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月光  作者: 柚月レイ
8/10

肆 the crimson moon 前

注意!PG-12!


*このお話には一部暴力描写、生々しい死体の描写がありますので自己責任の下でお読みください。読んでからの苦情は一切受け付けられませんのでご了承くださいませ。








 鎮守の森を越えた、深い深い森の奥。

 そこに、古びた木造の倉庫があった。

 長い間誰も使っていなかった様子なそれの、風通し用に造られた小さな窓には板が張り付けられており、所々穴の開いた屋根には薄い鉄板でつぎはぎがされている。

 ここは隙間風が厳しくて正直しんどい。

 しかし文句の一つでも言おうものなら容赦なく殴り倒されるであろうから毛布に包まって耐えしのぶ。

 三日ごとにまとめて運び込まれる食料はすでにもう残り少なく、腹の虫が騒がしく鳴き立てるが、大量に汲み置きをした井戸水を飲んでごまかす。

 カルサは寒さと空腹で半分涙目になって力なくその場に転がった。

 ここへ来たのは二週間前だ。

 あの夜。あの、下弦の月の夜。

 何も持たぬままイリアに連れられて来た。

 ここは何だと問えば、倉庫だと分かりきった答えが返り、逃げるのではなかったのかと問えば、まだやる事があると言われ、壊れた扉を釘で打ちつけて彼女は去って行った。

「訳分かんねぇよ…」

 誰にともなく呟き、ごろりと寝返る。

 四畳半程の空間。床は腐り、三つほど積み上げられたカビの生えた藁ではねずみが生活している。

 壁の隙間から入る太陽の光で一日が過ぎるのを感じながら、カルサはまた一本、壁に線を書き足した。

 線の数はかぞえて十五。

 

 

 

 白い大理石の司令塔。

 そこではいつものように銀と金の蜘蛛を持つ者と副総長によって、報告会が開かれていた。

 正方形に並べられた机の席に座って、退屈で仕方のない仕事の報告を聞きながらイリアは欠伸を一つ、噛み殺す。

 しばらく命を授かっていないイリアはここ数日で急に増えた報告会に甚だ迷惑していた。

 面倒臭い。これに尽きる。

 けれどそうも言ってはいられない。報告会が増えたという事は、ラスラに回ってくる暗殺の仕事の量が増えたということだ。

 それは、ラスラの暗殺業を営む里としての階級がさらに上がったということ。

 このままでは着実に西大陸征服へと駒を進めていってしまうだろう。

 そんな事は決してさせない。

 そう心に誓ってイリアは報告会が終わると同時に司令塔を飛び出した。

 

 

 

 その日の午後。

 大きな紙袋に食料を入るだけ詰め込み、イリアは森を歩いていた。

 日に日に北からの冷たい風は強くなり、鎮守の森では楓の葉の旋回が始まっている。

 旋回する葉を避け、地に落ちた葉を踏みながら、イリアの歩幅は段々大きくなり、歩くスピードは速くなる。ついには小走りの状態になって、イリアは倉庫を目指した。

 ひたすら走って、ついた頃にはもう日は傾きかけていた。

 朽ちかけた倉庫。その扉をミシミシ言わせながらゆっくりと開ける。

 同時に、何か大きなモノがイリアの手から紙袋を引ったくった。慌ててイリアはそれを奪い返し、扉を閉めて袋からろうそくを取り出す。薄暗い中でそれを皿に立て、手をかざすと小さく音を立てて炎が上がった。

「…イリアはやっぱ魔法が使えんのか?」

 それを見た大きなモノ、カルサの素朴な疑問には答えずに、イリアは再び紙袋の中に手を伸ばして細長いパンを取り出す。

「はい、カルサ」

 カルサは受け取りながら即座にかぶり付いた。

 その様子を半ば呆れがちに見やり、イリアは持って来た食料をきちんと一食分ずつ小分けにしてやる。その作業が終わる頃にはカルサは今日の夕食分にと分けた食料をほとんど平らげていた。

「使えるよ。少しなら」

「へ?」

 突然イリアが言い、カルサは何のことだか考える。

「さっきの質問。魔法は少しだけなら使えます」

 火を付ける位しかできないけどね、と付け足してイリアは紙袋から封筒を取り出した。

「はい」

「何これ」

「手紙。アーリファエル様に」

「はぁ?」

「この間言ったでしょ。かくまってくれるようお願いの手紙書いたから明日中に出発すること」

「ち、ちょっと待て!」

 イリアの顔の前に掌を向けてストップという動作をし、どんどん話を進めるイリアを止める。

「何」

 イリアは訝しげに眉をひそめた。

 そんな彼女の顔をちらりと見てカルサは言葉を考える。止めたはいいが、何と言おうか考えてはいなかった。

「…俺はそんなこと了解してない」

 言ってしまってから、イリアを怒らせてしまうかもしれないと後悔した。でも確かに自分は一言も頼んでなどいないのだ。

「じゃあ…どうするつもり?」

 声音は低かったが表情を見てカルサは少しばかり安心した。いつも通り無表情ではあったが、怒っているわけではないようだ。

「それは…、まだ考えてないけど…」

「へえ」

 一瞬、空気が凍ったかのような錯覚に陥った。反射のように嫌な汗が出たカルサは少々慌てて声を上げる。

「こ、これから考える!じっくり!すぐに!うん!」

 そんなカルサに呆れたイリアは表情の変わらぬまま大きく息を吐いて、足を折って座っていたのをあぐらに座りなおす。

「最近仕事の依頼が大幅に増えてるみたい」

 さすがのカルサもその言葉には真面目な顔つきになった。言葉の意味を理解する。

「副総長サマの計画も大詰めに入ったってコトですか」

「でも、そう上手くはいかないんじゃない?」

 イリアが口元に悪戯な笑みを浮かべて言った。訳が分からず、カルサは眉間にしわを寄せる。

「何で」

 その言葉を聞いたイリアは待ってましたと言わんばかりにニッと笑みをつくった。

「あたしが邪魔するからに決まってんでしょ」

 言葉の意味が分からずにカルサは目の下にしわを刻んで考える。しばらくして、その重大さに気付いた。

「え!?あ、あの、イリアさん…具体的には何を…」

 問いつつも、自分の中では聞きたくないと叫ぶ声がする。

 いつだってイリアはカルサでは考え付かないようなことをしでかす。過去の前例を踏まえてみても、彼女の行動パターンは本当によく分からない。

「知りたい?」

 微笑む仕草は可愛らしいが、恐ろしいことを考えているのだろうとそれくらいの事は長年の付き合いから安易に想像できる。

 知りたくないと叫ぶ自分がいるが、悲しいかな、気付いたときにはもう頷いてしまっていた。時既に遅し。

 しかしイリアは何も言わずにすっくと立ち上がった。

「教えるわけないでしょ」

 扉に向かいながらいーっと年相応の表情を見せるイリアを、カルサは追いかける。

「ちょっ…イリア!何する気だ?」

 イリアは今にも壊れそうな音を立てる扉を開き、軽い足取りで外へ出る。

「んじゃ、身体壊さないようにねー」

 ひらひらと手を振り、体を反転させたイリアの腕を慌ててカルサは掴んだ。

「ちょっと待てって!」

 引っ張られた力が意外に強く、イリアは驚いて立ち止まる。そしてカルサもまた、掴んだ腕のあまりにもの細さに驚いた。そう言えば少し痩せたように見える。ちゃんと食事は取っているのだろうか。

「イリ…」

「カルサ、痛い」

 眉間にしわを寄せて言い、腕を引く。

「あ、ごめん」

 イリアは離された腕に手をやってさすりながら、やれやれと少し大げさに溜め息をつく。

 カルサが何かを言おうとしたと同時、タイミングを見計らったかのようにイリアは顔を上げた。

「じゃあね、バイバイ」

 花のような笑顔を残して。


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