魔剣ちゃんいらっしゃい
そしてやってきましたアイオーン。
第一層は始まりの世界とも言われているらしく、この世界の中では一番発達した文明を持っているんだそうだ。
確かに文明国家と言っても過言ではない。
アクセンティーノやキャルヴァリエとは違い、ファンタジーな雰囲気ではないのだ。
どちらかというとあたしのいた世界、地球の都市に近い。
道はきちんと整備されているし、高層ビルが立ち並んでいる。
「相変わらずここはすごいな」
ルクスも久しぶりにやってきたらしく、感嘆の声を上げている。
この景色はルクスにとってとても珍しいものらしい。
いや、この世界の人たちにとっては、ということだろうか。
「あたしにとっては懐かしいかな」
「ルティのいた世界はこんな感じか?」
「うん。まったく同じって訳じゃないけど、近いかな。こんな風にビルが立ち並んでて、人がごみごみしてる場所だったから」
「それはすごいな。さぞかし文明が発達した世界だったんだろう」
「まあ魔法無しの機械仕掛けで空を飛んだり宇宙に出たりすることが出来る程度にはね」
「それはすごいな……」
空を飛ぶことは魔法でどうにかなるが、宇宙に飛び立つことは完全に理解の外らしい。
まあこの世界はそうだろうなあ。
「宇宙というと、あの空の向こうなのだろう?」
ルクスがアイオーンの青空を指さす。
「そうだよ」
「この世界にはそんなことを考える者は一人もいないだろうが。あの向こうには何があるんだ?」
「何があるって言われると、あたしも詳しくはないんだけど。たとえばほかの星とか、太陽とか、彗星とか、そんな感じのものかな」
説明できるほどの知識の持ち合わせがないので適当に答えておく。
「星、というと、夜に見えるアレのことか?」
「そう。夜に見えるアレのこと」
「……よく分からん。それならここで見ているものと変わらないじゃないか」
「大違いなんだけどねぇ。まあこればっかりは口で説明するのは難しいから、敢えて考える必要はないと思うよ」
「そうか」
「そうそう」
ここから見える星のどれかが、実は居住可能惑星かもしれない、などと言っても多分信じてはくれないだろうし。
この積層世界そのものが『星』なのかどうかも分からない。
だからまあ、これは知らなくていい事なんだろう。
「宿はどこにする?」
「適当なところでいいよ~。星がよく見える場所がいいな。空を眺めたくてやってきたんだし」
「それもそうだな。じゃあ街中ではなく山間にするか」
「いいね~」
という感じであたし達は街中から離れて山間部へと移動した。
アイオーンは、都市部こそ栄えているものの、自然を大事にする世界でもあるので、山と都市ははっきりと分かれている。
田舎になるにつれて人の数も少なくなるけれど、その分静かで過ごしやすい。
山間コテージっぽいところに宿を取ったあたしたちは、さっそく晩ごはんの調達に行くことにした。
ここは宿というよりはキャンプに近い感じで、従業員はほんの数人だけだった。
宿泊手続きと、トラブル対応の為にいるようなものだ。
もちろんレストランはない。
星空を楽しむためにやってくる観光客が多いのだが、それらの客はこういうキャンプ的雰囲気も含めて楽しんでいるようだ。
夜までにはまだ時間はあるので、麓の村に買い物に行く時間はある。
飛行魔法を使えばするにたどり着けるし、そのあたりは問題ない。
問題は、
「何を作るか、だな」
「だね~」
干し肉があるので食べ物に困ることはないのだが、たまにはこういう雰囲気で一緒に自炊するのも面白そうだし。
「ルクスは料理できる?」
「食えるものならなんとか」
「……不安な答えだぁ」
どのレベルを『食えるもの』としているのか、そのあたりを是非とも詳しく問い詰めたい。
胃袋に入れば一緒だろう、という認識なら殴る。
「ルティは?」
「家庭料理レベルなら一通り出来るよ。レストランレベルはちょっと厳しいかな」
「ほほう。じゃあルティに任せたほうがよさそうだな。材料調達は俺が担当する」
「まあいいけどね。ちょっと不安だし。何が食べたい?」
「カレーとか?」
「キャンプの王道!」
「……悪いか?」
「んー。まあ悪いとは言わないけど、じゃあカレーベースでちょっと工夫してみようかな」
「どんな工夫をするんだ?」
「それは食べてからのお楽しみね。今から言う材料を買ってきて」
「了解」
ルクスは大人しく買い物に行ってくれるのだった。
その間あたしは準備をしなければならない。
使える道具などを確認して、すぐに使えるように洗ったり拭いたりする。
すぐに取り掛かれるように準備が整ったら、あとはルクスを待つだけだ。
といっても時間を無駄にするつもりはないので、あたしは人気のないところへと移動する。
きょろきょろと辺りを見回して、誰も来ないことを確認する。
「よし。じゃあ始めますか」
目を閉じてじっと集中する。
まずは基本から。
両手の中に黒い光を発現させる。
「ここまでは問題なく出来るようになったんだよね。あとは制御するだけなんだけど……」
あたしが今やっているのは零魔法の練習だった。
エレさんのこともあるし、今のあたしにとってこの魔法を使いこなすことが必須条件になっている。
その為の修行を怠るつもりはないし、サボる事への強迫観念もある。
自分の努力が足りなかったせいで後悔することだけはどうしても避けたいのだ。
一つの光から無数に分かれる光にまで分裂させ、形を変え、更には集束して砲撃級の威力を叩きだすことまで行っている。
もちろんどこにもぶつけたりはしていない。
出来るようになったと確信するだけでいい。
あたしが使えるのは破壊に属する零魔法のみなので、これをほかにぶつけると大変なことになってしまう。
ノーライフキングのエレさんですら回復に長時間を要したと言う必滅の攻撃。
それらを自然物にぶつけた場合、恐らくは再生しない。
樹にぶつければその樹は死ぬだろう。
大地にぶつければ今後数年は草木も生えない不毛の土になってしまうだろう。
「練習としては不完全なんだけど、こればっかりは仕方ないよね」
あたしは渋々と零魔法の光を消してから、次の段階に入る。
「エンデヴァー」
魔剣ちゃんいらっしゃい。
――我が主。
魔剣ちゃんはやめてもらいたい。
「えー。可愛いのに」
クールを気取るこの魔剣ちゃん。
巨乳好きのくせに。
「零魔法の練習に付き合ってもらいたいんだけど、いいかな?」
――いいだろう。
我もあの怪物に後れを取るつもりはない。
我が主が対抗するべく我に協力を求めるならば、我は主に従う魔剣として力を尽くすのみ。
「ありがと。じゃあいくよ」
――うむ。
なるべく手加減してくれるよう頼みたい。
「らじゃ~」
魔剣エンデヴァーに零魔法の力を馴染ませる。
これは予想以上に困難だった。
すべてを無に還す零魔法は、あらゆるものを拒絶する。
魔剣にその力を乗せて使おうにも、乗せた段階でエンデヴァーが消滅してしまうかもしれないのだ。
それでも諦めるつもりはない。
エンデヴァーも協力の意志を見せてくれている。
まずは少しずつ。
零魔法をエンデヴァーに注いでいき、耐性をつけていく。
そうすることによって拒絶反応はなくなり、同化して使うことが出来る、というのがあたしとエンデヴァーの目論見だった。
エンデヴァーは限りなく生物に近い魔剣なので、主が求めた性質に合わせて自身を変化させることが出来るらしい。
恐ろしい事だが、その気になれば『聖剣』になることも出来るという。
そんな変幻自在の核を持ったエンデヴァーだからこそ、根源に通じる零魔法にも同化することが出来る、かもしれない。
少なくとも失敗はしていない。
少しずつ、少しずつ、闇の光に刀身を馴らしていっている。
あたしも慎重に力を注ぐ。
エンデヴァーの限界ぎりぎりまで。
水の蛇口から一滴ずつ垂らすような慎重さで。
――我が主。
そろそろ辛い。
「ん。分かった。ありがとね、エンデヴァー」
あたしは零魔法を止めた。
最初に見た時は黄金だった刀身は、少しずつ黒みを帯びている。
魔剣の性質変化は、刀身を見るのが一番分かりやすいらしい。
エンデヴァーの場合は魔剣の時は『黄金』。
聖剣の時は『蒼』になるらしい。
零属性だと『黒』になるのかな。
――刀身の色がかなり変わったな。
「そうだね。少しずつ馴らしていっている成果はありそうだよ」
――だが我は疲れたぞ。
疲労困憊だ。
「うん。お疲れ様」
――労いの言葉だけでは足りぬ。
行動で癒してもらいたい。
「ん? モンスター退治でもしたいの?」
――そういうものではなく。
「?」
――我が主。
「はい」
――我は巨乳が好きだ。
「知ってます」
――つまり、我が言いたいことは分かるか?
「分かりません。というか分かりたくありません」
――我が刀身を主の胸で挟んで動かしてもらいたい。
「……訊きたくなかったなあ!」
――嫌ならその辺の巨乳美女にお願いして胸元に挟んでもらいたい。
「出来るわけないでしょ! 剣をおっぱいに挟んでぱふぱふしてくださいなんて頼む奴はただの変態よっ!」
――ぱふぱふか。
いい響きだな。
「変態! エンデヴァーは魔剣じゃなくてただの変態だよ!」
――何を言う。
男なら女性の胸に挟まれたいというのは当然の欲求だろう。
「あたしは男じゃないからその気持ちは分からないなあ!」
――で、どうなのだ?
「はぁ。分かったわよ。あたしの胸でいいならやってあげるわよ。でも幻術の偽物だし、巨乳ってほどの大きさでもないわよ?」
――うむ。
構わぬ。
早く頼む。
早く速くはやく。
「……なんでそこまでこだわるかなぁ」
盛大なため息とともに、あたしはエンデヴァーの刀身を胸元に挟んだ。
もにゅもにゅ。
ふにゅふにゅ。
「ど、どう?」
誰も見ていないとはいえ、すっごく恥ずかしいんだけど。
――うむ!
素晴らしいぞ我が主!
天国に至る柔らかさだ!
「………………」
なんだかなぁ。
エンデヴァーの趣味もどうかと思うけど、律儀に付き合っているあたしも虚しくなってきちゃったよ。
心なしいつもよりもつやつやてかてかになったエンデヴァーを収納してから、あたしはルクスの帰りを待つのだった。




