天才科学者
「…………」
「…………」
2人の間にはバチバチと火花が散っている。
お互いに第一声を放つ雰囲気がまるで感じられなかった。
「あ、あの……?」
その空気に耐えられなかったのはやはり智であった。
「黙ってろ」
「黙れ」
「はい……」
智はしゅんと縮こまるしかなかった。
「で、アンタ誰だ?」
「我が国の男子なら自分から名乗らないか!?」
「あいにく、敵意むき出しのヤツに名乗る名前はないな」
話が一向に進まない。
「仕方ない……私は黒木絵梨佳」
「永峰文哲」
絵梨佳が先に折れてようやく半歩前進する。
「貴方を、軍備施設無断使用で拘束する!」
絵梨佳はとある任務の為にこの島を訪れた。だが、使用しようとしていた施設は文哲によって利用されていた。予備隊員である彼女がこの行動に出るのは当然であった。
「おう、やれるもんならやってみろ。恥かくのはテメェのほうだ!!」
そして二人の仲は加速度的に悪くなる。
「こんな外国人の子どもを囲う為に使うなんて、言語道断」
「はっ! 本当にそう見えるなら、いい眼医者紹介しようか、とびきりの頭のイかれてる知り合いの生物学者を紹介してやるよ」
「奇遇だな、私の知り合いにも天才となんとかは紙一重の生物学者がいる。紹介してやろう」
当に龍虎の戦い、お互いに引くつもりはない。
「埒が明かない。時任!!」
「は、はい!!」
「私を本島に連絡できる所に案内しろ。今すぐ、予備隊を呼び寄せてこの不届き者を拘束する」
「お前、本当に何モンだ?」
予備隊という言葉を聞いて、文哲が問う。
「私は予備隊少佐……黒木絵梨佳だ」
絵梨佳は手帳を取り出し、自分の身分を明かす。
「なら、なおさらすぐに恥掻かせてやるよ」
文哲は、してやったり顔でいう。
「オイ、そこのドア開けな」
そこには文哲秘蔵の品がある。
絵梨佳は渋々ドアを開ける。
「な、これは何だ……」
唖然とする。
そこには、絵梨佳が見るだけでも様々な通信機器が鎮座していた。電話、無線、モールス信号……更には彼女自身使い方が分からない機器すらある。
「通信内容を知られるわけにはいかないのでし、閉めさせてもらう」
「好きにしろ」
文哲の顔は勝ち誇った顔になっている。
全くこれは、どういうことだろう。
絵梨佳は、目の前の機械を前に呆然とするしかない。こんなに沢山の通信機器まるで通信基地局のようだ。
「まさか……ヤツはスパイか」
いやでも、実質この国の軍とも言える予備隊員にこのような施設を貸すであろうか?
謎は深まるばかりである。
「盗聴されていないだろうな?」
機器を調べるも絵梨佳は機械に特別強い訳でもないので分からない。機器に強かったとしても無理だったかもしれない。今の絵梨佳は知らないが、ここにある全ての機器が文哲が暇つぶしで組上げたものであった。
「……まぁ、秘匿通信を使うわけではない」
絵梨佳は数ある通信機器の中から電話を選ぶ。
『まさか、島について早々電話を貰うとは思わなかったよ』
電話の先は、絵梨佳の上司・草薙大佐だ。
「秘匿通信ではないので、手短に報告させてください。大門島に船1隻と数名の予備隊員を派遣してください」
『ほう、さすが黒木君。もう進展があったのかね?』
「いえ、そう言う訳ではないのですが……。そうですね、この情報は大丈夫でしょう。旧軍施設の家が謎の少年によって不法利用されています」
『謎というと?』
なるべく、早い話で増援を得ようとする絵梨佳に対して、草薙大佐は詳しく聞こうとする。
「大佐……。この通信は傍受されている可能性もあります。増援は何とかなりませんでしょうか?」
『そういわれてもだな……これだけの情報では動かせん。もしかしたらその施設は譲渡されたという可能性だってある。なんにせよ、軍が予備隊に再編成されたことで書類に不備があったのかもしれない』
確かに文哲は自信満々であったことからも、なんらかの手続きを踏んでいる可能性も否めない
『その少年の名前は聞いていないのか?』
「永峰文哲というそうです」
『少し待て……』
草薙は、絵梨佳との会話を一度置き別の電話を使って、情報収集を始める。
3分ほどすると、受話器から大きな声が聞こえた。
『……!?……本……か!!』
何やら慌てているようである。
『黒木君……君は先ほどこれが傍受されている可能性があるといったね。まずそちらの今ある状況を聞かせてほしい』
「はい。今この電話を掛けている場所が、永峰文哲という少年がいる旧軍施設であります」
『なるほど……続けて聞こう。そこに永峰文哲氏以外の人間はいるか?』
「家の中に当人他3名いますが、電話を掛けている部屋とは別室にて待機させております」
『ならば大丈夫か」
草薙は一息置く。
『黒木君これは極めて重要な情報となる。心得て欲しい』
「はっ」
絵梨佳は電話先の草薙が余りにも厳重に念を押すので思わず敬礼してしまいそうになる。
『君のお父上は旧軍にいたから聞いたことはないか? なぜこの国が先の戦争の際に焦土にならなかったのか?』
先の戦争とは、6年前に終了した世界大戦のことである。この国は敗戦を認め、軍隊は解体された。そして今は自衛のみを目的とする、絵梨佳達が所属する予備隊というものが残されている。
「はい。聞いた覚えがあります。なんでも、当時最高峰ともいえる兵器を作った科学者がいてそれが抑止兵器となり、我が国は全面戦争となる前に条件降伏することができたと」
絵梨佳は父からこの話を聞いたとき感動した。そしてこの科学者を英雄視した。
『うむ。そして、ここからが極秘情報となるのだがその科学者はその後消息を晦ました。これは当然であろう。当時のこの国は軍が解体されたということもあり、喉から手が出るほど欲しがる外国から彼の身を守ることが出来なかったからだ』
「大佐……私には何故その話を今おっしゃるのか理解できません」
『私も今得た情報なのだが、どうやら間違いないらしい。その科学者とは当時9歳で軍属科学者として働いていた。名前を永峰文哲というそうだ』
(は? 今大佐は何と言った? 私の憧れであった、科学者が……あの少年!?)
「たたたたたたた、大佐そそそれは、まことの!!まことのことでごじゃるか?」
『黒木君、落ち着きたまえ』
あまりの動揺しすぎて唐突に武士言葉まで出てきてしまう。
『いいか黒木君。これは最大級の秘匿事項である。この情報が漏れれば、彼は余所の国に誘拐される可能性だってある。ましてや、君がその島を訪れた任務のこともある」
「は、はい!! 漁船沈没事故が外国の潜水艦である可能性についてであります」
これは、とある新聞社から得た情報であった。漁師の1人が潜水艦らしき物を見たということで、その事実確認として絵梨佳は大門島に訪れたのであった。もちろんこの情報は新聞社との合意の元、記事にはなっていない。
『永峰氏がその島にいるということは、他国の潜水艦という話もあながち嘘ではないかもしれない。黒木君、君は永峰氏を保護しつつ情報収集に努めてくれ。もし、1人で手が負えなくなるなら最優先で増援を出そう」
「りょ、了解しました!!」
「文哲。ちょっと貴方部屋に入ってあの女殴ってきなさいよ」
絵梨佳が通信室に入った後、ドラコ……いやGANBARUは唐突にそんなことを言った。
「は、何言ってるんだお前。そんなことしてみろ、逆にオレが殴られるじゃねぇか。相手は軍人みたいなものだぞ」
「何か嫌な予感がするのよ……まるで、貴方がイケナイモノを釣上げてしまったような。だから、今すぐに嫌われて来なさい!!」
「無茶苦茶だな龍子」
「龍子じゃないドラコよ!! もうなんど言ったら分かるのかしら。どうして貴方にはわからないの? このカッコよさが」
ダンボールを被った少女に言われても何の説得力も無い話である。
「ああ、この箱の所為ね。フフフ、再びその目に焼き付けなさい、このドラコのカッコよく雄雄しい姿を!!」
ドラコはGANBARUを脱ぎ捨てた。
「あ!」
「あーあ。ハンカクセェとは思ってたがここまでとは……」
智は驚き、文哲は頭を抑える。
「何ガッカリしてるのよ。もっと感動……」
「……おかあさん……じゃない……」
ドラコが首を回すと……。
「このうそつきー!!」
玉希がものすごい勢いで突進してくる。
「ひでぶ!!」
それはもうものすごい勢いで、仮作りの壁を壊してドラコは飛んでいく。
「今日も良く飛ぶなぁ」
「わーーーん。フーちゃああん」
勢いを人間が飛ばない程度に落とした玉希は、文哲に泣きつく。
「な、馴れたもんですね。てっきりフミさんも飛ばされるかと」
「そりゃあ……なぁ……。オレがあんな力で飛ばされたら、すぐに血だまりだ」
文哲が玉希を撫でながらいう。
「それにしても、良く懐いたものですね……刷り込み失敗したっていうのに」
「なんでかなぁ……不思議と懐かれっちまったんだよ」
ただ無下にも出来ずにいただけなのだが、脅えられずに好かれる対象となってしまった。
「見事なロリコンっぷりですね」
「今すぐその透かした顔をコイツに頼んでブッ飛してぇ」
「ちょ、もちろん嘘ですよ。決まってるじゃないですか。もう、いい父親って感じですよ」
「この年で父親か……、玉希ぃ」
「お、お兄ちゃんですよね。やだなぁ、その年でお父さんとか思う訳ないじゃないですか。ハハハ」
ドラコの二の舞を演じる訳になりたくなかったので智は取り繕う。
「……はぁ……。オレはただ平穏に暮らしたいだけなのに、なんでこう次から次へと厄介ごとの方からやって来るかなぁ」
漁船沈没事故から始まり、新聞記者、ドラコ、玉希――そして今度は予備隊員を名乗る絵梨佳の出現である。そして排他的であったこの島も変わりつつある。
文哲は、己だけが何もせず、己のやりたいようにするのも難しくなっきたように思えてしまう。文哲を中心に事態は……既に坂を大玉は転がり始めてしまったのだ。それを止める、もしくは大玉の方向を変えるには更に大きなアクションが必要となってしまう。
(ただ、誰にも気づかれず。平穏を繰り返してくれればな)
文哲が1度行動を起こしてしまえば、それは大きな波紋となり広がる。これは、過去に体験したことから悟ったことである。だからこそ文哲は大きな行動を起こさずに、周りに情が沸かないよう過ごしてきた。大切なモノを1度持ってしまえば……守る為に行動を起こそうとすれば、守る以上に大きな傷を負わせてしまうかもしれない。それが、文哲が一番恐れていることであった。
ドアを開ける音がする。
「あ、通信終わったみたいですね」
渋々というより、悪いことをして怒られる子どもの様に絵梨佳が姿を現す。
「はっ、その顔を見る限りどっちが正しいかは理解したようだな」
こういった皮肉も自分に近づく人間を減らそうとした結果、自然と口にするようになってしまった言葉使いである。
この言葉使いに怒って立ち去る、あわよくば島から出て行ってくれ、文哲はそう願う。
「……あの……その……」
絵梨佳はオドオドとしていて、先ほどまでの凛々しくも堅苦しいイメージはなかった。
「どうした? さっきまでの権力を上から叩きつけてくる勢いはよぉ」
文哲はわざと焚きつけるように言うが、彼女の様子は変わらない。
「申し訳ありませんでした!!」
「は?」
「え?」
その今にも土下座してしまいそうなほど、真摯に謝る絵梨佳の姿は文哲だけではなく智も目を丸くする。その姿は予備隊員・黒木絵梨佳の姿はなく、ただのごく普通の謝る少女・絵梨佳であった。
「本当に頭を下げる訳ではすまないことは分かっています。……永峰さん、いや永峰氏……永峰様」
その姿を見ると、文哲は1つ気づいてしまう。
(コイツ、オレの正体を知りやがったか)
どういったルートを使ったかは分からない。ただ予備隊といえど、文哲の正体を知るものは多くは無い。知っていたとしても極秘情報……早々ばれるとは思っていなかった。
(クソ……過信しすぎたか)
文哲は、自分の安易な考えを悔やむ。
「是非、私に……いや、それでも不安に思うなら、隊員を増やします。貴方の身を保護させてください!!」
懇願する彼女の姿は、文哲に滑稽にすら見える。自分の情報を周知の事実にしたくはないが為に文哲は、1人でいることを決めた。
(それを守る……隊員を増やすだぁ……)
文哲は自分自身の命など惜しくはない。文哲の頭の中にあるただ1つの悪しき設計図を守ることだけが、彼の使命であるのだ。
ここで予備隊員に守られるということは、つまり大事になってしまう。政府からすれば戦後の復興の為にこの国のエネルギー対策を行える文哲の存在は放って置けないかもしれない。
「……ふざけるな」
文哲は怒りを顕わにする。
「帰れ!! 帰ってくれ!!」
いつもあっけらかんと憎まれ口を叩き、怒ったとしても気が抜けているようにも見て取れる、文哲からは見られないほどの剣幕であった。
文哲は、誰の顔も見たくない……。怒号の足音を立てながら文哲は、1人で地下の研究室に向かい鍵を閉めた。
(何が、フミさんをあそこまで怒らせたのだろう)
智は文哲の家を背後にそう思う。彼の隣には絵梨佳の姿がある。絵梨佳は、見る影がないほどに落ち込んでいた。
(ただ、フミさんがただ者ではないということは確かなんだろうなぁ)
もちろん智が絵梨佳に聞いても、彼女は口を閉ざすばかりで理由を話してくれる様子はない。
ただ予備隊……絵梨佳だけでなく大人数の隊までが積極的に動くとすると、文哲が何か重要なポジションにいることは察しがつく。
智は真実に近づきつつあった。
「私は……」
「え?」
「ただ憧れていただけだ」
何をと聞く前にに絵梨佳は口に出す。
「守りたいという者を守らずして、何が予備隊か! 落ち込んでる場合ではない!!」
突然大声をだす絵梨佳に智は驚く。
「時任!」
「は、はい!!」
智はまるで絵梨佳の部下であるかのように返事をする。彼女の発言にはそれほどの勢いがあり、カリスマがあった。
「今日聞いたことの中は、決して口にするな。忘れろ! いいな」
「りょ、了解しました」
新聞記者である智にそんなこと出来るはずもないが、嘘でもそう言わずにはいられなかった。
(こ、この人に僕が新聞記者だとは言ってはいけない)
文哲ではないが、身分を明かしてはいけない危機感に煽られる。
「うむ。では、私はここでお前とは別れる」
「ここでって言ったって、1本道……」
「さらばだ」
絵梨佳はそういうと、道から森へと足を進める。
智が声をかける前に、絵梨佳は森の奥へと姿を消してしまう。
それを智は呆然と見る眼めるだけしか出来なかった。
周りに光が無い――時刻は夜。
おなか……すいた……
街灯も無い山の中月明かりを1つ黒いモノが歩く。
おなか……すいた……
それは空腹であった。
島に揚がったのは、食べ物が無くなったからという理由もあった。
でも実際はそれだけでもなく、守るべきものがそこにあり、そこで暮らしている小さなモノ達が面白かった。それにまぎれて空腹も感じなかった。
でも今は、
おなか……すいた……
頭が空腹以外の思考をしてはくれない。人間とは違うそれは、生きること、子孫を残すこと、そして、空腹を満たすこと以外の思慮を持ってはいないし、それ以外の考えを持つことはあっても本来の本能を抑える気はない。
だから、ただ獲物を探している。
おいしそうな……におい……
海に戻る気はなかった。だってそこにはもう獲物はいないから。すべて食べつくした。だから陸の上にいる。
あそこ…………?
目の前には人間の建てた建物がある。沢山の獣の臭いを感じる。
そこは、農耕の為の馬や牛、鶏卵の為の鶏や豚などが飼育されている小屋である。
アハハ
それは笑う。口から涎がこぼれる。厩舎の獣達は脅えている。本能的に近づいてくるモノから逃れようと。だが人間に使われている動物達は逃げることは出来ない。ただ迫り来る恐怖に脅えることしか出来ない。
じゃま
いとも簡単に厩舎の扉は壊れる。周りには食べ物が沢山。後は口を開けて食べるだけである。獲物を捕らえる狩りも必要無く。目の前にはただ皿に盛り付けられたご馳走が並んでいるだけである。
おいしい
口から血が滴る。今まで海の獲物を追い回していたのが、嘘みたいに簡単にお腹が膨れる。嬉しい、とても嬉しかった。目の前の4つ足の獲物を掴んで口に入れる。ブモという断末魔と同時に口の中に味覚が広がる。
それが手を伸ばすごとに脆い厩舎は崩れる。元々、それが入るような大きさではない。1つ残らず食べ終わるまで厩舎の前を動かなかった。
轟音に気が付き厩舎を見に来た農夫がいた。
「や、山が厩舎を……牛を喰っとる……わああがああああ!!!」
その光景を見た農夫は、卒倒した。
こんばんわ、呉璽立児です。物語も中盤、文哲の研究の重要性が明らかになってきました。
そして、アレも再登場しました。
次もおもしろくなるようにがんばって書きます。応援、よろしくお願いします。




