからね」


 はい、治療終わり。と言ってダンがエマの額を小突く。

 その様子を、ディルクは壁にもたれ掛かって眺めていた。


 負傷者を連れて基地に戻り、基地司令官に報告を済ませたディルクの隊は、次の出動まで待機を言い渡された。

 その間にと、エマの額の傷をダンに診てもらったのだ。


 出動前にエマやザシャとトランプをしていた、ダン専用の診察室。または私室。壁に本棚が並び、ダンがいつも座っている机と椅子、それから窓際には二人掛けソファと低いテーブルが置かれている。あと部屋の奥には仮眠室が付けられていた。

 ダンが机に向かいカルテに診察内容を書き込みながら言った。


「私は怪我をして帰ってくるなと言ったんだがね。しかも女の子の顔に傷を付けて。どうなんだい、隊長さん」


「戦闘に負傷は付き物だ」


「ふむ、もっともな答えだ。しかし奇妙なことに巻き込まれたね、上は何て?」


「……箝口令」


 ディルクは壁から離れ、窓際のソファにドカッと腰を下ろした。ダンがキィッと椅子を回してこちらを向いた。


「私には話しているが?」


「どうせ根掘り葉掘り聞くんだろ」


「ははは、まあ否定はしないよ。しかし妙な話だ、それだと軍が一枚噛んでるみたいじゃないか」


「……ああ」


 ディルクは背もたれに頭を載せ、しばらく考えを巡らせていた。

 頭に新しい包帯を巻いたエマが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。戦闘中は凛々しい顔をして頼もしいくらいに動くのに、一歩戦場から離れると一層幼く見えるようだった。

 ディルクは身体を起こした。


「知ってるか? オルバネの研究施設から《マテリアル》が無くなったって話」


「ああ、噂ぐらいならね」


 ダンが肩をすくめ、ディルクは話を続ける。


「上は必死こいて隠蔽しようとしてるみてぇだが、兵士の間じゃだいぶ広まってんぜ。盗まれたらしい、ってな。こりゃ、よそに漏れるのも時間の問題だな」


「そうかもしれないな。本来“あれ”を扱えるのはごく一部の人間だけだ。一般人には目にすることすらできないってのに、盗んだ者は何を企んでいるのかね」


「そこだよ、盗んだやつは《マテリアル》の使い方も価値も知ってる。そんで《マテリアル》を盗まれて一月ぐらい経った今日、《マテリアル》を持ったやつが現れた。キナ臭くてしょうがねぇ」


「繋がっていると思うかい?」


「さあ。正直俺はこれ以上この件に関わりたくねぇんでな。繋がっていようがいまいが、俺には関係ない」


「そうか」とどこかつまらなそうにダンが呟いた。

 ディルクは隣にちょこんと腰掛けているエマをちらりと見た。


《マテリアル》に関わりたくない理由は、面倒臭いというのもあるが、《術師》であるエマが自分の隊にいるからというのもあった。

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