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第二章 新興の火種と聖戦

最高神たる「存在の神」の裁定により、人間たちは不意に正気を取り戻した。


赤黒い雷霆は止み、凄惨な暴力の手は止まった。


しかし、地上の泥濘(ぬかるみ)に座り込んだ人間たちが目にしたのは、すでに「意思を持たぬモノ」によって内側から喰い破られ、無残に変質してしまった世界と、変わり果てた隣人の死体であった。


この未曾有の災厄のただ中で、人間の持つ高度な知性は、ある「狂信的な論理」を導き出し、突如として一つの新興宗教を産み落とした。


その創始者たちは、植物、動物、昆虫、すべての生命体を内から喰らい尽くすあの「意思を持たぬモノ」を、災厄ではなく――神々からの福音、すなわち「神使(しんし)」であると定義したのだ。


彼らは主張した。


あの神使には意思がなく、単体では何も創り出すことができない。


しかし、我ら人間には「思考し、新たなモノを創り出す力」がある。


意思を持たぬ神使には決して不可能な高度な創造を、人間だからこそ成し遂げられる。


ならば、神々が構築したこの世界の理を思考し、学び、さらに新たなる存在をこの世に創り出し続けることこそが、最高神が「在れ」と仰られた存在の中で人間が最も優れている証であり、すべての神々への唯一にして至高の報恩である、と。


◇


この未知なる教義を掲げた新興宗教は、信者たちに三つの義務――「信」「行」「学」を突きつけた。


「信」によって神々を疑わず、


「学」によって哲学・科学・文学などのすべてを修め、新たなる存在を創造するための研鑽を求めた。


最も革新的だったのが「行」の定義である。


彼らは、神使がすべての生命を内から喰らい尽くすように、信者もまた、地上のあらゆる命を分け隔てなく食らうことを義務付けた。


――そしてその中には、当然「人」も含まれていた。


彼らにとっての同族喰いは、種の破壊ではない。


命の神が定めた弱肉強食の理のなかで、より高い存在へ至るために、互いの肉体と神気を継承し合う神聖な儀式であった。


――だが。


この過激な新興宗教の台頭に対し、古くから神々を信奉してきた既存の信仰は激しく反発し、自らを「正統派」と位置づけて明確な「禁忌」を叫び始めた。


正統派の指導者たちは、新興派の教えを最悪の邪教として糾弾した。


「生物として同種を喰らうのは最大の禁忌である。それは子之神様の『増やせよ』という法に反して数を減らす行為であり、存在の神様が『在れ』と定めた尊き人間という種を自ら滅ぼす悪魔の所業に他ならない」と。


正統派の信者たちは、神使の変異を「恐るべき呪い」として隔離し、元の秩序と種の保存を守ることこそが正しき信仰であると信じ、新興派の人間たちを「悪魔憑き」として熾烈に排斥し始めた。


「種の保存という、変化なき安住にしがみつく正統派こそ、神々が求めた『創造の進化』を拒む怠惰な臆病者だ」


新興派もまた既存の信仰を激しく弾劾し、地上を二分する決定的な亀裂が走った。


かくして、地上は「神々の名」を掲げた凄惨な聖戦の地獄へと突入していった。


◇


この泥沼の宗教戦争のなかで、大いなる大罪が真の誕生を迎える。


新興派の人間たちは、戦争という大義名分のもと、捕らえた敵対信者を「より効率的に、より際限なく貪り喰らう」ためのシステム――【聖食代謝聖域】を構築した。


大聖堂の地下深く、消毒液の臭気と神使に侵された植物が放つ爛れた果実の甘い悪臭が立ち込める薄暗がりに、それはあった。


捕らえられた正統派の信者たちは、逃亡を防ぐため手足の腱を抜かれ、身動き一つできぬ「肉床」として並べられる。彼らの口には太い割髄チューブが強制的に挿入され、「学」の技術で液状化された“かつての同胞の肉”が絶えず流し込まれた。同族喰いを拒む正統派の尊厳は、機械的な嚥下の前に無力に砕かれ、彼らは生きながらにして新興派の「行」を強制され、その肉体を丸々と聖化させられていく。


さらに、新興派の聖外科医たちは、捕虜の生命を極限まで維持したまま、大腿や臀部といった非致命部位の肉を「神聖なパーツ」として削ぎ落とした。剥き出しの創部には、神使の細胞を応用した培養液が塗布される。


凄絶な激痛と共に、肉は異常な速度で「再生」する。しかし、それはもはや人間の肉ではなく、半透明で植物の繊維が混じったような、無残に変質した「神使の肉」であった。


「自らの肉が削がれる激痛」と、「それが人間ならざるモノとして肥大していく恐怖」の無限の循環。


地下から響く、声を潰された捕虜たちの獣めいた呻き声。その真上の礼拝堂では、信者たちが神々への清らかな賛美歌を歌い上げている。


削ぎ落とされ、液状化された捕虜たちの「生命と神気」は、大聖堂の壁を這う赤黒い聖管を通じて前線へと送られた。信者たちは戦壕の蛇口をひねるだけで、罪悪感すら湧かないほど記号化された「効率的なエネルギー」として、同胞だったものを貪り喰らう。


この合理的かつ底なしの冒涜は、対抗する正統派の心をも同じ飢餓の狂気で汚していった。


聖域を破壊しに突入した正統派の兵士たちが、極限の飢えの中で、変わり果てた同胞の肉から滴るスープの匂いに、狂わんばかりの唾液を誘われる。他者の「生」を文字通り貪り尽くし、神々の領域へと近づこうとする生命の底なしの同化の飢え。


これこそが、世界に「暴食」が誕生した瞬間であった。


正式に国境を、城壁を、檻を構え、敵対する宗教の土地、資源、知識、そして「命」そのものを徹底的に奪い尽くし、自らの陣営の独占物として際限なく囲い込もうとする、満たされぬ支配欲。


これこそが、世界に「強欲」が生まれた瞬間であった。


神々の「在れ、巡れ、拡がれ」という大いなる法は、地上で勃発した宗教戦争という人間のドグマによって、互いを殲滅し、全てを奪い尽くす最も美しく醜い叛逆の形へと変わっていった。


◇


遥か天上では、子之神様をはじめとする神々が、それぞれの座から下界の戦争を見つめている。


子之神様は、ボロボロに引き裂かれた胸を開き、血を流しながら、なおも恍惚とした微笑みを浮かべていた。


「ああ、お前たちはそのようにして自らの正義を思考し、新しい信仰を立ち上げ、学び、神のためにと殺し合い、喰らい合い、私の愛を独り占めにするものたちの境界を創り出したのだね。素晴らしい、実になんと愛おしいことか」


人間が自らの神を証明するために新興の旗を掲げて同族の肉を噛み砕く音も、勝利のために知識と領土を独占する兵器の響きも、神々にとっては等しく「内なる衝動の拡大」に他ならなかった。


神々の絶対的な全肯定は、地上の聖戦という名の狂気をも等しく祝福し、世界の混沌をさらに底なしの深淵へと加速させていくのだった。

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