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美少女の死

 緋澄真名ひすみまなは美少女だった。

 十六歳という年齢は今こそが少女の盛りだとでも主張するようにその魅力を存分に発揮し、真名がそこにいるだけで周囲は眼福を得ることができる。

 うっすらと身体の周りが光っているのではないかと言いたくなるような輝かしい存在は、全ての男子にとって高嶺の花であり目指すべき目標でもあった。

 もちろん、告白されたのは数知れず。

 しかし真名はその全てを断っていた。

 理由は明白である。

 単に好みの男がいなかったのだ。

 真名は面食いだった。


「……また振ったの?」

 真名の友人である秋時雨梅雨あきしぐれつゆは駅のホームで呆れ混じりに言うのだった。

 苗字と名前が似たり寄ったりなことをそれなりに気にしているのだが、親から貰った名前を今更変更することも出来ないので最近は諦めている。

 梅雨の横にいた真名はぷっくりと頬を膨らませて抗議する。

「だって仕方ないじゃん。顔が好みじゃなかったんだもん」

「顔なんだ」

「顔よ」

 何はともあれ顔が重要らしい。

 気持ちは分かるが真名は極端すぎる。

「あのねえ、あんたほどの美形なんてそうそういるものじゃないのよ。どこかで妥協しときなさいよ。人間大事なのは外見じゃなくて中身でしょ」

 至極真っ当な言い分である。

 梅雨の人間性がよく表れた発言でもあった。

 しかし真名は怯まない。

 堂々と言い返す。

 完璧な比率を誇るスリーサイズ、その上部、つまり揺れる胸を更に揺らしながらえっへんと威張ってみる。

 己の主張が正しいのだと強調するように。

「梅雨の方こそ分かってないわね」

「何がよ」

「人間は変われるのよ」

「………………」

「どんなに性格の悪い人間でも、どんなに酷い人間でも、出逢い一つで、切っ掛け一つで変わることが出来る。違う?」

「……まあ、そうだけどさ」

「だからね、矯正可能な中身についてはあまり重要じゃないのよ」

「……矯正って言い方が既に終わっている気がする」

「じゃあ調教?」

「……あんたは外見が完璧で中身が残念な美少女よね」

「失礼な」

 ぷくっと頬を膨らませる真名。

 少なくとも残念な本性は親友である梅雨の前でしか発揮していない。

 それ以外の人間の前では完璧な美少女としてその存在を崇められているのだ。

 つまり『容姿端麗』『頭脳明晰』『スポーツ万能』と三拍子揃った優良物件であり続けている上に、『温厚篤実』というプラス要素まで備えている。

 誰に対しても明るく優しく穏やかに接している真名はみんなのアイドルとしての地位を確立している。

「つまり中身は努力次第で変えられるけど、外見だけはどうやっても変えられないでしょ?」

「いや、世の中には整形手術という便利な手段がある」

「そんな姑息手段に用はない」

「……姑息と言い切りましたか」

 世の中の整形アイドルが聞いたら殺意を覚えそうな台詞だった。

 しかしその気持ちも分からなくはない。

 遺伝子とは完璧な受け継ぎ方をされるもので、真名の美少女ぶりはしっかりと両親の特徴を受け継いだものだった。

 美形大物女優である母親と、美形芸術家である父親。

 どちらも人間離れした美形であり、真名はそんな二人の姿を間近に育ったのだ。

『人間』の造形基準が一般人とは致命的にずれているのだ。

 両親と自分を『標準』としているため、他の人間が『劣化』しているように映ってしまうという酷い現実がそこにはあった。

 もちろんそれを表に出すようなことはしないし、美形ではないからといって見下すような性格ではない。

 そこまで整った容姿をしていない梅雨に対しても真名はきちんと親友として接しているし、大切に思われているという実感もある。

 だからこそ真名は恋人に対しての妥協をしないのだろう。

 最低でも自分と同等もしくは両親と同等の美形でなければ納得しない。

「いや、でもあんた達レベルの美形なんてそうそういないと思うんだけど……」

「いや、いる! どこかに運命の人がいる!」

 ぐっと拳を握り締める真名。

 運命の出逢いに焦がれた夢見る美少女の姿がそこにはあるのだが、美形以外は恋人として認めないという傲慢な美少女に対して『夢見る』という健気な表現が似合うかどうかは不明だった。

 まあ美形以外を見下している訳ではないだけマシなのかもしれないが。

「あんたに恋人が出来るのは当分先っぽいわね」

「……んー、まあ気長に探してみるわよ。美形を見つけたらあたしから突撃告白とかするかもしれないし」

「……せめてワンクッション置きなさいよ。友達からお願いします的な感じで」

「あたしなら当たっても砕けないんじゃないかなーと思って」

「何様よ……」

「美少女様?」

「………………」

 その発言こそ何様だと言いたくなるのだが、悲しいことに否定する要素がまったく見つからないレベルの美少女様なので、梅雨は大きな溜め息をつくだけで沈黙を選んだ。

 やがて電車がやってきた。

 轟音を立てながら電車が到着しようとする。

 あと五秒ほどで到着するという時のことだった。


 とん、と軽く肩を押された。


「え?」

「真名っ!?」

 ホームの黄色い線手前に立っていた真名は身体を傾かせて線路上へと落下した。

「え?」

 自分の身に何が起こったのか分からない真名は、ただ首を傾げる。

 目の前には悲鳴を上げる梅雨の姿と、そして見覚えのある男子生徒。

「?」

 たしか先日告白された男子だった気がするけれど、名前は憶えていない。

 振った人間のことをいちいち覚えていてはキリがないのだ。

 男子生徒は歪んだ笑みを浮かべていた。

 それは泣き笑いだったのかもしれない。

「いやあああああああーーっ!!」

「あ」

 親友の悲鳴と急ブレーキ音と共に、少女の意識は途切れた。

 真名の身体は完膚無きまでに破壊されてしまった。

 バラバラのミンチ状態になってしまった真名の身体の一部は梅雨や男子生徒へと飛び散る。

 こうして緋澄真名は短い生涯を終えた。

 自らが振った男子生徒に殺されるという理不尽な死に方をした美少女は、自分が殺された理由を死ぬ直前に理解して、幽霊になったら呪い殺してやると復讐を誓うのだった。


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