永峰文哲
「港までは?」
「後1時間ほどです」
ここは大門島から出航した護衛艦・楽古の操舵室である。未樹の質問に予備隊員の1人が受け答えする。
「未樹……」
そんな未樹に対して心苦しそうな表情を浮かべる人物がいる。
「アナタはまだそんな顔をしているの?」
「だが、未樹。幾らなんでもこれはやり過ぎだ」
絵梨佳は、未樹が玉希を誘拐しことを未だに納得していなかった。
玉希は麻酔で眠らせて船倉に幽閉されている。
「未樹これは犯罪だぞ」
「いいえ、違うわ」
未樹は断言する。
「絵梨佳。アナタはまだアレを人だと言い張るの?」
未樹は嘲笑する。
「どこらどう見ても人間だろう。私は未樹の意見の方が分からない」
未樹は玉希が人間でないと言い張っていた。
確かに玉希はこの国の人間があまりしないような格好をしている。だがどこからどう見てもただの少女にしか絵梨佳の目には映らない。
「ワタシがアレに打ち込ん麻酔薬の量知っている? アフリカゾウでも致死量になるぐらいの量よ。それで始めてアレは眠いって欠伸をしたのよ。ソレが人間だなんて信じられる?」
麻酔薬は摂取量が少ないと効果は無いし、多すぎると死んでしまう、取り扱いが難しい薬だ。それを躊躇無く象が死に絶える量を玉希に打ち込んだ未樹に絵梨佳は恐怖を抱いた。
「……だが、彼女がもし人間でないとしても……それでも彼女は人間の様に話し、考えることが出来る、それなのに未樹は!?」
「そんなの関係ないわ。考えることはきっと人間でなくたって出来る。ソレなのに人間はそんな動物だって殺すでしょ? それだけじゃない人間は人間ですら殺すわ」
未樹はその定義を個人の価値観の違いでしかない、と捕らえている。
絵梨佳も特定の場面に出会えば人間にさえ引き金を引く覚悟もある。だから反論することは出来ない。もしこの世界の生物学が発達して、もし家畜に人間と同様の思考能力があると発表されたらどうなるだろう? 家畜を殺さない? それとも今までと同じように殺し続ける? それはやはり個人の価値観によって決めるしかないのではないだろうか。
「それにねワタシはアレが大門島を襲った巨大生物と関係があるのではないかと睨んでいるわ」
「え!?」
未樹の考察は当たっている。大胆な発想を持つ未樹は1人でその考えまで至った。その点を考慮するならやはり彼女は"才"能がある生物学者であった。
「ソレが文哲の研究と関係している以上ワタシはアレを放っておけない」
未樹が文哲に関係のある玉希を連れ出した以上、文哲は未樹を追いかけて来るしかない。未樹はそう考えている。
「未樹……」
未樹の考えが理解できないことはない、絵梨佳はそう思うが、それでも未樹の考え方は歪んでいる、絵梨佳の価値観はそう認識してしまう。
「こ、後方から何か来ます!!」
船員が突如そう報告した。
「何!? 船か?」
「いえ、分かりません。ただ向こうの速度はこちらの速度を上まっております。このままでは、30分……いえ20分後には接触します」
本船を追跡してくる何か……。絵梨佳は何か嫌な予感がした。
「私は甲板に上がる。何かあれば連絡しろ」
「りょ、了解しました」
絵梨佳は甲板に上がる。甲板には周りを観測する為の望遠鏡が付いている。それで絵梨佳は後方を覘く。
まだ距離が遠く、はっきりとは見えない。
だが、それは大きな水しぶきを上げつつこちらに近づこうとしている。
確かに船では無さそうであった。
「あれは……!?」
文哲は1人船を操舵している。
文哲の船はアウターエナジーを利用して動いている。その為実際のどんな船よりも早い。そして彼の船は、レーダー上に一隻の船……それと1つの物体を捕らえていた。
「龍子……」
彼女の姿が思い浮かぶ。
「ふっ」
文哲の顔は至って真剣だが、ふと噴出す。
思ってみれば、ここ数日楽しかったのは彼女が原因であったような気もする。ドラコがいたからこそ皆との繋がりが生まれた……そんな気がする。
だからこそ幕を引くならば自分が引かねばならない。
文哲の船の位置はドラコの真横である。
今の彼女に文哲の姿は映っているのだろうか。いやきっと映ってはいない。彼女が島で大暴れした時、その原因を作ったのが玉希への危害であった。そのこと考えると、ドラコの目に自分は映っていないのかもしれない
今文哲の目的はドラコではない。文哲の船はドラコの横を通りすぎる。怪獣としてのドラコの姿は獰猛そうで恐ろしい。正体が分かっていても文哲は体が震えてしまう。
護衛船に向かって文哲の船は突き進む。
ここからは時間との勝負だ。迅速にあの船に乗り込み玉希を確保しなくてはならない。文哲は護衛船の足を止めて飛び移る予定でいる。だからドラコが2隻に追いつく前に玉希を取り戻すことに成功しなければ共にドラコの手に掛かることになる。
もう護衛船は目の前だ。
「さぁ、行くぜ」
文哲は自分の船の速度を上げる。
「ふ、不明船が突っ込ん出来ます」
「来たわね、文哲」
護衛船の操舵室では未樹が笑みをこぼした。
一方甲板では、
「文哲さん!」
絵梨佳は彼の突拍子も無さに驚いていた。いや、これこそが永峰文哲だとも思った。
そして彼に……
文哲の船は船首から護衛船の右舷にぶつかると見せかけて舵を切った。文哲の船の左舷と護衛船の右舷がぶつかり火花を散らす。
ギギギと金属同士が擦れる音が耳を劈く。
文哲の船は、船体を擦りながら護衛船の右舷船首の方へと抜けて行き、そのまま護衛船の進行を遮る形で停船した。衝撃は強かったがどちらの船もおいそれと沈没する船ではない。ほぼ同等の大きさをもつ2隻の船は、水面にピタリと止まった。
文哲は甲板に急いで出ると護衛船へと飛び移る。
予備隊員に捕まる訳にはいかない。
衝撃が収まりじきに予備隊員達が甲板に集まってくるだろう。武装といっても智を気絶させるのに使ったスタンガンぐらいしかない。訓練を摘んでいる多勢にぶつかるには無理がある。
「おい、お前!!」
見つかったか!、そう思い文哲はスタンガンに手を掛けた。
「ッカァ!!」
そんな悲鳴を漏らし予備隊員の男が甲板に倒れる。
背後の後ろから手刀で気絶させられたのである。
男の後ろから現れた人物は、
「オマエ……」
それは絵梨佳であった。気分は進まないが文哲は再びスタンガンに手を掛ける。
「文哲さん、こちらです」
文哲の意に反し、絵梨佳は身を翻すと手招きをする。
文哲が行動を決めかねていると、絵梨佳が再び口を開いた。
「玉希ちゃんの所までご案内いたします」
絵梨佳走り出し、文哲も後に続く。
疑惑もあったが今は時間が惜しかった。
走りながら、絵梨佳は文哲が問いかける前に自答した。
「私はやはり未樹のしていることは間違っていると思います」
絵梨佳は自分のしていることが正しいとは思っていない。だが、このままあの少女を見て見ぬことはできなかった。このまま文哲を拘束したならば、きっと文哲は命の危機に晒すことも無いのだろう。しかし、これでは強制的に研究させられる者と研究されるモノを生み出してしまうのではないかと、思う。そして船に迫る巨大生物――きっと船倉に捕らえられている彼女に関係がある。このままでは大都市を危機に招いてしまうかもしれない。
「でも、私は文哲さんが心配です」
このまま玉希を引き渡せば今度は文哲があの巨大生物に狙われるのではないかと。
「大丈夫だ。オレはアイツをいるべき場所に返したいだけだ」
きっとこの世界はドラコも玉希も住み難い場所である。文哲は彼女達を本来いるべき場所へと返したい、そう感じている。
「アイツらは……その友達だからさ……」
文哲はそう照れくさそうに言う。
「そう……ですか……」
絵梨佳は文哲のその言葉に頷くしかなかった。文哲の事は未樹から聞かされた時点で孤独な少年であると知っていた。その彼が彼女を友達と呼ぶのだ。きっと彼に突拍子も無いことをさせるほどの人物なのであろう。そして、絵梨佳は少し残念に思った。
「恥ずかしいことなんだがな、智に言われて、殴られて始めて気が付いたんだ。龍子や玉希、智そしてオマエ――いや絵梨佳。オマエ達がいつの間にか友達だと、そう思っていたことに。おかしいだろ、人を遠ざけるようにあの島にいったオレがオマエ達をそして島の人達を守りたい、そう思ったんだ」
そう聞いた絵梨佳は嬉しかった。だが嬉しいはずなのに何故か彼に僅かながら危機感を抱いてしまう。
今は感情を頭から追い払う。絵梨佳は文哲を船倉まで導き、彼の船まで送り届けねばならない。
絵梨佳は文哲より走るペースを上げると、船倉の前にいる護衛を気絶させる。
「文哲さん、ここです」
船倉の扉を開けると玉希が倒れていた。
「まったく、どうやってコイツを誘拐したのかと思えば」
文哲は冗談交じりに言う。
確かにとんでもない力を持つ玉希を攫うのは容易ではない。だからこそ眠らせてしまえば簡単に捕まえられる。
「おい、起きろ」
文哲はペチペチと玉希の頬を叩く。
「かなりの量……そして定期的に麻酔を投与されています。大丈夫でしょうか?」
未樹は象でも死に至る量だと言っていた。だから彼女の容態が心配であった。
「う……う~ん」
絵梨佳の心配は無用であったようで、玉希は目を覚ます。
「ふーちゃん?」
玉希はフラフラとしながらも立ちあがる。
走ることは無理そうだ、と文哲は思い玉希を少し乱暴に背負う。
「甲板まで出るぞ」
「はい!!」
文哲と絵梨佳は着た道を戻る。
甲板まで戻ると船中の予備隊員が文哲の船の前にまで集まっていた。
「文哲さんは船に戻ってください」
絵梨佳はそう言うと予備隊員達に向かっていく。
文哲は玉希を背負いながら、船へと近づくがそこにも隊員がいる。
「ふーちゃん、あたしももう大丈夫」
そういうと玉希は背から降りる。
すっかり目を覚ました玉希がいるなら文哲も心強い。
「ああ、頼む。だが手加減しろよ」
「うん」
玉希は目の前にいる予備隊員を掴んでは投げる。
手加減はしていて、海に落とすことも無く甲板の中央に向かって放る。
身体を強く打ちつけ、こちらに再び向かってくることは無いだろう。
「乗るぞ」
「うん」
文哲と玉希は文哲の船に乗り込む。
だがここまで来て絵梨佳のことが心配になる。
「私のことは気にせずに行って下さい!!」
絵梨佳はそう叫ぶ。
連れて行くわけには行かない、と元々思っていたが、背を押され文哲は意を決める。
そして最後に護衛艦を見たとき、昔から親しくしていた少女が唖然とこちらを向いていることに気が付く。
その顔は、どうして、と言っていた。
「何故!? ワタシはアナタの為を思っているのに!?」
冷静さを失い、言葉に主語はなかったが未樹のしようとしてきたことは分かる。
全ては、自分の為であったのだ。文哲は理解している。そしてこうも思う。
(こんなにオレの為に必死になってくれる人がいたんだ)
智も絵梨佳も、そして未樹も……文哲の為に必死になっている。
(だから、こそ)
自分は、友達を守らなくてはいけない。
見知らぬ誰かの為ではない。大儀名文を掲げた所でそれは言い訳にしかならない。
友達が文哲の為に必死になっているように、
(オレも友達の為に必死になろう)
そして文哲は未樹に向かって叫ぶ。
「……ありがとう!!!」
それで未樹が救われるとは思わない。未樹がしたことが間違っている。だが、自分の為にそう行動してくれたことが嬉しかった。
文哲は船を発進させる。
「文哲!!」
「文哲さん!」
そんな彼女達の声が聞こえた気がした。
だが振り向かない。
文哲は怪獣――ドラコに向かって舵を切る。
ドラコはこちらに進んでくることも無く、立ち止まっていた。
「なんだ、分かってくれてたんじゃないか」
些細なそんなことにも一喜する自分におかしくなる。
「ふーちゃん、どこにいくの?」
玉希がそう尋ねてくる。
「そうだなぁ……オマエ達がいるべき場所にかな」
「ふーちゃんもそこに行くの?」
「ああ、一緒に行く。オマエ達を2人で行かせたら何をしでかすか分からんからな」
文哲はアウターエナジーに関する計器を弄る。
炉をオーバーロードさせ……ホールを開く……。
「文哲、アナタ何をする気……」
「文哲さん!?」
護衛艦の甲板からを見ていた2人が見たのは、まるで衝突するかのように高速で巨大生物に向って文哲の船がぶつかっていくかのような光景。
「フミさん……貴方はなんて事を」
大門島では、智が港で立ちすくんでいた。
その手には手紙を握り締めながら。
海上で大きな光が巻き起こる
発生源は文哲の船である。
その光は怪獣と1隻の船を飲み込む。
アウターエナジーを放出するその穴に向って飛び込む。
その先に何があるのかは分からない。
ふと目の前の大きなドラコと目が会う。
『コレデ……イイノカ』
そう言っているように見える。
「いいんだ」
別に命を捨てる訳ではない。
研究も何もしていない。ただその穴の向うには彼女達が住まう世界があるのではないかそう思っただけである。
前例も仮定もない、ただ直感を信じる。
ただ1つ心配があるとすれば、あの全ての始まりの島――神無島に実験施設を残して来たこと。
「いや、信じよう……友達を……」
光は大きくなり眩しくて目を開けてはいられない。
動力を失った船は停止する。最後に計器は計りきれない程のアウターエナジーを計測した。
手紙には簡単な実験施設の停止方法が書かれていた。そして、
『まぁボタン1つだ。簡単だろ? アレをどうするかはお前に任せようと思う。そして、オレのことを記事にすることも。友達と言ってくれたお前の言葉嬉しかった。ありがとう。
永峰文哲』
ドラコ完結です。
書き始めて約2ヵ月、物語を完結させることが出来ました。
私はどうせ書くなら怪獣モノが良い、と言いつつ技術が無いからとこれまで後回しにしてきました。
それを達成できた、と言うのは私の中で1つ区切りが付いたと思います。
ただ、あまり読んでもらえなかったのが少し寂しかった……です。
もし完結してから読んだ方がいれば痕跡を残していただくとすごく嬉しいです。
物語自体は主人公の自己犠牲の様な形で終わってはいますが、この後ハッピーエンドに繋がるような構想も初期からありました。ただ、それではあまりにもご都合主義と言うこともあり、文哲と怪獣2頭は旅に出たと言う形で完結に至りました。
こうして終わらせて見ると、マイナーなジャンルであったということで評価をもらえなかったと……思いたいですが、やはり自分の技量というものも痛感いたします。まだやれることがあったのではないかと感じます。これから精進してまいりたいと思います。
ともあれ、ドラコはこれでおしまい。気分を切り替えて次作に取り組んで行きたいと思います。
後述になりますが、読んで頂いた読者の皆さんありがとうございました。
また、1話毎に添削をして貰った友人にもありがとう。
ということで、あとがきの筆を置きたいと思います。
2011.6.12 呉璽立児