テレビが来た。終わった。
翌日、噂は広がった。
「中小企業が翼竜を飼っている」
噂はだいたい誇張されるが、今回は誇張が追いつかない。
誇張しようとすると現物が勝ってくる。翼がでかい。
広がり方が、まず最悪だった。
“社内”からではない。
“外”からだった。
倉庫の蛍光灯は割れ、天井には穴が空き、シャッターは歪んで、つまり要するに――直しに業者が来る。
うちの会社は貧乏だが、壊れた蛍光灯だけは直す。暗いと作業効率が落ちるからだ。
効率に厳しいのに、翼竜には甘い。矛盾を抱きしめて前へ進む、それが弊社である。
午前九時、電気工事の人が来た。
脚立を立て、天井を見上げて、そして固まった。
「……これ、何で穴空いてるんです?」
私は言った。
「地震です」
工事の人は言った。
「梁に“爪”みたいな跡がありますけど」
私は言った。
「地震、爪あります」
沈黙。
社会人同士の沈黙は、だいたい真実が勝つ。
そのとき、倉庫の奥で、キィ……と鳴いた。
金属が擦れるような、嫌な鳴き声。
工事の人は、脚立の上で身を固くした。
「今の、何です?」
私は言った。
「空調です」
工事の人は言った。
「空調、鳴きます?」
私は黙った。沈黙はいつもこちらの負けだ。
工事の人は、見てしまった。
シャッターの隙間から、影が動くのを。
天井付近の“広くなった空”を、なにかが横切るのを。
そして工事の人は、現代人として正しい行動を取った。
スマホを出した。
現代の噂は、口から広がらない。
サムネイルから広がる。
昼には、近所のグループチャットに投下されていた。
夕方には、地元の掲示板に上がっていた。
夜には、まとめられていた。
『【動画】町工場の倉庫に翼竜?www』
“www”は、いつだって社会の緊張を殺す。
緊張を殺したまま、現実だけが残る。
翌朝、会社の正門の前に、見知らぬ車が止まっていた。
ナンバーが遠い。地元じゃない。
降りてきたのは、テレビだった。
ケーブル、三脚、ライト。
そして、妙に元気なAD。
テレビは物語の匂いがすると嗅ぎつける。
しかも今回は、匂いが強い。粉が舞っている。
「すみませーん! 昨日の動画の件で、取材いいですか!」
動画。
なるほど。これなら繋がる。
勝手に燃えて、勝手に来た。炎上というのはそういうものだ。
燃えるのはネットだけじゃない。現場の胃も燃える。
私は門柱の影で、人生の選択を間違えた顔になった。
そこへ社長が出てきた。スーツのまま。
この人は“撮られる”という状態に最適化されている。
普段からずっと頭の中で番組が流れているのだと思う。
レポーターが笑顔を作る。
「こちら、いま話題の“翼竜を飼う会社”です!」
飼う。
この言葉の軽さ。
飼うって、金魚すくいの延長で言うやつだ。
「本当にいるんですか?」
レポーターが問う。
社長は、間を溜めた。
溜めるな。フリになる。
「……いる」
社長は言った。
「空を押さえた」
意味が分からなくても頷くのが社会人である。レポーターは頷いた。
そして倉庫のシャッターが開いた。
粉、割れた蛍光灯、配線、段ボール。
昨日のままの“現場”。
そして天井付近の“広くなった空”。
そこに、影がいた。
キィ……キィ……
鳴き声。
スタッフの顔が一斉に固まる。
固まるが逃げない。テレビは怖いものを見たとき、逃げる代わりにズームする。
翼竜(仮)が、ゆっくり翼を広げた。
段ボールが風圧で倒れる。粉が舞う。
ライトが粉を照らして、倉庫が妙に神々しくなる。
神々しくなるな。現場は神域じゃない。危険区域だ。
レポーターが震える声で言った。
「……本物、ですね」
社長が言った。
「本物や」
私は小声で言った。
「仮です」
誰も聞いていない。“仮”はいつだって不利だ。
放送はその日の夕方に流れた。
すると次に来た。
行政が来た。
行政は、テレビより静かに来る。
静かだが、怖さが段違いだ。
テレビは編集で現実を柔らかくするが、行政は現実を硬くする。書類という形で。
正門で名乗られた瞬間、私は悟った。
噂が広がった、の“次”は、いつだってこれだ。
確認。
指導。
場合によっては、是正。
社長は言った。
「空を押さえた」
行政の人は言った。
「それは置いときまして」
置いとくんだ。空を。
私はその瞬間、思った。
市場は物語で動く。
でも、役所は物語で動かない。
役所は、様式で動く。
そして様式を埋めるのは、たぶん俺だ。




