ちびっこモンスターって、ちょっとかわいいかも。
「あう~……」
三十分後。
ぐったりと芝生の上に倒れているあたしと、それを見下ろしているレインの姿があった。
「まあ、なかなか粘ったほうかな」
「う~……」
感心したように言ってくれるレインだが、あたしにとってはちっとも慰めにならない。
まさに地獄のような三十分間だった。
レインは小柄な身体で次から次へと攻撃を繰り出してくる。
パンチ、蹴りだけならまだしも、頭突きや肘鉄、投げ技まで駆使してくるのだからたまったものではない。
彼女の動きは確かに実戦で培われたものなのだろう。
決まった型はなく、臨機応変、勝つためなら何でもやるというなりふり構わない戦法だった。
しかもそれほど荒っぽいくせに、動きそのものには全く無駄がないという悪夢のような体捌きだった。
泣きたくなってくる。
「ルティの動きは大ざっぱすぎるね。隙だらけでどこでも攻撃できちゃう」
「うう。それは改めて実感させられたよぅ……」
あたしの攻撃は一つもあたらないのに、レインの攻撃はぼこぼこ当たる。
殴られて蹴られて投げられて、散々な目に遭った。
幻術を使っている間は痛みも擬似的に再現されるのでダメージも結構大きい。
本質はアンデッドなので、魔力が続く間は疲労することもないはずなのに、今のあたしは精神ダメージと肉体ダメージのコンボでくたくたのへにょへにょだ。
「そのあたりは慣れていくしかないかな。攻撃を受け続ければ当たりたくないって本能が働いて、動きを変えるようになってくる。そうやって動きの無駄を省いていけば、それだけで大分違うよ」
「そうだね……」
その通りだと思う。
自分の動きに無駄が多いのは分かった。
問題は、頭で考えて実行しようとしても、動作の最適化は不可能だということだ。
頭ではなく、身体で覚えるしかないのだ。
「それにしてもレインは強いねぇ」
寝転がったまま言うと、レインは肩をすくめて苦笑した。
「そりゃあ経験が違うからね。ルディークとして生きてきた時間の経験がそのまま残っているから、初心者のルティが相手にならないのは当然だよ」
「でも身体つきだって大分違うはずなのに」
「そりゃあね。最初はちょっと苦労したけど、慣れていけば今の身体に合わせた動きも難しくない」
「そういうものかな」
「そういうものだよ」
そういうものらしい。
「姉さま、ルティさん。飲み物はいかがですか?」
ちょうどいいタイミングでシャルレが二人分のアイスコーヒーを用意してくれていた。
ぐっじょぶ。
受け取った飲み物はレモンスカッシュだった。
炭酸の利いたのど越しの素晴らしい飲み物だ。
「くは~。おいし~」
「んく、んく……けぷ……」
「………………」
げっぷぐらいはもうちょっと隠してほしいんだけどなあと思ったけれど、まあ中身が男なんだから仕方ないかなと諦めておく。
「くは~。この一杯の為に生きてるって感じ?」
「……それはビールを一気飲みしてから言うセリフだと思うよ」
「あ、駄目かな?」
「駄目だね」
「がーん」
しょんぼりするレインがなんだか可愛かった。
……中身は男なのに騙されそうになるぐらい可愛かった。
休憩を経てから組み手を再開する。
ようやくレインの動きが見えてきたので、あたしも反撃に転ずることができるようになった。
なったけれど、当たらない。
「きーっ!」
あまりにも悔しかったので思わずそんな声を上げてしまう。
「こらこら。女の子がそんな声を上げないの」
「じゃあ、むきーっ!」
「ますます却下」
あたしの右回し蹴りを肘でブロックしながらため息をつくレイン。
はいそうですか。
あたしの蹴りはため息交じりに受け止められる程度のものですか。
……いつか締める。
「避けられるようになっただけでも進歩なんだから、あんまり焦っちゃ駄目だよ」
「分かってるけどさぁ。明らかに格上の位置から言われるとなんかむかつくっていうか……」
「実際格上なんだから仕方ないじゃん」
「うぎーっ!」
定石もガン無視してぽかぽか攻撃に変更。
ちょっぴり泣きたくなってしまいましたよあたしってば。
「じゃあ次からは投げ技を多用していくよ」
「ひゃう~!」
という言葉通り、ぽんぽん投げられてしまう。
柔道で言う一本背負いとか、巴投げとか、そんな可愛らしいものじゃない。
文字通り、腕を掴んで放り投げる。
六メートルほど上空に持ち上げられて、そのまま放物線を描いて落下。
「ぎゃふん!」
……なんだかとっても切ないです。
雑魚っぽい演出がとてもとても切ないです。
「でもまあ、成長はしてるんだからそこまで落ち込まなくてもいいじゃん」
倒れたあたしをなでなでしながらレインが慰めてくれる。
「成長してる? ほんとに?」
「ほんとほんと。ちょっとずつだけど動きについていけるようになってるし。身体能力は高いんだし、慣れてくればほぼ互角に戦えるようになるよ」
「身体能力はレイン……っていうかルディークのおかげだし……」
「そうだね。でも持っている力をどう使いこなすかっていうのはやっぱり扱う者次第だと、私は思うよ」
「それは同感。力は力でしかないもんね」
「正解」
あたしの隣に寝転がってにこにこと笑っているレイン。
見た目年下の女の子にそういうことをされるとちょっぴり複雑だった。
「ルディークについて質問してもいい?」
「? いいけど、いきなりだね」
「うん。いきなりだね。なんか、そういう気分になっちゃった」
「ふーん。まあいいけど。答えられることなら答えてあげるよ」
つまり言いたくないことについては教えてくれないらしい。
それは当然なのであたしも頷いておく。
「ルディークって冒険者だったんでしょ?」
「うん。そうだよ。ギルド初のSSS冒険者。そして最年少。えっへん」
「最年少なんだ」
「そうだよ~。Sランク入りしたのが八歳の時だし」
「早っ! っていうか八歳!? まだ両親のもとにいるような年齢じゃんか!?」
「ルディークは五歳の時に両親に捨てられたんだよ」
「な、なんで!?」
あっさりと酷い出来事を口にするので思わず訊き返す。
「なんでって言われてもなぁ。人の親としてはやっぱり化け物の子供は持ちたくなかったってことじゃない?」
前世の出来事とはいえ、紛れもない自分の経験であるはずなのに、あっさりと言ってのけるレイン。
本当に気にするほどのことでもないと思い込んでいるようだ。
「化け物って……」
「五歳の子供がパンチ一発で壁を粉々にしたり、習ってもいない広域殲滅魔法をあっさりと使ったり、自分よりも何倍も大きい男を一撃で床に沈めたりしてたら、そりゃあ実の子でもドン引きすると思うよ」
「……するかもね、それは」
というか五歳のルディークってそんなやばいことしてたんだ……
「あの頃は何も知らなかったからね。力に振り回されるだけの子供だった。簡単に人を殺せるような力を持っていて、それを無自覚な子供が感情に任せて振るってたんだから、そりゃあ怖くなって当然だと思うよ。捨てられて当たり前だって思ってる」
「ルディークは、それでよかったの? 寂しかったり、悲しかったりしなかったの?」
「そんなことを考える余裕はなかったなぁ。生きるのに精いっぱいだったから」
「そっか……」
「だけどまあ、力さえあれば生き延びることは比較的簡単なのがこの世界のいいところだと思う。冒険者ギルドは登録だけなら子供でもできるからね」
「あ、そうなんだ」
「うん。雑用とかの仕事も含まれるから、子供に日銭を稼がせたい両親が登録させたりするんだよね。もちろんそういう子供には危険な仕事を回してくれないんだけどさ」
「じゃあルディークは雑用の仕事をしていたの?」
「あははは。まさか。依頼を回してもらえないなら先に果たしてしまえばいいんだよ」
「…………………」
つまり、アレだね。
依頼書を一通り確認してから仕事に出向いて、果たした以来の証拠を突きつけてから報酬をもらってたんだね。
素材採取系の依頼ならそれも可能だもんねぇ。
まあ獰猛なモンスターの素材アイテムを五歳の子供があっさりと持ってきたのを見たギルド職員がちょっぴり可哀想だけどね。
さぞかしびっくりしたことだろう、と当時のことを妄想してみる。
「当時はちょっと大変だった。ドラゴンの心臓石とか平気で持ち込んでたから、いったいどんなコネがあるんだとか思われてたしね」
「自分で倒したとは思われなかったんだ」
「うん。それを知られてからは『ちびっこモンスター』って呼ばるようになったな」
「ちょっとかわいい呼び方かも……」
ちびっこってあたりが。
「ある程度名前が知られてからはパーティーを組んだりもしたけど、あんまり長続きはしなかったんだよね」
「そうなの?」
「うん。足手まといを庇いながら戦うのは面倒くさい」
「………………」
「かといって見捨てればこっちが文句を言われるし」
「それはひどい」
「でしょ? 仮にも冒険者を名乗るなら自分の身ぐらいは自分で守ってもらわないとね。いくら当時の私が天才で素敵で無敵んぐだとしても、当てにされる筋合いはないってこと」
「………………」
自信過剰な子供だったんだなぁ。
「失礼なことを考えないでね。自信過剰じゃなくて実力に見合った自信の持ち主だったんだから」
「………………」
見抜かれてるし。
「まあそんな感じで八歳でSランク、十二歳でSSランク、十四歳でSSSランクに昇格しちゃったわけだよ。えっへん。史上最年少!」
「だろうね~……」
「まあ生き延びるのに必要な力が備わっていたことは素直に感謝したいところだけどね。その所為で両親に捨てられたってことを差し引いても歴史に名を残す偉業を果たしたんだからまあ差し引きゼロじゃない?」
「ものは言い様だねぇ」
天才とか英雄とか呼ばれる存在は、確かに不幸になったり不幸を土台にしたりしている場合が多いけれど、まさにその見本が隣にいるわけだ。
生まれ変わりだから本人そのものではないかもしれないけれど、記憶を全部受け継いでるんだからやっぱり同一属性と言ってもいいのかもしれない。
「じゃあ英雄になったのは結果論?」
「そうだね。いろいろ活躍してたらいつの間にかそう呼ばれてたって感じ」
「なるほどなるほど。強くなりたかったわけじゃなくて最初から強かったんだね。……そこはあたしと大違いだなぁ。あんまり参考には出来そうにないなあ」
「そこが私には分からないな。言っておくけど、ルティの実力は十分すぎるほどなんだよ。Sランク冒険者にだって引けを取らない。ルディークとしての身体資質はもちろんのこと、短い間に積んできた戦闘経験だってある。強いか弱いかで言えば、十分に強い。それは私が保証してあげる」
「………………」
それでも、足りないんだよ。
普通の人より強くなっても、Sランク冒険者と互角に戦えるようになっても。
それでも、あたしは弱いままなんだ。
だって、それよりも強い人たちが出てきたらひとたまりもないじゃん。
エレさんやヒサナに出てこられたら、今のあたしじゃ歯が立たない。
あのときみたいな無力感を味わうのは、もう嫌だ。
抵抗して、戦って、生き延びて、胸を張りたいんだ。
「なるほどね。エレメントにテスタノッサの名前か。そりゃあ手強そうだ」
「知ってるの?」
「エレメントの名前は冒険者としてある程度深いところまで活動していれば嫌でも耳に入ってくるよ。彼女が見込んだ弟子にテスタノッサの名前を与えていることも、一部では有名な話だし」
「そうなんだ……」
「ルクスはともかく、確かにルティは力不足だね。なんせ相手は化け物を通り越して怪物なんだから」
「怪物って……」
「世界の事象を書き換えるような存在はもう怪物と言っても差支えないんじゃないかな」
「く、詳しいねぇ……」
ノーライフキングのことまで知っているらしい。
「邪神と戦う時には一応ノーライフキング化も目指してみたんだけどね。ちょっと無理だった。相打ち覚悟で臨むなら記憶を保持したまま生まれ変わるのが精一杯。だからまあ、戦闘能力はともかくとして、怪物レベルならエレメントのほうが上だと思う」
「そっか……」
「ルティは彼らに対抗するべく強くなりたいんだね」
「まあね……」
「うーん。そうなるとまずは目を鍛えるのが先かな」
「目?」
「身体能力は最初からクリアしているわけだし、経験についてはもう積み重ねるしかないわけだし、だとすると相手がどんな仕掛けをしてきても見抜けるだけの目が必要かなって思って」
「なるほど」
「じゃあ次はそっちをメインにしてみようか」
「よろしくお願いします。ししょー」
「あれ? なんか気の抜ける呼び方をされてるような……」
「気のせい気のせい」
「そうかなぁ……」
こんな感じであたしの特訓は続くのだった。
ストックがなくなりました(・_・;)
ここから週一連載ぐらいのペースになりますにゃ。
変わらず楽しんでもらえるとうれしいのであります(*^_^*)




