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肉料理万歳

「お疲れ様でした。ではこちらが報酬の二十万セルになります」

 セントラビットの肉を六匹分、仮死状態で渡したルクスはギルドの受付嬢から依頼報酬の二十万セルを受け取っていた。

 こっちの世界のお金の単位は『セル』。

 百セルで串焼き一本買える値段だと聞いているから、恐らく一セルあたり日本円で一円といったところだろう。

 数字における貨幣価値が変わらないのは分かりやすくていい。

 つまり今回は二十万の稼ぎということだろう。

 一か月の生活費ぐらいかな。

 ウサギ六匹の値段としてはぶっ飛んでるけどね。

 まあ、それだけ捕まえにくいってことなんだろう。

「残りのセントラビットはどうしますか? よろしければ追加買取をいたしますが」

「いや。自分用に取ってきた分だからその必要はない。知り合いの料理人に加工してもらう」

「そうですか」

 受付嬢は事務的なやり取りを終えてから頭を下げた。

「お疲れ様でした。では残り二つの方もよろしくお願いします」

「分かっている」

 そっけないやりとりでギルドを出たあたし達はさっそく残り六匹のウサギを処理するべく目的地へと向かった。

 その途中、

「ねえ、ルクス」

「なんだ?」

「やっぱりウサギ六匹が二十万って高いと思う」

「滅多に捕まえられないから仕方がないだろう」

「うん。それは分かるんだけどさ。でもやりようはあると思うんだよ」

「やりよう?」

 あたしの言葉にルクスが首をかしげる。

「養殖……じゃなくて畜産? ええと、囲いの中でセントラビットを飼うっていうか育てるっていうか。そうすれば最初の費用はかかるかもしれないけど安上がりなんじゃないかなあと思って」

「……言いたいことは分かる。だがそれは不可能だ」

「え? なんで?」

「この世界では食用動物の畜産は禁じられている。動物の肉は狩って食べることというのが決まりなんだ」

「……マジ? なんでそんな決まりがあるの?」

 畜産禁止って、お肉消費社会にとっては滅茶苦茶厳しくない?

「あるがままの生態を保つ為らしい。人間の手によってあり方を歪めてはならないとか。そんな風に言っていたな」

「うーん。分かるけど不便だね」

 人間の手によって歪められてしまうというのは想像がつく。

 元の世界でいう品種改良やクローン動物のようなものだろう。

 もしもこの世界の女神がほかの世界を知っていて、そういう在り方を見ていたのだとしたら、自分の世界で生きる命にはそんなことをさせたくないと思ったのかもしれない。

 どんなものも、人の手が入ればどこか歪められてしまう。

 人間は便利さを求める生き物だから。

 より良いものを求めて、焦がれて、それ以外のものを貶めてしまうこともあるのだ。

「まあよほど難しいものでない限り需要と供給のバランスは取れている。肉狩り専門の冒険者もいることだしな」

「儲かりそうだね」

「まあ牛や豚にターゲットを絞ればそこまでの危険はないからな。だから冒険者のなり手は結構多い」

「ふむふむ」

 冒険者というよりはハンター、狩人というイメージだった。

「牛や豚はそこまで高くないが、セントラビットのように捕まえるのが難しい肉は高値で売れる。鶏肉は高い。弓の名手か射撃魔法、飛翔魔法の使い手でないと捕まえられないからな」

「鶏肉高いんだ……」

 鶏肉好きなんだけどなぁ。

 身体をゲットしたらまずは自力で鶏さんを捕まえられるようになろうと思った。

 丸焼きも好きだしから揚げも好きだ。


 そしてセルカ精肉店の看板がある店へとやってきた。

 扉を開けると、

「へいらっしゃい! 今日もとっておきの肉が安いぜ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日もお客様のハートにウルトラサービス全開だぜ!」

 という、とても痛々しい出迎え文句が飛んできた。

 出迎え文句を行っているのは捻りハチマキのお兄さんだ。

「………………」

「………………」

 八百屋の叩き売りを思い出すなあ。

「……って、テスタノッサかよ。愛想振りまいて損したぜ」

 そして来客の顔を見るなり、つまりルクスの顔を見るなりその表情はがっかりとしたそれに変わった。

 落差が激しすぎる。

 っていうかさっきのって愛想振りまいてたんだ……。

「アレで愛想を振りまいているつもりなら客足が遠のくのも理解できるな」

 そしてルクスの方も容赦がない。

 まあ同感ではあるけど。

「てやんでえ。ウチの接客スタイルはご近所様に大好評なんだぜ。お前なんぞに文句を言われる筋合いはねえよ」

「……まあ、どうでもいいが」

 どうやらご近所様には特殊な感性を持った方々が多いらしい。

 あまり関わらないようにしよう。

「こいつを料理して貰いたい」

 どさり、とセントラビットの入った袋を台の上に載せる。

 そんなルクスに捻りハチマキのお兄さんは盛大な溜め息をつく。

「ウチは料理屋じゃねえぞ」

「知っている。こいつを見ても同じ事が言えるなら料理屋に依頼してこよう」

 そう言ってルクスは袋の口を開けた。

 中に入っているのはレア肉であるセントラビット六匹。

「お前の見る目は確かだよな。確かにこんないい素材は俺のような一流の肉職人でなければ調理出来ねえ。いやほんとよくウチに持ってきてくれたものだ。ところで調理加工報酬は一匹でいいぜ」

 二秒の手のひら返しだった。

 いっそ清々しい。

「二匹は干し肉にしてくれ。一匹はセルカが好きにしていい。残りは腕を振るってもらおうか」

「はっはっは。がってんしょうちのすけさぶろうだぜ!」

「相変わらず意味が解らん」

「オレ言語だ」

「謎言語だな」

 あたしにも謎言語だった。


 店の裏側にあるプライベートエリアで待たされたあたし達は円卓テーブルに座って料理が出来上がるのを待っていた。

 ……あたしは食べられないけどさ。

 美味しそうなものを目の前にして食べられないってもうかなり酷い拷問だわー。

「どうして肉屋に持ってきたの? 宿屋か料理屋で頼めばいいのに」

 と、とりあえずの疑問をぶつけてみた。

「そうだな。でも肉の扱いは肉屋が一番精通している、と思わないか?」

「うーん。そういうものかなあ」

 肉を捌くなら肉屋だろうけど、料理スキルはまた別な気がするんだけど。

 まああたしが食べる訳じゃないからいいのかな。

「セルカは肉料理を作らせたら天下一品だ」

「そうなの?」

「あいつが女だったら嫁にしている」

「………………」

 心を掴みたければ胃袋を掴め、という法則があることを思い出した。

 ルクスも例外なくそれに当てはまるらしい。

 でもあんなムサい男を嫁にしないで欲しい。

 あんなのを嫁にするなら骨のあたしでいいじゃん、とか考えてみたり。

 あたしも結構料理がうまいんだよ。

 まあ、シェフレベルとまでは言えないけどさ。

「冗談だ」

「本気だったら怖いよ」

「俺に男色の趣味はない」

「あったら怖いよ……あれ? 意外とアリかも……?」

 元の世界の美形BL本を思い出すと、案外嵌るかもしれないと思った。

「ねえよ……」

 心底嫌そうに言われた。

 乙女妄想は却下されてしまう。

「妄想ぐらい好きにさせてよー……」

「対象が俺以外なら好きにしていいぞ」

「美形でやるから楽しいんだってば」

「俺が美形なのは認めるが」

「ちょっとは慎みを持とうよ……」

 台無しなんだけど。

「事実だ」

「事実だけどさあ」

 まあいいか。

 確かに美形だし。

 中身が残念なのは今更だ。

 それぐらいは我慢しよう。

「へいおまちっと!」

 どどん、と肉屋さん、もといセルカさんが料理を完成させて持ってきてくれた。

「ほほう。うまそうだな」

 シチューに焼き肉、照り焼き、ローストなどなど、とにかく美味しそうな料理の数々だった。

「くっ……」

 こうなってくると物を食べられないこの身体が本気で呪わしい。

 嗅覚も正常に働いているので美味しそうな匂いまで解ってしまうから尚更だ。

「当たり前だ。この俺が作ったんだからな」

 そしてセルカさんも同じテーブルにつく。

 どうやら一緒に食べるつもりのようだ。

「いただきます」

「おう」

 がつがつと食べ始める二人。

 見ていることしかできないあたし。

 ……せめて離れようかな。

 ちょっぴり切なくなってきた。

 というか泣きたくなってきた。

 そんなあたしの気配を察したのか、セルカさんが言う。

「お前さんも食っていいんだぜ。そう言えば誰なんだこいつは」

 今更ながらあたしの存在を気にしだしたようだ。

 あたしからは説明が難しいからルクスに任せよう。

「セルカ。そいつはものを食えない。人間じゃないからな」

「ということは、死霊系か?」

「ああ。ネクロアークで作成したスケルトンだ」

「なるほど。全身マントや仮面を付けているから気付かなかった」

「さすがに骨で街中は歩かせられないからな」

「そりゃそうだ」

 納得したらしい。

 どうやら死霊使いのこともそれなりに知っているようで、理解もあるようだ。

 あたしがスケルトンだって知っても何も言わない。

 気持ち悪がられたり化け物扱いされたりする覚悟はしていたのだけれど、拍子抜けするぐらいあっさりだった。

 使い魔のようなものだと認識してからはあたしに話しかけることもなくなった。

 道具だと思われているのだろう。

 あたしも敢えて喋りたいとは思わなかったので黙っていた。

 黙って食事風景を見るのはとても辛かった。


「干し肉の方は二週間ほどかかるぞ」

「オッケー。残りの依頼が終わった頃には取りに来るさ」

「何を受けたんだ?」

「ドラゴン討伐とバジリスク討伐」

「……石にでもされてしまえ。干し肉はオレが食ってやる」

「簡単にはされないさ。お前の取り分は一匹だ。それ以上はやらん」

 二人の軽口はいつものことらしい。


 セルカ精肉店を出たあたし達は宿へと向かっていた。

「どうした?」

 あたしが機嫌を悪くしているのに気付いたのだろう。

 ルクスが声をかけてくる。

「べっつに~。ルクスには関係のない悩みだから」

 反抗期っぽく言い返してみる。

「セントラビットは実に美味だったぞ」

 げしいっ!

 蹴った。

 くるりと回転した右回し蹴りがルクスの頭に決まった。

 会心の一撃だった。

 一メートルほど蹴り飛ばされたルクスはすぐに起き上がって怒鳴りつけてくる。

「何しやがるっ!?」

「こっちの台詞よーっ! 分かってて言ってるでしょーっ!」

「ちょっとした自慢じゃねえかっ!」

「するなっ!」

 冗談では済まされない殺意が湧いてくるのでそういう嫌がらせはやめて欲しい。

 いやマジで。

 ちょっぴり殺意が湧いてくるよマイマスター。

 美形相手でも我慢の限度ってあるんだよ。

 その辺りをもう少し考えて欲しいなあ。

「わ、悪かったよ……」

 さすがに反省したのか、素直に謝ってきた。

「まったく。少しは空気を読んでよね」

「そんなスキルは持っていない」

「いや、持とうよ……。人間関係を築く上では必須スキルでしょうが」

「俺は生きている人間とは最低限の関わりしかないからな」

「生きている人間?」

「死霊使いの名は伊達ではないということだ。俺が深く関わるのは死者だけだ」

「………………」

 それは、いいことなのだろうか。

 死霊使いとしては正しい生き方なのかもしれないけれど。

 でも、人間としては酷く歪んでしまっている気がする。

「生きてる人間は信用しないってこと?」

「……そうだな。少なくとも簡単には信用しない」

「ふーん……」

「意外だな。もっと説教じみた文句を言ってくるかと思ったんだが」

「他人に説教できるほど人生経験豊富じゃないからね」

「そうなのか? そういえば年齢はまだ聞いてなかったな」

「十六」

「……若いな」

「ついでだからルクスの年齢も教えてよ」

「二十三だ」

「まあ、見た目通りだね」

 童顔でもなく老け顔でもなく。

 まんま見た目通りだった。

「それだけ人間不信になっているってことは、そうなるだけの何かがあったってことでもあるんでしょ?」

「なかったとは言わない。二十三年しか生きていないがそれなりに濃密な人生だったからな」

「どろり濃厚?」

「濃密! いかがわしい言い方をするな!」

「いかがわしいって……別にそんなつもりはなかったんだけどな。まあアレだよ。ルクスが生きている人間を信用しないっていうのは割とどうでもいい事実なんだよね、あたしにとっては」

「どういうことだ?」

「だってあたしには関係ないじゃん。あたしは死んでる人間だから」

「……それもそうか」

「生きてる人間を信用しないってことは、少なくとも死んでる人間は信用するんでしょ?」

「……正確には俺の支配下にある死霊を信用するって意味なんだがな。ルティはどう見ても支配下ではないだろう?」

「不満?」

「……いや、まあ、案外悪くはない」

「じゃあ問題ナッシングだね」

「そうだな」

「あたしもルクスに対して信じてとは言わないよ。胡散臭いからね」

 そういうことを言う奴に限って裏では何を考えているか分かったものではない、というのはあたしの短い人生経験の中でも分かる真実だ。

 そんなやり取りをしながらあたし達は宿屋に向かった。


 チェックイン手続きの際、今度は最初からベッドを二人分とってくれた。

 それどころか意外な気遣いまで見せてくれた。

「別々の個室がいいならそうするけど、どうする?」

「いや、別に同じ部屋でいいよ。あんまり気にしない」

「そうか。ならツイン一部屋で」

 ということになった。

 紳士っぷりを発揮したってことなのかな?

 宿屋の従業員が手続きを終えて鍵を渡してくれる。

 あたし達はそのまま部屋へと向かった。


「意外な気遣いを見せてくれるじゃん?」

 仮面を外して骸骨姿で問いかける。

「まあ、年下の女の子だって分かったからな。それぐらいは気遣うさ、年上として」

「ほほーう。それぐらいで優しくなるんだったらもっと早く教えておけばよかったかな~」

「俺はともかくルティが気にすると思ったんだよ。女の子っていうのはそういうのを気にする生き物……だった気がする」

「だった気がするって……」

 すんごい適当だね。

 まあルクスらしいけどさ。

「この身体で気にするようなことは起きないでしょ、どう考えても」

「それもそうか」

 そして簡単に納得しすぎ。

 やっぱり空気は読めていない。

「ルクスが骨に欲情する嗜好の持ち主っていうんなら話は別だけどね」

「さすがに欲情はしないな……。いい骨を見るとうっとりとはなるが」

「……それもちょっとどうかと思うけどね」

「ルティの骨も時々撫で回したくはなる」

「やめてー……」

「中身はともかく素材は最高級だからな。少しぐらい削って研究してみたいと思わなくもない」

「やめてー!」

 あと中身はともかくってゆーな。

「まあルティが気にしないなら俺も気にしないことにする。個別に部屋を取るよりはこっちの方がいくらか安いしな」

「うん。まだ気にしないから大丈夫」

「まだ?」

「身体をゲットしたらちょっと気にする」

「ああ、なるほど」

「そしてアタックを開始する」

「は? 誰に?」

「ルクスに」

「俺?」

「そう」

「なんでだ?」

「それはあたしが美形好きだから!」

 ガッツポーズで力説。

 脱力するルクス。

「……顔だけか」

「中身は残念だけど取りあえず顔優先」

「残念言うな」

「自覚ないの?」

「ないっ!」

「言い切ったーっ!」

 ちょー清々しく言い切ったーっ!

 残念レベルが上がったーっ!

 でも割と楽しい会話だった。


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