非日常
クライマックス?
錬次が妄想する未来はこうだ。
中西さんと楽しく芝生にレジャーシートを敷いて中西さんが作ってくれたお弁当を本の感想を言い合いながら食べること。
それが妄想であると確信づけるように中西さんは何者かに苛められていた。中西さんが毎日仕事をしているのだって本来二人一組でやるはずなのに、もう一人が中西さんに仕事を押し付けて自分は知らんぷりをしているかも知れない。
(誰なんだ? 誰が中西さんを……!)
いつもの錬次の昼休みは中西さんを見るため――いや、少しでも仲良くなるために図書館に脚を運び、面白そうな本を読んでいる(会話文だけ)。
毎日中西さんに視線をやっている錬次の眼を掻い潜る不届き者を制裁したくて拳が疼く。
(そうだ。昨日の放課後まではこんなのはなかったはずだ! 俺はずっと中西さんを見ていたんだから!)
図書館を出て三階にある教室に戻るため、階段を上がっている最中に少女と出会した。
しかし出会したと言っても相手側は錬次に気づいていなく、さらに倒れている。
少女はうつ伏せになっており、人形のようにグッタリしている。表情は金のセミロングヘアーに隠れて伺えないが、何かあったんだろうか?
取り敢えず、助けようと思った錬次は金髪の少女に近づいた。
そしてふと思った。
「……もしかしてコイツか……?」
錬次が発した意味は特別棟に向かった原因である、『人影を見たような違和感』のことだ。
この金髪の少女は昼休みに中西さんと話していた女の子だ。
――つまり、コイツが中西さんを苛めている可能性もあるということだ。と、錬次は強引に話を繋ぎ合わせて、金髪の少女を仰向けに転がせた。
「…………ッ!?」
錬次は驚きと焦りを同時に感じて、階段の踊り場を階下に向かって後ずさる。
原因は少女が着ている衣服――即ち、セーラー服が乱れており、胸元に結ばれた白いスカーフはしわが出来そうなほど乱れている。そして錬次が一番眼を惹いた箇所はわき腹であった。
金髪の彼女のお腹は色白く、男性ならば眼を惹くボディラインを描いている。が、錬次が注目したのはわき腹。――スタンガンで焼かれた痕が目立っているのだ。
「だ、誰がこんなことを……。学校に不審者が現れたのか……?」
錬次の額には大量の汗が滲み出てきており、掌も同様に汗が目立つ。
このときの錬次は自身の危機感で目の前の少女や中西さんのことは一瞬にして忘れ、保身のために教室に走った。
理由は携帯電話や財布など色々考えられるが、一番はつい十分前まで『普通』だった日常に戻れると思った先が教室だっただけのこと。
もっと冷静だったら、教務室や生徒が部活をしているグラウンドに出れば済む話だが、錬次にはそこまでの思考は出来なかった。
昼休みに中西さんを見るために往復した廊下はいつもより長く感じられ、高校に進学したときから使っている階段は長く感じられる。
これ程までに焦ったことは産まれて初めての経験だった。
「……っ」
そして見てはいけないものを見たという後悔と自分だけが逃げたという自責の念が押し寄せてくる。
それでも錬次の脚は止まることを知らず、とうとう、教室の前までやって来た。
『日常』に戻って来れた安心感と放課後の学校ながら、誰一人として会わなかったという不安が錬次を焦らせるが、もう必要な物を持って帰宅するだけだ。
(寝て起きれば、いつもの朝がやって来るに違いない。あの娘には悪いが、スタンガンなんて有り得ない)
そう思わずにはいられないほど、否定したいことだった。
止まった脚を教室に踏み入れたそのとき、錬次の呼吸は止まった。勿論比喩に過ぎないが『非日常』は終わっていなかった。
「――有り得ない。嘘だろ?」
錬次の否定は最大級のものになっていた。それは友人である穂刈と隣のクラスのマドンナと呼ばれる錬次の町に住んでいる令嬢が倒れているではないか。
思い起こされるのは先程見てしまったスタンガンという凶器の痕(勿論スタンガンその物は見ていない)。
錬次の発想が安易と感じても致し方のないことだ。実際に錬次が穂刈に近づいたら、金髪の少女と同じ傷痕を見つけてしまったからだ。恐らくマドンナも同様の傷があるだろうが、錬次は見たくないと本能的に拒んで視界にすら入れようとしない。
錬次の本能が『ヤバい』と告げている。
錬次は自分の机の横に掛けられている鞄から携帯電話を取り出して、中西さんの携帯電話に掛けた。
錬次の耳に当たる携帯電話は一定のリズムでコールし続ける。
その時間は永遠に続くように遅く感じられる。
――中西さんは犯人によって出られなくなっているのではないか? と錬次を焦らせる。
すると、どうだろう。『早く出てくれ』と祈り始めた錬次の耳に呼び出し音以外の音が聞こえて来るではないか。それも錬次が待ち望んでいる彼女の携帯電話から鳴るメロディだと錬次は嬉々として思った。
そう、あの有名な『あの口笛はなぜ~♪』から始まるアニメソングが。
「中西さん……?」
錬次の気持ちは次第に高揚してくる。
錬次は早く中西さんに会いたいとばかりに廊下に向かって歩き出した。携帯電話を耳に当てながら。しかし中西さんは一向に電話に出てくれない。
不信に思った錬次は廊下に顔を覗かせる。と、聞き慣れない音と呆然としてしまう光を錬次は目撃した。
「有り得ない」
もう何回目か、と数えるのも億劫になるほど口にしたそれをさらにもう一回口にした。
錬次が見たものは片手に携帯電話を持った中西さんだ。
しかし錬次は中西さんを見て、絶望した。受け入れたくない現実だったからだ。
中西さんが持っているのは携帯電話だけではない。もう片方の手には金髪の少女や友人の穂刈、隣のクラスのマドンナが被害に遭った『スタンガン』を手にしているのである。




