ゾンビ退治
「れっつゾンビ退治!」
「いってら~」
張り切るあたしにベッドの中から気のない返事を返すルクス。
まだ起きるつもりはないようだ。
「……もう少し愛想良く送り出してくれてもいいんじゃないの?」
「俺は疲れた。もうちょっと寝る」
とても眠そうな声だった。
「あっそ。まあいいけどね。じゃあおやすみ~」
「ん~」
どうやら夜を徹してロックドアイテムを作ってくれたらしく、それを考えると責めるのも筋違いだという気持ちになる。
あたしの右手の中指にはロックドアイテムの指輪が嵌っていて、これがあれば大抵の死霊使いからの干渉を遮断出来るそうだ。
ルクスがどの程度のレベルなのかは分からないが、まあランクSの冒険者ということもあって、低レベルもしくは平均レベルということはあるまい。
冒険者はあくまでもサブ職業であって、メインは死霊使いなのだから。
最低でもランクSの死霊使いだと認識しておきたいところだ。
あたしは街中の転移魔法陣から目的地に最寄りの街へと転移する。
ちなみに今のあたしは幻術を使っていないのでスケルトン姿だ。
これから戦いに赴くというのに余計なことに魔力を消費している余裕はない。
マントをすっぽりと被っておけばまあ問題はないだろう。
「んー、転移ってまだ慣れないんだよねぇ」
魔法陣から溢れ出た光があたしを包み込んで、シグナの街へと移動した。
公園に設置されていた魔法陣の光が収まって、あたしは歩き始める。
やはり魔法都市の層なだけあって魔法師らしき人の姿が多い。
杖やマントなどの魔法師的な空気を醸し出している人が沢山歩いているし、並ぶお店の方も魔法薬やアイテム、杖や魔道書を取り扱っているところが多い。
街の空気というのが分かりやすくてすごく面白かった。
「ええと、北門から出て北西に三キロぐらいの場所だったかな。問題のゾンビ砦は」
前もって地理を確認しておいたので道に迷うことはないだろう。
あたしは目的地に向かって歩を進めた。
三時間後。
あたしは迷うことなく目的地の砦に到着していた。
「うっわ。ボロいな~」
センテンス砦と呼ばれるそこは、かつて砦だったということを忘れてしまいそうなぐらいにボロかった。
砦というよりは廃砦という表現の方が相応しい。
こんな場所には確かにゾンビが似合いそうなのだが、もしもそれを使役する死霊使いがいるのだとしても、一体こんな場所で何をしているのだろうという疑問が残る。
「あ、ゾンビいっぱい出てきた」
ざっと六十体ほど。
砦の中からぞろぞろと。
「うっわ。気持ち悪~っ!」
お肉が爛れていたり目玉がぶら下がっていたり、とにかく気持ち悪いったらありゃしない。
――我が主。
近づきたくないのなら遠隔攻撃で倒すことも出来るぞ。
「え? ほんと? どうやるの?」
エンデヴァーの提案は渡りに船どころではなく豪華客船だ。
もちろん乗ります!
――魔力付与斬撃。
斬撃に魔力を乗せて放つ射程拡張技だ。
「ふーん。要するにレーザー砲の斬撃版みたいな感じかな?」
――れーざーほうとは何だ?
「んー。ちょっと説明しづらいかも。まあいいや。じゃあ魔力付与斬撃行ってみようか」
あたしはエンデヴァーに魔力を籠めて集中する。
どうやって放つのかはイメージ頼りだが、まあ大丈夫だろう。
問題があるようならエンデヴァーが注意してくれるはずだ。
圧縮魔力を帯びた刀身が紅い輝きを放つ。
「せーのっ!」
あたしは思い切ってそれを振りかぶった。
紅い光が横に広がって、ゾンビの群れへと向かっていく。
見た目は横に広がったレーザー砲そのまんまだった。
ちゅどーんっ!
「おー。崩れた崩れた」
右手を額に当ててまるで景色でも眺めるかのようにその様子を見ている。
六十体ものゾンビが一撃で壊滅した。
さすがエンデヴァーの必殺技だ。
あたしのチートっぷりにも改めて呆れるけど。
――やはり全開出力は気分爽快だ。
「だよねー」
エンデヴァーの意見にはまったくもって同感だった。
一撃必殺技というのは気分爽快だ。
「あ、でもせっかくの大技なんだから何か技名とか欲しいなあ」
――れーざーほう?
「……いや、それは技名じゃない」
必殺技『レーザー砲』。
締まらないなぁ。
「ルディークは何か名前を付けたりしてなかったの?」
――前の主は確か……『一式』『二式』などと呼んでいたな。
「なんという味気ない必殺技名……」
一番目、二番目じゃないんだから……。
「あたしは日本人らしく和名にしようかなぁ」
――例えば?
「飛閃紅斬とか」
飛んでいく紅の閃光、みたいな。
まあ見たまんまだけどさ。
――悪くない名前だな。
少なくとも前の主よりはセンスを感じる。
「あはは……」
番号を振るだけの英雄さんを比較対象にされても複雑だなあ。
まあ褒められたんだと思っておこう。
「これで依頼終了、かな?」
見たところ他にゾンビはいないようだし。
砦の中とそとをざっと見回って何もないようだったら街に戻ろうかな。
あたしはエンデヴァーを右手に持ったまま移動を開始する。
結局予想された死霊使いの姿は見えないままだ。
隠れているのか、それとも最初からいなかったのか。
「最初からいなかったとすればゾンビ達は自然発生なのかなぁ」
――あれだけの量のゾンビが自然発生するとは考えづらいがな。
「だよねぇ」
ここに来る前にゾンビやアンデッドについてそれなりに調べてきたけれど、その大半は術者が操るタイプのものだった。
術者がアンデッドを操り、そして命令通りに動く。
それがアンデッド系。
ごく稀にアンデッドの素質を持つ者が死後にゾンビ化することもあるらしい。
そういうタイプは『純正アンデッド』と呼ばれ、ゾンビの内はまだ弱いままだが、時間が経つとスケルトンなどのアンデッド系モンスターに成長し、なかなかの強さを誇るようになるらしい。
成長を繰り返し人の姿を取り戻した者は『不死の王』と呼ばれ、無敵に近い力を手にすることが出来る、と言われている。
「まあ、実際のところノーライフキングがいるかどうかなんて分からないけどさ」
そういうものになる、という記述だけで、ノーライフキングが過去に実在したかどうかの記録は見当たらなかった。
砦周辺を歩きながら術者の姿が無いことを確認する。
最初からいなかったのか、それとも既に逃げた後なのか。
「逃げたならまたどこかでゾンビとか作っちゃうのかな」
それもなんか複雑だけど。
あんまり死者を冒涜するようなことはしてほしくない。
自分がこんな身体で何を言っているのかという感じではあるが、死んだ身体に鞭打つような真似はどうにも気分が悪いのだ。
もちろん目的があってそうする場合は仕方がないのかもしれない。
だけどこんな風にただ倒されるだけのゾンビは少し悲しい。
大事にしてくれるならまだしも、使い捨ての為に甦らされた死体というのは何だかとても悲しいのだ。
「っ!?」
それは、唐突だった。
誰もいないことは確認した筈なのに、背後に誰かが立っているような気がして振り返った。
「やあ」
「え?」
それはあたしの真後ろに立っていた。
手を伸ばせば届く距離に。
「うそ……」
ここまで近づいてくればあたしが気付けなくてもエンデヴァーが教えてくれたはずだ。
――いつの間に……
エンデヴァーも驚いている。
「初めましてだね。私はエレメントという者だよ。君の名前を教えて欲しいな。見知らぬアンデッドさん」
「っ!」
元素という名前を持つその人は、髪も瞳も、そして肌の色も真っ白な女性だった。
儚さが永遠に続くような、そんな雰囲気を持つ人だった。
だから気配を感じ取れなかったのだろうか。
あまりにも儚すぎるその存在に気付けなかったのだろうか。
……いや、それは違う。
見た目こそ儚いが、相対すれば彼女が圧倒的な力を秘めた存在だということを感じ取れる。
一対一で戦ったとしても、エンデヴァーの力を最大限に引き出したとしても、勝てるかどうか分からない。
つまりそれだけの実力差があるということで……もしも彼女があのゾンビ達を操っていた死霊使いなのだとしたら……
「………………」
じり、と後ずさるあたしに首を傾げるエレメントさん。
「私はちゃんと自己紹介をしたよ。せめて名乗り返すぐらいのことはしてくれないかな?」
どうやら攻撃の意志はないらしく、じっとしたままこちらを見ている。
「……ルティと言います」
礼儀知らずだと思われるのも癪だったのでとりあえず名乗っておく。
「ルティちゃんか。可愛い名前だね」
「ど、どうも……」
にっこりと微笑んだエレメントさんはお姉様と言いたくなるぐらい魅力的だった。
「エレメントさんはここでゾンビを操っていたんですか?」
「操っていたというのとは少し違うかもね」
「え?」
「ちょっとした実験をしていたんだ。失敗してしまったけれどね」
「失敗……」
「ルティちゃんが殲滅したゾンビはただの失敗作だよ」
「………………」
失敗作、という言葉に不快感が込み上げてくる。
使い捨てのような扱いはやはり気分が悪い。
「怒っているね。同属性の者を使い捨ての用に扱うのは気分が悪いかな?」
にやにやと、からかうような口調になるエレメントさん。
その態度がより一層あたしの神経を逆撫でする。
「同属性とかは関係ないですよ。死んだ人間はそっとしておいてほしい。ただそれだけです。目的のために利用するならまだしも、実験のために使い捨てられる死体っていうのは見ていて気分が悪いですし」
「ふーん。なるほど。君はそういうタイプか」
「タイプって……」
なんだろう。
何かを測られている気がする。
見定められているというか、そんな感じ。
「魂の抜けた死体なんてただの物質だよ。それを有効利用して何が悪いんだい?」
「………………」
そう言われてしまえばその通りなのだけれど、このあたりは世界の違いなのかもしれない。
死体を、死者を尊重するという考え方はこの世界の人間にとっては馴染みがないのかもしれない。
「大体、死んだ人間をそっとしておいて欲しいと言いながらも、ルティちゃん自身も死者だろう? 誰かに利用されて、いつかは使い捨てられる死者でしかない」
「違う!」
ルクスはあたしを使い捨てたりしない!
そう叫び返すのは簡単だ。
だけど見知らぬ人にそんなことを言っても仕方がない。
「明確な意志を持っている時点でルティちゃんがただのアンデッドじゃないことは分かっているけどね。それでも用がなくなればいつかは捨てられるよ。今はとても大事にして貰っているかもしれないけど、それだっていつまで続くか分からない」
「違う! 違う! 違う!」
エレメントさんの言葉があたしの心に刺さっていく。
違うと否定できるはずなのに。
ルクスはそんなことしないと信じているはずなのに。
刺さった言葉があたし自身を侵蝕していく。
信じようとする気持ちが揺らいでいく。
「ふむ。そうだな。失敗したゾンビの代わりに君を研究してみるのも面白いかもしれない。どうだい? 君、私のモノになるつもりはないか?」
エレメントさんの手があたしの頭に触れようとしてくる。
「触らないでっ!」
あたしは咄嗟に後ろへと飛んだ。
「抵抗は無駄だよ。君がアンデッドである以上、死霊使いの術には逆らえない」
白い光があたしに迫ってくる。
どんな魔法かは分からないが、アレに触れるのは良くないとあたしの勘が告げている。
――我が主。
指輪を!
「あ、そっか!」
ルクスがあたしを守るために持たせてくれたロックドアイテム。
これがあれば死霊使いの術には抗えるはずだ。
あたしは右手を白い光の前に掲げてみる。
バシィィィ! という音と共に白い光が消滅した。
どうやら指輪が効果を発揮してくれたようだ。
「……ロックドアイテム?」
エレメントさんが怪訝そうにあたしの指輪を見た。
「私の術を跳ね返すほどの死霊使い……?」
その事実こそが不思議なようだ。
よほど自分の腕に自信があるのだろうか。
たしかに只者じゃない気配は感じるけれど、それでもルクスの護りは破れないと信じている。
その信頼こそがこの指輪に力を与えると信じている。
わずかに動揺しているその隙をあたしは逃さなかった。
咄嗟に懐まで踏み込んでエンデヴァーで斬りつける。
「っ!」
エレメントさんの胴体が胸の辺りから分かれた。
「くっ!」
ずるり、と上半身が地面へと落ちる。
感じ取った力の差からすると随分あっさりとした決着だが、本来の力を出させないままに倒すことが出来るのならそれが一番いい。
「魔剣……エンデヴァー……?」
落ちたままの上半身が喋る。
どうやらまだ死んではくれないようだ。
「……げ」
死んではくれない、どころの話じゃない。
せっかく斬り離した胴体がずるずると近づいている。
繋がろうとしているではないか。
「嘘……」
まさかエレメントさんは死霊使いにしてアンデッドなのだろうか。
死を操るだけではなく、死を司るレベルに達しているのか。
「……ははは。そうか。君はアレなのか」
少しずつ身体を繋げながら、エレメントさんが笑う。
何に思い至ったのか、とても愉快そうだ。
「英雄ルディーク、そしてエンデヴァー。君達は惹かれ合う魂と死体だ。七年前、私がそういう術をかけた」
「え……?」
術を、かけた?
ルディークの骨に?
どういう、こと?
「君も自分が何なのかぐらいは知っておきたいだろう? 君の誕生に関わった死霊使いとしてそれぐらいは教えておこうか」
「誕生に関わったって……」
「つまりこういうことだ。七年前、私は最高の素材を求めて英雄ルディークの骨にたどり着いた。そして人工魂魄を埋め込んで最強の道具に仕立て上げようとした」
「………………」
同じ事をしようとしたのだ。
この人も、ルクスと同じ事を。
だけど、今のあたしはエレメントさんではなくルクスと一緒にいる。
それが意味するところは……
「だが人工魂魄は所詮作り物だ。英雄本来の力を引き出すことなど到底出来なかった。ルディークの魂ならば最高だったが、しかし彼はもう転生を終えた後で、死者としての魂はこの世界のどこにも存在しなかった」
「………………」
「私はね、素材を生かし切れないのが許せないんだ。最高の骨であるのなら、最高の魂を用意するべきだと考えた。だが英雄の骨と相性のいい魂などそう簡単に見つかるわけもない。だから骨に術をかけたんだ」
「どんな……術を……」
「もちろん、惹かれ合う魂を求めるための術だ。英雄の骨の力を、かつて英雄と呼ばれた力を最大限に、そして生前以上に引き出せる可能性を持った魂。そんな魂を引き寄せる術をかけた。そして、引き寄せられたのが君というわけだ。ルティちゃん」
「……じゃあ、あたしは」
偶然じゃなくて、必然としてこの骨に宿ったということなのか。
惹かれ合う骨と魂。
仕組まれたアンデッドになるべく、この世界にやってきたというのか。
「骨に仕組まれた術は世界中に探索の糸を伸ばして魂を見つけるはずだった。まさか七年もかかるとは思わなかったけれどね。というか今となっては術のこともルディークの骨のこともすっかり忘れていたよ」
「………………」
エレメントさんの胴体はもう完全に繋がっていた。
悠然と立つ彼女は再びあたしへと近づく。
あたしは動けない。
逃げないといけないのに、抵抗しないといけないのに、自分の真実を受け止めることが出来なくて動けない。
あたしは――
あたしは、何のためにここにいるのか。
くだらない理由で殺されて。
生まれ変わることも出来なくて。
死ぬことすら許されなくて。
ただ、誰かに利用されるために、その結果としてここにいる。
だったらあたしは。
あたしがここにいる意味は……
――我が主!
エンデヴァーの声もどこか遠く感じる。
あたしを心配する声も、壁一枚隔てた向こう側に感じてしまう。
「心配しなくていい。君は七年前から私のモノだ。今は偶然に誰かの術で動いているようだが、それでもかつて仕込んだ私の術の支配力の方が強い」
エレメントさんがあたしの右手を握る。
そこに嵌められた指輪を奪おうとする。
「………………」
ルクスがあたしにくれた、あたしを守るためのロックドアイテム。
だけど、逆らえない。
身体が、動かないよ。
このまま、エレメントさんの道具になっちゃうのかな。
何も考えられなくて、何も感じられなくて、ただ命令に従うだけの人形になっちゃうのかな……。
「ルクス……」
支配されかけた思考の中で、あたしはたった一人の名前を呼んだ。
マイマスター。
あたしがいなくなったら、ルクスは少しぐらい悲しんでくれるかな。
寂しいって、思ってくれたりするのかな……
あたしの意識が暗闇に塗り潰されるその瞬間――
「そこまでにしてもらおうか」
あたしの身体はあたたかい腕に包まれていた。
「ルク……ス……?」
霧が晴れるようにはっきりしていく意識が捉えたのは、初めて見るルクスの顔だった。
怒りに満ちた、余裕がない表情。
常にどこか余裕じみていたいつものルクスじゃない。
「大丈夫か?」
「ちょっと……危なかったかも……」
「そうか」
あたしを守るように抱きよせたルクスは、正面に立つエレメントさんを睨みつける。
「悪いがこいつは俺のものだ。いくらあんたでも譲ってやることは出来ないな」
「……そうか。君か」
エレメントさんは何故かとても嬉しそうに笑った。
敵が増えたはずなのに、まるで待ちわびた相手に出会えたかのような表情だ。
「久し振りだな。エレ」
「そうだね。ルー坊」
「………………」
どうやら二人とも知り合いのようだった。
童話の方も始めました。
「黒猫とココロのツバサ」です。
アルファポリス絵本・童話大賞に参加中ですので、気が向いた方は覗いてもらえると嬉しいですにゃ。




