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第14話 タカシが就活!

「あなた、何考えてんの? わが家にはまだ小学生がいるのよ!」

 台所でコズエさんの叫び声がした。

 水槽の住人全員がガラスの壁に張り付いて目をこらす。

 水槽からでも茶の間の奥にある台所が見通せるけれど、よく見ると、夕食の準備をしていたコズエさんが包丁を振り回しながらタカシと夫婦喧嘩をしている。

 幸い子供達が帰宅する前の時間で、家には二人しかいなかった。

「だから、辞めるとは言ってないじゃんかよ」

 防戦一方のタカシ。

「辞めないなら、なんで就活なんかするのよ。必要ないでしょ。

 町長から叱られたくらいで辞めてたら、体がいくつあったって足りないじゃないの!」


 できたばかりの水槽新聞部の部員、梅干イソギンチャクの銀太くんがさっそくレポートした。

「ぼくの取材によるとですね、タカシは深井町税務町民課の徴収係長をしていますが、昨年度に引き続き今年度上半期も町税徴収率が低迷し、町長から直々にお叱りを受けたらしいです」

 振り返るカニの長老。

「そうか、まるで民間の営業マンじゃの。業績が数字でわかってしまう。

 町役場の職員も大変なんじゃな。

 昔は『休まず、働かず』などと言われていたらしいが、今はそうでもないんじゃな」

 うなずく銀太くん。

「年々住民の目が厳しくなってますからね。残業も結構あるらしいです。

 今は新採職員のうち民間から転職してくる人もめずらしくないし、逆に途中から民間に出て行く人も少なくないみたいですね。

 入った年に辞めちゃう人も普通にいるみたいです。

 採用試験で、行政法とかの専門試験をなくして、エントリーシートと面接だけ、人物重視で採用する自治体も増えてきました。

 職員採用に関しては、民間と行政の違いがなくなってきているようですね」


「だから、ドーダで就活してみただけだって、言ってるじゃんかよ」

 台所の椅子に座り、コズエの包丁を右手でかわしながら、なんとか言い訳に努める。

「キャリアカウンセリングとか言って、小1時間もしゃべってたじゃないの?

 研修の講師とかやりたいですって、言ってたじゃないの!」

 空咳をするタカシ。

「いや、今の職場に不満があるわけじゃない。課長とのコミュニケーションも問題ない。職員もみんな頑張っている。

 でも、この仕事の先に自分の人生があり続けるのかと考えると、もっと違う、自分の全知識と能力、適性を発揮して社会貢献できる仕事があるかもしれない、そう思ったんだ」

「それが、講師なの?」

 うなずくタカシ。

「このあいだも呼ばれて、青海おうみ学院大学の経済学部の学生たちに話してきたけど、若い職員や自治体職員を目指す学生たちに、『自治体職員とは何か、地方分権一括法を経て21世紀の今どうあるべきなのか』、そういうことを伝える役割が経験者としての自分にあるんじゃないかって、思うんだ」

 青海学院大学というのは、タカシの母校だ。年に数回呼ばれて、市町村行政という仕事について就活中の3年生に講義をしていた。

「収入は現状維持を条件にしている。それらしいオファーが届いたら、お母さんにも相談する。

 勤務地は県内か都内が基本で、転勤はない。

 話がある程度決まるまでは、お母さんとおれだけの話にしておこう。子供たちには、まだ言わない」

「言われたって、困るわよ!」

 コズエさんの鼻息はまだ収まらない。事前の相談がなかったことが、お(へそ)を曲げた直接の理由らしい。

「わかった。おれが悪かった。今度は、必ず事前に相談する」

「そうよ。それが夫婦ってものよ!」

 ようやくまな板に向き直ると、いきなり長ネギをみじん切りにする。


 機関銃のようなその音に、水槽の一同が生唾を飲み込んだ。

「コズエさんを怒らせるとすごいな」

 ダボハゼのヨッシーが額の汗を拭く。

「みんなは経験がないじゃろうが、ひとつのことを長く続けていると、特別なことがなくても途中で立ち止まってみたくなる時があるもんじゃよ。

 後ろを振り返り、右を見て左を見て、もう一度前を見る。そして、このまま進むことが最善なのか、自問自答する。

 多くの場合は納得して、そのままの足取りでまた前に向かっていくもんじゃが、時には、右45度や左45度に踏み出してみることもあろう。

 中には、ちょっと戻ることもあるかもしれないし、それが悪いとは限らない。

 大事なことは、考えることじゃな。

 考えずに進むのではなく、考えて進む。

 若い時と違って、年をとると、そうしたくなるもんじゃよ」

 イソスジエビのスジコちゃんが反論した。

「長老、何言ってんですか。若くたって、ちゃんと考えながら進んでますよ。

 長老なんか、歳とってる割には何も考えずに進んじゃうじゃないですか?」

 長老が右手のハサミで自分の頭を叩くマネをした。

「ま、そうとも言う」

「何言ってんですか!」

 一同、大笑い。


 炬燵に戻ったタカシは、パソコンの画面でドーダから届いた山のようなオファーのメールを見ていた。(終わり)

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