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メモリーダイバー


この世界に正しさなんてない

この世界に悪なんてない

この世界は正義に囚われている

人が最も残酷になる時、それは

「大義」「正義」が自分達にはあると

そう確信した時である。



「ねぇ聞いた?」


「斉藤君、レベルが消えたんでしょ?」


「そうそう」


「なんかめちゃくちゃレアケースらしいけど」


クリアとヘイズ

それはこの人類に架けられた忌々しい十字架。

どういうワケか、技術の発達と共に世界で発生したこの厄災は、感情や精神というモノの軸に沿って生きる人間という種族には余りにも大き過ぎる罪だ。一種の精神エネルギーであり、主にヘイズはコントロールが難しく、そしていつ暴走するかわからない。結果、ヘイズ能力者は世界から疎まれる傾向にある。負の感情が上振れたり、トラウマなどが強く刺激されると暴走し、様々な問題や犯罪を引き起こす。

能力はそれぞれヘイズが心で発生したきっかけが影響して決まる。その強さはヘイズLvによって表されており5段階まで存在する。その能力も言わずもがな、攻撃的なモノが多い。そんなものが蔓延る世界では感情を固定化する手術や薬が蔓延しており、中には大きなトラウマが原因のヘイズLvの永続的な上昇をリセットする為、記憶を消去する者までもがいる始末だ。逆に言うとクリア能力者は何かしらの方法で感情を制御できているか、生まれ付いての聖人であるか、なんて言われている。勿論こちらもクリアLvとして5段階まで表される。そんな二律背反の世界で僕たちは生きている。


そんな日々の中で


2026年6月12日、僕のヘイズLvは突然消えた。特に前触れは無く突然消失したのだ。原因は不明。未だ前例が一件しか報告されていないこの現象はちょっとしたニュースにもなった。って言っても名前が隠された状態でサラッと流されただけで、世間的には「そういう人もいるんだなぁ」と軽く注目されるだけだった。本来、精神状態が大きく傾くことによって発現するはずのこの力達は、それ以来どれだけ感情が揺れ動いたとしても僕の身体から発せられることはなくなった。でもコレはコレでラッキーだったのかもしれない。憂鬱だったのだ。

能力者というだけで忌避されるこの世界が。


だがクリア能力者は違う。世界に分布する能力者の中でも希少な存在であり、まるで天然記念物かの様な扱いだ。一定の発言権を有し、能力だけで無く権力まで維持しているのだ。それに対して僕はそう、ヘイズ能力者だった。といっても能力者の殆どがヘイズ能力者であり、普遍的ではあるのだが。



僕の名前は斉藤彩人

都立蔵手高校に通っている

"この間まで"ごく普通の高校生だった者だ。



「そこ!ボーッとするんじゃない!」

蝉の喧騒を掻き消す程の声で、先生は僕を叱った。5時限目の昼下がり、日差しがカーテンを

強く穿つ。この時間帯が正直一番眠い。運動不足が相まって、食後の血糖値スパイクで完全に頭がダメになってしまう。ボーッとしたり考え込んだりするこの高校生という年頃は特に、こういう状況に抗えないものだ。「よし、今日のおさらいだ」「この世界は現在二つの力によって維持されている」「クリアとヘイズ。人の精神状態によって発現するこの力は人に様々な能力を付与する」「ヘイズは傷害事件から殺人事件まで幅広い社会問題の根本的な原因となっている」「クリアは治癒能力や人々を助け合う能力者が多い」「これらの能力は精神状態がどちらかに傾くかによって大きく左右される」「以上!今日はここまで!黒板消しとけよ!」

 

キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴り退屈な授業が終わりの合図を告げると、一気に肩の力が抜けていくのを感じる。ここ最近あったことなども起因して疲れが溜まっていたのか、授業終わりはこの感覚が定期的に訪れるような日々だ。

「はぁ〜」大きく溜息を付くと、手に握り締めた

USBメモリを見つめた。





ヘイズLv消失が発覚して3日後の朝。


ピンポーン


「はーい」


「斉藤彩人君…かな?」


そこに立っていたのは、コートを着て気品を感じる佇まいをした御仁だった。何人かの付き人を連れており、まるでどこかの貴族の様だ。



「は、はい!」

その圧倒的なオーラに気圧されそうになりながらも、なんとか自分がそうであると伝える。


「私共はこういう者なのだが」

そういうと僕に名刺を差し出した。


【クリア連盟協会日本支部】

理事長 黒岩 白人


そう書かれていた。

「クリア連盟協会」それは、世界中に支部を持つクリア能力者の保護と権力の維持、ヘイズ能力者による暴動の鎮圧、クリア能力者及びカウンセラーの派遣など、この二つの力による均衡を保つべく作られた国際機関である。

僕自身もこの機関に全く関わりが無かった為、

初めて出会った時には戸惑いがあった。


「君の身体の状態について、こちらにも情報が入っていてね」

「早速だが今回の我々の要件は…スカウトだ」


「スカウト…ですか?」


「そう、正式な法律に則った上でのスカウトだよ」

「君には是非我が日本支部のカウンセラーとして所属して頂きたい」


「えっ…あっあの〜」

「突然過ぎて何が何だか」


「詳細なことに関してはまた後日、我々の施設にて担当者から説明させて頂くよ」

「朱肉と判子を忘れずにお願いしたい」

「では私はこれにて失礼させて頂く」

「善い返事を期待しているよ」

「『お父様からの言葉を忘れずにね』」


「えっ…?」


僕には一般的な父親が居た。特に変わったところも無い、なんの変哲も無い一般家庭のごく普通の父親だった。だが父親は僕が小学生の頃に急に亡くなったのだ。不可解なことに原因不明の死因「事故」として処理されていた。遺体と対面することは叶わず、僕はずっと蟠りを心に宿していた。


悲しみというよりは強い「何故」という疑問が幼いながらの僕を締め付けていたのを鮮明に覚えている。そしてそれから僕宛の遺言状が父の遺品整理中に見つかったのだ。そこには

「もし今後何か特殊な状況に置かれたらコレを持っていきなさい」と書かれており、その傍に差し込み口の無い小さなUSBメモリのようなものが添えられていた。その時は特に気にすることも無く、ただのお守りとしてずっと持っていた。あの黒岩という人が何故遺言の事を知っていたのかはわからないが、父さんの死の真相に辿り着けるのならばと、僕はスカウトを受け入れるのであった。


そしてその訪問の数日後

僕は例の協会に招かれて面談に向かった。


受付を済まし案内に従って入った部屋には

今回の担当者であろう白衣を着た女性が、マグカップを片手に腰を掛けていた。

「君が斉藤彩人クン…かな?」女性は立ち上がると紅茶の香りを漂わせて言った。何処か距離が近い。

「は、はい…」

「やはり!私の目に狂いは無かった!このカウンターが指す通り君はニュートラル状態…つまり仮説は正しかったということだぁ!」

「私が此処の科、カウンセラー科の責任者の来栖だ。よろしく頼むよ」ここ数年の中でもかなりのハイテンション、それと….変人のようだ。「そして、ようこそ我がカウンセラー科へ」と言うと、女性は静かにチェアに腰を掛けた。「適当に座ってくれたまえよ。客人かどうかは微妙なラインだが、それに準ずる君を見上げながらの説明は少々疲れるのでね」静かに僕も近くのソファに腰掛けた。「ところで君が此処に呼ばれた理由は判るかな?」プロジェクターのセッティングを済ませながら、そう僕に問いかける。

「カウンセラーがなんとかっていうのは聞いてはいます…」「ん?なぁんだ知ってるじゃ無いかぁ」「じゃ、早速手続きといこうかね」

そして小一時間、書類へのサインを求められた。その最中彼女は組織の活動体系などを話してくれたのだった。例の一件から周りの人間とあまりコミュニケーションを取らなかったからか少し緊張していたがそんなこととは他所に、来栖さんは僕に言った。


「ところで君のそのUSBメモリーなんだが…

それが君の能力だ」

「えっ…」正直戸惑いしかなかった。"能力"は本来ヘイズかクリア由来の物しか存在しないのではないのか?Lvを失った僕にまだ何か能力があるとはさっぱり思えなかった。だがそれ以上に耳を疑ったのがこのUSBメモリーのことだ。

「その、コレは父さんの遺品なんですが…これが能力というのはどういうことですか」

「まず語らないといけないのはロスト現象についてだ。これに関してはまだ完全に解明されていないんだ。だが、分かってることとして、ロスト現象が起こると記憶に関する能力が発現するということだけは判明している」

そこで僕は一つ疑問が滲み出した。束の間、僕は口を開いて問いかけた。

「でもロスト現象は前例が無く、発症例だって…何故そこまで研究が進んでいるのですか?」

「それはまず君のお父さん『斉藤彼方』について話さないとならない」そう言うと来栖さんは側に立て掛けてあった写真立てを持ち、神妙な面持ちで眼鏡を置いた。「私と彼は同期でね。面白いヤツだった。それと同時に優しくて、最期までヘイズ能力者がなんとか平和に共存できる方法は無いかと、奔走していたよ」「実は君の父さんも同じ、ロスト現象が起こった人物だった。表面上は君が初症例ということになっているが、その実態は協会側の情報統制によって"そういうこと"になっているだけだ。君と君の父さん以外にも実は過去に何人か存在していた。」「彼の能力は『スタグネートメモリー』あらゆる記憶を記録媒体に保存できる能力だ。彼はその能力を駆使して日本に6人存在するLv5能力者のカウンセリングを行っていた。そして彼はある日突然殉職した」「亡くなる直前に私に『もし息子にもロスト現象が起こったら、きっと此処に来るだろう。その時にそのUSBメモリーがメモリーダイブの手助けになると教えてやって欲しい』そう遺書を送ってきた」

「メモリー…ダイブ?」

「君の能力名だ。『メモリーダイブ』は、本来手術用インプラントである人体用のメモリージャックにそのUSBを差し込むことで発動する」

「対象の記憶に入り込むことができる。勿論当人と追憶することもできる。それを使ってヘイズLvを引き上げている"核"を排除、もといトラウマを打ち斃し、過去に向き合うことが出来れば対象が再び能力を制御出来るようになる」

「こうすることで手術による記憶消去以前に、拘束することすら困難な高レベル能力者すら寛解させることができるだろう」「ただ、ヘイズ能力者全員が知っているだろうが、完全変異体だけはDNAそのものが組み変わっている。その関係上救うことは…不可能だろう。だが暴走を抑える切り札にはなり得る」

「それが僕の能力…ですか」父さんは全て知っていてこれを僕に託したのか。なんて無責任で、

悲しいんだ。正直、言って欲しかった別れの言葉も、この真実すらも。



「一つ質問なのだが…」

「君はこの世界の状況を見てどう思う?」

「まるでボードゲームのような世界。白が黒を裏返せば次は黒が白を裏返すーーー」

「私はクリア能力者によるこの世界の管理運営は果たして本当に人類が歩むべき道なのかどうか実に懐疑的なんだ」「あたかもヘイズ能力者が社会を侵す癌であるかのように見せしめるこの世界がね」

喋れば喋るほど最初は高らかに張り上げていたその声色は、問いかけと共に酷く静かに沈んでいくのが分かる。

確かにこの世界はどこか病にでもなったように思う。人は本来、トラウマや失敗を経験して、それらを乗り越えて成長していく生き物だ。

記憶や経験は紛れもなく自分自身を形成する不可侵の領域であり、それらを容易に弄っては切除するこの世界の仕組みに、まともな倫理観はないのかとそう思っていた。そしてその上で、抑圧のためとはいえそれらを強制せざるを得ないこの世界に「救いは無いのか」と、懐疑的だったように思う。

乾燥し切った唇をなんとか動かして僕は言った。「僕もそう思います。確かに簡単には解決できないんでしょうけどもっと何か方法が有れば良いのに…と。でも僕が救えるのは僕の手が届く人たちだけで、そこに小さな絶望感があるような…」

「そうかーーー絶望ねぇ…だけど少年、この世界で唯一終わらせるのではなく、誰かを救って共に歩けるような能力を持つキミから、その言葉が聞けてよかったよ」

「どうやら捨てたんもんじゃ無いらしい」


「こんな世界だろうと」



第一章 clear in the haze

媒体ノ記憶


2026年7月16日


「あ゛づい〜…」


「ねぇこの部屋いくらなんでも暑すぎですわ!」


「仕方ないだろ?お偉方に取り合っても業者が来るのは5日後だって言っているんだから、それまでは扇風機で我慢だ」


「こんなんじゃ暑さから来るストレスで馬鹿になってしまいますわ〜…って今日は新人が来るのではなくて?」


「あぁそうだ。出来れば来る前に冷房器具はどうにかしたかったんだがな…」


外に丸聞こえである。特にお上品な言葉(?)遣いの女の子らしき声が。

聞いた感じ、男女で会話してるようだ。


静かに扉を開けると、さっき聞こえた声の主らしき女の子がこちらに近寄ってきた。


「ん?貴方が例のカウンセラー?」

活発そうな口調と姫カット、白と黒の髪色に

明らかに上品さが漂うこの感じ…間違いない

お嬢様キャラ的な子である。


「あ、あぁ!よろしくな」

少しとっつき難い感じはしたが…多分大丈夫だろうと信じて挨拶を交わした。


「ふーん…成程ねぇ」

これでもかと言わんばかりに僕のことを注視してきた。それも舐め回す勢いだ。


「あの〜…そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんだけども」


「何も貴方を変態的な意図を持って見てるんじゃ有りませんわ」

そう言うと彼女は何処かからか取り出した、

餅とアイスが合体した例のスイーツを取り出し

頬張り始めた。


「@#XO$%÷=8」


「おい玲奈…飲み込んでから喋れ」

すると奥の方から同年代くらいの男子が

呆れた顔をしながら出てきた。


「☆+*2%々:8÷○<9々・5$=#…っですわ!」


「だから何言ってっかわからねぇだろうが!

しっかり飲み込んでから喋れ!」


「すまねぇなぁ、コイツこんなペースだけどなんとか親しくしてやってくれ」とさっきと同じ呆れた顔をしながら僕にそう言った。


「あ、あぁ…うん!」


「今貴方コイツって言いましたわね!?許さーー

「俺は武下海渡。ここの隊員だ、よろしくな!」

「遮るんじゃないですわ!ぶっ飛ばして差し上げますわよ!」


「んでコッチの似非お嬢が鷹司玲奈だ」

「よ、よろしくですわ!って誰が似非お嬢よ!

鷹司家は軍需産業の世界的なマーケットを持つ誇り高き家柄ですのよ!?それをーーー

「すまねぇなぁ、冷房がイカれちまってるんだ」

「だーかーら!無視するんじゃないですわ!」

「そうだ!アイス持ってきてやるから待ってろ」


「わ、私は真冬だいふくでお願いしますわ!」


「お前は食い過ぎだ!少しは控えろ!」

「う、煩いですわね!乙女に食べ過ぎなどと罵るとは失礼極まりないですわ!」


…中々騒がしい面子のようだ。


ガチャ



「ん?どこかで見たような気がするんだけど…まぁいっか。いらっしゃい。お客さん?」


そう言いながら女性が一人、部屋のドアを開けて入ってきた。

「いえ、僕は今日から配属されたカウンセラーの

斉藤彩人です!よろしくお願いします!」


「あら、君が噂の。よろしく!私は佐野内呉羽

ここの隊長をやっているわ」

あぁ好き、もう好き。黒髪ロングに高身長、正に清楚そのもの。しかもちょっと良い匂いがする。完全に女神か何かである。どこかの国の聖なる泉的な何かから出てきて、どちらが貴方が落とした物なの?って聞いてくるタイプの女神である。ここに配属されてよかった。うん本当に。


「呉羽さん!おかえりなさいですわ!」

まふゆ大福を片手に飛び跳ねながら、玲奈さんは彼女に一直線だった。


「あら、玲奈。冷房が壊れたって聞いたけど、暑いのに待たせてごめんなさい」


「全っ然大丈夫ですわ!私レベルになると、扇風機だけで全然耐えられますもの!」

そしてまた大福アイスを口に放り込んでいた。


「嘘付け。さっきまで冷房がなくてキレ散らかした挙句、アイス要求してたボンボンはどこのどいつだ」


「あーのーねー!そういう余計な事を、隊長の前でべらべら宣うのはやめて下さいまし!」


「ごめんなさいね〜ああ見えても仲良しなのよ。

だから気にしないで大丈夫だから」

苦笑いを浮かべながら荷物を下ろすと、彼女は僕にそう言った。


「一応此処にいる全員で、ここのカウンセラー科の鎮圧部隊ということになるわ」

「まだまだ慣れないことは多いかもだけど、何かあったらどんどん言って大丈夫だからね!」


やはり女神である。


「はい!ありがとうございます///」

分かりやすいほどの動揺が僕の声を伝って震える。


すると後ろから海渡さんが言った。

「そういや彩人、ここ全員の能力とか経歴がまとめられている資料的なやつを来栖さんから貰ったか?」資料?そんな物は貰ってなかった気がしたので「いや特には…」と返す。


「直ぐに任務に赴くことはないと思うが、今後のコンビネーションなどに関わるから一応見とけ。つっても黒塗りだらけで一部はわからないようになってるから、そこは悪しからずな。要は最近流行りのプライバシーってやつだ」

というと棒付きのガリガリした感じのアイスを頬張りはじめた。


「早速で悪いけど、明日から訓練だから遅刻しないようにね」と、女神もとい呉羽さんは言った。


中々に濃い面子に揉まれながらも、荷物の段ボールを振り回しては執務室に持って行き、整頓が終わる頃には夕方になっていた。


「今日は解散。みんな暑い中お疲れ様」

労いの言葉を受け取り家路につくと、海渡さんがこっちにやってきた。


「よっ!疲れ!ん?お前も同じ家の方面なのか?」


「僕は一応蔵手西だけど君もそうなの?」


「あぁそうだぜ。奇遇だな!折角だし一緒に帰るか!」


流れから帰路につき、暫く談笑していると

会話後の沈黙を突き破って、僕に問いかけた。


「なぁ彩人、お前が答えられるなら聞きたいんだけどよ、お前ってアレだよな、その例のロスト現象が発現した高校生…だよな?」

「あ、あぁ悪い…答えづらかったらその…無理に答えなくてもーーーー


「うん。そうだよ。僕がその例のロスト高校生ってヤツ」不思議と即答だった。学校ではロストの一件以来、あれだけ周りと関わりたく無いと思っていたのに、どうしてかすんなりと肯定している僕が居た。


いやこれは不思議なんかじゃ無い。

本当に欠けていたピースが、漸くハマったことで僕は一つ前に進もうと思えたからかもしれない。


そんな事を考えていると、海渡が口を開いた。

「実は俺もさ、ロストではねぇけど、一度Lv4までヘイズ値が上がっちまったことがあってよ」

「翌日からまるで、犯罪者や危険生物でも見るような目で見られた挙句、親しかったやつは全員離れちまった」


そんな壮絶な過去を語りながらも、海渡の手や顔は一つも震えることがなかった。


「実はこの施設の部隊にはよ、Lv4まで一度上がって、そこから制御できるまで世界や自分と向き合った奴等が結構いるんだ」

「だから気を張り過ぎなくても大丈夫だ。ウチのみんなはきっと、痛みを知ってる側の人間だからよ!」と彼は笑顔でそう言ってくれた。


「色々気にかけてくれてありがとう。それと、これからよろしく!」


「おう!」


夏だからふと、暑苦しいという言葉が出てもおかしく無いのに。押し付けられる善意でも無く、引き剥がされる悪意も無い。

掛けられた言葉達に心で返した言葉、それはーーー温かい。ただそれだけだった。


「じゃあ俺はここで。じゃあな!」


「じゃあ。また明日」



その日はカバンに着けていたUSBが少し、重く感じたような気がした。


2026年7月15日 18:46

共有データノ記録



翌朝、訓練に向かう為に、僕は朝ご飯を済ませ、家を出た。


何も変わらない、なんの変哲も無い、現在休学中の学校に行っていた頃と変わらない朝ーーー

の筈だった。


「バァン!」

凄まじい何かが破裂したような音に僕は、驚きから足を止めた。


「バァン!バァン!」

立て続けにまた同じ音がした。まるで何かの爆発音のような音…ヘイズ能力者か?

そんな疑問に固まっていると


「そこ!どいて下さいます?」


「へ?」


瞬間、僕の右後ろの辺りであろうか、ブロック塀が粉々に砕け散った。それと同時に僕の背後から目にも止まらない速度で何かが飛び出した。


「斉藤さん!伏せて下さいまし!」


そこ立っていたのは玲奈さんだった。

しかも、明らかにヤバい威力をしてそうな

ライフルをこちらに向けている。


「えっ、ちょっちょま!?」

そして今度は大砲のような音がしたかと思うと。飛び出してきた何かに命中した。


衝撃で弾け飛んだそれは、よく見ると人の半身に赤黒いナニかが取り憑いた奇怪な物だった。

よく見るとナニかのその腕は巨大な出刃包丁のような形に変形していた。


「当たった!このまま畳み掛ける!」

すると玲奈さんの両サイドから、何処からか

大量の機関銃が出現した。


「どいて!」


僕は咄嗟に身を翻し、緊急回避した。


「ドドドドドドドドドドドドドドッ!」


激しい閃光と、聞いたこともない爆音の銃声が

耳をつんざく。


「パラパラパラパラッ…」

どれだけ撃ったのかわからないほどの空薬莢が地面にぶつかる音が絶え間なく聞こえてくる。


「斉藤さん!ご無事ですか!?」

フレンドリーファイアどころか、敵ごと僕を撃ち殺す勢いだった。一応無事だが、周辺が無事じゃない。


「えぇ…なんとか」

そう言って立ち上がると、側には粉々になった

人のようなナニかが飛び散っていた。

「あ、あぁ!」

生物とは形容し難いそれは、ピクピクと震えていた。あまりにもグロテスクな物を見てしまい、僕は強く嗚咽した。


「イシテ…」


「あれだけ撃ち込んだのにまだ生きてるなんて…」


「アイシテェェェェェェッ!」


瞬間、粉々になった化け物は、一直線に玲奈さんへその化け物は突っ込んだ。


「また蜂の巣にしてやりますわ!!!」


「!?」

「リ、リロードがッ!」

先程の射撃で撃ち尽くした彼女の武装は

「カチカチ」と虚しい音が出るだけだった。


(やられる…!)

彼女は咄嗟に身を翻した。それが功を奏し、

バケモノが振りかざす包丁は空をただ切るだけだった。


「ナンデダレモおおおオ!ワタシヲアイシテくれないノオオオ」


(完全に意識がヘイズによって混濁している…)


「斉藤さん!」

攻撃を拳銃で牽制しながら、玲奈さんは叫んだ。


「こっちへ!」

すると、スモークグレネードを地面に投げ

僕の腕を引いて路地に走り込んだ。


転びそうになりながらも、僕もなんとか滑り込んだ。


「ドォこおおおお??????」


言葉にならない言葉で慟哭するソレは、包丁の様に変形した腕を振り回して、僕らを探している様だ。


「あ、アレは一体…?」

小さな声で問いかける。


「ヘイズが暴走している能力者ですわ。Lvに関係無く呑まれてしまえば皆、能力者は最終的にああなりますわね」


「一体どこから発生したんでしょうか?」


「さぁ?私も通勤中を狙われましたもの。あまりに突然過ぎて、一体どこから湧いて出たのかなんてサッパリですわ」そういうと彼女は座り込んだ。


「私のLMGはリロードが済むまで時間がかかりますわ。見つかるのも時間の問題である以上、ここでおちおち再装填は待ってられませんわね」


「クソ…どうすれば良いんだ…」


「そこにある私のバッグに注射器が入ってる筈ですわ。取ってくださいます?」


抜けた腰に魂を入れ直し、とにかく彼女のカバンを漁る。すると中から『receptor』と書いた注射器が出てきた。


「あった、コレをどうすればいい?」


「それをアイツの首元に突き刺して下さいまし」


「この注射器はヘイズ能力者を一時的に鎮圧できる薬剤が入っていますの」


「もし効いたら貴方の能力で彼女を暴走させている記憶の根源をどうにかして排除して頂けたららあるいは…錯乱状態を抑えることはできるかと思われますわ」


「…わかった。やってみる。」

恐怖はなかった。一種のハイになっていたのか、溢れ出す狂気と殺気に押し潰されないようにするために『行動しなければ』という使命感に僕は立たされていた。


「でもどうやって引きつける?あんなもの食らったらひとたまりもない…」


「私が空弾倉を投げて視線を誘導し、その後、ホローポイント弾で対象の足を破壊しますわ」


「そうすれば動きは制限できる筈」


「そこに貴方がその"媒体"を差し込んで頂ければこっちのものですわ」


「わかった」


「あと、もしカウンセリング開始から対象が暴走し、街に被害を及ぼす場合は"終了処分"を下しますわ」


「つまり…殺害するって事ですか?」


「ええ、そうですわ」


まるで害獣駆除かの様な流れ。

また一匹、また一匹と。

こんな連鎖を救えるのなら、僕は…


「そうはさせない!」


「必ず、彼女の中のトラウマを打ち破ってみせる」正直自信はなかった。だけど、それ以上にこの世界は僕には悲しすぎた。


「…!分かりましたわ。今は貴方を信じてみますわ!」そう笑顔で告げると彼女は、空の弾倉を放り投げて小さくハンドサインをした。


"go go go !"


小さく頷くと、小走りで物陰を経由して変異体の後ろについた。どうやら、音につられてこちらに気付いていない。ここまでは作戦通りだ。Okサインを送った直後。鈍い銃声が二発鳴った。瞬間、変異体の足が弾け飛ぶ。


「イタああアあああアアアイ!!!!」


「今ですわ!」

合図より先に僕は駆けていた。そのまま注射器を刺すと同時に、USBを首元のインプラントに差し込んだ。


すると、強烈な光が僕を包み込んだ。



--------------------------------------------



目を開くと見知らぬマンションの一室だった。そしてそこには女性が一人。いや二人いた、全く見た目が同じ二人が。


「へっ!?ここは…私の家?」

「なんで…って何故私がいるの!?」

戸惑う女性は辺りを見渡して僕を見つけた。


「あ、あの!貴方はどちら様ですか?」

「これは一体何が起こって…頭が痛い」

僕は全てを察した。これは彼女の記憶だ。

来栖さんは確か、USBを差し込んだ人物と共に記憶を追憶できると、そう言っていた筈だ。


僕は彼女に言えることを全て説明した。


「そんな…」

絶句。ただひたすらに絶句。そりゃそうだ、自分がヘイズ暴走状態になり、周りに被害を出しているなんて、突然言われても納得できやしないだろう。ましてや、記憶の中に居るなんて。


「私はその…ヘイズ暴走の原因である、トラウマを取り除けば良いのね?そうすれば現実の私は暴走を止める。」


「えぇそうです。だから僕と一緒に追憶しましょう。大丈夫です。もし辛いことを思い出しそうになったら僕が居ます。だから、吐き出して下さい」


「少し怖いけれど…頑張ります」

覚悟を決めたのか、彼女は手を振るわせながら

様々な経歴を教えてくれた。


彼女の名前は "桜庭 奏"

都内に住む、22才。女子大生だった。

変わった所は特にない。ヘイズ能力者であるという点を除いて。


幼少期から能力者というだけで周囲から疎まれ、友達はおろか、恋人すら作れなかった。

それだからか、大学生になってしばらくは、恋人が欲しくて堪らなかったという。周りの人間達が彼氏彼女を作っていくことに焦りを感じて、ある日彼女はマッチングアプリに登録した。そこで出会ったとある男性とデートの約束をとりつけたのだった。印象は良好、趣味や冷暖房の温度すら合う、そして何より自分が能力者だということを知っていても、彼は愛してくれた。そんな運命の人…の筈だった。

--------------------------------------------

「や、やめて!離して!」

枯れるほど叫んだ。腕が痛い。大きな縄で縛られて、手首が擦りむけている。

「大人しくしろよ?」

そういうと彼は私の顔を何度も殴り、車に乗せた。トランクの窓から少し外が見える。木々に囲まれた中に、白い建造物が見えた。


「降りろ」

そう命令されると、何人もの男達に囲まれ、施設に入れられた。何の施設かは分からないけれど、白衣のようなものを着た人物が居たのを覚えている。


「座れ」

暗い密室にパイプ椅子が一つ。そこに座らされると、目隠しを付けられ、そこから…拷問と陵辱を受けた。


「ナんで、こんなこ、とを?」

切れて出血した口内をなんとか動かして

彼に問いかける。


すると男はこう言った。

「もしかして本当に恋人だと思っていたのか?」と、そして続けざまに「ヘイズ能力者はただの害悪だ。そして、社会から隔絶されるべきカスなんだよ所詮」と言った。「だから俺たちが有効活用してやってるんだよ。なぁ?」吐き気を催すようなその回答は、同じ人類のものとは思えないほど"歪んでいた"。


その後は、ヘイズ完全変異体の実験材料に

私は検体として売り飛ばされた。


そこからの記憶は無い、あるのはとてつもない程の痛みと、絶望だけだった。

--------------------------------------------


「う、うぅ!」

記憶を見たことで心が持たなかったのだろう、

彼女は嗚咽しながら涙を流していた。


信じていた者からの裏切り。それは、彼女の人生を大きく狂わせるほどの、淀みだった。


「もう死にたい。ねぇ、私死にたいの」

そして立ち上がり僕の顔を見ると、そこには世界に絶望し、立ち竦みながら僕に死を懇願する女性が、そこには居た。


「桜庭さん…」

かける言葉も見つからない。どうすれば。

悩んだ末に僕は、拙いながらも自分と彼女を照らし合わせてみた。


「実は僕も元ヘイズ能力者なんです。今は訳あってレベルがゼロなんですが、その代わりにこんな能力を貰っちゃって」

「僕も友達はおろか、恋人すら居ませんでした。

レベルがゼロになったらなったで、奇怪な目で見られ、後ろ指を立てられる日々でした」

「でも、居たんです。こんな僕にも、僕の痛みを知ろうとしてくれている人達が」

そう、僕も孤独だった。何も分からずに突然謎の現象に見舞わられ、待っていたのはこんな現実。だけど、"捨てた物じゃないと"言ってくれる誰かがいた。そんな人達の為に僕は戦いたい。きっと父さんは、そんな僕を信じて媒体を託してくれたのだから。


「あまりこういう無責任な事を言うのは良くないのかも知れませんが、これだけは言えます。

"貴方は一人じゃありません"」

「だって僕という友達が貴方には居るじゃないですか」

目を見て。瞳の奥を見て。僕はそう彼女に伝えた。少し緊張はしたけれど、それが僕の責務だと、そう思ったから。


「ずっと、ずっと、私、は」

泣きじゃくりながら彼女は言った。

「ありがとう。ありが、とう」

しばらくすると、泣き止んだ彼女は言った。

「じゃあ現実に戻ったら私を殺してくれる?」

そう、完全変異体だけはどう足掻いても救えない。


それは変わらない現実だった。

こう言うしか無かった。

「分かった」と


直後再び光に包まれた。

--------------------------------------------

そして目を開けるとそこはさっきの路地だった。


「斉藤さん!」

銃を下ろした玲奈さんが走ってくる。

「大丈夫ですの!?カウンリングは!?」

必死になって僕に問いかける。


「何とか、成功しました。ただ…」

「?」

「彼女は完全変異体でした」


「そんな…」


「記憶の中の彼女の最期の望み。それは、自分を殺して欲しい、と」

「そう言っていました」

言葉が出ないまま、数十秒の静寂。

それを破るかのように僕は彼女に言った。


「銃を貸して下さい」


「…分かりましたわ」

そう言うと彼女は、ハンドガンを僕に渡した。


「斉藤さん…もし辛かったら無理しないでくださいまし…」

正直辛すぎる。だが、ここで振り向く訳にはいかない。約束を破る訳にはいかないのだ。


この世界でたった一人の彼女の友人として。


膝をついた彼女の前に立ち、僕は静かに


「おやすみなさい」


引き金を


引いた。


2026年7月16日 9:03

媒体ノ記憶

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