行動開始
まずはコミュニケーションスキルを鍛えなければならない。
喋れないなら筆談だ。
その為には文字を覚えなければならない。
あたしは宿の待合室コーナーへと移動した。
こういう場所には本があったりするのだ。
『………………』
あったあった。
予想通りに結構な量の本が置いてある。
あたしはその内の一冊を手に取ってぱらぱらとめくる。
見覚えのない文字だ。
異世界文字なのだから当然だろう。
『………………』
だけど読める。
なんて書いてあるのかが分かる。
言葉が通じる時点で文字も読めるだろうという仮説は立てていたのだが、割とあっさりし過ぎてちょっと拍子抜けだ。
あたしは二、三冊本を手に取って部屋まで移動する。
貸し出しは自由らしく、後で返却してくれればそれでいいらしいので遠慮なく借りていく。
部屋に戻ってさっそく本を読む。
一冊目は子供向けの絵本。
勇者がドラゴンを倒してお姫さまを助けだす話だった。
どこにでも似たような話はあるものだなと感心した。
二冊目は観光雑誌。
この街の情報が沢山書いてあった。
文字よりも地理や常識を覚えるために便利だった。
三冊目は小説。
夫の浮気で嫉妬狂いになった妻が夫諸共浮気相手を撲殺する話だ。
女の嫉妬はマジで怖い。
でも浮気する男はマジ最低。
死ねばいいと思う。
撲殺どころかバラバラ殺人でもいい。
『………………』
浮気してないのに振っただけでミンチ殺人の被害者になった自分を思い出してちょっと凹んだ。
まあこんな感じで文字は大体覚えた。
覚えたというよりは思い出したという感覚に近い。
恐らく戦闘能力と同じように英雄ルディークの骨に刻まれた記憶なのだろう。
言葉が通じたのも同じ理屈であると推測できる。
試しに思いついた文章を紙にいくつか書いてみる。
淀みなく書くことが出来た。
これで筆談スキルゲット。
ルクスとの会話もよりスムーズに行えるようになるだろう。
あたしは読み終わった本を返しに行って、次は地図関係の本を借りてきた。
文字を覚えたので次は常識だ。
あたしはまだ異世界にやってきたばかりで常識を理解していない。
ルクスについていけばある程度は大丈夫なのだろうが、あたし自身でもある程度判断出来るようになりたい。
だから勉強しなければ。
まずは世界地図。
『………………』
まず驚いたのは、世界の有り様だった。
この世界は大陸や海などで繋がっていない。
全五十二層からなる積層世界なのだ。
各層にそれぞれの国や街があり、街の中心部にあるゲートを通って移動する。
ゲートを利用しないと他の国への行き来が出来ないという仕組みになっている。
どうしてこんな構造になっているかというと、移動を限定することによって大規模戦争を防ぐ目的があったらしい。
よく出来た世界だと感心した。
確かに移動手段が限られれば戦争は起きにくい。
ゲートを利用するなら大軍を動かすことは出来ないし、各国もゲート周辺さえ警戒していれば牽制として十分すぎる。
事実、この世界では国同士の大きな戦争は起きていない。
あたしが今いる場所は第三十八層アクセンティーノ。
中枢都市から少し離れた場所にあるラグナートという街だった。
砂漠にモンスターが多数出現するので兵士の警戒もそれなりに高いが、人の出入りも多いので商業都市としてはそれなりに栄えているように見えた。
砂漠に面している割には豊かなんだなあと不思議に思ったけれど、そのあたりは交易で補っているらしい。
それから各層の国の特徴の大雑把な部分を頭に入れて、その日の学習は終了した。
あんまり一度に詰め込みすぎると飽和状態になって頭が痛くなる。
この身体で知恵熱はさすがに出ないだろうけれど、それでも勉強は本来あんまり好きじゃないし、必要以上にやりたいものでもない。
疲れたと感じたのなら素直に休むべきだ。
というわけでベッドにごろん。
マントも手袋もブーツも仮面も脱ぎ捨ててごろごろする。
全て脱ぎ捨てると骨の身体が露わになってやっぱり凹む。
絶対に身体を手に入れてやると誓うあたしだった。