第96話:ギフテッドたちの狂宴
生活のセットアップも落ち着き、いよいよエマの「ギフテッド・ユース・プログラム」初日。
音楽大学のキャンパスには、世界中から選抜された子供たちが集まっていた。
そこでエマは、初めての**「挫折」**を知ることになる。
オリエンテーション後のセッション。
五歳のロシア人の男の子がピアノに向かった。
彼が弾き始めたのは、ラフマニノフの超絶技巧曲。小さな手が鍵盤の上を舞い、大人顔負けの表現力で空間を支配した。
次は、七歳の中国人の女の子。
彼女はバイオリンを構えながら、黒板に書かれた複雑な数式を暗算で解いてみせた。
「音楽と数学は同じ言語です」と流暢な英語で語る。
エマは、パープルのランドセルを抱きしめたまま、固まっていた。
日本では「天才」「神童」ともてはやされた。
でも、ここでは自分が「普通」に見える。
上には上がいる。化け物のような才能たちが、ゴロゴロいる。
「……わたし、すごくないかも」
帰り道、エマはポツリと言った。
「みんな、えいごペラペラだし、わたしよりうまいし……」
自信を喪失しかけている娘に、私は何を言えばいいか迷った。
しかし、蓮はニヤリと笑って、エマの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「エマ。悔しい?」
「……うん。ちょっと、こわい」
「それは素晴らしいことだ」
蓮は言った。
「『井の中の蛙』が海を知ったんだ。怖いのは、世界が広いからだ。でもね、エマ。君は今日、その化け物たちと同じステージに立ったんだよ」
蓮はエマの背中を叩いた。
「君のドラムは、誰にも真似できない『グルーヴ(揺らぎ)』がある。正確さだけならAIでいい。でも、君の音には感情がある。……明日、あいつらをビビらせておいで」
翌日。
ドラムの前に座ったエマの目は、変わっていた。
恐怖はない。あるのは、闘争心(チャレンジャー精神)。
彼女が叩き出したビートは、昨日までの正確無比なものとは違った。
怒り、焦り、そして喜び。
感情を爆発させたような、荒々しくも美しいポリリズム。
演奏が終わった瞬間。
あのピアノの天才少年が、目を丸くして立ち上がり、拍手をした。
「Cool! Let's jam together!(すげえ! 一緒にやろうぜ!)」
言葉の壁を超えて、音が繋がった。
エマが笑った。
ここだ。ここが私の居場所だ。
その様子をガラス越しに見守りながら、私と蓮はハイタッチをした。
最強の遺伝子は、海を越えてさらに進化したのだ。
(続く)




