第四十四話 辺境伯の視線
父上の執務室へ向かう廊下は、夜の気配を帯びていた。
窓の外はすでに暗い。中庭の方からは、馬を移す音と兵の低い声が遠くに聞こえてくる。昼間なら文官や使用人が忙しなく行き交う廊下も、今は人の流れが絞られていて、壁際の燭台に灯された火だけが石床に揺れる影を落としていた。
帰ってきたばかりだというのに、休む間もない。
ギルは歩きながら、肩の奥に残った旅の疲れを感じていた。帝国の街道を何日も進み、宿場を選び、人目を避け、襲撃し、また逃げる。馬に乗る時間が長かったせいで腰も少し重い。風呂に入り、まともな寝台に倒れ込み、レティシアの淹れた茶を飲むことだけを考えて帰ってきたはずなのに、実際には城へ入った途端にやることが積み上がっている。
まあ、当然だ。
帝国へ遊びに行ったわけではない。
山賊もどきとして暴れ、帝都を見て、四帝家を揺らし、腐銀の話まで持ち帰った。父上へ報告しないという選択肢はないし、父上がすぐに呼ぶのも当たり前だった。
それでも、少しは休ませてほしい。
そう思う自分もいる。
隣を歩くセバスチャンは、いつも通りだった。帝国から戻ってきた直後だというのに、足取りに疲れは見えない。いや、見せないだけかもしれないが、少なくともギルよりはずっと余裕があるように見えた。
「若様」
「何だ」
「顔が忙しそうですぜ」
「報告することが多い」
「それだけですかい」
セバスチャンは横目でこちらを見る。
ギルは無言で前を向いた。
「ダリア嬢のこともありますしな」
「今は父上への報告だ」
「へいへい」
「それに、ダリアはレティシアへ預けた。今考えても仕方ない」
「そう言う割に、さっきから眉間が固いですが」
「気のせいだ」
「そういうことにしておきやしょう」
セバスチャンが肩を揺らした。
腹立たしい。
だが、完全に否定しきれないのもまた腹立たしい。
ダリアのことは気になる。
レティシアが怒っていないのかも気になる。
父上がどう受け取るかも分からない。
だが、今は帝国での報告が先だ。報告の順番を間違えれば、上層部が余計な勘違いをする。いや、勘違いで済めばまだいい。マバール家が帝国の皇位継承問題へどれほど関わったのか、誰がどこまで知ってよいのか、言葉ひとつで意味が変わる。
証拠は残していない。
表向きには何もしていない。
だが、実際にはかなり動いた。
この面倒さを、これから父上と上層部へ話さなければならない。
執務室の前に立つ騎士が、ギルたちを見て姿勢を正した。
「若様、セバスチャン殿。旦那様がお待ちです」
「入る」
「はっ」
扉が開かれる。
厚い木の扉が軋む音は小さかったが、その向こうから流れてきた空気は重かった。
ギルは一歩、室内へ入った。
父上の執務室は広い。
壁には地図が掛けられ、棚には巻かれた書類や封蝋の付いた束が並び、机の上には数枚の羊皮紙が置かれている。燭台の火は多いが、部屋の隅には濃い影が残っていた。紙と革と蝋の匂いが混じり、そこへ人の体温が重なっている。
人が多かった。
父上だけではない。
マバール家の上層部がほとんど集まっている。
文官、武官、財貨を扱う者、兵站を見ている者、古参騎士、記録役らしき若い文官。全員がこちらを見た。
ギルは一瞬だけ、胸の内で舌打ちしたくなった。
思ったより大ごとになっている。
いや、当然か。
帝国から戻ったのだ。
しかも帰還直後に、褐色肌の女まで連れている。
文官から報告が入っているなら、上層部が集められるのもおかしくはない。
だが、ここで動揺を見せるわけにはいかなかった。
ギルは部屋の中央まで進み、礼を取った。
「戻りました」
セバスチャンも横で頭を下げる。
執務机の奥で、ガルシア・マバールがこちらを見ていた。
大きな体を椅子に預け、片腕を机へ置いている。表情はいつも通りだ。怒っているようには見えない。だが、機嫌が良いとも断言しづらい。
「うむ」
父上は短く応じた。
「報告せよ」
「はっ」
余計な挨拶は要らない。
ギルは顔を上げた。
視線が集まる。
上層部の者たちは、城門から戻ったギルたちの姿をすでに聞いているのだろう。だが、帝国で何があったかまでは知らない。その目にあるのは、答えを待つ者の静けさだった。
ギルはゆっくり息を吸った。
「まず、帝国内への侵入ですが、こちらはマバール家の者としてではなく、山賊として行動しました」
上層部の数人がわずかに表情を動かす。
しかし、まだ誰も口を挟まない。
「エレオノーラ嬢とは、表向きに距離を保っています。こちらがアバルディア家と協力していると見られないよう、接触は必要な範囲に抑えました」
「証拠は」
年配の文官が問う。
声は低いが、鋭い。
ギルは頷いた。
「残しておりません。文書、署名、封蝋付きの約定は一切ありません」
「口約束か」
「はい」
「それならよい」
文官は短く言った。
それならよい、という声には、完全に安心した響きはない。だが、少なくとも証拠が残っていないことは重要だと理解しているのだろう。
父上は黙っている。
ギルは続けた。
「帝国内へ入った後、アバルディア家の重鎮と思われる老女と会いました」
部屋の空気がわずかに張る。
「名は」
別の文官が問う。
「聞いておりません」
「立場は分かるか」
「断定はできません。ただ、エレオノーラ嬢より上位の判断を下せる人物と見てよいかと」
名前も立場も、確証はない。
だが、あの場の空気とエレオノーラの反応から、ただの使用人や側近ではないことは分かる。
セバスチャンが横から口を添えた。
「ただの婆さんじゃありやせんでしたな。あっしらを前にしても、目の動きがほとんど乱れやせんでした」
「密約の内容は」
文官がさらに聞く。
「メガレア家を抑えるため、こちらが動く余地を作ることです。ただし、先ほど申し上げた通り、形に残る約定ではありません」
「アバルディア家が裏切る可能性は」
「あります」
ギルは即答した。
「だからこそ、文書は交わしておりません。こちらも相手を全面的に信じてはいない。相手も同じでしょう」
文官の一人が小さく頷いた。
父上はまだ沈黙している。
聞いている。
ギルは視線を落とさず、次へ進めた。
「その後、帝都へ入り、情報を集めました」
数人の目が細くなる。
敵国の首都。
そこへ入ったというだけで、まともな神経なら驚く。
「帝都では、四帝家の屋敷の位置、第一城壁内の様子、各家の人の流れを確認しました」
「潜入はどのように」
武官の一人が問う。
「こちらは粗末な旅装で動いていました。騎士らしくは見えない格好です。正規の一団としてではなく、荒事慣れした旅の集団に見えるようにしています」
セバスチャンが低く笑う。
「まあ、あっしらの顔だと上品な旅人には見えやせんがね」
「確かにな」
武官の一人が短く返し、部屋にわずかな息の緩みが生まれた。
ギルはそこへ乗らず、報告を続ける。
「帝都で情報を集めた後、帝都を離れました」
文官の筆が動く。
燭台の火が揺れ、羊皮紙へ影が落ちた。
「十分に距離を取った後、第一城壁内へ攻撃魔法を撃ち込みました」
空気が止まった。
筆を走らせていた若い文官の手が止まる。武官の一人は、口元を固く結んだ。父上だけは表情を大きく変えない。
「第一城壁内へ、か」
低い声で言ったのは、壮年の騎士だった。
「はい」
「帝都の中で撃ったわけではないのだな」
「違います」
ギルが答える前に、セバスチャンが一歩控えた位置から補足した。
「帝都を離れてからですな。十分に距離を取ってからでございやす」
文官たちの緊張が、少しだけ別の形へ変わった。
帝都内で攻撃魔法を使ったわけではない。
だが、離れた場所から第一城壁内へ届かせた。
その異常さまでは消えない。
「どの程度撃ったのだ」
壮年の騎士がセバスチャンを見る。
セバスチャンは少しだけ顎に手をやり、記憶をなぞるように目を細めた。
「さて、十は超えますが二十は超えんでしょう」
部屋が沈んだ。
十を超え、二十は超えない。
言い方は雑だが、十分に多い。
「正体は」
文官が短く問う。
「露見していないと考えております」
ギルは答えた。
「距離を取っています。こちらは山賊として痕跡を散らしており、マバール家へ直接繋がるものは残しておりません」
「攻撃魔法の狙いは」
ここで初めて父上が問うた。
低い声だった。
「第一城壁内全体への揺さぶりです」
ギルはすぐに答える。
「四帝家が集まる場所へ攻撃魔法を撃ち込むことで、帝都内部へ不安を広げる意図がありました」
「四帝家すべてを狙ったのか」
文官が問う。
「いいえ」
ギルは首を振った。
「攻撃対象には偏りを持たせました」
「どういう偏りだ」
「ザザント家の屋敷だけは避けました」
数人が息を呑んだ。
「わざとか」
「はい」
「理由は」
「ザザント家だけが無傷なら、他家から見て不自然になります。メガレア家と各帝家の対立が深いなら、その不自然さは疑念になります」
ギルは一度、父上の方を見た。
父上は黙っている。
続きを促すような沈黙だった。
「ただし、その時点でこちらがザザント家を襲わなかった理由は、後で利用するためです」
文官が目を細める。
「後で、とは」
「第一城壁内への攻撃後、こちらは帝国内を移動しながらメガレア家系を襲撃しました」
部屋の数人が動く。
「対象は小規模な拠点が中心です。大きな屋敷へ正面から入るような真似は避けています」
「メガレア家系のみか」
武官が問う。
「いいえ」
ギルは首を振る。
「メガレア家系だけでは露骨です。疑いを散らすため、アバルディア家系も一部襲いました」
文官たちの目が一斉に鋭くなる。
「アバルディア家と密約を交わした後でか」
「はい」
「相手は納得しているのか」
「納得を取る種類の行動ではありません」
ギルは淡々と言った。
「こちらがアバルディア家を避け続ければ、逆に繋がりを疑われます。山賊として動く以上、味方らしく見せてはならない」
セバスチャンが頷く。
「若様の言う通りでさぁ。あちらさんの手先に見えたら、全部台無しですからな」
上層部は黙った。
理解はしている。
だが、そのために密約相手の系統も襲うという判断に、簡単には頷きたくない顔をしている者もいた。
ギルはそこで、ザザント家の話へ戻す。
「この段階では、ザザント家系は襲っていません」
「第一城壁内でも避け、その後の襲撃でも避けたのか」
「はい」
「それで、他家にどう見せたかった」
「ザザント家だけが不自然に被害を受けない形です」
文官の一人が口元を押さえた。
「メガレア家側に、ザザント家への疑いを強めさせるためか」
「それもあります」
ギルは答える。
「同時に、ザザント家側にも不安を作るためです。自分たちだけが無傷なら、周囲からどう見られるか考えるでしょう」
父上は黙っている。
視線は鋭い。
だが、ギルを止めない。
続けろ、ということだろう。
「その後、メガレア家の長男側と思われる勢力が、ザザント家系を襲い始めました」
文官の一人がすぐに問うた。
「長男側と断定できるのか」
「断定はできません」
ギルは答える。
「ただ、襲撃の規模、動きの早さ、狙い方から見て、末端が勝手に動いたとは考えにくい。少なくとも、メガレア家内部の有力な者が関わっていたと見ています」
「証拠は」
「ありません。現地での観察と状況からの推測です」
「ふむ」
文官は記録役へ目を向けた。
記録役が再び筆を動かす。
ギルは続ける。
「メガレア家系がザザント家系を襲い始めた後、こちらもさらに移動し、今度はザザント家系を襲いました」
武官の目が動く。
「今度はザザント家を襲ったのか」
「はい」
「なぜその段階で」
「メガレア家側が既にザザント家系を襲い始めていたためです。そこにこちらが同じ方向の痕跡を混ぜれば、メガレア家の仕業に見えやすくなる」
「偽装したのか」
「しました」
ギルは頷く。
「襲撃順、残す痕跡、逃げる方向、奪うものを調整しました。もちろん完全ではありませんが、疑念を増やすには十分かと」
セバスチャンが軽く口角を上げる。
「現場はかなり混乱しておりやした。あれなら、誰がどこまでやったかすぐには分かりやせん」
誰がどこまでやったか分からない。
それが大事だった。
上層部もそこは理解したらしい。
部屋の空気は重いが、先ほどのような疑問の刺は少し減っている。
「結果として」
ギルは声を落とした。
「アバルディア家とザザント家は接近しました。少なくとも、敵対を続けるより手を結ぶ方向へ進んだと見ています」
「確認したのか」
「直接、両家の調印を見たわけではありません。ただ、アバルディア家側の動き、ザザント家側の被害、メガレア家側の暴走を考えれば、同盟へ向かう可能性は高いと判断しております」
「次代皇帝は」
年配の文官が問うた。
「アバルディア家最後の男子になる可能性が高まったと見ています」
部屋の中がざわついた。
敵国の皇帝候補。
それがマバール家の三男の工作によって押し上げられた可能性がある。
口に出せば危険すぎる話だ。
「ただし」
ギルはすぐに続けた。
「表に出る形は残しておりません。証拠も残していない。アバルディア家側が何を言おうが、こちらは山賊として動いただけです」
文官の何人かが小さく頷く。
王国への忠誠。
独断で帝国の皇位継承へ関わった証拠など残せない。
ギルはそこで腐銀の話へ移った。
「さらに、アバルディア家にフリージア家より腐銀が持ち込まれていた可能性があります」
部屋の空気が明確に変わった。
さきほどまでの政治的な緊張とは違う。
もっと本能的な嫌悪と警戒が混じった反応だった。
腐銀。
魔力持ちにとって危険なもの。
その名が出た瞬間、武官たちの表情も固くなった。
「可能性、と言ったな」
父上が問う。
「はい」
ギルは頷く。
「現物をこちらで押収したわけではありません。ですので断定は出来ません」
「どう見る」
「本物と見ます。アバルディア家の男子が相次いで死んだこと、メガレア家がその恩恵を受ける形になっていることを合わせて考えればそれが自然かと」
文官が低く言う。
「フリージア家が腐銀を流し、メガレア家がそれを使ったと見ているのか」
「可能性です」
ギルは重ねる。
「確定ではありません。ですが、状況とは合います」
「皇帝は」
別の者が問う。
「皇帝自身も腐銀の影響を受けた可能性はあります」
ギルは慎重に言った。
「ただ、これも確定ではありません。腐銀であれば説明がつく、という程度です」
部屋は静まり返った。
誰も軽く扱わない。
腐銀が帝国の皇位継承に使われた可能性。
もし本当なら、帝国の内乱は単なる後継争いではなく、もっと深い毒を含んでいることになる。
父上はしばらく黙っていた。
燭台の火が揺れる。
ギルはその間、父上の顔を見ていた。
怒っているようには見えない。
むしろ、考えている。
いや、楽しんでいるようにも少し見える。
そう感じるのは、俺が父上を知らなすぎるからかもしれない。
やがて父上が口を開いた。
「どの程度倒したのだ」
ギルが答えようとする前に、セバスチャンが一歩だけ意識を前へ出した。
「騎士まで含めれば、ざっと百名ほどですな」
空気が止まった。
文官の筆が完全に止まる。
武官の一人が目を細めた。
百。
数字としては簡単だ。
だが、その中に騎士や貴族まで含まれるとなれば意味が違う。
平民兵を百倒すのと、騎士や貴族を百倒すのでは重さがまるで違う。
「正確な数か」
文官が問う。
「いや、正確じゃありやせん」
セバスチャンは答える。
「襲撃後に数を数えて回る余裕はありやせんでしたからな。ですが、貴族だけでなく騎士まで含めれば、そのくらいは削っておりやす」
「味方の損害は」
武官が問う。
「死者は出ておりやせん」
セバスチャンの声は少し低くなった。
「負傷はありますが、帰還に支障はない程度でさぁ」
その言葉で、部屋の空気がまた少し変わる。
百ほど倒し、味方に死者なし。
異常だ。
だが、それが今回の結果だった。
父上はゆっくり目を細めた。
ギルには、それが機嫌の良さのようにも見えた。
「ご苦労であった」
父上が言った。
短い。
それだけだった。
だが、その一言でギルの肩から力が抜けかける。
怒られなかった。
少なくとも、この場では。
「下がってよい」
「はっ」
ギルは礼を取った。
セバスチャンも頭を下げる。
部屋の中では、まだ誰も完全には息を抜いていなかった。文官たちは今聞いた情報をどう扱うか考えているのだろうし、武官たちは戦果と危険性を測っているように見えた。父上だけは変わらず執務机の奥にいる。
ギルは扉へ向かった。
これで終わり。
そう思った瞬間、背中に父上の声が届いた。
「あの女は何であるか」
ギルの足が止まった。
部屋の空気も止まった気がした。
来た。
当然だ。
帰還した三男が、帝国から褐色肌の女を連れてきたのだ。しかも自室へ向かわせている。父上が聞かないわけがない。
ギルは半身だけ振り返った。
「父上の助言に従い、連れ帰りました」
数秒、沈黙が落ちた。
上層部の顔に、反応に困ったような色が浮かぶ。
セバスチャンも横で口を閉じている。
ただ、その顔はかなり面白がっていた。
父上はギルを見た。
「うむ」
短い頷き。
「そうか」
それだけだった。
追及はない。
説明を求めることもない。
上層部の方がむしろ困っているように見えた。
ギルは礼を取り直す。
「失礼いたします」
扉が閉じる。
重い音が廊下に響いた。
廊下の空気は、執務室より少し冷たかった。
ギルは数歩進んでから、ようやく息を吐いた。
終わった。
とりあえず、終わった。
父上は怒っていなかった。
たぶん。
少なくとも、この場で怒鳴られはしなかった。
セバスチャンが隣で低く笑った。
「若様」
「何だ」
「父上の助言に従い、はなかなかでしたな」
「うるさい」
「中身は存じやせんが、ずいぶん都合のいい助言だったようで」
「黙れ」
「へいへい」
セバスチャンはそれ以上言わなかった。
知らないことは言えない。
だが、からかう材料としては十分だったのだろう。
ギルは額を押さえた。
勢いで言った。
いや、嘘ではない。
父上の助言は確かに受けた。
問題は、その助言をああいう場で持ち出すべきだったかだ。
たぶん、違う。
だが、父上は流した。
なら、まあ、よしとしよう。
そう思うしかない。
「若様」
「今度は何だ」
「ダリア嬢、かなり気に入ってやすな」
ギルは少し黙った。
廊下の窓から中庭が見える。燭台の火とは違う、外の篝火が揺れている。兵が動き、馬の声が遠くに聞こえ、マバール城は夜の中でも息づいていた。
帝国から戻ってきた。
父上への報告も終えた。
だが、これで終わりではない。
ダリアは城の中にいる。
レティシアもいる。
ガルシアは何も追及しなかったが、それは許可とも放置とも取れる。
面倒事は確実に増えている。
それでも、ギルの胸の奥には妙な軽さもあった。
ダリアは有能だ。
使える。
それに、見た目も悪くない。
いや、かなり良い。
「……有能だからな」
ギルが言うと、セバスチャンはにやりと笑った。
「へいへい」
「何だ、その返事は」
「いえ、何でもありやせん」
「絶対に何か思っているだろ」
「若様がそう思うなら、そうかもしれやせんな」
「クソじじい」
セバスチャンはまた肩を揺らした。
ギルは軽く舌打ちして歩き出す。
父上への報告は終わった。
だが、部屋へ戻ればレティシアがいる。
ダリアもいる。
そちらの方が、帝国貴族よりずっと難しい気がした。




