英雄の骨と死霊使い
アリアンローズ応募作です。
骨っちんぐなヒロインとネクロマニアなご主人様との珍道中。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
死霊使いは洞窟の中で佇んでいた。
彼の外見はおよそ死霊使いに似つかわしくない、整ったものだった。
百七十六センチほどの身長。
後ろで尻尾のように束ねた銀髪は陽の光に当てれば神々しいまでの輝きを見せてくれるだろう。
目鼻立ちも整っており、十人が見れば十人とも美形と評するだろう。
その十人が女性だったならば、たちまちに口説きにかかるかもしれない。
一人か二人は見惚れてその場で崇めてしまうかもしれない。
それぐらいの美形だった。
死霊使いというよりはどこかの王子さまと言った方がしっくりきそうな外見ではあるが、彼の本職は間違いなく死霊使いだ。
死者を利用し自らの欲望を叶えていく聖者の対極に位置する者。
それを自らの意志で選んだ彼は、死霊使いとしての自分をそれなりに気に入っている。
「英雄ルディーク。その骨、この俺の為に役立てて貰おうか」
彼は洞窟の中に残された白骨死体を見下ろしている。
そこにあったのは英雄の死体。
肉はすでに塵へと還ったが、骨だけはその場に残されている。
かつて多くの人間が崇めた英雄の、誰も知らない末路。
この場所で世界を脅かしていた邪神と戦い、そして相討ちになって死んでしまった救世主。
邪神は消滅し、世界から大きな脅威は取り除かれた。
英雄はその役割を終え、今はどこかで転生しているのかもしれない。
もう十年以上も前の話だ。
そして忘れ去られた死体は、残された骨は、今この瞬間から死霊使いの欲望のために利用される。
「ネクロアーク起動!」
死霊使いは黒い宝石の嵌められた杖を地面に突き立て、魔法陣を起動させる。
死体と契約するための魔法が黒い光と共に構築される。
崩れた英雄の骨は黒い光に包まれながら、人の形を取り戻していく。
人の形といっても骨だけなのだが。
一言で表すなら『スケルトン』だろう。
「あとは人工魂魄を注入すれば完成だな」
死霊使いは杖の先端に人工魂魄を精製しようとする。
命令に従うだけの存在にするつもりなので、そこまで高品質な魂にするつもりはない。
材料が英雄の骨であったとしても、道具であることに変わりはないのだ。
「ふむ。こんなものかな」
簡単な意志疎通能力を備えた人工魂魄が完成した。
これで英雄の骨はかつての力を存分に振るいつつ、死霊使いの命令に従うだけの道具になる。
死霊使いは満足そうに笑ってから人工魂魄を英雄の骨へと組み込もうとした。
だがその時、異変が起こった。
「なにっ!?」
空から降り注ぐ目映い光。
洞窟の中である筈なのに空が見渡せる。
その魂は空から落下してきて、いつの間にか破壊していた洞窟の天井を通過して英雄の骨へと激突した。
「くっ!」
死霊使いは人工魂魄を一旦消滅させて、安全の為に一歩下がる。
いつの間にか未知の魂が注ぎ込まれた英雄の骨。
どんな危険があるか分からない。
近くにいるのは危険すぎる。
本当は今すぐこの場から離れるべきだが、死霊使いは好奇心に従う生き物でもあった。
未知の魂の正体。
それを知りたいと思ったのだ。
骨はゆっくりと立ち上がり、そして死霊使いと向き合っていた。
『………………』
骨、スケルトンは状況がよく分からない、とでも言いたげに首を傾げた。
「……おい」
『………………』
カタタタ……と歯を鳴らされる。
そしてスケルトンはしばらく硬直して自分の身体をゆっくりと動かしている。
両手を顔の前に掲げて、きょとんとしている。
ぺたぺたと身体のあらゆる場所に触り、さすったりしている。
自分の状態を確認しているような感じだ。
『っ!!??』
何に驚いたのか、スケルトンは悲鳴を上げそうな勢いで暴れ出した。
ムンクの叫びのように両手を頬に押しつけて、その場でぐるぐると回っている。
どうやらかなり錯乱しているようだ。
魂そのものが混乱しているところを見ると、人工ではなくかつて生きていた人間の魂だということは分かるのだが、だからこそ死霊使いは対応に困っていた。
このまま放置しているのも問題があるし、それに英雄の骨で作成したスケルトンを諦めるつもりもない。
「いや、待てよ?」
未知の魂が這入り込んだとは言え、これは自らが作り上げたスケルトンだ。
魂が人工ではないというだけで、主従の契約は生きているのかもしれない。
「試してみるか」
死霊使いはそれを確認するために一つの行動を取った。
右手を差し出し、スケルトンへと向けた。
「お手」
『………………』
錯乱していたスケルトンはピタリと制止して死霊使いの方へと向く。
カタタタ、と首を傾げつつも右手の骨を死霊使いの手のひらへと載せた。
「……まあ、成功ということにしておくか」
確認するにしてももう少しやりようはあったと思うのだが、手っ取り早いという意味では正解だったのかもしれない。
自分の魔力で繋がっているという実感もある。
ならばこれは間違いなく自分の支配下にあるスケルトンなのだ。
「今からお前は俺のものだ。しっかり働けよ」
お手によって載せられた右手を握り、スケルトンへと命令する。
魂が天然ものなので少しばかり不安はあったのだが、スケルトンはじっと死霊使いを見つめている。
眼球のない骸骨が死霊使いを観察している。
もしかしたらその美形っぷりに見惚れてしまっているのかもしれない。
『………………』
スケルトンはしばらく考え込んだ後、こくんと首を下に傾けた。
どうやら了承してくれたらしい。
「よし。ならばお前は今から『骨一号』だ。うん。我ながらシンプルでいい名前だな。お前も気に入っただろう?」
『……っ!』
骨一号と呼ばれたスケルトンは握られた右手を離してそのまま死霊使いの頭を殴った。
べしん、と殴った。
あまり手加減されていない一撃だった。
「ぐおおっ!」
とても痛かったらしく、死霊使いはその場にしゃがみ込んで呻いていた。
骨一号という命名が気に入らなかったらしい。
一度は従わせたと思い込んだ死霊使いも自らの失敗を自覚する。
これは天然の魂であり、明確な意志を持ったスケルトンなのだ。
ならば最低限はその意志を尊重しなければならないのかもしれない。
「もしかして、名前が気に入らないのか?」
『………………』
こくんと頷く骨一号……ではなくスケルトン。
意志の疎通に問題は無いようだ。
ならば上手くコミュニケーションを取っていくしかないだろう。
英雄の骨に引き寄せられた天然の魂。
死霊使いとしての興味は尽きない。
彼はこの瞬間、スケルトンを道具ではなく従者として扱うことに決めた。
さしあたっては名前を決めてやらなければならない。
「………………」
命名は慎重に。
再び殴られたくはない。