敗北と挫折と新たなる決意
ヒサナはあたしを森の中へと案内した。
夜の森は霧が晴れていても真っ暗で、迂闊に足を踏み入れると迷ってしまいそうだった。
少し開けた場所まで移動して、ヒサナが振り返った。
「ここでいいかな」
ヒサナは手をかざして魔法を発動させる。
この周辺に結界を張ったようだ。
外部にこの動きを悟らせないためだろう。
いや、外部というよりはルクスに、なのかもしれない。
「それで? あたしを殺したいの? それとも手に入れてこいって言われた?」
エレさんの命令で来ているのだろうと思ったのでとりあえずそれ系の質問を投げかけてみる。
「いや、エレメント様は関係ない。これはあくまでもおれの意志だ」
「なるほど。それで? どういうつもりでここまで誘い出したの?」
「先に言っておくが、ここでルティを殺すつもりはない」
「それはありがたいね」
「強いて言うなら興味が湧いたんだ。ルクス・テスタノッサはおれにとっての弟弟子であり、同時に絶対に負けられないライバルでもある。だからこそルクスが使役しているという特別製のスケルトン、その実力を試させてもらいたいと思った。是非とも相手をしてもらいたい」
「戦えってことだよね?」
「もちろん」
「勝利条件は? 殺し合いがしたいわけじゃないでしょ?」
「……そうだな。ならば相手が動けなくなったら決着、でどうだ? その際こちらが死ぬほどの重傷を負ったとしても気にしなくていい」
「というかエレさんの弟子なら回復力もずば抜けてるんじゃないの?」
「その通りだ。勝手に回復する。だから気にせず攻撃してもらいたい」
「敗北の代償は?」
それだけは確認しておかなければならない。
「そんなに怖い顔をしないでくれ。おれが勝ったとしても君をどうこうするつもりはない。本当に実力を確かめたいだけなんだ」
「それって、ルクスへの対抗意識みたいなもの?」
「まあ、近いな。おれはエレメント様をこの世の誰よりも尊敬している。崇めてもいる。おれは神を信じたことはないが、おれにとっての神は誰かと問われれば、間違いなくあの方の名前を出す」
「それはまた……すごいね……」
エレさんってばモテモテじゃん、と言うべきなんだろうか?
そういう問題でもない気がするけど。
「信じられないかもしれないが、本当に遊びたいだけなんだ。力比べ、いや、子供で言うちゃんばらごっこをやりたい気分とでも言えばいいのかな」
「少年みたいなことを言うねえ」
「心はいつだって少年のつもりだ」
「実年齢は?」
「………………」
あ、黙った。
見た目は二十代後半ぐらいだけど、やっぱり見た目通りの年齢じゃなさそうだ。
というか今の見た目でも『少年』という表現がいささか以上に図々しいのは否定できないけど。
「大事なのは心だ」
「あー、うん。わかった」
つまり言いたくないんだね。
この人に実年齢ネタは禁句っぽいなぁ。
まあ怒らせたいわけでもないし、大人しく従っておこうかな。
「全力で相手をしていいのかな?」
「そのつもりだ。おれも全力でかかるから、ルティも全力でお願いしたい。もちろん、あの物騒な魔剣を使用してもらいたいという意味だ」
「ははは……」
そこまで知られちゃってるのか~。
「エンデヴァー」
ならば隠す理由もないので遠慮なく使わせてもらうことにした。
黒ずんできた黄金の剣は、戦意満々であたしの手へと出現した。
ーー我が主。
訓練の成果を試す時が来たようだな。
「そうみたいだねぇ。まあ勝っても負けても失うものはなさそうだし、気楽に戦っていいんじゃないかな? でしょ?」
「その通りだ」
ーーならば始めようか。
「そうだね。始めよう」
「いつでもかかってきていいぞ」
余裕綽綽でそんなことを言うので、あたしも遠慮なく飛びかかっていくことにした。
「はあっ!」
まずは一閃。
魔力付与斬撃。
零魔法ではなく通常の魔力を載せて放つ。
「甘い」
ぎいいんっ、と掌で収束され、霧散させられてしまった。
「やっぱり強いなあ」
さすがエレさんの弟子を名乗るだけはある。
いや、この場合は『テスタノッサ』の名を持つだけのことはある、と言うべきなのかもしれない。
力任せの攻撃はやめにして、純粋な剣技で攻めてみることにした。
ルディークの記憶を頼りに攻撃を繰り出していく。
剣戟が一秒間に十回は繰り出されるような攻撃を、すでに三分は行っている。
だが、ヒサナはそのすべてを避けて、受け止め、弾いて、逸らしていた。
「くっ!」
さすがだ、と息を呑む。
あたしの攻撃が、ルディークの戦闘経験がまったく通じない。
間違いなく強い。
エレさんの次ぐらいには強敵だった。
零魔法を使えばこの状況を打破することが出来るかもしれないが、あくまでも遊びの延長線上、そう言われた勝負の最中にあれを使うのは気が引ける。
というか、使いたくない。
あれは確実に殺すための攻撃であり、戯れの勝負で使っていい代物じゃない。
少なくとも相手に殺意がない以上は使いたくない。
「なるほど。英雄ルディークの戦闘能力を模倣しているのか。確かに驚異的だな」
あたしの連撃を弾きながら、余裕の態度を崩さないヒサナ。
「その割には、全然効いてないよね。攻撃も当らないし。驚異的どころか子供の相手をされている気分だよ」
「それはまあ否定しない。いくら地力が凄まじくても、それを扱っている者が素人同然だからな」
「う」
痛いところを指摘されてしまった。
確かにあたしはルディークと違って戦闘には素人だ。
だけどこの世界に転生して数か月。
ルクスと一緒に戦ってきた経験はあたしの中で生かされている。
素人などと言われる筋合いはない。
あたしだって、少しは強くなったんだ。
「確かに弱くはない。だが、ルティの攻撃は素直すぎる」
「うあっ!?」
上から振り下ろされる斬撃を受け止めたと思った瞬間に、顎に攻撃を加えられた。
「!?」
何が起こったのかわからない。
事態を把握するまでに数秒は必要だった。
「け、蹴り?」
見えていたわけではない。
ただ、それ以外には考えられないというだけだった。
そんなあたしの呟きに、ヒサナはにやりと口元を吊り上げた。
「正解だ」
「………………」
「攻撃も、防御も、素直すぎる。剣で攻撃されれば剣で防ぐことだけに集中し、体術を混ぜてくることすらも分からない。意識が逸れたところで蹴りを入れても、気づくことすら出来ない」
「………………」
「戦いにおいて最も大事なことは見切りと駆け引きだ。相手がどういう出方をするか、どういう攻撃を仕掛けてくるか、何を利用しようとしているのか、それを見極めながら、考えながら戦わなければならない。だがルティの戦い方はそうじゃない。なっていない。いくらルディークの戦闘資質を受け継いでいても、戦い方がこれでは突撃するだけの獣と大差ないな」
「う……」
返す言葉もありません。
確かにあたしは考えて戦っているわけじゃない。
その場その場で攻撃を当てること、避けることしか考えていない。
今までは能力が高すぎたゆえにそれで通じていたけれど、その差が縮まった相手と戦うには実力不足なのだ。
「少なくともルクスならばこんな攻撃は喰らわない。避けるにしろ、絡み取って糸で攻撃に転じるにしろ、きっちりと捌いていたはずだ」
「むう」
ルクスと比べられると少し悔しい。
確かにルクスはランクSの冒険者だし、あたしなんかよりずっと経験も豊富だろうけど。
でもあたしはずっとルクスと戦ってきた。
短い時間の中でも、相棒として隣に立っていた。
だから力量の差が大きいとは思いたくない。
「だったら、もう少し付き合ってもらおうかなっ!」
こうなるともうやけくそだった。
考えて攻撃できる精神状態でもなく、とにかく体力の続く限り連撃を繰り返した。
魔力がある限りあたしは動き続けることが出来る。
戦闘経験の差があったとしても、体力の差だけはどうしようもない。
攻撃を続けて、ひたすら続けて、ヒサナの体力が尽きるまで粘るつもりだった。
その結果……
「うぅ~……」
散々殴る蹴るを繰り返されて土の上に転がるあたしと、それを冷やかに見下ろすヒサナの姿がそこにはあった。
「お話にならない。体力が尽きるのを待つのは悪くない作戦だが、おれにとってはその前に相手を仕留めればいいだけのことだ」
「むぅ~……」
実際その通りのことをされてしまったので文句も言えない。
殺すつもりはないようだし、このまま拉致られてエレさんのところに連行されるわけでもなさそうだ。
だから素直に悔しがることができる。
「勝負あったな」
「ふぁい。あたしの負けです」
ここで悪あがきをするほどあたしも馬鹿じゃないので、素直にそう言った。
「ああ。おれの勝ちだな」
ヒサナも少し疲れたらしく、あたしの横に腰を下ろした。
「まったく。素材はいいのに宝の持ち腐れとはこのことだな」
呆れた声にあたしはしょんぼりとなる。
「返す言葉もないよ。まあこれから修行してもっと頑張るしかないね」
「経験だけは簡単にどうこうなるものじゃないからな。まあ頑張れ」
「うん」
「しかし、信じられんな」
「何が?」
「この程度の力量しか持たないルティにエレメント様が後れを取ったことだ」
「うあ~。それも知ってるんだ」
「もちろんだ。エレメント様の情報ならどんなものでも見逃しはしない。一時的とはいえ片腕を消失させたことも考えると、もう少し痛めつけても良かったかもしれないと思っているぐらいだ」
「か、勘弁して」
これ以上は痛めつけられたくない。
「まあ女性をこれ以上痛めつけるのは主義に反する。やめておこう」
「それは助かる……」
「でも骨はあくまでもルディークのものだし、女性の範疇にいれていいものかどうか、悩むな」
「悩まないで! たしかに身体は幻術だけど、あたしの魂そのものは女の子なんだからっ!」
「そういえばそうか」
「思い出したように頷かないでよ……」
「まあおれにとって『女性』と言えるのはエレメント様だけだから、どちらにしても問題はないのだが」
「……もしかして、エレさんのことが好きなの?」
あんな物騒な人によくもまあ恋心なんて抱けるものだと感心した。
「当然だろう。いつかノーライフキングの仲間入りをして、あの方をこの手に抱くのがおれの目標だ」
「………………」
最終目標がエレさんとのファイト一発なんだ。
なんかすごくがっかりというかなんというか。
口に出したらいけないことなんだろうけど、あたしは失望を隠せなかった。
「別にノーライフキングにならなくても、今から好きだって言って抱くか抱いてもらうかすればいいんじゃない? 多分、あの人は嫌がらないと思うよ?」
温泉でおっぱいを揉み揉みさせてくれた時のあっさり加減を考えると、ヒサナがファイト一発をお願いしたところで拒否はしないのではないかと予想できる。
「そんな失礼なことが出来るか! あの方は誰よりも気高く誰よりも潔癖なノーライフキングなんだぞ!」
「………………」
それ、まさかエレさんのことじゃないよね?
別人のことだよね?
気高いのはまあ、ある意味当っているかもしれないけど。
潔癖?
いやいや、ないないないない。
「潔癖っていうけど、あの人子供のころのルクスを食べちゃってるよ? お姉さんが教えてあげる的なノリでいたいけな少年をもぐもぐしちゃってるよ?」
「……なんだと?」
「げ」
ヒサナの背中からどす黒い何かが噴出した。
どうやら言ってはいけないことを口にしてしまったらしい。
「おれがノーライフキングになるまでの最終目標として定めているあの方の身体を、ルクスはすでに味わっているというのか!?」
本気でエレさんに恋しちゃってるらしいヒサナは、今にも怒り狂いそうな表情であたしに詰め寄ってくる。
「ちょ、ちょっと!? あたしに怒られても困るよ!? ルクスのさくらんぼをもぐもぐしちゃったのはあくまでもエレさんなんだからね!」
「おれでさえあの方に迫られた覚えはないのに! 何であいつばっかりそんないい目を見てるんだ!」
納得がいかないようだ。
しかし理由は案外簡単なように思える。
「そりゃあ、ルクスが超絶美少年だったからじゃない?」
「なっ!」
今のルクスが超絶美形であるように、昔のルクスはさぞかし美味しそうな超絶美少年だったのだろう。
エレお姉さまがちょっと悪戯心を刺激されてもぐもぐしちゃっても、まあ無理はないと思う。
両手を合わせていただきます、ごちそうさまでした、大変美味でございました、という流れだったのではないだろうか。
ルクス少年には結構なトラウマを残しているかもしれないけど。
それに比べてヒサナは整った容姿ではあるものの、超絶美形というほどではない。
エレさんがルクスを基準にした面食いであるのなら、そりゃあ食指が動かなくても仕方がない。
美形が正義なのだ。
美形に及ばないものに文句を言う権利はない。
「むむむ。許せん」
「許せんって言われてもねぇ」
唸るヒサナに肩を竦める。
「そんなに嫉妬するぐらいならエレさんに頭下げてお願いすればいいじゃない? 多分、拒否しないと思うよ」
「いや! 一度自分で決めたことを覆すことは出来ん!」
「まあ、自分で決めたことならあたしがとやかくいう事じゃないから放っておくけどね」
「しかしこの怒りだけは発散しておかなければ気が済まん!」
「済まん! って言われてもね。ルクスに直接苦情を申し立てれば? 幸い、あの城の中にいるわけだし」
庇う理由もないのでそんな風に煽ってみる。
「………………」
ヒサナは何故かあたしをじっと見ていた。
「な、なに?」
「いや、君もなかなかな美少女だなと思って」
「………………」
嫌な予感。
めちゃくちゃ嫌な予感がするんですけど。
「そうだな。負けても何もしないと言ったが、気が変わった」
「げ」
そういってあたしに覆いかぶさってくるヒサナ。
間違いなくこの場でファイト一発始めるつもりだ!
「じょ、冗談じゃない!」
あたしは逃げようとするが、そこは徹底的に敗北した相手なだけあって逃げられない。
「ひゃうっ!」
首筋に吸い付かれて思わずのけぞってしまう。
ドレスの中に手を入れられた段階で、目を閉じた。
諦めたとも言う。
出来れば初めての人はもっと美形が良かったんだけど、確かにあたしは負けたのだからこの程度の仕打ちは甘んじて受け入れなければならないのかもしれない、と自分に無理やり言い聞かせた。
「そうだ。いい子にしてたら優しくしてやる」
「………………」
いい子にするつもりなんて毛頭ないけれど、逆らえるような状況でもない。
がっちりと要所要所を押さえつけられていて、身動き一つ取れないのだから。
このまま好きなようにされてしまうのだろう。
「阿呆! さっさと幻術を解け!」
割り込んできたのは、ルクスの声だった。
「あ」
そうだった。
これは生身の身体じゃなくてあくまでも幻術なのだ。
解いてしまえば男の骨に戻る。
「げ」
骨に戻ったあたしから慌てて離れるヒサナ。
さすがにこの状態で続きをやるつもりはないらしい。
というか、よっぽど特殊な趣味でもない限りは出来ないよね。
「わ」
駆け付けたルクスに抱き寄せられてしまう。
ルクスはヒサナを睨みつけている。
「何のつもりだ?」
殺意に満ちた視線を受けても、ヒサナは泰然としていた。
両手を広げて肩をすくめる。
「何のつもりも何も、勝者の権利を行使しようとしていただけだよ。そもそもこれはルティも合意の上での勝負だったんだ。たとえマスターであろうとルクスに口出しされる筋合いはない」
「……そうなのか?」
あたしを抱きしめたまま、下を向いて問いかけてくる。
「まあね。負けても殺すつもりはない、みたいなことは言ってたけど、エレさんの話をしたら気が変わったらしくて。まあ殺されるよりはマシだから我慢しておくかって感じだったんだけど」
「するな!」
「でも負けたし」
「抵抗ぐらいしろ!」
「いや、ちゃんとしたよ。でも無理っぽそうだったから」
「………………」
出来るだけのことはしたのだ。
それでも無理だと判断したから受け入れようとした。
それだけのことなのに、ルクスってば大変ご立腹らしい。
「あいつはエレにご執心だからな。今後はエレの話題を出さないほうがいい」
「そうみたいだね」
「ちなみに、どんな話をしたんだ?」
どうやらそこが気になるらしい。
隠す理由もないので正直に言うことにした。
「ルー坊のチェリー喪失話だけど」
「よりにもよってそれかっ!」
「いたいっ!」
殴られた!
一切の容赦のない拳骨を喰らわされた。
「もう少しプライバシーっていうものを尊重してくれ、頼むから」
殴った後に下手に出られても困る。
「っていうかそれを言うならエレさんじゃない? この話ってエレさんがあたしに教えてくれたんだし」
「どうせちょろっと口にしただけのことを強引に聞き出したんだろうが」
「……ばれてるし」
その通りだったので返す言葉もない。
エレさんにとってはばらしても構わない程度の情報だったのだろうが、ルクスにとっては何とも言い難い、複雑な記憶なのだろう。
「とにかく、勝負がついたのならルティは俺が回収する。今回はこっちの負けでいい」
ルクスがヒサナを睨みつけながら言う。
「まあ、もとよりそのつもりだったから構わないけどさ。次にやりあう時はもっと成長してくれているとうれしいな、ルティ」
ヒサナがあたしに視線を向けてくる。
「ええと、頑張るよ」
ぐらいのことしか言えなかった。
「次に負けたら今度こそ一晩付き合ってもらうからな」
「却下だ!」
おそらくは冗談半分に言ったことなのだろうが、ルクスはムキになって言い返した。
「……いくら使い魔とはいえ、自由意志を持ったルティをそこまで縛り付けるのはどうかと思うぞ」
「やかましい。こいつは俺のものだ。誰にも渡さない」
セリフだけ聞けばすごく独占欲の強い身勝手な男に見えるんだけどねぇ。
「ルティはどう? そこまで束縛されるのは窮屈じゃない?」
「まあ、少しは窮屈だけどね。でもこれだけの美形にそこまで言われるっていうのはそこまで悪い気分じゃないよ」
ヒサナの挑発的な問いかけに、あたしは思った通りの答えを返す。
「顔か」
「顔よ」
あまりにも率直すぎる、素直すぎる返答に、ヒサナの方が呆れ返った。
「今日のところは退散しよう。またな」
「つーかしばらく来るな。ルティにちょっかい出すな」
「そう言われるとちょっかい出したくなるな。ルクスに内緒で今度遊ぼう」
「いいよ~」
「よくないっ!」
ひらひらと手を振って立ち去るヒサナ。
一難去ってようやく気が楽になった。
「おい、ルティ」
「なに?」
「一体どこであいつと知り合った?」
「どこで……って言われてもねぇ。夜会で壁によりかかっていたら、声をかけられただけだよ。一曲踊りませんか~、みたいな感じで。多分、外部の招待客を装っていたんじゃないかな?」
「踊ったのか!?」
「まあ断る理由もなかったし」
「………………」
あ、むくれてる。
もうちょっとからかってみようかな。
面白いし。
「それから自己紹介をしてもらって、テスタノッサっていう名前に興味を惹かれたからもう少し付き合ってみることにした。で、今に至る」
「あんまり危ないことをするな。心配したんだぞ」
「ごめんごめん。でもルクスにそこまで束縛される筋合いはないよ。あたしはあたしの思う通りに行動しただけなんだし、これからだってそうするつもりだし」
「………………」
「別に口うるさく言うなってわけじゃないよ。ただ、何を言われたところであたしはあたしのやりたいことをするってことだけは言っておこうと思ってね」
「まあ、ルティはそうなんだろうな……」
「そうそう。それで取り返しのつかないことになったとしても、あくまで自己責任だって諦めがつくからね」
「簡単に諦めるな」
「あはは。まあ、さっきは助かったよ。すっかり動転しちゃってたから」
「今度はすぐに幻術を解けよ」
「分かってるってば。それよりも戻らなくて大丈夫? アマロットが待ってるんじゃないの?」
「問題ない。ある程度見せつけてやったからな。今頃は俺の正体についていろいろ質問攻めに遭っているところだ。だから逃げてきた」
「うわ。薄情者~」
恋人役としては十分な役割を果たしたのだから、残りはアマロットの仕事だと割り切ったらしい。
タイミングが良すぎるけどね。
「ルティと踊ろうと思ったらいなかったからな。ちょっと探しに来てみたらこれだ」
「踊ろうと思ったって……その格好で?」
普通は男女が踊るものだと思うんだけど。
あたしとルクスだったら女同士(あくまでも見た目は)になってしまうじゃない。
「珍しくないぞ。シャーレッドは同性愛も盛んだからな」
「あははは……そうなんだ……」
珍しくないからといって同性愛者には見られたくないなぁ。
そろそろ夜会も終わりそうな時間帯だった。
「ねえ、ルクス」
「なんだ?」
「あたし、今のままじゃダメだと思う」
「………………」
「強くなりたい。ルディークの地力に頼るだけじゃない、きちんとした戦闘経験を積みたい。そのために協力してほしい」
零魔法だけじゃない。
あらゆる意味で強くならないとエレさんやヒサナには敵わない。
いざという時にルクスの足手まといになるのだけは避けたいし、エレさんたちに捕まるのも嫌だ。
だったら出来る限りの努力をするしかない。
あたしを相手取ったヒサナは、まるで素人を宥めるようなレベルだった。
認めたくないけど、認めなくちゃならない。
今のあたしはルクスよりもずっと弱い。
たった一人でランクS冒険者にまで上り詰めたルクスの足元にも及ばない。
その現実と向き合わなければ、そこから先には進めない。
「それは、俺と戦いたいってことか?」
「稽古相手としてね。駄目かな?」
「駄目というわけではないんだが、俺は戦いが専門ってわけじゃない。経験はそれなりにあるつもりだが、ルティの役に立つようなことを教えられる自信がない」
「糸を使えばかなり強いよね?」
「まあ否定はしないが。しかしあれはかなり変則的な攻撃だから、練習には向かないぞ」
「そうなの?」
「使える人間がかなり限られてくるからな。一般的な戦い方を学ぼうと思うなら、俺は明らかに畑違いだ」
「むむ……」
考え込むあたしにルクスがやれやれとため息をついた。
「次の目的地はその方向で決めてみるか?」
「え?」
「だから、戦闘経験を積みたいんだろう? モンスター相手じゃなくて、人間相手の」
「う、うん」
モンスターと人間では全然違う。
身体の形も違うし、攻撃パターンも全然違う。
何よりも本能だけで襲い掛かってくるモンスターと、考えながら、駆け引きをしながら殺そうとしてくる人間相手ではどちらが手強いかなど考えるまでもない。
「だったら第五層アストリーゼがおすすめだ」
「アストリーゼ?」
「闘技場があるからな。毎日のように誰かが誰かと戦っているような場所だ。そこの闘技場で鍛えれば、人間相手の駆け引きぐらいは学べると思うぞ。レベルまではあまり期待しないほうがいいが、経験としては無駄にならないはずだ」
「うーん。出来るだけ強い相手と戦いたいんだけどなぁ」
「無茶を言うな。そもそもルティは全然弱くない。むしろ世界有数の戦士だと断言できる。経験が足りなくても地力だけでトップランカーだからな。張り合える相手など世界に十人いればいい方だぞ」
「そんなトップランカーに立て続けに遭遇し続けているあたしって一体……」
「……まあ、不運だとしか言い様がないな」
それに関してはルクスも色々と思うところがあるらしい。
「ただ、闘技場で様々な人間と戦うのは無駄にはならないと思う。レベルが違うだけで、仕掛けてくることは基本的に変わらない。土台となるものが同じなんだから、慣れてしまえばレベルが上がっても対応できるというわけだ」
「なるほどねぇ」
「ついでに勝ち上がれば賞金も手に入るから一石二鳥だぞ」
「それはいいことを聞いたね」
「さらには俺がルティに賭ければぼろ儲けだな」
「一石三鳥かぁ」
経験値を手に入れて、賞金を手に入れて、さらには賭け金まで手に入れる。
美味しすぎるんじゃない?
「ルクスは参加しないの?」
「さすがに無理だな」
「そう? 結構いけると思うけど」
「糸をメインに使ったとして、出来上がるのはバラバラ殺人だぞ。闘技場には観客もいるんだからさすがにそこまでは出来ない。勝ち上がったところで苦情の嵐だぞ。そもそも運営側が一度で退場させるだろうよ」
「あ、なるほど」
さすがに大勢の観客が見ている場所でバラバラ殺人事件はまずいよね。
ドン引きさせちゃうよ。
「で? どうする? 次の目的地をアストリーゼにしてみるか?」
「そうだね。じゃあそうしよう」
「分かった」
それから夜会が無事に終わり、あたしたちはシャーレッド城に泊めてもらうことになった。
部屋を別々に用意されたので、あたしは豪華なベッドでごろごろする。
いつもルクスと一緒だから、たまにはこういうのも悪くない。
隣の部屋ではルクスとアマロットが騒いでいる。
一応は恋人同士ということになっているし、この城に泊まり込んでいる賓客も多いので、それらしく見せることが大事なんだとか。
隣の部屋から聞こえるのは明らかに男同士のばか騒ぎなんだけどねぇ。
一緒の部屋で朝を迎える、という事実があればそれでいいのかもしれない。
「なあなあ、ルティちゃんに夜這いをかけに行っていいか?」
「いいわけあるかっ!」
なんていう声も聞こえてきたけれど、あえて無視することにした。
シャーレッドの月夜は、そんな騒ぎとともに過ぎていく。
綺麗な月を眺めながら、あたしは眠りにつくのだった。




