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説明会が決まった。終わった。

近隣説明会が決まった。

決まったというか、決まってしまった。

この世の“決まってしまった”はだいたい、誰かの「まぁ、必要ですね」で発生する。

そしてその誰かは、だいたい行政だ。

行政の人は、こちらを見て言った。

「では、近隣説明を実施してください」

“では”の軽さ。

“では”の一言で、人の一週間が溶ける。

翼竜の羽ばたきより強い破壊力がある。

社長は嬉しそうだった。

嬉しそうな社長は危険だ。

嬉しい=現実が進む=誰かが死ぬ。胃が。

「ええやん。説明会、絵になる」

絵。

社長の世界には、すべての出来事に“絵になるか”という採点項目がある。

なお、私の世界には“寝れるか”という項目しかない。

鬼塚さんが言った。

「住民、来るんすかね」

私は言った。

「来ます。絶対来ます」

人は“危険”と“話題”と“無料”が揃うと、だいたい来る。

今回は危険と話題が揃っている。無料は、たぶん私の労働だ。

行政の人は、紙を出した。

また紙だ。

紙の召喚が止まらない。

行政は紙で生物を飼っている。

「こちら、ひな形です」

ひな形。

“ひな”という可愛い言葉で、こちらの人生を削りに来るのやめてほしい。

『近隣説明会開催通知(ひな形)』

『議事録(ひな形)』

『参加者名簿(ひな形)』

『質疑応答記録票(ひな形)』

質疑応答。

来た。

私は過去の記憶がフラッシュバックした。

昇級試験の質疑応答で全く答えられなかった、あの地獄が。

いや、今は私情を挟むな。

挟まなくても地獄だ。

行政の人は、さらに言った。

「説明のポイントですが――」

ポイント。

行政はポイントと言いながら、ポイントを十個出す。

ポイントはポイントではなく、全文だ。

「安全対策」

「飼養(※飼養と言います)」

「逸走時対応」

「連絡体制」

「苦情窓口」

「再発防止」

再発防止。

発生したのは逸走未遂だ。

未遂に再発という概念を適用するな。

社長が言った。

「苦情窓口、彼で」

その指差しはやめろ。

人間を窓口にするな。

窓口は、建物に付けろ。

行政の人は頷いた。

「では窓口はあなたで」

窓口の再確認。

念押し。

念押しは、責任の二重化である。

赤テープより厄介だ。

その日の午後、私は“説明会の準備”に着手した。

着手というのは、現実逃避の丁寧語である。

まず会場。

会議室は狭い。

狭い会議室に住民を入れると、住民は住民ではなく“圧”になる。

圧は、社長に効かない。私に効く。

よって倉庫。

倉庫は広い。

そして翼竜(仮)がいる。

最悪だが、社長の好きな“絵”は揃っている。

私はホワイトボードに書いた。

『説明会でやってはいけないこと』

・社長に喋らせる

・翼竜を見せる

・質疑応答をする

全部やる予定である。終わった。

社長はホワイトボードを見て言った。

「逆や。全部やるから強い」

強いのは、敵だ。

住民と役所と世間の正しさは、まとめて敵だ。

社長は味方の顔をしているが、だいたい敵だ。

鬼塚さんが倉庫から戻ってきて言った。

「翼竜、落ち着いてます」

落ち着いてる。

その言葉は信用できない。

落ち着いてるのは、嵐の前だ。

私は言った。

「赤テープは?」

鬼塚さんが言った。

「四重です」

レイヤリングするな。

セキュリティか。

そしてセキュリティは、だいたい破られる。

次に配布資料。

行政のひな形をコピペし、社長の言いたいことを削り、削った分だけ社長が増やし、増えた分だけ私が削る。

その繰り返しは、洗濯機の中で回る靴下みたいに、永遠に出てこない。

社長が赤ペンで書いた。

「空を押さえた」

私は消した。

社長がまた書いた。

「空を押さえた」

私は消した。

社長が太字にした。

「空を押さえた」

私はフォントを小さくした。

小さくしても意味はデカい。翼と同じだ。

夕方、近隣への案内文を配った。

配ったというか、私は配らされた。

社長は「顔を出すのが誠意」と言って、途中で消えた。

誠意は、だいたい途中で消える。

ポストに入れる。

一軒。

二軒。

三軒。

四軒目で、背後から声がした。

「あなた、あの会社の人?」

振り向くと、近所のおばちゃんがいた。

目が強い。

近所のおばちゃんの目は、行政より強いときがある。

私は言った。

「はい、そうです」

おばちゃんが言った。

「テレビ見たよ」

はい終わった。

テレビは説明会より早い。

おばちゃんは続けた。

「ほんまにおるん?」

私は言った。

「……ええと、状況確認中です」

行政の言葉が出た。

私はもう、様式に侵食されている。

おばちゃんが言った。

「危ないんちゃうん?」

私は言った。

「危なくないように、赤テープを」

言いながら、自分で笑いそうになった。

赤テープで翼竜は止まらない。

止まるのは、私の給料だけだ。

おばちゃんは言った。

「説明会、行くわ」

来る。

やっぱり来る。

人は危険に吸い寄せられる。

蛾みたいに。

説明会当日。

時間は19時。

会社の定時後。

つまり、私のプライベートは会社の犠牲になる。

いつも通りだ。

会議室には椅子を並べた。

足りない気がして、追加した。

足りない気がして、さらに追加した。

椅子が増えると、胃が減る。

社長はスーツだった。

気合いが入っている。

入るな。気合いは事故の予兆だ。

行政の人も来た。

なぜか二人になっていた。

関係各所が増えている。

所管が確定すると、増殖する。

嫌な生態だ。

そして住民が来た。

一人、二人、三人。

五人、十人、十五人。

こんなにいる。

町内会は情報が速い。

SNSより速いときがある。

恐ろしい。

社長が立った。

私は止めたかった。

止められなかった。

止められないものが世の中にはある。

社長と翼竜と“本日付”だ。

社長は言った。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

ここまでは良い。

ここまではテンプレでいける。

問題は次だ。

社長の目が光った。

光るな。

「我々は――空を押さえました」

言った。

言うな。

会場がざわついた。

ざわつきは、物語の栄養だ。

社長はそれを吸って強くなる。

行政の人が小さく咳払いをした。

咳払いは警告だ。

社長は警告を燃料にする。

そのとき、倉庫の方から、キィ……と鳴いた。

鳴き声が、会議室に届いた。

住民の顔が、一斉に固まった。

誰かが言った。

「今の、何?」

私はマイクを握った。

マイクを握ると、人生の責任が握れる気がする。気がするだけだ。

私は言った。

「空調です」

嘘をついた。

慣れてきた。

最悪だ。

キィ……キィ……

鳴き声は続く。

そして、ドン、と音がした。

赤テープの結界が負ける音だ。

鬼塚さんが駆け込んできた。

顔が青い。

現場の青さは、だいたい本物だ。

「出ます!」

会場が凍った。

行政が立った。

社長が笑った。

私は死んだ。

私は思った。

説明会は、説明する場だ。

だが今から起きるのは、説明ではない。

実演だ。

そして実演は、だいたい炎上する。

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