プロローグ
「今日も不漁か」
漁師達は船上で今日も何も入っていない網を引き上げる。
海が荒れてもいないのに、大門島の周辺では不漁が続いている。漁師達の顔には疲れと不安そして、諦めの表情が浮かんでいる。
「こりゃあ、海神様の所為かのう……」
1人の老人はそう呟いた。船に乗っていた 5人の若者漁師は、皆笑った。
「また爺さんの妄言が始まったぞ 」
若者達は誰も取り合わない。
「フン。誰も信じはせんか。こんな老人の話を聞いてくれるのは、フミちゃんだけなもんか」
「フミちゃん? 」
「ああ、あれだよ。内地から来たヤツ。名前は確か永峰文哲っていったかな。アイツ、爺ちゃんのお気に入りなんだよ」
「ああ。アイツか。島でその日暮らしの仕事貰ってるっていう。確か前いた軍人さんの家に住んでんだろ」
「それにしても珍しいな……。 あの島一余所者嫌いの爺さんが気に入るなんて」
別の漁師が意外そうに言った。「アイツ、爺ちゃんの昔話に付き合ってくれるんだよ」
「きっと嬉しいんだろうな。爺さんも何かと言えば昔の話ばっかりするから、島じゃあ誰も話半分も聞かないからな」
「ケッ!こんな時に爺さんの与太話に付き合うほど暇なんて羨ましいこった。こっちときたら毎日漁に出たっておまんま食えないっていうのによ」
「ああ、違いねぇ」
老人は、そんな自分と文哲を馬鹿にするような声が聞こえていたが口を出さなかった。何故なら老人の視線の先に異常なものが映っていたからだ。
海が盛り上がる。
「なんだあれ。鯨か?」
水が盛り上がる光景を見た若者漁師の1人は、そう思った。
「いやぁ ……あ、あれは、そんなものじゃない」
老人は、そう淡々と言う。
「じゃあ、なんだって言うんだ!!」
海が盛り上がったのが原因で、船が傾く。
「おい!何かに捕まれ!!」
船の傾きが大きくなり、漁師達は焦り始める。
「あれは……」
老人は確信する。
そして、漁船は消息を断った。
大都市から連絡船で2時間。海に浮かぶ双子島の1つである大門島に到着する。この連絡船は島民以外に利用するものは少ない。だが、島民にとっては、島と内地を繋ぐ唯一の交通手段である。島では、連絡船を除くと個人で持つ漁船以外の交通手段はない。
そんな定期船から、降りてくる島民以外の青年が一人いる。彼の名前は、時任智という。
智は、新聞記者であった。 彼がこの島に来たのには理由がある。 それは、この大門島に世紀の大発明をした科学者が隠居しているとの情報を得てのことであった。これは、智の上司がつかんだ本当か嘘か怪しい情報だった。上司はこの取材を智に命令した。これは新入りの記者に、本当かどうか怪しい情報の記事を書かせて腕試しをしよう、という魂胆であった。
正直、智はこんな田舎に長居するつもりはない。さっさと記事を仕上げて帰ろう、そう考えていた。
(それにしても、この島に宿なんてあるんだろうか? )
大門島に着いて智が一番に考えたのは、宿のことであった。
大門島は、観光業が盛んな地域ではない。島の外から訪ねてきた来た者が泊まることの出来る施設があるのであろうか、智は不安が隠せなかった。
「ハァァ……」
智は深くため息をつく。
智は大門島に着くまでにも情報収集をしようと心がけはした。
だが、船内にいるのは耳の遠い老婆と付き添いの中年男性だけであった。老婆は、耳が遠くまともに会話にならなかった。中年の男性は、島外から来た智にキツイ視線を投げつけてくるばかりで、智は話しかけることができなかった。
この島全員が、自分に対して風当たりが強いではないだろうか?、そんな風に智は感じてしまう。
だが、人に話しかけなくて宿の場所を聞かなくてはいけない。そう智は考えるが、
(でも、どうせ話かけるなら似たような年の人がいいなぁ )
とも思ってしまった。ずばり、腰抜けであった、ヘタレだった。
幸い今は昼前である。その為に、男達は漁へと出ている。島に残っているのはわずかに島の山側で農耕をしている者達と、町には女子供がいるだけである。
(もしかして……。町に大人の男がいたら、その人は目的の科学者じゃないのか? )
智は気を引き締める意味をこめてネクタイを結び直した。
そんな智の前に岸壁から糸を垂らす人がいた。
(釣りをしている、老人? いや、少年かな )
そこには頭には麦わら帽子をかぶった、16~18歳ぐらいの少年が岸壁から足を投げ出すように座っていた。
第一島人発見!! 智はしかも年齢が近く釣りをしていることを内心喜んだ。これほど話しかけやすい状況はない、そう考える。
「こんにちは、なにが釣れるんですか?」
智は少年に近づいて、そんなあたりさわりのない言葉を選んだ。
「ん~」
声をかけられた少年は面倒くさそうに、智の方を向く。
「しいて言うなら夢だ」
「は、はぁ 」
まったくと智が意図としない言葉は、彼の顔を一瞬で固まらせた。
少年は、智のそんな反応に面白くなさそうな顔をした。
「オイオイ。なんだその反応は……。せっかくネタを振ってやったっていうのに、ハンカくせぇなぁ」
少年は不満そうに、中途半端にバカ、と方言を使った。智にはその言葉の意味が理解できなかった。
「暇だったり、煮詰まったりすると、こうやって海に糸を垂らすんだよ」
少年は糸を一旦引き上げ、もう一度沖に投げて見せる。
「それにしても……」
少年が智を見る。
「人間初めて会ったときの第一印象は大事だぞ」
少年は、ちなみに、と続ける。
「オレがお前に抱いた印象は、 どこにでも売ってるような服を着た初めて会った人間にあたりさわりのない言葉を選ぶ、ヘタレだ」
智は思わず膝をつき頭を強打したくなる衝動にかられる。だがしかし、本当にやったらドン引きされそうだ。なによりも痛そうだからやらなかった。
「ここで、血を流すほど頭を打ちつければその印象も変わるのにな」
少年の対応は、まるで智の考えを読んでいるようであった。
(せ、せっかくの仲良くなるチャンスが…… )
常識を持って接しているのは智の方だが、全て裏目に出てしまった。智は脳裏に走馬灯が浮かび自らの人生を見つめ直してしまいそうになる。
そんな思考の旅に出ている智を知ってか知らぬか、 少年はすっと竿を上げた。
(こ、これはチャンスだ!! )
後悔の旅路に出ていた智は一瞬で現実に戻る。 今こそ汚名を返上するとき。
そう、今がそのときだ。
「少年!ビックな夢は釣れたかい? 」
芸能人は歯が命とも言いたげな良い笑顔だった。智にとっては渾身の笑顔と演技であった。
「は? 」
取り扱い注意!! ボケを狙っている素人に素の反応で返すと、硝子の心は粉々に砕け散ってしまう。
海に飛び込みたい気持ちになる。もちろん父母に貰った命を粗末に出来ないのでそんなことは出来ない。そもそも、少ないお金でかった一張羅ではないか、もったいない。
やはり、ヘタレであった。
「いや、でもここで飛び込んだら芸人としてはおいしいのかな」
あまりに打ちのめされた心は、自分が何者かも分からなくなっていた。だから、少年が既にその場にいないことさえ気が付きはしなかった。
「時任智! 飛び込みます! 」
「やめろって、兄ちゃん。春の海はまだ冷てぇって 」
「いや、ここで飛び込まなきゃ芸人が廃る 」
「兄ちゃん、芸人さんなのかい? 」
「……いや、違う……けど 」
そんな素に戻った智と港番をしている男のやり取りを耳しつつ、港での釣りを終えた永峰文哲は港から家路についていた。
時刻は正午を過ぎた。だが港には、一隻の漁船も戻らない。
ということは、
「今日も仕事はなしか……」
文哲は特定の仕事に就いていない。魚が揚がったときには手伝いをしたりしている。
文哲の家は、港と山の中間ぐらいの位置にある。
文哲は、漁師町を歩く。
周りには、古くはあるが瓦屋根の家が多数ある。家の外には、女達が大衆井戸に水を汲みに行ったりという光景が見て取れる。
水道は無いが、それでもそのことに不満がる者はいない。都会から来た者には、不満しか口からでない。だが島民にすれば、水道がなく、皆で井戸を使うことがこの島の常識である。
「フミちゃん、まだ港に船は戻らないのかい? 」
文哲は、一人の女性に話しかけられる。
「まだ、港には漁船1隻も戻って着てねぇな」
「そうかい……やだねぇ、また魚1匹獲れないのかねぇ…… 」
女性は愚痴をこぼす。
大門島の大半は漁師である。島に島外からの物が来ることは少ない。そのために島民達は、魚が獲れないと食料が必然少なくなる。
漁村を過ぎて家がなくなる頃あたりになると、文彦の家は見えてくる。明らかに周りの木で出来た日本家とは違う家がある。そこにはレンガ造りの洋風の家があった。
この家は、数年前までこの島に駐在していた軍人の大将が住んでいた。周りには、その部下達の住んでいた家の跡があるが、建物自体は撤去っされて存在していない。造りが良いために何らかの有事にこの家だけ残されたのであった。
文哲は数ある手続きを踏んでこのレンガ造りの家に現在住んでいる。
文哲は現在15歳である。だが、ただの少年ではなかった。それは、昔軍に属した科学者だったという経歴がある。
文哲は、ここに機材を持ち込み研究をしている。そして研究が煮詰まり時間ができたときには港の手伝いをして生活をしているのである。
現在の文哲が研究している内容は、昔軍にいた頃に発見したエネルギーの実用化であった。ただ、現在はその軍も解体され居場所を失い、少ないコネを使って人目の触れない辺境で研究をしているのである。
そして、一つの任務も帯びていた。それは、双子島である大門島と無人島の神無島に人が近づくのを阻止することである。神無島には旧軍の施設がある。この大門島に軍が駐在していたのには、そういった理由がある。
ただ、島民達はそういった事実があることを知らない。そもそも、島民達は、神無島に近づきたくない、といった考え、しきたりを持っているのでそこまで気を使う必要はないのが現状である。
文哲が家に戻りしばらくして、
「大変だ、フミちゃん!! 」
若い男が1人、文哲の家に駆け込んでくる。
だが、そういう大門島の平穏を壊す事件が発生した。第5江蔵丸が神無島付近で転覆したのだ。
漁民達は集会場に集まりどのように救出するのかを話し合っているのだと言う。
文哲は連れられるままに漁業を営む人達の集会場に呼ばれ顔を出した。
「……お前んとこが行けよ 」
「そんなに言うなら、アンタがいけばいいだろ 」
「クソ、いったいどうすればいいんだ…… 」
集まった人達は互いに救出にでることを押し付けあっていた。
第5江蔵丸が最後に消息を絶ったのは、神無島の付近である。その為、船員達は神無島に泳いでたどり着いている可能性は非常に高い。
だが、島の者達は誰として神無島に行こうとしない。
それは漁師達に様々な"げん"をかつぐ者が多いからであった。たとえば、漁師は港に黒猫がいる事を好まない。その他にも、第五江蔵丸という名前にもも実際に前に4隻の江蔵丸があった訳ではなく、自分の好きな数字を付けているという、"げん"のかつぎ方がある。このように漁師は大漁の為に様々なことを信仰している。
そして、この島の一番の禁忌とされているのが神無島に上陸することである。これは代々大人から子どもへと伝えられてきた、大げさに言えばしきたりである。漁師だけではなく、島に住む全ての者がこの話を知っていて、神無島には行ってはいけない、と思っている。実際に昔に似たような事件が起きたときは、神無島に流れ着いた者を生贄として見殺しにしたという事例もある。
しかし、今は時が経過し信仰よりも人の命を大切にする時代である。誰も、このままで良いと思っている者はいない。
「僕が行きます」
硬直する漁師達の会話を断ち切るように、1人の立候補者が手を上げる。
それは、漁師ではなかった。手を上げたのは、会議の話を盗み聞きしてた……先ほどこの島に着たばかりの智であった。
見たこともない青年の声を聞いて漁師達が一斉に智の方を向く。
「アンちゃん、誰だい? 」
誰もが見たことないその顔に怪訝の表情を浮かべる。少しの間を置いて初老漁師の1人は、智に尋ねる。
「僕は、時任智と言います。先ほど連絡船でこの島に来ました」
「フン、余所者に何が出来るってんだ 」
中年漁師が悪態を付く。
「黙ってないか! 」
初老漁師がそれを戒める。
「……確かに、僕は余所者でこの島のことは何も知りません 」
智は中年漁師の言葉に怯みながらも続ける。
「でも、僕は……僕は、こんな状況を何とかしたい、そう思うんです 」
「したっけ、島までどう行くつもりなんだ? アンタ、連絡船で来たんだろう 」
「そ、それは…… 」
「ハン、都会モンはやっぱし口だけか 」
考え無しに大口を叩いた智は漁師達の非難を浴びる。
「まぁ 、そう言ってやるなや 」
文哲は智の肩をポンと叩いた。
先ほどまで、ただ聞いているだけで立っていた文哲だが、ここに来て初めて口を開く。
文哲は智より背が低い。だが、ことこの場面においては智より大きく見えた。
「誰も神無島に行きたくないだろう? それでここでハンカクサイことしてるんならオレ行ってやるよ 」
「フミちゃん…… 」
漁師達は一斉に口を噤んだ。元々、この事態は島の住人の間で起こった事件である。それなのに大の大人達はこうして助けに行く役目を押し付けあっているのである。誰もが冷静になるとこの事態を恥じていた。しかもそれを余所から来た青年達に諭されたのである。
だからといって、 『俺が行く 』 『いや、オラが 』 『……じゃあ、俺が…… 』『 『どうぞ、どうぞ 』 』という展開には、いたらなかった。
誰もが、いつもは迷信だと思っている神無島が恐ろしかった。
しばらくの無言状態が続いて、まとめ役とも言うべき初老の漁師が口を開いた。
「すまない……文彦君行ってくれるか? 」
「まかしときな 」
文哲はそう啖呵を切った。
「ぼ、僕も連れて行ってください 」
智は文哲に言った。
智は初めこの島に長くいるつもりはなかった。元々この島に来たのも取材が目的である聞く耳を立ててたのも、何か大きな事件が起きたのではないかと思ったからである。
今でもこの国の中では、人が住む地域が小さくなればなるほど様々な信仰が生きづいているのは理解できる。 だが、漁師達の話を聞いているうちにじっとしていられなくなった。
その為、手段がないのに漁師達を前に大口を叩いてしまった。だから、智はそのことを後悔しつつも、今自分に出来ることをしよう、そう思った。
後にこのことが、 事件の当事者として新聞記者の智にスクープを与えることになる。だが、この時の智はそのようなことを微塵にも考えていなかった。
「永峰文哲だ。港で会ったとき名乗っていなかっただろ? 」
文哲は港で出会った時とは違い智に好感を抱いた。まったく知らない場所であんな大胆な発言をすることが出来る者はそういない。
「時任智です。よろしくお願いします 」
智は相手が年下であるが、何か敬意を表さなくてはいけない、そんな感覚を得た。
2人はガッチリと握手をした。
読んでいただきありがとうございます。今回はオリジナル小説に挑戦しました。もし感想など残していただけると大変嬉しく思います。また、私自身未熟であることも自覚しておりますので、文章のおかしな部分等のご指摘下さい。私の力量を上げることを私自身望んでいます。厳しい意見でも構いませんのでよろしくお願いします。