第84話:才能の片鱗(ギフテッド?)
モンテッソーリ教育には「お仕事(Work)」という時間がある。
子供が自分で教具を選び、納得するまで集中して取り組む時間だ。
ある日、お迎えに行くと、担任の先生に呼び止められた。
「Mr. & Mrs. Ichinose, can I have a minute?(一ノ瀬さんご夫妻、少しお時間をいただけますか?)」
心臓が跳ねた。
何かトラブルでも起こしたか? お友達を噛んだ? それともランチのサンドイッチに文句を言った?
先生は神妙な顔で、一枚の写真を見せた。
そこには、床一面に並べられた「金ビーズ(千の位まで計算できる算数教具)」と、それに没頭するエマの姿が写っていた。
「Emma has been doing this for 2 hours straight.(エマはこれを二時間、ぶっ続けでやっていました)」
「二時間!?」
三歳児の集中力は、通常なら年齢+一分(つまり四分)と言われている。二時間は異常だ。
「She loves numbers. She understands the concept of 4 digits perfectly.(彼女は数を愛しています。四桁の数字の概念を完璧に理解しています)」
先生は興奮気味に続けた。
「1234 + 5678... 彼女は教具を使って、この計算を自力で解きました。彼女は……特別な才能(Gifted)を持っているかもしれません」
帰り道。
私たちは呆然としていた。
四桁の足し算。私たちが三歳の頃なんて、鼻水を垂らして泥団子を作っていただけだ。
「……蓮。これって」
「ああ。間違いなく、僕の『理系遺伝子』と、美玲の『数値管理能力』が化学反応を起こしている」
蓮は震える声で言った。
「エマは、数字の美しさに気づいてしまったんだ。世界を構成するロジックに」
チャイルドシートのエマを見る。
彼女は窓の外を流れる車のナンバープレートを見て、ブツブツと何かを呟いていた。
「1と3で4……4と4で8……」
私たちは顔を見合わせた。
嬉しい。けれど、怖い。
ギフテッド(高知能児)には、特有の生きづらさがあるとも聞く。
普通の公立小学校で馴染めるだろうか? 浮きこぼれてしまわないだろうか?
新たな悩み(クエスト)が発生した。
でも、蓮はニヤリと笑った。
「面白いじゃないか。凡人の枠に収まらないなら、僕たちがその才能を受け止める『器』になればいい。……美玲、今日から家庭学習に『プログラミング思考』を取り入れよう」
「気が早いわよ。でも……悪くない提案ね」
最強の遺伝子は、予想の斜め上を行くスピードで進化を始めていた。
親バカと言われようと構わない。
私たちは、この小さな天才の最初のファンであり、最高のマネージャーになることを誓った。
(続く)




