アウターエナジー
「ハァ~イ、文ちゃん元気にしてた?」
そう話しかけてきたのは、旧知の知り合い河内未樹であった。文哲と未樹は年少の頃から共に"天才"として軍に徴用されていた。年も同じと言うことで互いに研究に徹するまでは共に過ごすことが多かった。
文哲の認識する未樹は、好奇心旺盛で怖いもの知らず――文哲の苦手とする存在であった。
「なんで、テメェがここにいるんだ」
「イヤ~だ、もう文ちゃん。ずいぶんな言葉じゃない……別に遊びで来てるんじゃないわよ。もう、ほら――」
そう言って未樹は、身分証を取り出す。そこには、予備隊の専門家として招かれた"オブザーバー"として未樹の名前が書いてあった。
「お前が予備隊に専門家としてねぇ」
「どっかの誰かさんとは違って、私は今も生物学のトップにいるからねぇ」
未樹は文哲に皮肉で返す。未樹は文哲が科学者を辞めた後も"才"と努力で誰にでも認められる地位まで上り詰めていた。
「でもやっぱり老害ってのはどこにでもいるのよねぇ」
そういってため息をこぼす。隣にいた絵梨佳のこめかみがピクと動いたが、彼女は何も言わない。
「で、この島に来たのがお遊びでないっていうなら、何しに来たんだ」
文哲からすれば未樹とは犬猿の仲。出来れば会いたくもない存在である。しかも、未樹が文哲を無駄に買っているという所がまた曲者である。暇さえあれば文哲に科学者に戻るように進言してくる。
「いつもの話なら断る」
「アラ、残念」
未樹もこのやり取りにも慣れていた。未樹は文哲が科学者に戻ったとしたら、過去の如何なる有名科学者よりも名が売れることになると確信している。未樹はそんな文哲を尊敬している。そして好感を抱く人物がその才能を使おうとしないことを憎んでもいた。
「でも、今回はそのことじゃないのよ」
未樹もそれよりも重要視したいことがあった。
「ワタシも現場を見たわ」
"巨大生物"が現れて村を壊したという場所を見た。確かに何らかの"巨大"な"生物"が練り歩いたと言われて納得する足跡のような証拠も見つかった。
そのような話を聞かされても文哲は眉1つ動かさない。
「アタナも見たのよね?」
「少しだけな、情報を得たいならオレに聞くよりも他の連中に聞け」
「ソレはもう聞いたわよ。私はね、色々な装置を持ってきて手がかりを探したのよ。それほど巨大な生物が今現在に現れたとしたら、何かが必ずあると思ってね」
未樹は、放射能などの観測も行った趣旨を文哲に伝える。
「生物の話はオレに報告しても門外漢だろ」
「……問題はここからよ」
そう、問題は文哲の作った観測装置が反応を示したことである。
「アナタの作った観測装置が反応を示したのよ」
今まで邪険に扱ってきた文哲の顔色が変わる。
「なんだと、それはどこにあったやつだ」
「そうねぇ……軍が解体されたときにドサクサにまぎれてワタシが入手してきたヤツよ」
アウターエナジー――それがドラコの出現の要因に関わっているのかと文哲は考える。ありえない、と思いたい。だが、アウターエナジーは無限のエネルギーを得られるということ以外良く分かっていない。
(クッ! 過去の自分を消してやりたい気分だ)
だが、アウターエナジーは生物に対して放射能のように有害ではない。それは、アウターエナジーに関わっている文哲自身が生き証人である。
(何故ドラコからアウターエナジーの反応がする……)
文哲は1人で考えるが結論は出ない。
「データはあるか?」
「もちろん、あるわよ」
未樹は観測機器が吐き出した印刷用紙を文哲に差し出す。
文哲はそれをひったくるように受け取ると目を通した。
アウターエナジーの残留濃度は、地上で観測できる数値よりも遥かに高い。
「これを見る限り、ソノ"巨大生物"が接触している場所に数値が高いことが証明できるわ」
観測データに未樹は自分の意見を付け足す。
確かに数値は、足跡等ドラコが接してた部分にその証拠が現れている。
(このデータが示すものは何だ……)
これほど顕著にアウターエナジーが残留しているという意味を考える。
ドラコがその全身からアウターエナジーを浴びているとしたら
(いやそれでは説明がつかない)
1回浴びたと仮定する。まずドラコがアウターエナジーを浴びたとして、それが地面に残るか……答えはNOである。
過去の実験からはそのような結果はありえないと予想できる。
(ありえるとしたら、オレの考える以上のアウターマナを浴びてるのか?)
考えれば考えるほど、冷静になればありえないとすら思える考えが頭に浮かぶ。
(まさか、ヤツ自身アウターエナジーを発する生物だとでも言うのか!?)
そんな結論を出せばアウターエナジーの仮定すら崩してしまう暴論だ。アウターエナジーはホールを空けることによって流れ出てくるエネルギーである。アウターエナジーを用いた駆動炉は、この炉内に限定的にホールを空けることによってアウターエナジーを得る。これを既存のエネルギーに変換することによって、始めて人間はアウターエナジーを使えるようになる。
だが、そう考えれば納得できる部分もいくつか存在する。
相手が生物だと考えるから分からなくなる。文哲は考え方を変える。
相手が自分の作り出した駆動炉と同じ無機物であると考えると、この結果は出るのか……答えはYES。十分にありえる。常にアウターエナジーを供給できる状態ならば、足跡にだいたい同じ量のアウターエナジーを付着させることは出来る。
だがホールを空ける技術は文哲が考え出したものである。常にアウターエナジーを発してるとすれば生物の体内にホールが存在することになる。ホールを空ける技術は、実に危険なものでもある。兵器に利用されたように、あまりにも大きいホールを空けたのならばドラコの体内からホールに飲み込まれてしまう危険性がある。
(そんな生物がありえるはずがない)
アウターエナジーを内包し発し続ける生物――ドラコ。もはや人知を超えている。そして、自分がアウターエナジーを発見した後に確認された事実。この2つが無関係であると思えるほど文哲は楽観視することは出来なかった。
『帰ってくれ』
そう言われ暗い顔で自分の家に戻っていた文哲に詳しいことを未樹と絵梨佳は聞くことが出来なかった。
「文哲さん大丈夫だろうか」
絵梨佳は不安に思う。
「確かに、アレは只事では無さそうね」
「未樹もそう思うのか?」
未樹と文哲の付き合いは絵梨佳よりも遥かに長い。
「アレは絶対に何かあるわ。文哲は感情をあまり見せないけど、言われるほど冷徹な人間じゃない。でも、昔似たような顔を見たことがあるわ」
未樹は思い出す。確かあれは5年ほど前だったろうか、文哲が他の人間と余り付き合わないようになってしまった原因。
「絵梨佳は知ってる? 文哲が科学者で何を研究してて、何故科学者を止めたか」
「研究してた内容は聞いたことがある。なんでもあの終戦兵器を開発した人だとか、研究者を辞めたのも自分の身を守る為だとか」
絵梨佳が文哲を尊敬、崇拝の念で見ているのは、それが理由である。
「――そう、そこまで知っているのなら話すわ。確かに、終戦兵器には文哲が開発した技術が使われている。でもそれは、文哲の意思を無視して作られた物よ」
絵梨佳は衝撃を受ける。大佐の話からは聞いていない情報であった。
「そんな馬鹿な!?」
「そう? じゃあ、文哲が協力していたのならば当時の軍があのまま戦争を終結させたかしら」
当時の独裁的な国が核兵器よりも協力な兵器を量産できる体制にあるなら、条件付きであるとはいえ戦争が負けで終わるはずがない。
「…………」
「分かるでしょ? 文哲は、自分の技術を兵器に流用された。でも、作り方までは教えなかった。だけど、その事実を知ったときの文哲の顔はあんな感じだったわ」
もし、その通りだったとしたら、
「気の毒だ……」
絵梨佳は素直にそう思う。
「アラ、そうかしら?」
それに対して未樹は一見すると冷たいとも思える態度を取る。
「アナタも、そして文哲も"科学"というモノを理解してないのね」
「どういうことだ」
絵梨佳が問う。
「過去にノーベルが作った削岩用に作られたダイナマイトが兵器に使われたり――"科学"なんてね……所詮、政治や戦争の道具でしかないのよ。過去の人物がそうであるように文哲もそのうち再び強制的に研究させられる日が絶対に来る。そうなった時に、命を盾に強制されるぐらいなら――自ら表だって研究して自分の身を守る方が得策じゃない」
そう言う未樹の表情には、今まで絵梨佳の見たことのない表情――冷たく言うものの愛情のような物が見て取れた。
「未樹でもそのような顔をするのだな」
「へ?」
未樹が素っ頓狂な声を出す。
「そのような顔ってどんな顔よ」
鏡を持っている訳ではないので確認することは当然出来ない。
「慈愛に満ちたというか、愛情を感じさせる顔だった」
付き合いは長くとも少なくとも絵梨佳は今まで未樹のそんな表情を見たことはなかった。
「バ、バカいうんじゃないわよ……そ、そんな訳ないじゃない。あ、あ、あ、愛情なんてそんな知識にもならないモノをワタシが持ち合わせる訳――ありえないわ、何いってるのかしらこの娘」
「ふふふ、未樹も年相応の少女だったという訳だな」
未樹は苦虫を噛み潰したような表情をし、反撃に移る。
「そ、そういう絵梨佳の方が文哲のこと気に掛けてるじゃない」
「わ、私がか!?」
「そうよ、隠したって無駄よ。アナタの文哲を見る目は尊敬や崇拝だけじゃない」
「そ、そんなことないぞ」
「アラ、アナタの今の顔是非とも鏡で写して見せて上げたいわ」
「馬鹿をいうのは止めろ」
2人してギャーギャーと言い合う。
歩いてるとカメラを持った男が見えた。
「ちょうどいい、目の前にカメラを持っているヤツがいるじゃない。取って見て貰おうかしら」
モノクロ写真では精々恥ずかしがっている顔が映るぐらいだろう、が未樹は絵梨佳を挑発する。
「あれは時任ではないか?」
未樹が指差す人物が知り合いであることに気が付く。
「フ~ン、知り合い?」
「ああ。文哲さんの友達に当たる人だ」
絵梨佳はそう認識していた。
「今のあの文哲に友達……ねぇ」
未樹にはとても信じられなかった。
智の方も絵梨佳達に気が付く。
「あれ、黒木さん。どうしたんですかこんな所で」
智は絵梨佳ならきっと率先して復旧に尽力していることであろう、思っていた。
「それに隣の人は?」
智にとってはまるで知らない少女が立っていたので問う。
「ああ、この人は……」
「ワタシは、生物学者の河内未樹よ!!」
まるで印籠を差し出すように予備隊から支給されたネームプレートを見せ付ける。
「こ、こんな女の子が生物学者!?」
智は驚く。それも当然であろう。明らかに自分より年少の少女が学者だというのだ。しかもそれが予備隊の客員だというならば、学者上の立場がどれほど高いか……智には想像もつかない。
「まったく失礼ねぇ……これでも、文哲と同じ年なのだけど。それはそうとこちらは名乗ったんだけど」
「あ、これは失礼しました」
智は咄嗟に常備していた名刺を差し出す。そこには智自身のフルネームと新聞者名が書かれていた。
「へぇ……こんなに地味なのにねぇ、いや地味だからいいのか島人に馴染んでるし」
未樹は地味に酷いこと言い、
「な、何! 貴様、マスコミ関係者だったのか!!」
絵梨佳は驚いた。
「ひっ、べべ、別に身分聞かれていませんよ。僕」
「ッ! てっきり、島民だと思っていた」
絵梨佳はここ数日智といるなかで重要な情報をばらしていないか思い出す。
「何故だ、貴様漁船事故が起こる前に既に島にいただろう」
「そ、それは別の目的で来てたからですよ」
「その目的聞いてもいいかしら?」
「未樹なにを?」
未樹は智に興味を持った。新聞記者という身分でありながら、文哲の側にいるこの男が気にかかる。
「別に構いませんよ。僕は上司から、大門島にいるらしい戦争を終結に導いたと言われる天才科学者のことを記事にするように言われてきたんですよ。まぁ、肝心の人は見つかっていないんですが、それよりも事件が起こりすぎて大忙しですけどね」
絵梨佳は息を呑む。智がまさか文哲を探しに来ているとは少しも考えはしていなかった。
「まぁ天才科学者なんていないんでしょうけど」
「いるわよ」
未樹は何の迷いもなく告げる。
「へ?」
智は気の抜けた返事を
「未樹!?」
絵梨佳は大声を上げる。まさか、未樹がばらすとは思ってもいなかった。
「絵梨佳、少し黙っていなさい」
未樹には考えがあった。そうこれも全て文哲の為だと。
「いやだなぁ、確かに目の前にいますけど……冗談は」
「冗談じゃないわ。ソレにワタシは"天才"じゃない、あくまで"才"能があるだけ。最初に会ったとき何故驚いたのかと思ったけど、そこまで情報を持ってるのに肝心なことを知らないのね」
「それは尋ねて答えて貰えるのですか?」
智は唾を飲み込む。
「もちろん。知ったアナタがどうするのかもアナタ次第よ」
未樹はこの情報を知った智がどうするのかが分かる。少しでも脚色するだけで智は文哲に再び研究者に戻るよう説得に行くことも――拒否されても相手は新聞記者、情報が広がれば文哲が取れる行動は1つしかなくなる。
「その人の名前は、永峰文哲。アナタも良く知る名前でしょ」
「――!!」
智が絵梨佳顔色を伺うと、苦い顔をしていた。それだけでもこの情報が正しいことが分かる。
「でも、戦争の時と言うと彼は、小学生じゃないですか……」
だがこの疑問を問うても、解は変わらないかもしれない。否定を言葉にする智の頭にそういう考えが浮かぶ。なぜなら、
「アラ、目の前のワタシを見てもそう言えるのかしら。ワタシも当時の軍属科学者よ。まぁ、専門が生物学だから同時の軍には何の役にも立たなかっただろうけど」
そういうことである。
「そうね……戦争を終結に持っていった、あの兵器さえあればこの島に現れた巨大生物も倒せるのではないのかしら」
そう付け加える。これで智が取る行動が予測される。
「これくらいでいいかしら? ワタシもやらなくてはいけないことがあるので失礼するわ」
未樹は唖然とする智の前を後にする。そして絵梨佳も後を追う。
もちろん絵梨佳は怒っていた。
「何故、あんなことをマスコミに言った!!」
「ただの善意よ。文ちゃんは、ワタシ達が何を言っても動かないじゃない。それなら彼にやってもらうしかないわ」
「だが……文哲さんの意思は!!」
「じゃあ、何? アナタはあの巨大生物が現れた時にまた人を見殺しにする気?」
「それは予備隊が……」
絵梨佳が自分達で何とかするという。
「無理ね」
未樹はそう切って捨てる。
「予備隊を動かすにしても時間が掛かる。なんとかするには次に現れた時に一撃で倒す必要がある。文哲の力が必要よ」
それに加えて、未知の生物に対して使うのならば文哲の罪の意識も軽くなるのではないかと考慮してのことだった。
そう言われてしまっては、絵梨佳は口を挟むことが出来なくなる。実際に今回、予備隊は間に合うことが出来なかったのだ。
「……私は復旧作業に行く」
理解は出来ても納得は出来ないそのような態度を示す。
「そう」
未樹も別に絵梨佳に納得してもらおうと思っていた訳ではない。文哲を失うことそれが恐ろしかっただけであった。
未樹は被害現場に置いてきた機材を弄っている。
もちろんその計器は文哲の作った、アウターエナジーの計測機である。
どこを図っても計器の示す値は一定であった。
「あら?」
計器が狂ったように動作を示す。動作内容としては、計器の針が振り切れんばかりに動いているのである。
「壊れたのかしら」
古い機械である。いつ壊れてもおかしくはない。
目の前には絵梨佳がいるだけである。……いやもう1人いる。
「玉希は力持ちだな」
「えへへ。すごいでしょ」
頭から足の先まで真っ白な少女。それが意図も簡単に壊れた家の角材を運んでいるのである。
「まさか……いえいえ、ありえないわ」
計器が壊れていないのでは……生物学者からすれば目の前の光景も信じられないものである。
未樹は計器が壊れていないことを確かめる為に、彼女達の側を離れた。
こんばんわ、呉璽立児です。
後2話程度で完結を目指しています。
最後までよろしくお願いします。




