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ドラコ  作者: 呉璽立児
4/11

卵の中身にご用心

「だってそうじゃない……昨日貴方、私の可愛い可愛い子どもをさらっていったでしょ」

「いや、待てそれは何の話だ!?」

 ドラコは文哲に詰め寄る。身に覚えがない、文哲の混乱は更に深まる。

「ひ、酷いわ、文哲。貴方がそんな男だったなんて……。連れて行ったなら、貴方は父親みたいな者じゃない!!」

 ドラコは泣き崩れる。

 とてもドラコが嘘を言ってるようには見えない。彼女に先ほどまでの余裕のようなものはなく、第3者が見れば文哲は警察に通報されて手錠をかけられるであろう。

「フミさーん。いるんでしょー。勝手に入りますよ」

「認知しなさいよ、責任取りなさいよ、それが大人ってもんでしょ!!」

 場は一変して修羅場と化す。そこに現れる第三者。しかもよりにもよって智だ。

「きゃあああ~」

 文哲は女性のような悲鳴を叫んだ。

「……」

「ち、違うんだ。コレはこの女が勝手に言ってるだけで」

 文哲が弁明をするたびにそれは、嘘くさく回りに伝わる。

「……フミさん。僕はこういった間違ったことをそのままにはしておけません……。記事にして世に知らしめます」

「やめろ、やめてくれ……」

「それより、どこへやったの!? 私の卵は!!」

「へ? 卵」

 文哲が卵と聞いて思いつくものは、ただ1つである。リビングのダンボールに昨日置いておいた……

 文哲の視線の先に、

「アレ?」

 卵はなかった。いや、ありえない。だって確かに昨日置いておいたはずである。

 文哲はダンボールに近づく。

「痛てっ!」

 何かを踏みつけ、文哲の足に痛みが走る。

(これは……殻?)

 ダンボールの周りには、白い破片が散らばっていた。

「なんだ、ちゃんと大事にしてるんじゃない……冗談も休み休みにしなさいよね」

 さっきまで取り乱していたドラコは、安心し「まったくもう」と安堵のため息を付く。

 文哲はダンボールの中身を覗く。

「な、なんじゃこりゃああ!!」

 思わず大声を上げざる終えなかった。

「な、なんですか」

 智も覗く。

「ふふふ、可愛いわ」

 ドラコはダンボールの中身を見てふやけた顔になる。

「フミさん。やっぱりこういう趣味の人だったんですね」

「違うわ!! おい、龍子説明しろ、これはどういうことだ!」

 文哲はドラコに迫る。

「龍子じゃなくて、ドラコ! 説明も何も見た通りじゃない。それにしても文哲、貴方早いのね」

「そういった卑猥に聞こえる発言は止めろ。見たとおりってこれじゃあ……まるで」

 タンボールの中。すなわち、卵の中身の正体はドラコと同じく中世貴族の衣装のような白い衣装を身に纏った少女であった。まるで箱の中の少女が卵から生まれてきたように見える。

「う、うう~ん」

 ダンボールの中の少女が周りがうるさそうに声を上げる。

「あ、目を覚ましますよ」

 瞼をピクピクさせる動作をする。

「やばっ! どこか行きなさい、このクズ!」

 智がドラコに吹っ飛ばされて宙に浮く。比喩ではなく本当に飛んで壁に叩きつけられる。

「へぶっ!」

 智はそのまま目を回し意識を失う。

 文哲の周りは、突然非日常な出来事ばかりで溢れてしまい夢かと思いたくなる。夢なら覚めろ……自分が今見ているのは現実ではありえないことばかりではないか。そうだろう? 現実であれば少女が壁を壊して家に侵入してきたり、突然性犯罪者に仕立て上げられたり、人が物理的に宙を舞ったり、ましてやダンボールに梱包された少女なんて存在する訳がない。文哲は現実逃避に及ぶしかなかった。

「ふわああ……」

 文哲は目を覚ました亜麻色の髪をした少女と目が合う。彼女は目が覚めたばかりで、まだぼんやりとした表情をしている。

「これで名実共に貴方は、この娘の父親ね」

 ようは刷り込み……卵から目覚めた雛が最初にみたものを親と思い込む、ドラコはそれを狙っていた。だからドラコ自身が気に入った文哲はともかく、智が邪魔でだったので強引な方法でどかしたのであった。

 唖然とする文哲を余所にドラコは、少女に話しかける。

「ほら、分かる? 私が貴方のお母さんよ」

 目に入れても痛くない……ドラコの少女を愛する気持ちは本物だ。あまりにも自己アピールに夢中になり、顔と顔の間の隙間がなくなるほど接近する。ドラコの手が何かを押し付けた。

「な、なんて、かわ……」

 そこまで言ったところでドラコの台詞が消えた。

「なにするの!あたしのお父さんにぃ!!」

「今日は良く人が飛ぶなぁ……」

 ドラコは自身が作った大穴とは別の穴を開けて文哲の前からいなくなる。

 亜麻色の少女は何が琴線に触れたのかその小さな手の平手により家外へとドラコを追いやったのであった。

「だいじょうぶ? お父さん」

 少女は心配そうにダンボール箱の中に入っていた先ほどドラコが押しつぶしたイルカのぬいぐるみを持ち上げる。

 何かぬいぐるみに対して普通は呼ばない呼称を聞いた気がする。

 そういえば……ドラコは刷り込みをしようとしていた。

「さすが、我が娘……すばらしい力だわ……」

 ただの人間であればただの肉塊となってともいえる勢いで飛んでいったドラコが血反吐を吐きながら4つん這いで顔を出す。

 文哲は疑問を抱く。確かに卵から生まれた少女は、ぬいぐるみのイルカを父と呼んだ。

「なにを言ってるのかわからないの。だって……だって、あたしのお母さんはここにいるの」

 少女は何のためらいも無く、ダンボールを指差した。

 周囲を無音が支配する。気絶している者を除けば皆、ポカーンとせざる終えない。

「ちょっと、文哲……この娘何を言っているの?」

 天上天下唯我独尊のドラコですら意味が分からなく文哲に尋ねる以外に方法がなかった。

 凄くまぬけな説明になるが文哲は1つの考察を言う。

「もしかしたらだな……」

 文哲は、昨晩に卵をダンボールに入れた。イルカのぬいぐるみも一緒にだ。その後文哲は、卵に何をするでもなく床についた。

 すなわち、卵を温めたのはダンボール。それを支えたのがイルカのぬいぐるみとなる。彼女が卵から誕生したとして、最初に見たモノがダンボールとイルカ。

「な、何ということ……」

 ドラコは絶望せざるを得なかったなかった。

「自分で考察しておいてコレはハンカクサイという次元を超えて阿呆だと思うぞ。あのなぁ……鳥の雛でも、もっとマシな本能を持ってるはずだ」

「お母さん、寒い中ずっと暖めてくれてありがとう」

 白い少女は、ダンボールに頬ずりをする。

「わ、私のミレニアム・ラグーン……」

「だから、略されて困る名前を付けるのは止めろと」

 そんな声も聞こえないのか、ドラコはこの世の終わりの様な顔をする。

「認めない、私。そんなの認めないわ~!!」

 ドラコは目に涙を浮かべ走り出す。部屋の壁へと。

 壁に新たな穴を開けてドラコは姿を消す。

 3つの穴からガラガラと瓦礫が落ちる。

 文哲にはこれが、自分の日常という名の今までの平穏に移り。それが崩れていく様をただ見つめるしかなかった。

「あ痛てて」

 智が目を覚ましたのは、ドラコという名の天変地異が立ち去った後でのことだった。

 文哲の家のリビングは、見るも無残な廃墟へと姿を変えていたので智は大層驚いた。

「よ、よお……」

 文哲は、目を覚ました智に乾いた笑みしか浮かべることは出来なかった。

「痛かったか、やっぱり痛いのか?」

「いやあ、そりゃあもう目が飛び出るかと思いましたよ」

「そうかぁ、痛いのか」

 文哲は残念がる。これで痛くないという回答を得られたのだとしたら夢オチという可能性も考えられたのだが。

「そういえば、黒い女の子はどうしたんです?」

 文哲は答える気力もなくただ3つ目に空いた穴を指差す。

「あ、あなたたちも、あたしたちをいぢめるの?」

 白い少女は文哲と智を見て脅える。

「えっと、誰です? このさっきいた女の子の白いペンキかぶった版みたいな娘」

「亜種とか希少種とか言う何かじゃねぇのか……」

 文哲の言葉にはいまひとつ感情がこもっていない。

「だ、大丈夫だよ。えーと君は名前なんていうのかな?」

 呆然とする文哲の変わりに、智が白い少女とコミュニケーションを図る。ただ、彼女を刺激しないように。ドラコとこの少女のやり取りの一部始終を見ていた訳ではないが、白と黒のコントラストが似てると思うのではなく、根本的に彼女とドラコが似ている存在だと智の本能は告げていた。だからこそ、あくまでも下手に……刺激しないように心がける。

「なまえ?」

「そう、僕達は君のことをなんて呼べばいいのかな? ちなみに僕は智、この人は文哲さんっていうんだ」

「お母さん、あたしになまえってあるの?」

 少女は物言わぬダンボールに話しかける。

 ツッコミ症の智としては、口からハリセンが飛び出しそうになる。だが、ここはあくまでもそーっと、そーっとしておかねば……。

「フミさん。この娘、名前ないみたいですよ。何かつけて上げて下さいよ。名前はその内、必要になりますって」

「……お前……なんだか楽しそうだな」

 文哲はため息を1つ。

「じゃあ、玉子(たまこ)

「そ、それは女の子につけるにはちょっと……」

「タマタマ」

「悪化してますってば!!」

 文哲は不安そうにしている少女を一瞥した。

「めんどくせぇなぁ玉希(たまき)! これなら問題ないだろう?」

 ヤケクソ気味ではあるが、適当で且つ普通の名前をつける。

「うん、それならいいんじゃないですかね? どう、玉希ちゃんって呼んでいいかな?」

 玉希と名づけられた少女はコクリと1つ頷いた。

「ふ、ふ、み……ふーちゃん?」

 玉希は文哲を呼ぶ。

「なんだぁ……」

 ぶっきらぼうに答えた文哲に玉希はビクっっとなるが、ダンボール箱からちょこんと顔をだすとニコっと笑顔を浮かべた。

「ったく……調子が狂いやがる」

 文哲といえど、愛らしい笑みを浮かべられればどうすることも出来なかった。

「うん、うん、で僕は?」

「えっと……し、知らない人とはなしをしちゃいけないって……お母さんが……」

「酷くない? 僕の扱いだけ、何でこんなに酷いの?!」

 ひぃっと玉希は顔を引っ込める。

「コラコラ、サートシ君。子どもを虐めちゃいけないじゃないかぁ」

「なんか嬉しそうですね」

「他人の不幸は蜜の味ってヤツだ」

 文哲は、ニカアっと悪人顔を浮かべる。

「やっぱり、ロリコ……」

「とりあえず、部外者は出て行け!」

 文哲は新聞記者を玄関まで追い詰めると、蹴り出した。

「さて……」

 智を追い出した後に残るのは、玉希と名づけた少女だけである。

「なんか、こいつ調子狂うんだよなぁ……」

 暴力的に智を追い出したことで、玉希は再び脅えてしまっている。

 うるうる、とダンボール箱に入っていることからも捨て犬を思わせる。

「だぁあああ!! 分かった、置いてやるよ、置いてやるから」

 文哲は玉希のそんな表情に負ける。

「ただし、いいか働かざるもの食うべからず、住むべからず。分かったか!」

「うん。これで家族3人路頭に迷わなくてすむの」

「っち」

 文哲は何か玉希に負けたような気がした。

 2人の奇妙な同居生活が始まった。


 

「フミちゃーん。どうだい何とかなりそうかい?」

 文哲は島唯一の共同電話の修理をしていた。

「ああ。こんなのすぐ直るわ」

 これが今日の仕事であった。

「そうかよかったよ。これで内地の息子に連絡が取れるよ」

 島にはまずインフラが整備されてはいない。個人で電話を持つ者の2世帯ほど、テレビなど電波すら届かない。この国の技術は日々進歩を重ねてはいるがそれはまだ都市で起こっている話である。

「それにしても、フミちゃん()のタマちゃん。あの娘すごいねぇ」

 玉希本人は激しく否定するが、ドラコの娘、まぁこれもドラコの自称ではあるが、伊達ではなかった。

 さすがに家を修理する際に仮工事に木を使ったが玉希はそれを楽々1人で運んでしまった。さすがにこれは文哲も驚いた。

「いやあ、大助かりだよ。俺ら漁に出てる間に女子どもが出来ない力仕事を皆やっちまうんだからな」

 おかげさまで、朝昼の唯一の男手であった文哲はお役目御免。こうして、滅多に壊れることがない機械の修理作業といった、緻密な作業を必要とする仕事以外役割が回ってこない。

「それにしても、アンタやタマちゃんそしてあの新聞記者さんとこの島にも目新しい人が増えたねぇ」

 島の人々も最近は外の者が来た程度で目くじらを立てなくなっている。これも3人の功績である。

「にしても、アイツまーだいるのか」

 文哲は智を指す。島の中には智を嫌うものはほとんどもういないが、文哲にとって見れば早くこの島から出て行って欲しい1人であった。

「ふ~~~ちゃーーん!!」

 遠くで玉希が手を振っている。臆病で人見知りが激しい玉希であったが、島民達があまりにも玉希を猫可愛がりすることもあって徐々にではあるがこの島の雰囲気に慣れつつあった。

「それにしても、初めてフミちゃんがタマちゃん連れてるのを見たときは驚いたねぇ」

「あぁ。止めてくれ……その話はもう聞きたくない」

 文哲は思い出しただけでもその時に味わった突き刺さる視線に耐えられなくなる。

『そんなことする子には、見えなかったのに……』

『とてもいい子だったと思いますよ』

『普段から、あまり挨拶とかする子には見えなかったねぇ』

 その時のご近所さんのコメントが脳裏にフラッシュバックした。

『いやいや、オレは何もやってない。オレは無実だ!』

『皆、そう言うんだよ、どうだカツ丼食うか?』

 多少脚色が入っているが完全に文哲が被告であった。

「まぁそう落ち込むやフミちゃん。だってあの娘あんな成りだろ」

 男性は玉希の容姿を指して言う。

 確かに、日本人離れした亜麻色の髪に人形の様な容姿。それにしても、「こいつ実は人形なんだ!」あの時の文哲の弁明も悪かった。

『やーねー、近頃の子は自分から女の子の友達も作れないなんて』

『えっ、これ人形なんですか。こんなのを持ってる男の人いるんですか? いや、その人に対してのちょっとコメントしにくいですね』

『おお、ふみてつよ……そんなものにたよってしまうとはなにごとだ……』

 島の女性からの冷たい視線が突き刺さり、脳内でそんな言葉をぶつけられた気がした。

「ふーちゃん……どうしたの?」

 近づいてきた玉希がまるで土下座をしている光景をみて不思議がる。

「触れてやるなタマちゃん……男には……漢には、泣きたい時だってあるんだ」

「よくわからないの」

 玉希が文哲を突くが反応がない。

「フーちゃん、フーちゃん」

 徐々に突いていく力が強くなる。そのうち、突きはブスリと音がしそうなほど強くなる。

「痛て、痛て……あん、なんだ玉希か……ったく言っただろう。あれほど手加減しろと」

「だって、フーちゃん全然こたえてくれないの」

「あー悪かった、悪かった。何か用か?」

 玉希は満面の笑みで言う。

「あのね、あのね……なんか、おっきな船がくるらしいの。あたしそれ、見にいきたいの」

 文哲は思い出す。

「あーそうか今日は、商業船が来る日だったか」

 商業船とは、大門島のように内地と直接的な繋がりがない孤島の為に行商に来る船である。

(そういや、いろいろと頼んだモンも来るのか)

 文哲が内地に注文した機材等も、その商業船で運ばれて来る手続きになっている。

 前は港から永峰邸まで運ぶのも一苦労であったが、今すぐそこに体のいい荷物運び要員がいる。

「まぁそういう意味じゃ正解だったかもしれんな」

「フーちゃん?」

「なんでもねぇよ……行くぞ」

「うん」

 文哲と玉希は港へ行くことにした。

 こんばんわ、呉璽立児です。

 今回の話、きっと急に話の流れが変わったなぁと思う人がいるかもしれません。ごめんなさい。当初から、このようなノリを目指してプロットを書いていたのですが、本編を書くにあたって、怪獣映画のノリを強くしすぎたかもしれません。ただ、ライトノベルとしては、2話、3話からようやく始まった感じがします。ヒロインの服装に至っては芸がありませんね……まぁそこは私が好きだから!!という一言に尽きます。


 ようやく、ライトノベルとして始まった「ドラコ」です。これからもよろしくお願いします。

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