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月光  作者: 柚月レイ
5/10

弐 in a dark moon 後

注意!PG-12!


*このお話には一部暴力描写、生々しい死体の描写がありますので自己責任の下でお読みください。読んでからの苦情は一切受け付けられませんのでご了承くださいませ。








 鐘の音が聞こえる。

 財力が非常に豊かな里、アイリスカ。

 けれど武力の乏しいこの里は、少しでも気を抜けば簡単に攻め落とされてしまう危険と常に隣り合わせでいる。

だからより強い里と同盟を結び、里を護ってもらうのだ。

 そこら中にラスラの防護が張られた里。

 その外れの、ひっそりとした一角には平屋が五つほどまとまって建っており、それぞれの部屋の灯りには数人の男達の影。

「…考えたな…」

 夜闇に紛れて、その全てを見渡せる位置からイリアは小さく呟く。まだ落ちる予定のない秋の木々の葉が彼らを隠し、守る。

 五つの建物には全て門番が二人ずつ立っており、影の数も皆三つ。これではどの建物に幹部らが居るのか分からない。

 はぁ、とイリアは面倒臭そうに大きく息を吐いてそしてやはり面倒臭そうに髪をかき上げた。

 全てを奇襲するか?いや、それでは身代わりの相手をしているうちに逃げられてしまう。それはラスラの生死に関わる。

「ちっ」

 面倒臭い。

「イリア、どうする?これじゃどれが本物だか…」

「分かってる。少し黙って」

 声荒げに、けれど空気を震わさずに返す。

 そうだ、今回はカルサもいるのだった。いっそ一人ならよかったのに。

 そんなことを心内で呟いて、その直後、あることに気が付いた。

 門番の階級が違う。

 ラスラに階級があるように、アイリスカにもやはり階級がある。鎧の紋様。それが階級を示す証だ。

 全てに均等に門番をつけたつもりだったのだろうが、所詮は武力の乏しい里。一つだけ、簡単には門番として雇えぬ階級の者が護る建物がある。

 影を覗けば冠の形が肖像と同じだ。

「カルサ」

「え?」

「あの、一番右側の建物。あそこに幹部が居る」

「分かったのか?」

「分かったから話してんでしょ。黙んな」

 威圧的に言われ、カルサは不覚にも怯んでしまった。大きく頷いてイリアが示す方向を見る。

「いい?まずはあそこの三人。他のも全員殺すから誰一人として逃がさないこと。足に怪我を負わせて」

「…分かった」

 ごくり、生唾を飲み込んでカルサは頷く。

「緊張してる余裕はないよ。肩の力抜いて」

 大きく首を縦に振るカルサを横目で確認し、イリアは小さく声を上げた。

「行くよっ」

 

 

 

 突如、風が起こった。

 かと思うと銀の閃光が視界を横切り、声を上げる間もなく見るもの全てが緋に染まった。一瞬だけ見えた、頭の無くなった己の身体。

「何奴っ!」

 それと同じ鎧を纏った大柄な男がすかさず腰元の剣を抜くが、それよりも一瞬速く銀が視界を覆う。ごろりと転がる身体と頭。

 それを一瞥もせず、イリアは建物の中へ駆け入る。同時に、五十を越えた三人の男の視線が集まった。

「何者だ!」

 剣を抜く速さはさすが幹部といったところか。

 すでに緋に染まった左右の短剣を目線まで上げ、にこりとイリアは天使のように微笑む。

「皆様の命を頂きに参りました」

 直後、その背後で違う男の声がした。

「貴様、武器を捨てろ!」

 隣の建物の門番が異変に気付いてやって来たのだ。

 ちらりとイリアがその男を見た瞬間、幹部の一人がイリアに向かって切りつけてきた。イリアは床を蹴り上げ、剣の切っ先で弾みをつけて天井に足を伸ばし、蹴る。床に着地したと同時に門番と幹部の緋が散った。

 一瞬の間もなく残りの幹部も刃を向けた。そして背後からは鎧の数々。

 急激に吹いた強い突風で辺りのものが空を舞った。

 刹那、鎧たちは地へ転がり、うめく。その手足からは多量の出血。タン、と音を立てて地へ足をついたのはカルサだ。手には緋色の大刀。

 その一連の風と同時にイリアは再び空を駆けた。

 左右からはそれぞれ銀の閃光。その両方を軽々と避け、両腕を伸ばして銀を弾いた。怯んだ幹部らはその場に尻をつく。

 イリアは床に足をつく一瞬に左の短剣をかざし、右の短剣を投げる。そして緋が散り鉄臭が匂う。

 皮一枚で繋がった頭をつけた身体はごろりと転がり、眉間に短剣の刺さった頭はその両眼を見開いたまま。

 休む間もなく銀の左翼は鎧に向かった。交差するようにカルサは眉間から短剣を抜いてイリアへ投げる。イリアは振り返ることもなくそれを受け取った。

 再び戻った銀の両翼が散らすのは鉄と身体と緋血。それらに混じる白いモノ。それは粉砕された頭蓋骨から飛び出た脳漿のうしょうだ。

「お、おのれぇぇぇぇ!」

 急に背後で声がしてカルサは反射的に振り返る。そこには剣を振りかざす鎧の男。カルサは突然の出来事に身動きが取れない。

 殺される。

 そう思った瞬間、鎧が目の前で崩れた。見れば胸元からは銀の切っ先。

「イリア!」

 短剣を抜いた傷口から血が噴出し、呼ばれた者の顔を染める。その光景に、カルサは身が震えた。

 視界の横で何かが駆けて行くのが見えた。今度こそはとカルサはそちらへ向かう。けれどそれよりも早くイリアが胸元のナイフを放った。

 後頭部にナイフの刺さった身体が崩れる。

 それと時を同じくして、その場に立つ者はイリアとカルサのみになった。

 時間にしておよそ十数分。息をする者は居ないか見回すイリアを、カルサは声もなく凝視していた。

 転がる死体の数は二十五。それもガタイの良い、強面の男ばかりだ。それをたった一人の少女が全て消してしまった。息をする者などは居ない。

 カルサは声を出すことができなかった。

 自分は何もしていない。ただ、敵の動きを封じ、本当に少しの手伝いをしただけだ。

 これが格の違うということなのか。

 震える右手を、やはり震える左手で抑える。この震えは、恐ろしさからではない。でもなぜ震えるのか分からない。

 長いマントの裾で顔を拭ってイリアはカルサの元へと足を進める。

「怪我は?」

 声の出せないカルサは、緋色の短剣をそれぞれマントで拭い、鞘におさめるイリアへ大きく首を横に振る。

「そう」

 抑揚のない声が返り、気付けばその美麗な顔に表情はない。

「見つかる前に戻るよ」

 言って、駆け出すイリアの後をカルサも追った。

 

 

 

 固くて冷たい屋根の上。

 撫で去る風は身体を刺すように吹き去ってゆく。差し込む光は閉じた瞼の上から容赦なく照らしつける強いもので、けれどそれは今の自分にとっては明るくも何ともないものだ。

 ふわりと落ちてきた葉を手にとる。広げればそこには黄色の残骸で、直ぐに風が奪い去っていく。

 ごろりとイリアは寝そべった。

 鉄格子のように冷たい空へ秋色の葉が風に飛ばされていった。くっきりと落とす木の影とは対照的に、スローモーションで高く高く舞い上がっては見えなくなっていく。

 眩しさに目を細めるが、閉じればそこには闇が広がる。けれどまるで砂の花びらのように散って行く赤い葉が緋の血と重なり、抵抗を止めてイリアは瞳を閉じた。

 どれほどの時が経ったのだろうか。

 ふいに、足元から声がした。

「イリアー。報告会始まるぞー!」

 届く声は年上の相棒のものだ。

 珍しく素直に身体を起こして下へと顔を覗かせた。

「カルサ、邪魔」

「え?おわっ」

 返る声を聞かぬうちにイリアは屋根から飛び降りた。音を立てずに着地して大あくびをしながら家へと入る。二分と経たぬ内にマントを羽織りながら再び戻ってきたイリアに、カルサは驚いて呟いた。

「今日はやけに素直だな…」

 すたすたと歩いて行くイリアの背中はいつもと何も変わらぬというのに。

 けれど不変など、実際ありはしないのだ。

 人は常に流れに身を任せ、心の形態を変えてゆくもの。それは誰であれ同じことだ。

 冬の近づきを知らせる風がまるで刃のように強く吹き抜けて行った。

 

 

 

 白一色の司令塔。

 やはり目の前には金の蜘蛛を持つ者とその間には副総長。そして左右から刺さる視線は銀の蜘蛛を持つ者のものだ。

「昨晩はご苦労だったな。イリア、カルサ」

 白色の口ひげを動かして副総長は続ける。

「アイリスカ幹部ら他計二十五名の死は確かに確認された。本当によくやってくれた」

 その表情こそ常と変わらぬが、声音は明らかに他人の死を喜んでいる。気にしない素振りでイリアは「光栄です」と頭を下げ、カルサもそれに習う。

「報告書は明日までに提出するように。少し休みなさい。それと特別報酬を出そう」

 副総長がそう言うと、二人の金の蜘蛛を持つ者の内の一人が小さな木箱を差し出した。開ければそこには十枚束の金貨が二つ。

「受け取りなさい」

 床に膝をついてイリアとカルサはそれを受け取る。心なしか、ずしりと重くカルサには感じた。

 自分は何もしていないのに。

 そう思うと、余計にこの手の金貨が重く感じられて。次にはカルサは声を上げていた。

「あのっ、やっぱり俺は受け取れません!」

 そして金貨の乗る手を副総長の前に突き出す。副総長は不思議そうに問うた。

「何故かね」

「俺は何もしていません。全部、イリアの功績です」

 見つめる先には幼い頃から恐れ、敬い続けた副総長。横からバカ、というイリアの呟き声が聞こえた気がしたが、どうしても金貨を貰う気にはなれない。

「本当に何もしなかったのかね。それは補佐もしなかったと取るが?」

「いいえ、カルサは充分補佐をしてくれました。今回の任務は、彼が居なければ失敗に終わっていたでしょう」

 カルサが口を開くよりも先にイリアが進言した。

 彼は知らないのだ。命を遂行できなかった者には死のみが待つということを。

「イリアはそう申しておる。受け取りなさい」

「できませ…」

「受け取って!」

 拒否の言葉を口にしようとしたカルサに小声でイリアは言う。それを耳にしたカルサは渋々と金貨を引いた。

「…ありがとうございます」

「今後とも日々里のために精進するように。下がりなさい」

 深く頭を下げて二人は部屋を出た。不服そうな表情を浮かべるカルサの足をイリアは思いっきり踏みつける。

「ぃだっ!」

「バカなことすんな」

「は!?」

 そのまま、彼女は会議に参加するためまた中へと戻っていった。

 

 

 

 外では秋虫の声が響いている。

 既に固く乾いた足元の土では蟻が一直線に並んで何かを運んでいた。きっと冬支度をしているのだろう。踏まないようにそれを跨いでカルサは司令塔へと急ぐ。

 急な風が吹く。赤や黄の葉を天に散らしながらカルサの金の髪を乱してそれは過ぎていった。

 

 

 ひやり、と冷たい石モザイクの床。

 白い大理石の壁にはくり抜かれたように四角い窓が転々と並び、その下方には色彩の少ない布が貼られて多少の寒さが和らげられている。布には白と黒を主にした糸で里の歴史が刻まれており、それは円柱状の建物の壁をぐるりと一周して階段の手すり下へと続く。

 カルサはぼうとしたまま手にした報告書を持ち直すとそれを目で追いながら最上階へと足を進めた。

 コツコツ、と石の階段が響く。真っ直ぐ大会議室へと向かう冷たい白の廊下の窓を、名の知らぬ鳥が群れをなして横切って行くのをぼんやりと見つめる。空は紫色のマーブル模様だ。

 厚い青銅で作られた扉に手を掛けたちょうどその時、中から声が聞こえ、カルサは思わずその手を止めた。

「やりましたな副総長。これでアイリスカは我らのものです」

「うむ。これでようやく私が西大陸全域の里を支配する礎が整った」

「…は?」

 思わずカルサは扉に耳をくっつける。『西大陸全域の里を支配する』?

 部屋の中で声はなおも続く。

「ですが総長が既にお亡くなりになられたと皆が知ってしまったらどうするのです」

 金の蜘蛛を持つ男が言った。五十半ばで、頭の頂きが少々薄くなりつつある厳しい顔つきの男だ。

「総長が死んでいたと分かれば混乱が起こるのは確かだ。それだけは避けねばならぬ」

 立派な髭が上下に動いた。それを右手で撫でながら思案顔で椅子に背を預ける。その直ぐ後、もう一人の金の蜘蛛を持つ男が何かを思い出したかのように慌てて言った。茶の短髪に、同じ色の瞳を持った四十終わりほどの男だ。

「副総長。もしイリアに総長の死がばれてしまったら如何致しましょう」

 カルサは息をのんだ。

 総長は、イリアの父親だ。灰白の髪と蒼の双眸、鍛え上げられた肉体を持っていた彼は、四十という若さで総長になった。その気さくな性格から、歴代の総長の中で最も素晴らしい人物として皆に敬われている。

 彼は総長となった後も、戦場の第一線で戦っていた。その姿は今でもカルサの心深くに刻まれている。ラスラで生きる全ての者たちが憧れてやまない、英雄のような存在だ。彼は三年程前から病で床に伏していると聞かされている。

 今、この人たちは何と言ったのだろう。

『総長が死んでいた』

 哀しみとも、怒りともとれぬ感情が溢れ、カルサは手が震えるのを止めることができない。息も上手くできない。

 聴覚は部屋の中の声に集中し、他の音は何も聞こえない。息をしようと空気を吸い込むと、ヒュッと小さく気管が鳴った。

「知られる前に始末しておきたいものだが…。アレの力は我らにとって重要なモノだ。むやみに失う事はできぬ」

「では、幽閉するというのは如何でしょう」

「馬鹿者。それでは始末するのと変わらぬではないか」

 どうしたものか、と副総長が考える両脇で金の蜘蛛を持つ者たちが言い合う。

 知らぬうちにカルサの手は固く握られていた。開くとそれは震えていて、再び握ることができない。

 早く。イリアに知らせなければ。

 カルサは思うが、震える手足に力が入らない。

「まぁ今のままでも構わぬだろう。イリアの家は常に監視できる位置にある」

 音もなく茶を飲み干すと、副総長は立ち上がって窓へと移動した。そこから見えるのは円形に広がる家並み。その最前にはイリアの家。それを見下ろして呟く。

「しかし何か策を考えねばならぬな…」

 その呟きを全て聞かぬうちにカルサは足を踏ん張って走り出した。瞬間、力の入らない手に握っていた報告書の入った筒を落としてしまった。

 ゴトッ、音がして、それは転がる。

 そして刹那、部屋からはこちらへ向かってくる足音。取りに戻っていたら確実に捕まる。一瞬迷った後、カルサは報告書をそのままに階段へと持ち前の駿足で駆け出した。

 イリアは殺されるかもしれない。もし今ここで自分が殺されてしまったら誰がそれを知らせるというのか。イリアを、みすみす殺させはしない。

 直ぐに扉が開き、副総長が姿を現した。その視界には、ひらりと消える黒のマント。

 足元に筒が転がって来、拾い上げて気付く。

「カルサ」

「え?どうされたのです?」

 問いには答えず、副総長は慌てる茶髪の男に投げつけるように筒を渡し、もう一人の金の蜘蛛を持つ者に向かって命を下した。

「イリアを呼べ!」

「御意。イリアに始末させるのですか」

「そうだ。もしイリアが己の側近をも殺せるような者であれば、生かしておいても何の問題もないだろう」

 なるほど、相槌を打って大きく頷き、金の蜘蛛を持つ薄髪の男はマントを翻して部屋を後にした。


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