第89話:給食・完食指導の闇
しかし、次は私の出番だった。
エマが学校から帰るなり、トイレに駆け込んだのだ。
そして、ひどい下痢。顔色は真っ青だ。
「エマ、どうしたの? 何食べたの?」
「……ぎゅうにゅう……のまなきゃ、ダメって……」
話を聞くと、担任の佐々木先生(ベテラン・50代)は、**「給食完食指導」**の信奉者らしい。
「給食を残すのは作ってくれた人に失礼」「全部食べるまで昼休みなし」。
エマは体質的に乳糖不耐症の気があるのに、無理やり牛乳を飲まされ、さらに苦手なコッペパン(マーガリン入り)を水で流し込んだという。
ブチッ。
私の中で、何かが焼き切れる音がした。
翌朝。
私は完璧なメイクとパンツスーツで武装し、連絡帳ではなく「本体」で学校へ乗り込んだ。
「先生。少しお時間よろしいですか」
「あらお母さん、昨日のエマさん、頑張って完食しましたよ! 偉かったです〜」
ニコニコと話す先生の笑顔を、私は能面のような表情で見下ろした。
「先生。栄養学の観点から申し上げます」
私はタブレットを取り出し、グラフを提示した。
「無理やり食事を強要された子供は、コルチゾール値が急上昇し、消化機能が著しく低下します。昨日のエマの下痢は、心因性および乳糖不耐によるものです。これは教育ではなく、傷害に近い」
「えっ……い、いや、でも、好き嫌いをなくすために……」
「好き嫌いと、体質的な拒絶は違います。それに、今の時代、無理な完食指導は『給食ハラスメント』として問題視されているのをご存知ないですか?」
私は一歩踏み出した。
「作ってくれた人への感謝? それは『残さず食べること』でしか表現できないのですか? 『自分の適量を知り、健康に生きること』こそが、生産者への最大の敬意ではありませんか?」
先生はたじろいだ。
周りの若手の先生たちが「よくぞ言ってくれた」という顔をしているのが見えた。
「今後、娘への完食の強要は一切拒否します。診断書が必要なら即日提出します。……よろしいですね?」
その日から、エマのクラスでは「無理して食べなくていい」という新ルールが適用された。
エマだけでなく、少食に苦しんでいた他の子供たちからも、私は密かに「救世主」と呼ばれるようになったらしい。




