第85話:習い事、取捨選択の乱
エマ、四歳。
才能の芽(ギフテッドの可能性)が見えた以上、私たちはそれに水を与えなくてはならない。
我が家では**「習い事トライアル・キャンペーン」**が開催された。
週末のスケジュールは過密だ。
・土曜午前:スイミング(心肺機能と全身運動)
・土曜午後:ピアノ(脳梁の発達と右脳左脳の連携)
・日曜午前:バレエ(体幹トレーニングと姿勢矯正)
・日曜午後:プログラミング(論理的思考)
「さあエマ、世界は広いわよ。好きなものを選びなさい」
私は意気揚々と送り出した。
しかし、結果は散々だった。
スイミングでは「水が鼻に入るのが非論理的だ」と泣き、バレエでは「なんでずっと同じポーズなの?」と飽きて脱走。ピアノに至っては、楽譜通りに弾かず、勝手に不協和音を叩いて「宇宙の音!」と主張した。
「……全滅ね」
リビングで頭を抱える私に、蓮が苦笑いする。
「やっぱり、親が押し付けたものじゃダメなんだよ。彼女の興味はもっと別の方向に向いている」
その時だった。
エマが、テレビのある映像に釘付けになっていた。
それは、ロックバンドのライブ映像。ドラマーが激しくビートを刻んでいるシーンだ。
「……これ」
エマが画面を指差した。
「これ、やりたい! かず(数)がいっぱいある!」
「ドラム?」
私と蓮は顔を見合わせた。
予想外すぎる。もっとこう、バイオリンとか知的なやつじゃなくて?
しかし、体験レッスンに行ってみて納得した。
エマにとって、ドラムは音楽である以前に**「数学」**だったのだ。
8ビート、16ビート、3連符。
複雑なリズムを分割し、手足を使ってパズルのように組み立てる。
「すごい……! 先生、彼女、初めてなのにポリリズム(複合拍子)を理解してますよ!?」
ドラム講師が驚愕していた。
ドカドカと激しい音を鳴らしながら、エマは恍惚の表情を浮かべている。
ストレス発散と、数学的快感の同時摂取。
「……採用ね」
「うん。防音室のレンタル料がかさむけど、あの笑顔には代えられない」
こうしてエマの習い事は「ドラム」に決定した。
将来の夢は数学者か、ロックスターか。
どちらに転んでも、最強であることは間違いない。




