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ドラコ  作者: 呉璽立児
7/11

大怪獣、現る

「う~ん、う~ん」

 玉希は1人、漁村で首をかしげる。

「アレ? タマちゃん」

 玉希を見かけ声を掛けてくる人物がいる。

 見憶えがあるが、名前が思いつかない。

「僕だよ、僕」

 ボクボク詐欺かな? 玉希は更に疑問を深める。

 でも、見覚えがあると思う。玉希は頭を悩ますが、結局名前は思いつかない。

(わかった、アレはいつだったかな?)

「そうそう、何回も会ってるよね」

「くず」

 いつだったか確かそう呼ばれてた気がする。

「酷くない!? 幾らなんでも、それはないでしょ!!」

「ひんっ!」

 玉希は、怒鳴られ驚いてしまう。

「ああ。ゴメンゴメン。なんだか、フミさんの言うことも分かる気がするなぁ。扱いづらい……」

 目の前の男の人は、玉希に謝る。

「僕は時任智だよ」

「ときとお?」

 玉希は口で反復するも、うまく言葉にできない。

「さとし、智」

「さとし!」

 智に合わせて、玉希は名前を言う。

「そうそう。でタマちゃんはこんな所で1人でどうしたのかな? 見たとこフミさんもいないみたいだけど」

 玉希が1人でいることは珍しかった、いつもは文哲と一緒にいるし、それ以外の時は村人といることが多かった。そのことが気になり智は玉希に話しかけた。

「んとね……フーちゃんきのうから元気、ないの」

 玉希は昨日、智、絵梨佳が帰った後から文哲が研究室から出てこないことを心配していた。玉希にすると文哲は意地悪なことばかりするか、何もしないかの存在である。だが、文哲は昨日から玉希がまるでいないかのようにしていた。

「あたし、フーちゃんに何かしちゃったの?」

 玉希の目には涙が映る。

「いや、違うよ! タマちゃんの所為じゃないよ」

 事情を知ってる智は、玉希を慰める。

「そうなの?」

「そうだよ」

「ならよかったの」

 玉希は涙を擦りながらも笑顔に戻る。智は一安心とため息を付く。

「あのね、あのね。たまき、フーちゃんを元気にしてあげたいの」

「フミさんを元気にかぁ」

 玉希1人では、どうしたらいいのかまったく分からなかった。

 問われた智も頭を悩ませる。

「正直難しいなぁ」

 事が事だけに、智には難題としか思えなかった。文哲を怒こらせた存在は彼を取り巻く新たな存在――絵梨佳である。

「文哲さんがどうしたと!!」

「わあああ! ビックリした。って、黒木さんじゃないですか」

 智の背後から絵梨佳が現れ、玉希、智共に驚く。

「いや、なについそこらで文哲さんを呼ぶ声がしたので駆けつけてみた」

 絵梨佳はそう言い遠くの森を指差す。

「アンタは100メートル先に落ちた針の音をも聞き取るサイボーグかなんかですか!!」

「こ、こわいひと……」

 玉希は脅えていた。玉希の中では絵梨佳と文哲が言い合いをしていたので恐ろしい存在であると思った。

「こ、怖くなんてないぞお……ふふふ、ここで彼女と仲良くなれば、文哲さんとも仲良くなれる。ふふふ」

「絵梨佳さん、絵梨佳さん。考えが漏れてます」

 智は絵梨佳が駄々漏れの欲望を口にしてしまっていることを苦言する。

「いや、実は時任。私も困っているのだ」

 絵梨佳は顔を顰める。

「文哲さんがあれから一度しか私の前に姿を現さないのだ。これでは、文哲さんの素晴らしい姿を拝む……もとい、身を守ることが出来ないのだ」

 絵梨佳の首には双眼鏡、カメラが掛かっている。さらに手には集音機の様な物を持っていた。

「アンタはストーカーかなんかですか!?」

「そ、そんなことはない……私はあの人を守りたい。決して、私情などない、ないのだ!!」

 絵梨佳はそう言いきるが、説得力はまるで無い。

「……それにしても、フミさんの機嫌をねぇ」

 玉希が期待を込めた視線で智を見つめる。

「そんな視線で見つめられても……あれ? それどうしたの」

 智は玉希を見ると一つの変化に気が付く。それはブドウと花の髪止めであった。玉希は昨日から付けていたものであったが、智は今初めて気が付いた。

「これね、フーちゃんに買ってもらったの。えへへ」

 玉希は嬉しそうにはにかむ。

「キー、羨ましい!!」

 絵梨佳は悔しそうにハンカチを咥える。

「時任!! この作戦に参加したならば……そ、その文哲さんから贈り物をもらえるだろうか?」

「も、貰えるかもしれませんよ?」

 絵梨佳の恐ろしいほどの剣幕から智は否定的な意見を出すことは出来ない。

「そ、そうか。貰えるのか~」

 絵梨佳の顔がニタァと緩む。

「よし、その作戦。私も参加させてもらおう!! あくまで私情ではない。これも任務の為だ」

「あまり大声を出さないでくださいよ。この娘、脅えているじゃないですか」

「おお、すまない。で、具体的にはどうするのだ?」

「それが、決まっていないから頭を悩ませているんですよ」

 智はため息を付く。

「では、私が案を出そう。髪飾りのお返しなんていうのはどうだろう?」

「おかえし?」

「そうだ。お礼とも言ってな、物を頂いたら"ありがとう"と言う意味を込めて贈り物をするのだ」

 絵梨佳はなるべく噛み砕いて玉希に意味を伝えようとするが、端々に難しい言葉が目立つ。

「つまり、タマちゃんがフミさんに"ありがとう"っていってフミさんに何か上げればいいんだよ。絵梨佳さんいい考えじゃないですか」

 絵梨佳どうだと言わんばかりに、そのたわわな胸を張る。

「問題は、何を送るかですよね……この島じゃ、贈り物を買う商店なんて無いでしょうし」

「あたし、あのね、あのね……ごはんつくりたいの!」

「ほう、弁当か悪くないな。女性が男性に送る贈り物といったら古今東西弁当と決まっている」

 問題は、食材と本人の腕次第だろう。智はそう思う。素材はともかく問題は料理の腕に一抹の不安が残る。この生まれたばかりの少女にまともな料理の腕があるとはとても思えない。

「もちろん、この私も手を貸そう!!」

 智の不安要素が1つ増える。

「その辺の家で尋ねれば、厨房を借りられるかもしれない」

「ほんと?」

「ああ、本当だとも、さぁ行こう!」

 絵梨佳は下心丸出し、玉希は純粋無垢なだけに何を起こすか分からない。まるで、爆弾と火。今にも爆発を引き起こしそうな組み合わせに見えてしまう智であった。



「フーちゃーん。開けてよお!!」

 外が騒々しい。文哲は、研究室の中でそう思う。先ほどから玉希がドアの前で喚いているのである。

 ドアを叩く音もだんだん強くなる。玉希は簡単にドアを壊してしまう力がある。それだけに、この状況は喜ばしくない。

「ったく、なんだってんだ」

 しぶしぶ文哲はドアの鍵を開ける。

「えへへ、フーちゃん、フーちゃん。ちょっときて~」

 玉希は文哲の顔を見ると、その手を掴んで階段を上がる。手加減はしていても文哲が振り払うことが出来ない力で家の外へと引っ張り出す。

 外には智と絵梨佳も待機しており、文哲は顔を歪めた。

「みんなでね、ぴくにっくに行こうなの」

 玉希はそう言う。

「ピクニック?」

 文哲は乗り気でない。

「まぁ、そう眉間に皺を寄せないでくださいよ。はい」

 智が文哲にそう言って大きな箱を渡す。

「なんだコイツは?」

「あのね、みんなで作ったの! おべんとう」

 玉希は智と絵梨佳を指差す。

「わ、私はただ、文哲さんに是非とも元気になって頂きたいと思いまして……」

 絵梨佳は文哲の前になると、とぎまぎする。

「うんとね、うんとね。なんていうんだっけ?」

「お返し、だよ。タマちゃん」

 言葉を忘れてしまった玉希に、智が補足を加える。

「そう、おかえし! これの」

 玉希はお気に入りの、昨日買ってもらった髪止めを大切そうに……そう言った。

「お、おう。そうか……」

 ただそれだけのことで一喜する玉希を前にしたら文哲も先ほどまでの杞憂はどこかへといってしまいそうだった。

「だが、いいか! 別にお前らのことなんかなんとも思ってねぇんだからな!!」

 いつもの調子が文哲にようやく戻ってくる。

「はいはい。分かりましたから、行きましょうよ。あそこの山なんて見晴らし良さそうじゃないですか」

「ったく、このお節介共めが……」

「フミさんには負けますよ」

 智は悪戯っぽい顔をした。

「あ、あの、私も行ってよろしいのだろう……でしょうか?」

「好きにしろ。お前も作ったんだろ」

「は、はい! 御供します。どこであろうと、地の果てまでも!」

 絵梨佳が弁当箱を持って文哲達の後ろを歩く。

 文哲達が目指したのは島を見渡せる、見渡し山の頂上であった。

 文哲の家が旧軍の家と言うこともあり、展望の為に見渡し頂上までは山道が通っている。

「ハァ……ハァ……」

 一番最初にばてたのは文哲であった。

「なんですか……フミさん……意外と…………体力、無いですね……」

「テメェだって…………ばててる、じゃねえか……」

 前を行く女性陣は、疲れることも無くさくさくと登っていく。

「オレは、インドア派なんだよ……」

 軍人が登ることを前提とした険しい山道は手加減なしに真っ直ぐと急に上へと伸びている。

「ったくこれなら、別の道を使うんだった」

 文哲が愚痴を言う。見渡し山の頂上へ行くにはもう1つ道がある。農畜を営んでいる者達の住む地域を抜けるなら道は緩かった。

「まったくだらしがないぞ! あ、これは文哲さんに言ってるのではなく……時任に」

「っ! あーもう止めだ止めだ。オレは腹が減った。ここで飯食うぞ!」

 文哲は昨晩から何も食べてないので空腹だった。

「りょ、了解しました!!」

 絵梨佳はすぐさまに文哲と智がいるとこまで降りてきて、重箱を開き始める。

「フーちゃんだらしがないの」

「オメーらみたいな体力馬鹿じゃねぇんだよ。オレは」

 文哲は地べたに座る。

「お箸ですどうぞ」

「おお。サンキュ」

「いえいえ、そんなことで感謝されるなら、何膳でもお持ち下さい!!」

 絵梨佳は頬を染めながら更に3人分の箸を差し出す。

「いや、いらねぇよ」

 絵梨佳は残念そうに箸を引っ込めた。

「たまきの作ったの食べてほしいなの」

「いや、いや是非私のを!」

 女性陣は自分の作ったオカズをそれぞれ進める。

 重箱を開け、箸で取ろうとした瞬間文哲の動きが止まった。

 1つ、とても料理とはいえない、ただの干物を作る為の生雑魚を切っただけの物

「えへへ」

 玉希が微笑む。

 2つ、見た目はとても綺麗な卵焼き。実に味もおいしそうな黄色である。ただ何故か『LOVE』と僅かに焦げ目を入れてあるもの。

「そ、そんなに見ないで下さい。恥ずかしいです……実は小さい頃、花嫁修業の一環で料理を習ったことがあるんです」

 沸騰しそうなほど顔を赤くする絵梨佳。

 3つ、何の変哲もないただの白魚の佃煮。

 箸を伸ばしても誰も顔色を変えない。

「あ、」

「え?」

 文哲は佃煮を一掴みすると口に入れた。

「うん、何の変哲もない味だが旨いな。誰かに作ってもらったのか?」

 女性陣は自分の料理を一番に食べてもらえなくガッカリとした表情を浮かべる。

「……それ、僕のです」

 玉希と絵梨佳は殺気のこもった視線を智へと向ける。

「ふーん。何とも平凡なお前らしい料理だな」

 文哲の感想も特に褒め称えるものではないが、それでも殺気は智を襲い続ける。智は息を潜める以外に殺気をから逃れる術はなかった。

 そんな殺伐としたやりとりでも4人の行動は年相応であるかもしれない。

 文哲は孤独をあえて選んできたし、

 智は人付き合いが苦手であった、

 玉希は生まれたばかり、

 絵梨佳は箱入り娘でエリートであったので自分と似た年の友達との付き合いがあまりなかった。

 4人ともこのような友達のようなことをしたのは、始めてもしくは久しぶりであったのでそれぞれ楽しんでいた。

 ちなみに、Love卵焼きは上品な味で美味しかった。生魚はそのままで食べるのは人間には無理があったので、落ちている木を拾って焚き火をして焼いて食べた。

 皆が全く違った境遇で、育ってきた環境も違う。知らない他人は畏怖することもあるが、知り合いになってしまえば好感を抱くこともある。

 ガサガサと風も吹いていないのに雑木林から草を揺らす音が聞こえる。

 真っ先にそれに気が付いたのは絵梨佳であった。

「誰だ!」

 迫力のあるドスの聞いた声で林の奥を牽制する。

 絵梨佳は他の3人の盾になるように、前に出る。

「人か。誰かいるのか?」

 雑草を掻き分けて現れたのは、中年の男達3人組であった。

 文哲には僅かながら見覚えがあった。

「確か、農畜やってる……」

森田(もりた)だ」

 男はそう名乗った。

「あんた達こんなとこにいたら危ねぇぞ」

 鎌やピッチフォークという三本の針が付いた農具を持った男達が言っても説得力がなかった。

 理由を聞くと森田は言う。

「熊が出たんだよ」

 驚きの言葉が出る。小さな島に熊がいるのだという。

「いや、ありえねぇだろ」

 森といっても島の3分の1程度しか面積は無い。熊が生息するにはあまりにも食料が足りない。第一、熊と人間が共生できるほどこの島は大きくは無い。

「……厩舎が壊されて、中林(なかばやし)んとこの家畜が全部殺られた。そんなことができるたら熊ぐらいなもんだ」

 農畜をやっている男達は総出で山狩をするのだという。

「私は、予備隊員の黒木だ」

 絵梨佳は手帳を見せる。

「ありゃ、アンタ軍人さんかい」

「軍人じゃない予備隊員だ」

 役割は似た様な物だが、言葉によって意味合いがまるで違ってくる。予備隊員としては間違ってほしくない一線である。

「軍じ、予備隊員さんがいるなら安心だ。なんとかしてくれよ」

「まずは、状況を見たい。山狩りをする前に現場に皆を集めて貰えるだろうか?」

「おう、まかせときな」

 男達は来た道を戻る。

「文哲さん、申し訳ありません。私は彼らの事情を聞きに行きますので……」

「いや、気にする必要はねぇよ」

 文哲の言葉は、絵梨佳と始めて会った頃に比べると柔らかくなっていた。

「まぁ、オレも行くつもりだし……お前も行くんだろ?」

 文哲は智を見ていう。

「もちろん。事件ですからね」

 それぞれがそれぞれの目的の為に、動く。

「でも、玉希ちゃんは……」

「心配するな、コイツは百獣の王より強い」

 絵梨佳にその意味は理解できなかったが、4人は現場へと足を進めた。



「確かにこれはヒデェな……」

 文哲は厩舎を見てそう言わざるを得なかった。

 厩舎は半分が壊されて無くなっていた。

 だが、これが熊の仕業だというのには1つ疑問が浮かぶ。確かにこの国で恐れられる大型肉食獣といわれれば、熊だろう。厩舎のドアを壊した程度ならば文哲も疑問は抱かない。

 しかし、厩舎はドアのある部分を前だとすると、前半分が文哲には押し潰されているように見えた。

 厩舎の中も悲惨であった、家畜の血が飛び散り真っ赤になっていた。漂う汚臭が文哲の鼻を付く。

「これは、本当に熊の仕業か……?」

 熊は確かに人より大きく恐ろしい生き物である。だが、積極的に他の動物を襲うほど気性が荒い生き物でもないはずである。もし気性が激しい熊がいたとしても、今まで被害が無く、存在も知られていないということは、どうやっても説明が付かない。

「文哲さん、危ないです。出てきてください」

 絵梨佳が心配そうに声を掛けてきたので、外に出る。

 話を聞くと、森田達は中林の家族に昨晩から中林が戻らないということを聞いて探しに来たのだという。来てみれば、中林が厩舎のだいぶ前で倒れており遠目で見ると厩舎は半壊していた。

 中林を急いで、彼の家へと連れ帰り事情を聞いたのだという。彼の話から熊が現れたと感ずいた森田達は武器に成りそうな物を手に取り森へと出た。

 森田達もいざこうして近くで見ると現場の悲惨さを痛感する。

 絵梨佳を中心に農耕を営む森田が呼びかけて集まった男達が10人ほど話をしている。

「……今から、私以外の予備隊を呼ぶとしても、時間が掛かる」

 絵梨佳も惨状から慎重にならざるを得ないようである。悔しそうに唇を噛んでいる。

 問題は今度獣が現れた時に、村を襲うかということである。

「俺たちで、やるっきゃないか」

 予備隊という戦力が今すぐ来ることはない、と絵梨佳伝えていた。それにより動けるのはこの島にいる男達のみである。

 守るべき者がある男達は、決心する。

「では、私が指揮を取る。皆決して無理はするな」

 絵梨佳は村人達に念を押す。人々の為に命をかけるのは彼らの仕事ではない、予備隊の仕事である。だからといって、人里に家畜を喰い散らかすような獣を野放しにする訳にはいかない。

「嫌な天気になってきやがった……」

 文哲が天気の変化に気がつく。 

 先ほどまで快晴であった空が陰り始める。黒い雲が日差しを隠し始めた。雨雲なのか湿気を呼び妙に肌がベトつく。

 ざわざわと木の葉が擦り合わさるような音が聞こえる。

 ギャア、ギャアと沢山の野鳥が鳴き声を上げる。

 それと呼応するかのように、野鳥の群れが森から飛び立つ。

 なんとも嫌な雰囲気が漂う。男達も顔を見合わせ不安気な顔を浮かべる。

「では、行くぞ」

 絵梨佳は不安を断ち切るように先導を切って皆を鼓舞する。智、文哲、玉希が最後に続く。

 見渡し山頂上を目指す山道は、文哲の家から直線に伸びる道より緩い。誰でも登れるように、道がいくつもの緩い曲がり道になっているからである。そのおかげか森を見渡すことが出来る。

 絵梨佳は無闇に森を掻き分けるのではなく、道が付いている山道から森を調査することを提案した。武器もない、村人達で獣を探すのは無謀であると判断した為である。

 提案を受けて、それでは熊が見つからない、と反論していた男達も今は何も言わない。天気の変化は、人々の感情までも変化させたのか、誰もが曇り顔を浮かべていた。

 それぞれが森の中を注視し、獣を見逃さないよう必死である。

「おい……」

「っ! いきなり声を出すな、ビックリするだろう」

 西の方を見ていた男が声を出し、隣にいた気を張りすぎている者が驚く。

「……あんな所に丘なんてあったか?」

「丘? おい、丘なんてどうでもいいだろう。俺達が探しているのは熊だ」

 皆の視線が男の指差す方へと向く。森の奥、少し開けた所に盛り上がった丘の様な物が目に移る。

「変だな、俺も見覚えがないぞ」

 誰もがいつも森の奥を観察して見ている訳ではないが、疑問の声が沸く。

「土砂崩れでも起きて出来たんじゃねぇの? ほら、草も木も生えてないし」

 怪奇の丘は黒く映る。

「おい、近づいてみよう」

 男達の興味は丘へと向く

「おい、待て! 勝手に動くな」

 絵梨佳の静止も聞かずに、男達は丘へと草木を掻き分け進んでいく。

 追いかける絵梨佳に続いて、文哲達も進む。

「おい、妙じゃねぇか……?」

 文哲は違和感を覚える。

「何がです?」

 森が開けた所に出ると智が聞いた。

「この木……随分前に倒れたようには見えねぇ。昨日今日に薙ぎ倒された物だ」

 文哲が木の切り口を見れば、それはまだ乾いていなかった。

 広場の周囲を見ると、無残に倒された木がいたる所に見えた。

 丘を中心に円形状……いや良く見れば違う。まるで道の様になっている。

 そして道の先には、建物がある。

(まさか! あれはさっきの厩舎……)

 壊れていない後ろ側から伸びる道、その先にある怪奇の丘。

(何故、周囲をきちんと確認しなかった――!)

 文哲が後悔の念を押すと同時に――

「おい――あれ……見ろ!!」

 森田が声を上げた。

 怪奇の丘――違う、丘に見えたソレは生き物だ。

 人の気配に気が付いたのか生き物――いや怪奇の獣、怪獣と呼んだ方がいいのかもしれない。怪獣は立ち上がる。

 丘が黒いと思った理由、それは怪獣が被っているその黒い体毛の所為であった。怪獣は4足歩行であったがその体高は推定10メートルほどと大きい。


>>GUWOOOOOO<<


 怪獣は威嚇するかのように立ち上がり咆哮する。

「ひ、ばばば化け物ぉ!!」

「逃げろお!!」

 男達は怪獣が作ったと思われる、獣道を使って逃げようと――文哲達目掛けて走ってくる。他の者達に気を使うことは出来ない、体当たりされるかのように、文哲、智、玉希は弾き飛ばされる。

 怪獣の顔色とでもいうのだろうか……逃げた男達を追いかけるかのように怪獣が前進を始める。

「おい! 森まで戻れ!」

 絵梨佳が声を上げ、文哲達は森の草陰に頭を潜める。

 怪獣が歩く度にズシン……ズシンと振動が伝わってくる。横から見ると怪獣の風貌が良く分かる。怪獣は熊の様な4足歩行である。前足と後足の形は違い、前足は爪が鋭く攻撃的な形をしている。それに比べて後ろ足は、その巨体を動かす為に太い。一見すると体格は哺乳類のようにも見える。だが顔はソレとは違っていた。顔はいかにも獰猛そうな流線型の形をしていて哺乳類と違いはっきりとした耳が付いない。もしかしたら剛毛が無ければ、大きな爬虫類――恐竜のような顔をしているのかもしれない。哺乳類の尾がバランスを取る、また社会的シグナルを出す為ならば、怪獣には太く長い尻尾があるのはなんの為であろうか。

 恐竜の様な顔、熊のような体格、姿勢、そして巨大な尾。この推定10メートルの怪獣は地球上で誰も見たことのない風格をしていた。

「この先には人家が!!」

 身を隠し怪獣の恐怖をやり過ごした絵梨佳であったが、すぐに島の人々に危険が及ぶ。

 怪獣は男達を追いかけ人里へと近づいていく。

「厩舎のほうに真っ直ぐ行け、近くに櫓がある。そこの警鐘を鳴らせば危ぶないってことが伝わるはずだ」

 文哲は絵梨佳に警鐘を鳴らすよう指示をする。元々、櫓は山火事等の災害対策についていた。港町に危機を知らすにはもってこいである。

「感謝します」

 絵梨佳は駆け出す。

 不幸中の幸いかも知れない。どうやら怪獣の移動速度は巨体の為に遅いようである。だからこそ、1歩、1歩が大きい。幸い速度は、人間が全力で走るよりは遅いようである。

「ふ、フミさん……あれなんですか、何なんですか……」

 智は唖然としながら言う。

「わからねぇ……」

 文哲はただそう呟いた。

「……うううう……」

 玉希が白い服を土で汚し蹲っている。文哲は玉希を背負うと歩く。

「い、行くんですか」

「このまま、ここにいたって仕方ないじゃねぇか」


>>GYAAAAN――WOOOUN<<


 怪獣の咆哮が再び聞こえた。



 ガン、ガン、ガン

 山の櫓の警鐘がなる。漁村の人々が高台に上った海原(うみはら)は山の方を見ると黒く大きなものがこちらへと向かってくるのが見た。

「何だ!! アレは……」


>>GUWOOO<<


 怪獣はゆっくりと動きながらも、山で見かけた男達を追い詰めていく。

 ゆっくりとした動きではあるが、人間に追いつくには決して遅くは無い速度であった。

「うおあ!!」

 後ろを確認して走っていた所為か集団の中の1人が躓いて転ぶ。

「た、助けてくれ!!」

 助けようと止まる者もいるが、既に遅かった。

 怪獣は狙い済ましたかのように、前足を男に叩きつけ踏み潰す。

「うわあああああああ!!」

 生き残った男達が悲鳴を上げる。その行動から、自分達が狙われていることが明らかとなった。

 熊を退治しようと島の為に集まった男達であったが、熊以上の恐怖に自分達がどこに向かっているのかも理解していなかった。気が付けば男達は自分達が住む――守るべき者たちが住む集落へと自ら逃げてきてしまっていた。

「お、俺の家が!!」

 怪獣は意図も簡単に建物を粉砕する。怪獣からすれば障害にもならない。まるで砂の建物を壊すように歩いているだけである。

 人間からすれば阿鼻叫喚の地獄絵図である。抵抗することは出来ずにただ逃げることしか出来ない。

 男達が逃げれば逃げるほど被害は広がる。漁村まで来ると、村といえど建物が多い為、怪獣の4足歩行の視界では見つけられなくなる。

 怪獣は勢いをつけると尻尾を支えに立ち上がる。怪獣の目の位置が高くなり、周りをギョロギョロと見渡す。


>>WOOOON――GYAAAN<<


 怪獣は1つ鳴き声を上げる。人間が耳を抑えなければ耐えられないほどの大きな声であった。

 目的を果たしたのか、諦めたのか怪獣は海を目指し始める。いくつもの建物を避けるでもなく、踏み潰して―― 一直線上に海を目指す。

 こうして怪獣は、悪夢のような現実を人間に見せ付けた。

帰ってきました!! ドラコ新話です、お待たせしました。


今回はとうとう、怪獣が大暴れしました。頑張りましたので好評をいただけると嬉しいです。


話も佳境を迎えました。ここから終わりに向かって突っ走って行きたいと思います。

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