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第6話 ダボハゼと呼ばないで!

「ダボハゼは差別用語なんだぜ」

 ダボハゼのヨッシーが、「ぜ」にアクセントを置きながら言った。

「そりゃ初耳だ」

 カニの長老が首を(かし)げて応じる。


 夕食の後、水槽の底から立ち上がる甲羅干しの石の前でのいつもの車座懇談会。

「磯遊びに来て、潮だまりにいる俺たちを見ると、『あっ、ダボハゼ!』って言うだろ?

 やめてくれよな。ダボハゼっていう名前の魚はいない。

 昭和天皇も言ってた」

 ここで、彼は背筋を伸ばし、皇居(北北東方向)に向かって一礼した。

「『雑草という名前の草はない』。

 陛下はそう言った。

 つまり、ひとりひとりにちゃんとした名前があるのさ。俺は、ヨシノボリのヨッシー。

 ビューティフル・ネームだろ?」

 そう言って、ゴダイゴの歌を口笛で吹く。

「ダボの響きが良くねぇ。ダボシャツのダボかと思う。ダボっとして、ユルイ感じだ。

 俺は(ゆる)くなんか、ねぇぜ。

 ビシッとこの腹ビレを吸盤がわりに使って、海辺の河口から川を(さかのぼ)ることだってできる。ちょっとしたダムなんか登れちゃうんだ」

「まるで産卵に向かう(さけ)溯上(そじょう)じゃな。買うとしたら、卵は()()()なんじゃ?」

 長老が茶化すと、ヨッシーが顔を赤くして怒った。

「いくらなんでも、そういう見識のないことを言っちゃいけない。

 だから、長老は軽くみられちゃうんだよね」

 長老が下を向く。

「ハゼの研究者といえば、陛下もそうだったけど、陛下にご進講をされてた横須賀市自然人文博物館のハナシ学芸員が有名だ。ハゼの絵本も書いてる。

 俺は、ハナシ学芸員とマブダチなんだぜ。

 俺たちは、実は、どちらかと言うと淡水の池や川にいることが多い。(よし)の茎を登るからヨシノボリだ、という説もある。

 海の磯にいるのは生まれてから間もない時期だけで、川を遡る前なんだ」

 納得した表情でうなずく面々。

「鮭は、基本は海にいるだろ? 俺たちと逆なんだぜ」

 ますます下を向く長老。


 カニのタロウが口をはさんだ。

「ヨッシーが言う鮭だけど、鮭は海に出て何千キロも泳いだ後、ちゃんと生まれた川に戻ってくるんだよね?

 すごくない?」

「生まれた川の匂いや味を、ちゃんと覚えているからじゃな。

 わしも、生まれた磯の匂いと風の薫りは忘れたことがない」

 遠くを見るような目が長老がつぶやいた。


 タロウが興奮気味に応じる。

「いえ、鮭の記憶力もすごいんですけど、ぼくが改めて驚くのは、ひとつひとつの川の味や匂いが全て異なるってことなんです。

 世界中には星の数ほど川があって、海に流れ込んでいるわけじゃないですか。

 そして、そうした星の数ほどの川の味は海の中でかき混ぜられているはずなのに、ひとつひとつの川の味の痕跡が何千キロも確かに海水の中に残っていること自体に、ぼくは驚きを禁じ得ません!

 世界中の海はつながっているわけですけど、混ざり合ってひとつになっているように見えて、実は微妙に異なる部分をきちんと持ちながら、その個性を失っていない」

 ヨッシーの瞼に、海面に七色の筋を描く海の姿が浮かんだ。(終わり)

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