神も住まない無人島
文哲と智の2人は、港までの道のりを駆け足で進んでいる。
「ところで、フミさん…… 」
「あん? オレのことか 」
文哲はガラ悪く返事をする。これは彼が不機嫌なのではなく、全くといって丁寧な言葉を使わないからである。
それを知らない智は、少し怯みながらも続ける。
「皆から、フミちゃんって呼ばれてるじゃないですか。だから、僕にはフミさんって呼ばせてくださいよ 」
「好きにすれよ 」
文哲はあまり興味がなかった。
「フミさんは、船持っているんですよね? 」
「まぁな 」
港に着くが、周りには漁船しか見当たらなかった。文哲は、船がない方へと歩く。
智は不安を感じる。
「どこに行くんですか? 」
「見てな 」
文哲はズボンのポケットからボタンがついた筒状の物を取り出す。そして、ボタンを奥へと押し込む。
智にはこれが、まるで映画などのフィクションにある悪役が持つ便利スイッチのように見えた。
それから、まもなくして異変が起こる。
周りが爆発もしないし、地が抜けることもない。
だが、目の前にある海が突然割れた。水から生えるように船が出現する。
智はおもわず腰を抜かす。
船からは梯子が自動で降りてくる。
あまりの驚きの連続で智はまるで水の中にいる魚のように口を動かしている。
「何情けない顔してんだ。乗れよ、これがオレの船だ 」
智からすると一瞬これが船かどうかさえ区別が出来なかった。海の下から出てくることも異常であったが、角ばった黒いボディ……重量感あふれるその船は何故水の上に浮いているのだろうか、そう智は感じた。
文哲は身軽にするすると梯子を登っていく。
船着場から乗ることを想定してないこの船は船上までの高さがかなりあった。
智は過去にこのような訓練をしたことがある。だが、ブランクがある為にゆっくりとしか登れなかった。
「何やってるんだ。出航するぞ 」
文哲のヤジが飛ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ 」
やっとのことで智は、船上に上がる。船上といっても甲板の様なものはなく、操舵室の扉があるだけである。
「出るぞ 」
船は大門島出航する。目的地である神無島は、大門島の港から見て反対側にある。神無島に向かうには、大門島をぐるりと回ることになる。
大門島の山を越えた裏側には砂浜がある。山を開拓すれば人が住めそうではあるが、存在するのはこじんまりとした赤茶けた鳥居が1つ孤立して建っているだけである。
船は着実に神無島へと向かう。海が荒れている様子はない。外的要因によって船が沈没することは、なさそうに思える。
「そういえば、フミさん。なんで島の人はあんなに神無島に行きたがらないんですか? 」
智は疑問に思ったことを文哲に聞いた。
「ああ。何でも、神無島には龍神や海神って呼ばれる、荒神―まぁ用は災いを起こす神様がってのが祀られてるらしいんだわ 」
文哲は、船に乗ってからテレビの様な画面を叩いたっきり特に船を操舵はしていない。
「なんでも、相当昔に海が大荒れして大門島が大きな被害を受けたらしいんだな。それであの神無島に社を作って祀ったらしいんだわ。まぁ、全部これから助けに行く爺さんの受け売りなんだけどな 」
船は漁船が消息を絶ったであろう場所にたどり着く。周りに木の残骸が漂流しているので一目瞭然であった。
「なんだって、こんな所で…… 」
文哲は周りを見渡し、船にある計器を弄る。
(周りに環礁がある訳でもないし、海も静かだ……。なんでこんなとこで? )
文哲は疑問に思う。
「フミさん!! 」
智が突然大声を上げる。
「あそこ、見てください! 」
智が指差す先には神無島がある。島の海岸から煙が立ち上っているのが文哲にも見て取れる。
文哲が再び画面を操作すると、船が動き出す。
暖をとる為か、こちらの船に気づいてかは分からないが、沈没した船員が神無島にいるのは間違いない。
島に近づくと漁師が自らのシャツを振っている光景が文哲、智ともに見て取れる。
「お~い、お~い 」
海岸の漁師達が声を上げて文哲達に向かって大声をあげる。
「フミさん、この船どうやって着岸するんです? 」
智は先ほど船に乗り込むまで苦労した。先ほどの乗り方は砂浜に対してすることは出来ない。
「そうなんだよな。コイツ、着岸すること全く考えてねぇんだよ……しくったなぁ…… 」
「え……まさか、この船つくっ…… 」
智が何かを言いかけたとたんに船は急にスピードを上げる。
文哲は一度もここまで船の操舵らしきことをしていなかったがここにきて、レバーを操作した。何かを話そうとしていた智の言葉は文哲の耳に入らなかった。
「何かに掴まれ 」
「きゅ、急にそんなこと!! 」
船は砂浜に向かって一直線に進み、海底に船底が押し付けられる。船の操舵室にも強烈な衝撃が起こる。あらかじめ、衝撃を予測していた文哲とは違い、智はしたたかに壁に頭を打ちつけた。
一方、神無島の漁師達は、海岸に乗り上げてきた船を見て一同顔を見合わせる。
「おい、こりゃあなんだぁ? 」
「俺に聞くなよ 」
「いや、俺だって遠目で見たときは救出に来てくれた船かと思ったけど 」
あまりの破天荒な着岸に皆、逃げ腰であった。
漁師達にはコレが自分達を助けに来た船というより、未知との遭遇をしたように思えた。
「おーい無事かぁ? 」
文哲は、操舵室の扉を開けて漁師達に向かって叫ぶ。念のため漁師達を傷つけないように遠くに着岸させてのだが、漁師達は一向に近づいてこない。
「たっく、聞こえてねぇのか 」
文哲は操舵室から梯子を下ろす。
「おい、降りるぞ 」
文哲は智に言ったが。
「いた、いた、痛い!! 」
自ら救出の役割を買って出た智は、痛がって文哲の声が届いていない。
「この軟弱者。だからヘタレだっつうんだ 」
仕方なく文哲は1人で梯子を降りる。
人が降りてきたのを見て、漁師達がようやく近づいてくる。
「フミちゃん!! 」
文哲の顔見知りの漁師が文哲の名前を呼ぶ。
「おお、無事だったかぁ 」
「無事なもんか……俺の可愛い江蔵丸が…… 」
「いいじゃねえか、命あっての物種だ 」
漁師仲間が、互いに慰める。
「アンタがフミちゃんか。アンタが来てくれて助かったぜ 」
「全員生きてるか? 」
文哲は漁師達を見渡す。
「ああ。全員無事だ 」
「オイ、それなら爺さんはどうした? 」
「そういえば、見ねぇな 」
「爺さんなら海神様の社に行くって、ひょろっと居なくなったぜ。まぁその辺に居るだろ 」
無責任な話であったが、疲弊している漁師達に探しに行けというのも酷な話しだろう。肝心のお手伝いも船の中で悶絶している。
仕方なく漁師達には先に船に上がって貰い、文哲は老人漁師を探しに行く。
社への道はすぐに分かった。地形が砂浜から森になる境界線が見えた。だが一箇所だけ木が生えてなく、森の奥に向かって伸びている道がある。その道には石が敷き詰められていた。そのおかげで長年の時は経つであろう道の辛うじて見分けがついた。
文哲は社までの道を歩く。左右にある木は鬱蒼と生い茂っている。荒神が祀られているだけあって、参道の道は不気味である。
風も吹かないのに木々は揺れる。呼応するかのように森全体が震えている。
カサカサ……ガサガサガ
来る者を拒む。そんな雰囲気が漂っている。
しばらく歩くと壊れかけた鳥居が見えた。石作りの為長い時間手入れなしでも、現代まで残ることが出来たのであろう。木々に侵食されながらもはっきりと鳥居と見て取れる。
すぐに小さな社があり、そこに正座して手を合わせる小柄な人が見える。
「おい、爺さん!! 」
近づき文哲は、老人を呼ぶ。
「……天照大神様と、そこにいわす…… 」
老人は社に向かって祈りを続けている。
「まぁ、いいや。爺さん! 海岸に船があるから、終わったらそこに行ってくれ 」
文哲は老人から頷くような反応を貰うことは出来なかったが、了承を得られたことにしてその場を後にする。
文哲にはもう1つ確認したいことがあった……神無島にある旧軍の施設を確認することである。社までの参道が生きていた事にはもう1つの理由がある。それは軍が数年前まで秘密裏に使用していたからであった。社から少しずれた先には人工的に切り開かれた道が残っている。木が切られた為に草が無作為に生えている。
文哲がこの場に来たことは一度もなかった。漁師達が海に出ている間にあの船が神無島に近づくことは余りにも目立ちすぎた。こうして訪れることが出来たのだから、その施設だけは目にしておきたかった。
小さな長屋が見える。
「ここか…… 」
文哲は、長屋の前で立ち止まる。設計図は見たことがあるが、それはとても粗末な施設であった。
当時の国は重大なエネルギー危機に見舞われており、軍は新たなエネルギー開発に躍起になっていた。そして軍は、とある軍属科学者の発見したエネルギーに目をつける。ある一定の手段を踏むだけて無限のエネルギーを得ることが出来る。そんな夢の様な発見を当時の軍が放って置く訳がなかった。まだ、実用化もされていないそのエネルギーを軍は発見した科学者に無断で実用化しようとする。科学者はそういった事実を後で知った。そのエネルギーを開発した科学者は、永峰文哲という。当時10代に成るか成らないかの少年であった。
「それにしても不出来だな 」
開発した本人がそう言う。
確かに当時の国は、あまりにも資材が少なすぎた。しかも、実用化開発がされていないエネルギーの駆動施設である。設計図を見ただけでも施設のずさんさが目に付いていた。それだけでなく、よりにもよってこの施設のエネルギー炉心には一番大切な停止機構がついていない。その為にこの施設は不用意に止めることも出来ずに今日まで現存しているのである。
「さて 」
一刻もこの施設を破棄したい文哲であったが、今の彼に出来る事はなかった。
文哲は長屋の外へと出る。中の施設を見終えた文哲は次に長屋の周りを散策する。
「あん? なんだここは 」
不思議と森がなくなっている。そして、黒い山が鎮座している。
そして、怪しい物体が1つ。白くて丸い楕円状の物体がある。
その物体を軽く叩く。
「硬いな…… 」
見た目、質感だけではこの物体が何なのかは文哲にも分からなかった。
文哲はポケットから折りたたみの小さなナイフを取り出す。
表面を軽く削る。少し削った物質の軽く手で転がす。そして、少し口に含んでみる。
「石でも鉱物でもない……どちらかといえば……卵か…… 」
カルシウムの味がする。
「卵つったってこんな大きなもんが 」
大きさは文哲の顎ぐらいまである。文哲の身長が175センチぐらいだとすると150センチぐらいの大きさだ。
文哲は持ち上げて試しにみようとする。
「そこまで重くないな 」
重さは持てないほどでもない文哲の感覚では40キロといったところである。
普通の男子なら持って運べる重さであった。文哲は科学者としてこの物体の存在が気になった。
「海岸までったら少し遠いが持って帰るか 」
ただ、神無島の物を持ち帰ったとすれば、
『ばかもん……神無島から物を持ち帰ってくるとは何事か!! 』
あの老人が許さないかも知れないと思った。
「しゃーない。森を歩くか 」
長屋の建つ開けた箇所から森に差し掛かる。
(なんだ…… )
背後からゾクっとしたものを感じる。振り向いてはいけないそんな感覚を得る。まるで猛獣に睨まれているかのようだ。
文哲は、そんな感覚に気がつかない振りをしつつ森を歩く。
文哲は冷や汗が流れた。体内の感覚がずれる。気がつけばあっという間に森を抜ける。
「ったく、なんだってんだ。なんもねぇじゃねえか 」
まるで、頭から食べられるような気配が続いたが森を抜けるとその気配も失せていた。
文哲は後ろを振り向くがそこには何もいない。
文哲は船へと戻る。ただ、直接梯子で操舵室まで運ぶのではなく。船壁についているコンテナがあるため、便利スイッチを押しコンテナの扉を開く。
文哲は船にあるコンテナに卵をしまった。
「フミさーん 」
操舵室から役立たずが顔を出す。
文哲は梯子を上り操舵室に戻る。
「おお。フミちゃん、爺さんいたか? 」
「いたぜ、まぁしばらくしたら来るだろ 」
文哲の言うとおり、それからまもなく老人漁師が船の元までたどり着いた。
「すまないな、フミちゃん。迎えに来てもらって 」
老人は疲れた声を搾り出すように吐く。
「まぁいいってことよ。もういいのか? 」
「ああ 」
老人は頷いた。
「じゃあ、出るぜ 」
文哲は、機器を操作する。船は砂浜を抜けて大門島への帰路に着いた。
読んでくださりありがとうございました。
また、むさい男達しか出てきませんでした。次の話からようやくヒロインが登場しますので、お楽しみに。




