異世界転生スケルトン
あたしが状況を把握するまでにおよそ一時間が必要だった。
最初の三十分は美形さんがあたしの名前を決めるのに費やされた。
『骨一号』に始まり『骨っち』『スカルン』『ポチ』『タマ』『シロ』などととても女の子に付けるとは思えない名前のオンパレードが続いた。
その度にあたしに殴られる美形さん。
頭は予め防御されていたのでボディーを殴った。
たまに蹴ったりもした。
「……『ルティ』でどうだ?」
『………………』
ようやくまともな名前が出てきた。
『ルティ』ね。
まあまあ綺麗な名前じゃない。
あたしはこくんと頷いておいた。
「ほっ……」
美形さんはようやく一息吐く。
名前一つで随分と悩ませてしまったらしい。
それについては申し訳なく思う。
あたしも喋ることが出来れば『真名』っていう名前を教えてあげられるんだけど、それは不可能だし。
試しに『真名』という字を地面に描いてみたんだけど、『なんだその暗号は』と首を傾げられてしまったし。
どうやら日本語が通じる場所ではない、ということが判明した。
骨状態で動けていることといい、魔法的な要素を感じるので異世界にでも転生してしまったかなー、と予測を立てている。
死んでしまったのだから異世界転生ぐらいはアリだろうという自分の頭のやわっこさをちょっとだけ褒めてあげたい。
でもそれにしたって赤ん坊ならまだしも骨はないでしょ骨は!! とは思うけど。
転生どころか使い魔みたいな感じじゃない。
まあなってしまったのは仕方がない。
現状を嘆くよりは現状を把握する方が重要だ。
行動方針を決めるのはそれからでも遅くはない。
と、思う。
「名前が決まったところで自己紹介をしておくぞ。俺はルクス・テスタノッサ。死霊使いだ」
『………………』
車みたいな名前だなあと思った。
死霊使い、つまりはネクロマンサーってことだよね。
はい。異世界説確定。
「一応お前……じゃなくてルティの主でもある」
お前呼ばわりされたことであたしが骨の拳を振り上げかけたのが功を奏したらしく、ちゃんと名前で呼んでもらえた。
お前とか言われたくないしねえ。
ここはしっかり調教しておかないと。
……って、主従逆転してるっぽい?
「俺とルティは契約で結ばれた死霊使いとスケルトンという関係だ。俺との繋がりは感じるだろう?」
『………………』
繋がりと言われてもあたしはちょっと前まで、感覚的には数時間前まで魔法とは縁のない地球世界の常識で生きてきたからよく分からない。
でも確かにうっすらとした糸のようなものがあたしからルクスに繋がっているのは感じ取れたので頷いておいた。
これが契約の繋がりという奴だろう。
赤い色をしている。
運命の赤い糸だったら素敵だなと思いながらも、今のあたしは骨だということを思い出して凹んだ。
骨……これじゃあ恋人を作るとか絶望的じゃない?
そもそもどうしてあたしがスケルトンになっているわけ?
生まれ変わるにしてもこれはちょっと酷すぎない?
あたしの怒りは再びルクスへと向けられる。
その怒りを感じ取ったのか、ルクスはびくびくしながら後ずさり、慌てて両手を振る。
「ま、待て待て! なんで怒っているのかは何となく分かるが、それについては俺の責任じゃない……と思うぞ!」
『………………』
ほほう。
喋れないあたしの意志をそこまで察してくれているのならどういうことか説明してもらおうじゃないの。
納得のいかない理由だったら顔以外を殴る。
「俺はそもそもスケルトンを作るにあたって天然魂魄を使うつもりはなかったんだ。ネクロアーク……つまり死体の骨からスケルトンを作る技術のことを言うんだが、本来は人工魂魄を組み込むことにより命令には絶対服従の道具を作り出すことを目的としている。俺も今回はそうするつもりだった。英雄ルディークの白骨死体という極上の材料で、スケルトンを作り上げれば最高の道具が出来上がるからな」
英雄ルディークという部分であたしは首を傾げた。
一体誰だろう。
その疑問が伝わったのか、ルクスは答えてくれる。
「英雄ルディークを知らないのか。よほど辺境の出身か子供の魂なのか。ルディークはかつて邪神からこの世界を救った英雄の名前だ。ルティという名前もそこから持ってきた」
なるほどね。
子供かどうかは微妙だし、田舎どころか多分異世界出身だけど。
「だが人工魂魄を組み込む段階でいきなりルティの魂が突撃してきたんだ」
って、突撃?
割り込みじゃなくて?
「突撃だ。洞窟の壁をぶち抜いてルディークの白骨死体目掛けて突撃。発光して収まる頃には天然魂魄入りのスケルトンの出来上がりだ」
『………………』
まったく記憶にございません。
つまり本来作ろうとしていたものとは違うモノが出来上がってしまい、ルクスも困っているということは何となく伝わってきたけど。
どうしてそうなったのかはお互いに不明。
異世界の神様の悪戯という奴なのかもしれない。
もしくは悪魔の仕業?
異世界に悪魔がいるかどうかは知らないけど。
神様ぐらいは存在していそうだなあ。
「明確な意志がある以上、俺はルティを道具扱いするつもりはない。だが俺の魔力で動いている以上は俺の従者であることに変わりはない。命令には従って貰う」
『………………』
「嫌なら術を解除してその身体から出て行って貰う。俺が欲しいのはルディークの骨を材料にしたスケルトンであって、ルティの魂ではないからな」
『………………』
この身体から出て行けば真っ当に転生出来るだろうか。
美形は惜しいけど骨のままじゃアタックもしづらいし、そもそも英雄ルディークというのは男だから骨のまま迫ってもBLになってしまう。
かなりシュールなBL映像が出来上がりそうだ。
骨×美形。
想像するだけで恐ろしいかも。
「解除してもらいたいならそうするが」
『………………』
頷いた。
さすがに骨のまま第二の人生(骨生)を送るつもりはない。
取り返しが付くというのならそうしてもらいたい。
「分かった。俺としても人工魂魄の方が扱いやすいからな。では解除するから少し待て」
ルクスは黒い杖を振りかざす。
魔法陣を展開してネクロアークの解除呪文を唱えた。
『……っ!』
あたしはルディークの骨から追い出された。
今は幽霊状態のまま骨の上に浮いている。
そして三秒後……
ばしゅんっ!
「………………」
『………………』
骨に戻った。
あたしの魂はルディークの骨へと強制的に戻された。
「んな馬鹿な!?」
術を解除したのに勝手に魂が戻ったのだ。
死霊使いであるルクスが驚愕するのも無理はない。
「もう一回!」
ばしゅん!
「もう一回!」
ばしゅん!
「このっ!」
ばしゅん!
「ふぬがーっ!」
ばしゅんっ!
最後は美形にあるまじき奇声を上げながら解除呪文を繰り返したルクスだったが、結局失敗しまくってしまった。
ルクスが意図的に失敗した訳ではないらしいというのは、本気で悔しそうな顔を見れば分かる。
ぜー、ぜー、と息を切らして忌々しげにあたしを睨むルクス。
いや、あたしの所為でもないと思うんだけど。
睨まれても困るなー。
でも美形の怒った顔も眼福だなー。
「……どうやらルティとルディークの骨はかなり強烈な結びつきがあるらしい。俺が両者を結び付けたというよりは、俺のネクロアークを利用してお前……じゃなくて君達が結びついたと考える方が自然だ。何か理由があるのか、それともよほど強烈な相性を発揮したのか……どちらにしろ興味深い」
『………………』
どうやらあたしはしばらくの間、骨として過ごさなければならないようだ。
なんてこったい。
こりゃあ骨だろうとなんだろうと目の前の美形に責任を取って貰うしかないね。
「つまり俺の魔力で動いていることは確かだが、いざとなれば俺の魔力が無くとも動くかもしれないということだ」
外部供給手段は一つだけじゃないってことかな。
例えばモンスターを倒して魔力吸収とか?
「従者扱いも訂正しよう。ルティ。しばらくは俺の仲間としてついてきてもらいたい」
『………………』
頷いた。
他に選択肢はなさそうだし。
異世界っぽい場所に一人骨転生して知り合いもいないことだし、しばらくはルクスに付いていくしかないだろう。
「ではこれからよろしく頼む」
右手を差し出す。
お手ではなく信頼の意味で。
『………………』
あたしも信頼を込めてルクスの右手を握り返した。
……異世界骨転生してしまったということは、つまりあたしを殺したヤツには復讐できないってことでもあるんだよね。
強いて言うならそれが心残りかなー。
でもお陰で巡り会えないと思っていた美形と運命の出逢い(?)を果たしたことだし、まあ良しとしましょうか。
名前も知らない振られ男よりも美形の方があたしにとっては重要だ。
これからよろしくね、マイマスター♪