【競演】桜ガ届ケシ狂気ノ病
始まりました! 競演企画第3弾!
今回のお題は『出会い・別れ・再会』の選択お題。
ボクは今回、『再会』を選ばせていただきました。
それでは、お楽しみ下さい!
「先輩! 私とつ、付き合ってください!」
その日は三鏡亨の通う高校の入学式だった。
新入生歓迎の言葉という役割を、生徒会長だからという理由だけで押し付けられ、実にくだらないとうんざりしながらその役目を終えた亨は帰り道、一つ下の後輩に呼び出された。
今年に入って既に三度目になる女子からの告白。
整った顔立ちに綺麗な黒髪、筋肉質ながらも線の細い身体に白い肌。そして成績は学年トップで生徒会長……淵の小さい眼鏡が少々インテリを思わせるところもあるが、それでもおよそ女性受けするであろう要素を多分に含んだ亨に、告白をする女子は後を絶たない。
そして、亨の答えもまた決まっていつも同じだった。
「すまないが、恋だの愛だのというものには全く興味がないんだ。悪いが他をあたってくれ」
なんの感情も含まれない、冷淡な言葉。
そんな亨の返答を聞いて、女子の目に大粒の涙が溜まる。
「安心しろ、恋愛なんてものは所詮一時の気の迷い……風邪みたいなものだ、すぐに忘れる。それじゃあ」
亨の言葉を聞いて、両手を顔にあて泣き崩れてしまう女子に目もくれることなく、亨は踵を返し、その場を後にする。
(アイスマン……か)
一年の頃から、これと同じ光景を幾度となく繰り返してきた自分につけられたあだ名を思い出し、亨は小さく一つ溜息を漏らす。
周りの人間より優れた人物になれ……幼い頃より両親にそう厳しく躾けられてきた亨は、常に自分の存在価値を証明し続けてきた。
学年トップの成績、生徒の中心である生徒会長への就任……常に自分の優秀さを証明し続けることが、亨にとっての全てであり、また生きがいであった。
恋愛、娯楽……そのどれもが亨にとっては取るに足らないつまらないものであり、また自分にとって必要のないものだった。
(そう、恋愛なんて下らないものに時間を割いている時間はない。来年の大学受験の推薦枠に向けて更に結果を出し続けなければ……)
就職までのビジョンを既に見据えている亨に、立ち止まっている余裕など無かった。
いつも通り、参考書を片手に持ち、通いなれた通学路の並木道を通り、家路を急ぐ。
『サーーーーーー!』
ふと、一陣の強い風が亨の黒髪を揺らす。
その風に思わず亨は目を閉じる。
(すごい風だ……春一番か?)
砂埃を避けるため、参考書で顔を覆う。
少しすると風が止み、亨はゆっくりと参考書を顔から降ろす。
(やれやれ、やっと止んだ……か?)
……降ろした参考書の向こうに広がっていた光景に、亨は息を飲む。
並木道を覆いつくす、鮮やかな桃色の桜吹雪。
そんな、どこか幻想的な光景を思わせる風景。だが亨が目を奪われたのはそこではない。
舞い散る桜吹雪の向こう。
幻想的な風景にごく自然に溶け込むように、並木道の終点で静かに佇む一人に少女。
腰まで伸びた鮮やかな黒髪、水晶のように透き通った瞳、その美しい瞳に引けを取らない、少し幼さを残した端整な顔立ち、触れただけで儚く壊れてしまいそうな華奢な身体、そして……新雪のような白い肌。
それはまるで完成された一枚の絵画のような光景だった。
だが亨は『知っていた』。桜の妖精を思わせる、その少女の正体を。
十年前とは比べようもないほどに、美しく可憐になった少女の名を亨は消え入りそうな声で呼ぶ。
「咲耶……か?」
咲耶と呼ばれたその少女は、亨の言葉を聞いて、一筋の涙を流しながらニコリと笑う。
「ただいま……兄さん」
ドクン……。
咲耶の笑顔に、亨の心臓はかつて経験したことのないほど大きな鼓動をあげる。
(……?)
亨はまだ気づいていなかった。
少しずつ……だが確実に、亨の中の『何か』がずれ始めていたことに……。
咲耶が実家に帰ってきてから一週間が過ぎた。
元々幼い頃から身体の弱かった咲耶は、十年前酷い喘息を患い、療養と治療を兼ねて空気のきれいな、親戚の家に預けられた。
そして今年、病弱なのはあまり変わっていないが、喘息の方はかなり快復した為、亨と同じ高校の一年生という、サプライズ付きで、この春から再び実家に帰ってくる運びとなった。
預けられた親戚の家がかなり遠いせいもあり、亨と咲耶は十年間、遂に一度も会うことはなかった。
「……さん、兄さん!」
咲耶の声に亨はふと我に返る。
「ん? どうした咲耶」
「どうしたじゃないよ! さっきから何度も呼んでるのに!」
亨の正面に座っている咲耶が小さく頬を膨らませながら、亨に非難の声をあげる。
「すまない、少し考え事をしていたんだ。で、なんの話だ?」
「もう! だから、兄さんはどの料理を取りに行くのって話だよ!」
「料理? ……あぁ」
たまには外で昼食を……という咲耶の意見で、亨は咲耶と二人でビュッフェスタイルのレストランに来ていた。
目の前に所狭しと並ぶ沢山の料理。だが亨達が座るテーブルには未だ二人分のホットコーヒーしか置かれていない。そこでようやく亨は自分に向けられた咲耶の恨めしげな視線に合点がいく。
「そうか。何か料理を取ってこないとな」
「そうだよ! せっかくの食べ放題なのに兄さんたら、コーヒーを持ってきたかと思ったら、そのまま椅子で固まっちゃうし!」
「悪かったよ。さぁ、料理を取りに行こう」
「もう! ほら、行くよ兄さん」
咲耶が亨の手を握って立ち上がる。
「っ!?」
ドクン。
咲耶の柔らかな手の温もりを感じ、亨の心臓が激しく鼓動する。
(まただ……一体俺はどうしたというんだ?)
「ほらほら兄さん、折角の再会のお祝いも兼ねてるんだから! 一杯食べないともったいないよ!」
「あぁ、そうだな」
眩しいばかりの咲耶の笑顔に、亨の心臓は更に速く、激しく脈打つ。
亨はそんな自分の鼓動を悟られぬよう、努めて平常心を装い席を立つ。
目の前に並ぶ料理を几帳面に皿に盛りつけながら、亨は心の中で自問自答をする。
(咲耶を見る度、咲耶に触れる度起こるこの動悸はなんなんだ?)
『誤魔化すなよ。本当はもう分かってるんだろ?』
(分かってる? 俺が?)
『あぁそうだ。本当はとっくに気づいているのだろう。その動悸の正体が、お前が今までくだらないだの、一時の気の迷いだの言ってたものだということを』
(馬鹿をいうな、相手は実の妹だぞ?)
『そうだな、相手はお前と血の繋がった妹だ。だが、止められない……そうだろう?』
(そんなことはない! 俺はただ妹として咲耶のことを……)
『また誤魔化しか? ならお前はただの妹の事を、壊れる程抱きしめたい、一晩中でも触れていたい、と思っているのか?』
(それはっ……)
『下手に頭がいいというのは大変だな。自分の本当の気持ちが分かっていても道徳が、理性が、自尊心が、常識がそれを良しとしない』
(そんなこと……許されるわけがない)
『まぁ諦めることだ。お前はまんまと罠に掛かってしまったのさ。誰もが持つ恋という感情に仕掛けられていた最悪の罠に』
(罠……だ、と?)
『兄妹愛』
(!!)
「……さん! 兄さんってば!」
「っ!?」
咲耶の声に亨はハッと我に返る。
「咲……耶?」
額に大量の嫌な汗を掻きながら、焦点の定まらない目で亨は声のした方を振り向く。すると、亨の服の袖を摘んだ咲耶が、心配そうな顔で亨の顔を覗き込んでいた。
「さっきからローストビーフの前で固まったまま動かないから……。それにその汗……兄さんもしかして具合悪いの?」
亨は額の汗を袖で拭うと、涼しげな顔を装い、亨の身を案じ、オロオロと取り乱す咲耶の頭を優しく撫でる。
刹那、甘い……シャンプーと咲耶の香りが亨の鼻腔をくすぐる。
「なんでもない。最近少し寝不足気味だったからな。少しボーッとしてしまっただけだ」
「ホントに? ホントにどこも悪くないの?」
咲耶の潤んだ瞳が不安げに揺れる。
その瞳を見ているだけで、咲耶の香りを感じるだけで、亨の中で春雷のような閃光が走り、例えようもなく……また、どうしようもない何かが暴発しそうになる。
「あぁ、本当だ。咲耶、もう料理は取ってきたんだろう? 俺もすぐに行くから、先に席で待っていてくれ」
これ以上その魔性の瞳を見ていたら、魅惑の香りに酔いしれてしまったら、自分の中の何かが崩壊してしまう……亨は自然に目を逸らし、咲耶の頭から手を離す。
「う、うん。それじゃあ兄さん、待ってるから」
「あぁ」
何度か亨の方を振り返りながら、咲耶がテーブルに戻っていく。
咲耶の背中を見送った後、料理を取ろうと視線を移すと、ふと、デザートコーナーに置かれているチョコレートフォンデュに目が止まる。
ジャブジャブと止まることなく、褐色のチョコを噴出し続けるチョコレートの噴水。
そんな噴水を見ていると、他の客の子どもだろうか、小さな少女が噴水に近づいていき、櫛に刺したマシュマロをチョコレートフォンデュの中に入れ、マシュマロにチョコを絡める。
(あのチョコレートフォンデュが今の俺の心そのものなのかもな。そしてあのマシュマロは……)
みるみる内に土色に染まっていく真白のマシュマロを見て、亨は自虐的な笑みを浮かべる。
日に日にずれていく亨の心。そしてもうそのずれは、致命的な所まで迫っていた……。
そしてその日は唐突にやってきた。
愛くるしい小動物のような容姿と仕草、そして少々抜けたところがある咲耶は、校内の男子にかなりの人気があった。
『三鏡さん、可愛いよな』
『あぁ、あんな子が彼女だったらなぁ』
そんな噂を耳にするたびに、亨は嫉妬で狂いそうになっていた。
何とか押さえつけていたそんな感情の壁も決壊寸前になっていたある日、亨はとある相談を持ちかけられた。
「なぁ亨。俺、咲耶ちゃんに告白しようと思うんだ」
相談してきたのは同じ生徒会の仲間。
どんな仕事もそつなくこなし、成績も良く、人当たりも良い、生徒会で亨の右腕と言われている亨の親友だった。
能力はずば抜けているが、周囲から畏怖の目で見られている亨が今日まで生徒会長として円滑に業務をやってこられたのは、彼の力もかなり大きかった。
そんな親友から、その言葉を聞いた時、亨の頭はかつてないほどに冷静だった。
「そうか、頑張れよ。応援している」
心にもない台詞を亨は無機質に、無感情に、無感動に口にする。
「あぁ! お前の大事な妹だからな、絶対幸せにしてみせるって……気が早いか。ハハハ!」
今まで唯一無二の親友と思っていた男の顔が今は憎くて仕方がなかった。
そして亨は今のやり取りの最中に、頭の中でシミュレーションしていた計画を実行に移すことにする。
「すまないがその前に、ちょっと部室棟まで付き合ってくれないか」
全く感情の感じられない瞳で、亨は妹に忍び寄る害虫を巣におびき寄せる。
「おっいいぜ。なんだよ、もしかして部室に置いてある私物の抜き打ちチェックか?」
「今日は試験前で誰も部室棟をしようしていないからな。とても都合がいいんだ」
亨が生徒会室を静かに後にする。
「誰もいないところを抜き打ちって……お前もほんとえげつないっつうか、性格悪いよなぁ」
そんな亨の後ろを、少しばかり浮かれた様子の獲物がノコノコとついてくる。
「あぁそうだな。確かに、性格は悪いかもな……」
……翌日。
校内は部室棟で首吊り自殺があったという話で持ちきりとなった。
(自殺……。そう、足跡など……残さない)
ざわつく校内を、冷笑を浮かべながら歩く、生徒会長の姿など誰も気にすることなく……。
……亨の計画は完璧だった。
その後、実に三人もの被害者が出ても、警察は彼らの死を自殺と信じて疑わなかった。
だが五人目の犠牲者が出た時、遂に亨の計画に綻びが出ることとなる。
この五人の犠牲者に、二つ共通点があったことを警察が突き止めたからだ。
一つは五人とも全員、共通の女性に好意を抱いていたこと。
そしてもう一つは……全員がその女性に気持ちを告げようとしていた直前に、死体となって発見されたことだった。
ここまで割れてしまえば、亨の元に警察が来るまで、そう時間は掛からなかった。
「それじゃあ、今日はこの辺で……」
玄関のドアをバタンと閉め、初老の私服警官が亨の家を去っていく。
今日のところは証拠不十分、且つ両親が今晩は不在ということもあって、事情聴取だけで終わった。
だが亨は確信していた。
疑いようもなく、次彼らがこの家を訪れる時、奴らは間違いなく逮捕状を持ってくることを。
「兄さん……」
亨の背中を、不安と疑心暗鬼の入り混じった瞳で見つめる咲耶。
亨はそんな咲耶の視線を背中に浴びながら、最後の終幕を、今晩に決めることにする。
既に取り返しがつかないほどにずれてしまった亨の心。
その瞳には、もはや狂気しかなかった……。
「咲耶、少し話をしないか?」
二人きりの無言の夕食後。
亨はコーヒーカップを二つ、居間のテーブルに置き、同じく居間のソファーでクッションを抱え、物思いにふけっている咲耶に声を掛ける。
「……なんの話?」
亨の言葉に、咲耶は少し訝しげな顔する。
「別に何ということもないさ。少し昔の……そうだな、まだ咲耶がこの家に住んでいた時の思い出話とかどうだ?」
「…………」
咲耶の表情は変わらない。
「まぁとりあえず、せっかく入れたんだ。熱いうちに飲めよ」
亨はコーヒーカップを一つ咲耶に差し出す。
差し出されたマグカップを恐る恐る咲耶は受け取る。
だが、そのコーヒーカップに注がれたコーヒーに口付けることを、咲耶は少々躊躇う。
「……咲耶。ちょっとそのカップを貸してくれないか?」
その様子を見た亨は一つ溜息を吐くと、咲耶にコーヒーカップを渡すよう促す。
「……はい」
亨はマグカップを受け取ると、そのままカップに口をつけ、中のコーヒーをすする。
「……っ!」
驚き、目を見開く咲耶に、亨は今しがた自分が口付けたコーヒーカップを、再び差し出す。
「咲耶、お前の気持ちはよく分かる。でも安心しろ、俺はお前の兄だぞ? このコーヒーに何かを入れたりなんかするわけないだろう」
亨の言葉を聞いて、咲耶は差し出されたマグカップを受け取る。
怪訝そうな咲耶の表情が少し緩んだのを、亨は見逃さない。
敢えて見え透いた言葉を並べることで、敢えて見え透いた行動を取ることで、亨は咲耶の油断を誘う。
「じゃあ……いただきます」
そんな亨の思惑に気づくことなく、咲耶は今しがた受け取ったコーヒーカップに口をつけ、まだ少しぎこちなくはあるが、中のコーヒーを一口すする。
「ふぅ」
熱々のコーヒーをすすり、咲耶が一息つく。
「それで兄さん、はな、し……って?」
そう切り出した瞬間、咲耶の視界に移る亨の姿がぐにゃりと歪む
手足の感覚が無くなり、急速に意識が遠のいていくのを感じる。
「にい、さん? な……で」
水溜りに浮かぶ油のように歪に歪む視界の中、色の無い瞳で自分のことを見つめる亨の姿。
「な、んで兄さん……なにも、はい……って、ないっ、て」
切断寸前の意識の中で、咲耶は必死に亨に訴える。そしてその直後、咲耶の意闇は深い底に沈む。
ソファーに倒れ、静かに寝息を立てる咲耶を、亨はそっと抱きかかえる。
「そう、俺は嘘は吐いてないぞ咲耶。コーヒーに毒は入ってない」
亨が用意したコーヒーカップ。
確かにコーヒーには何も入っていなかった。
咲耶を闇に誘わせたもの……睡眠薬はマグカップの縁の塗ってあったのだ。
咲耶を油断させるために、自分が口を付ける一箇所を除いて。
「さあ行こうか咲耶。全ての始まりの場所へ……」
咲耶を抱き抱えながら、亨はゆっくりと夜更けの道を歩く。
夜風に舞う漆黒の桜吹雪を見つめながら、亨は考える。
一体、何処から俺はボタンを掛け違えてしまったのか、と。
『そんなこと、考えるまでもないだろう?』
もう一人の自分が自虐的にせせら笑う。
『最初から……あの並木道で咲耶と再会した時から、お前は間違っていたんだ』
(咲耶と再会したときから、か。なるほど滑稽な話だ。再会そのものが間違いなんて……冗談にもならない)
『だから言ったろ。まんまと罠にはまってしまったんだと』
(じゃあ何か? 俺は人並みに恋をすることすら許されないということか?)
『きっとこれが今まで、恋や愛をぞんざいに扱ってきた、お前への因果応報ということだろう』
(なるほど……では仕方がないな)
『あぁ、仕方がない。それにお前がしたのは人並みの恋じゃないだろう』
(咲耶は綺麗なった。その姿はあろうことか……俺の理想そのものだった。そして十年振りの再会だ。もう……妹とは思えなかった)
『それも今となっては考えるだけ無駄なことだ。……恋をする相手が悪かったとしか言えないな』
(そうだな)
益体のない自問自答を終えたところで、亨は足を止める。
そこは全ての間違いが始まった場所。
桃色の風に運ばれてやってきた、桜の妖精と狂気を見つけてしまった場所。
(終わらせよう、何もかも)
亨は傍らの芝生にそっと咲耶を寝かせると、ポケットから小さなカプセルを取り出す。
それは部室棟に行った時、密かに拝借した『劇薬』が入ったカプセル。
亨はそのカプセルを口に含むと、御伽話に出てくる眠り姫のように小さく、安らかな寝息を立てている咲耶の顔に自分の顔を近づける。
間近で見る、月明かりに照らされた咲耶の顔は……とても綺麗だった。
後、数センチで咲耶の唇に……。
その時、咲耶の顔にポタポタと水滴が落ちる。
(雨? いや違う)
亨は顔に違和感を感じ、自分の頬に手を当てる。
(涙……? 泣いているのか、俺は)
ポタポタと止まることなく亨の瞳から溢れ出る涙。
それはまるで狂気が涙となって瞳から零れ落ちていくように、亨の中にある狂気をみるみると萎ませていく。
『お兄ちゃん、わたしのこと、好き?』
『あぁ、当たり前だろう。お前は俺の大事な妹なんだからな』
『離れ離れになっても、わたしのこと忘れない?』
『あぁ、もちろん。咲耶が元気になって戻ってくるのを、ずっと待ってるよ』
『待っててねお兄ちゃん、いつかきっと、きっとまた……!』
亨の頭を巡るのは、咲耶との過去の思い出。兄として、咲耶を誰よりも大事に思い続けていた日の事。
(そうか、俺は死なせくなんだ。咲耶を……大事な妹を)
亨は全てを納得して笑う。
確かにボタンは掛け違えてしまった。それはもうどうしようもない。
そして掛け違えたボタンのせいで咲耶を思う亨の心は歪に歪んでしまった。
だがどんなに歪でも、どんなに醜くても、咲耶のことを兄として、一人の男として愛しているという、自分の気持ちは本物だった。
そしてその事実は、亨の決意のを変えさせるには十分すぎるものだった。
「咲耶……愛しているよ。こんな形ではあったけれど。それでも、最後に俺の心に、人を愛する喜びを教えてくれて……本当にありがとう」
それは本来、死の口づけだったもの。
二人で旅立つための儀式だったもの。
そっと、亨は咲耶の唇に自分の唇を重ねる。
それは禁断の口づけ。
許されることのない口づけ。
禁断の儀式の見物人は酔ったように輝く月と、狂い乱れる桜吹雪。
儀式を終えた亨は静かに立ち上がり、空に顔を向けると、酔い狂いの傍観者達に、おあつらえ向きな酔狂な願いを告げ、咲耶の唇の余韻に酔いしれながら、満面の笑顔でカプセルを噛み砕いた……。
『もし生まれ変わったら、その時はきっと…………』
カリッ…………!
-終-
如何だったでしょうか?
どうしても中二病チックな台詞が書きたい! という謎の思いを秘めたまま、今回の作品を執筆させていただきました。
結果はこんな感じに収まりました。う~ん恥ずかしい!(笑
袖擦り合うも多少の縁。人との出会いがその後の人生にどんな運命をもたらすのか……とりあえずヤンデレルートは回避したいですかね(汗