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Blue and White(2)

 それを気味悪がられたらしく前の隊を追い出されたそうだ。これも本人からでなく、基地司令官に聞いた話だ。

 ディルクも最初は頭がやられているのではないかと思っていた。だが実は誰よりも危機回避能力が備わっていることが、戦地に赴いて判明した。状況判断が的確で、なおかつ素早い。

 その上、射撃の腕も隊内一で、エヴァンが射撃訓練をする際はちょっとしたギャラリーができる程だ。デザートローグ隊では一目置かれた存在である。

 喋らないことはもどかしいし、これでよく軍に入隊できたなとディルクは思ったが、サインのお陰で意思疏通は図れる。だから作戦中も特に困ったことはない。まあディルクが馴れているせいもあるのだが。

 やはりうちの隊は変なやつしか集まらねえなと、ディルクは内心ため息を吐いた。

 それから気を取り直してまた口を開く。


「エマは着いたらすぐスキャンだ。用意しておけ」


「了解です」とエマが落ち着いた声で言う。


“スキャン”とはエマにしかできない、特殊な能力だった。


 エマは兵士であると同時に、今は絶滅しかけている《術師》でもあった。


《術師》というのは、その名の通り、「術が使える人間」のことを指す。

 炎、水、風、雷、冥、晶。六つの属性の内、いずれか一つを固有の能力として自由に操ることができる。

 エマの場合は《風術師》で、これまたその名の通り、風を操ることができる。


“スキャン”というのは風を使って周辺一帯の敵味方などの位置や人数を炙り出す探知能力だ。

 しかしエマ曰く、風というよりも大気を動かすイメージらしい。どちらも似たようなものだと思うのだが、彼女がそう言うのだからそういうことにしておく。

《術師》は能力によってはかなり利便性があり、軍にももっと配置できたらとディルクは思っている。


 しかしそれが簡単にできないのはさっきも言った通り、《術師》が絶滅しかけているからだ。

 およそ百年前、この大陸で大戦が起きた。史料によれば、大戦の折に《術師》狩りが行われ、大量虐殺されたという。

 そのためどの国でも数える程度しか《術師は》存在しなくなってしまった。


 現在ではほとんどの国で『《術師》保護プログラム』といったものがある。

 例えば、隣国アマリアでは《術師》の人数を正確に把握、記録し、特別な番号を振って管理していると聞く。申請しなかった者には罰則まであるという。

 カペルでも《術師》は政府に申請するようにとはなっているものの、それ自体に強制力はなく、とても杜撰だ。

 だからカペルにどのぐらい《術師》がいるのかは分からず、反乱軍に《術師》が紛れ込んでいてもおかしくなかった。

 一方でエマも《術師》であることを隠して軍に入隊した。昔知り合った《術師》に周りには隠しておいた方がいいと言われたからだそうだ。

 ディルクに打ち明ける際は少し恐かったのだとエマは語った。

 現在に生きる《術師》の間では、今でも、大戦での出来事が恐怖として根付いている。

 嫌な話だと、ディルクは頭を振った。

 無線から自分の名を呼ぶ声が聞こえたのはその時だった。


『応答を! デザートローグ隊! ……大尉っ』


 ディルクは素早く無線を取った。


「グレイフォックス隊か? どうした」


『付近で爆発が起きました! それも一度や二度ではないんです! 遠くの方から近寄ってくるみたいで……ああっ、また――!』


 突然の爆音と共に無線の向こうからは何の音もしなくなった。ディルクは顔をしかめ、受話器を置いた。隣でザシャが短く言いようのないため息を漏らす。


 ディルクは無言のまま窓の外へ目をやった。

 デラロサの街は破壊し尽くされている。建物の壁という壁に銃痕や爆破の痕があり、窓はほとんど割れ、原型を留めるのもやっとといった様子だ。

 道路には焼け焦げた車や、瓦礫、倒れた街灯があちらこちらに放置されており、戦闘の激しさを物語っていた。


 しかしもはや見慣れているそれらには目もくれず、ディルクは空を見上げ目を凝らした。

 すると後部座席のエヴァンがディルクの肩を叩き、とある一点を指差す。そこには黒煙がもうもうと立ち上っていた。まるで町が燃えているようだった。

 反乱軍が爆発物を使ったに違いない。ディルクはそう考えた。


「エマ、少し遠いがここからスキャンできるか。二時の方向」


「やってみます」


 エマが答えるのと同時に、背後から緩やかな風が通り抜けていった。スキャンが開始されたのだ。

 彼女が再び何か話すまで、ディルクは黒煙を睨みながら待った。

 時折サイドミラーを確認すると、エヴァンの顔から笑みが消えているのが見てとれた。彼もただならぬものを感じているようだ。

 戦闘中の隊の安否が気になる。幾度と戦闘を経験していても、味方が死ぬのは気分が悪い。

 ディルクは小さく舌打ちした。

 すると突然、バチンッと何かが弾けたような音がし、同時にエマが小さく悲鳴を上げた。

 驚いて振り返ると彼女は額を押さえ、きつく目を閉じている。


「どうした」


「いえ……あの、《術》が弾かれたみたいで……」


「弾かれたぁ? どういうこと――ってお前血が出てるぞ」


 額を押さえるエマの手の隙間からつうと鮮血が垂れ、ディルクは目を見開いた。

 エヴァンが布を取り出して彼女の額に当て、止血を試みる。エマは痛みに顔をしかめていた。

 バックミラー越しに後ろを見ていたザシャが首を捻った。


「何が起きたんっすか? まさか外から撃たれたとか……」


「いや、発砲音は聞こえなかった」


 ディルクは首を左右に振った。


「エマ、《術》が弾かれたってのは、どういう意味だ」


「はい……スキャンを広げていったら、あるところで壊されたような、掻き消されたような感じでした。そしたら急に額に痛みが走って――」


 手の平の血を拭いながら彼女は答えた。


「弾かれただけで負傷したのか? 今までスキャンしてて、こういうことなかったよな」


「ありません」


「……俺たち以外の誰かに《術師》ってことを話したり、バレたりしたか?」


「いいえ、そんなことしません」


 焦ったようにエマがかぶりを振り、彼女の傷を押さえていたエヴァンが驚いて手を引っ込めた。


「あっ、ごめん、エヴァン。でももう大丈夫そう、ありがとう」


 エマは手の甲で顔を拭った。

 どうやらエマの額の傷は浅かったようで、既に血も止まりかけている。

 しかしその切り傷は痛々しく、ディルクは眉を上げた。


「阿呆、傷の手当てはしろ。エヴァン、包帯巻いといてやれ」


 そしてエマの頭には大袈裟に包帯が巻かれたのだった。


 皆が一息入れたところでザシャが口を開いた。


「隊長、そろそろ第三地区に着きます」


「ああ。エマ、スキャン出来たところまででいい、報告しろ」


 ディルクはジャケットのポケットから折り畳んだ紙とペンを引っ張り出した。

 広げたそれは、デラロサの地図だ。

 エマが身を乗り出し、ディルクの後ろから地図を覗き込む。


「カペル軍はこの建物、教会の中です、恐らくまだ何人か生き残っています。そして反乱軍はここを取り囲んでいるようです。場所は半分ぐらいしか確認できませんでした。しかし――」


「…………しかし?」


 不意にエマの言葉が途切れた。

 彼女が指し示す位置にペンでマークを付けていたディルクは怪訝に思って彼女へ振り返った。

 エマの表情はどこか戸惑っているようだった。少し考え込んでから彼女は続きを話す。


「スキャンした限りでは、反乱軍の生存者はありません」


「……全滅? 爆発に巻き込まれたのか」


「想定ですが」とエマが首肯する。


 ディルクは眉根を寄せた。


「訳がわからんな……てっきり爆発は反乱軍のやったことだと思っていた」


「オレもですよ」


 運転席のザシャが同意を示した。

 ディルクは地図を見下ろしたまましばらく考え込み、そして顔を上げた。


「第三地区の手前で車を止める。そこからは二手に分かれて状況を確かめよう」


「了解です」


 そう言ってザシャはハンドルを切り、交差点を右に折れる。


「エマとザシャはカペル軍の残存部隊と合流しろ、指揮はザシャが取れ。あとは俺とエヴァンでその周辺の探索だ」


「大丈夫っすか? 反乱軍が潜んでたりするかもしれないっすよ」


「まあ、これも予想だが、反乱軍はもういないだろう――」


 路肩に車を停め、ディルクたちは車を降りた。

 目の前の町は銃撃音も爆発音もなく静まり返っており、乾いた風が埃を巻き上げているばかりだった。


 デラロサ西部第三地区。

 デラロサの町は東西南北それから中央の五つに割って、更にそれぞれを三つの地区に区切っている。

 デラロサのほぼ全土が戦場と化しているが、中でも苛烈なのは北部と西部だ。デザートローグ隊も、何度ここを訪れたことか。

 後ろを走っていたトラックから降りた兵士たちがディルクの周りに集まった。

 ディルクは彼らを二班に振り分け、それぞれに指示を伝えた。


「今回の任務は少し異常なようだ、何が起こるか分からん。気を抜くな。じゃあ、また後で会うぞ」


 手短に話を済ませ、ディルクはエヴァンと五人の隊員を連れて歩き出した。

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